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第七話 エッチ! スケベッ! ヘンタイッ!

 二ムは少し経ってから、ホクホク顔で宿に帰って来た。

 というか、どこで手に入れたのか、シルクハットみたいな帽子をひっ繰り返したまま抱えて現れたのだが、開口一番俺へとその帽子を突き出してきた。


「見て見て見てくださいよご主人!! こんなにおひねりもらっちまいやした!」


 おひねりね。見ればそこには紙幣も大量にざっと1万ゴールドくらいが詰まっていた。こいつ案の定なことをやってたわけだな。


「お前、またマジックショーやったのか? よくもまあ、あんな竜車をお城に放り投げておいてそんな芸をやってこれたな?」


 そう聞いて見れば、


「へ? 投げてませんよ? いや、流石に投げませんってあんな重そうなの。大惨事じゃないっすか!」


「なら、お前はなにしてたんだよ?」


「ほら、あそこにでっかいトカゲさんが二匹いたじゃないっすか? 竜車を引いてたやつ。で、せっかくなんで、竜車とトカゲさん二匹でお手玉というか、ジャグリングをですね……」


 この野郎、あのでかい竜を投げちゃったのか!! それはっきり言って動物虐待だからな。

 まさか、あのタイミングでそんなことをやっていたとは……

 で、その後の展開を聞いてみれば、興が乗ってきたところで、今度は2頭の竜を手名付けて、猿回しならぬ、竜回しをしたようで、単に超音波と怪力でトカゲをコントロールしただけなんだろうが、色々芸を催したようだ。

 そして最終的には、トランプマジックも披露したと!! 本場の大道芸人もびっくりだよ、それマジで!


「それでですねー! 全部終わったところで、拍手しながら見ていた聖騎士さん達が慌て初めましてですね、ワッチは竜車とトカゲさんを道路に戻して帰ってきたってわけっす! 大丈夫、追跡はされてませんから! いやぁまいりましたよぉ。街の劇場の支配人さんにうちで働かないかって誘われちゃいやしてー、危うくOKしちゃうとこでしたよ、あははははははは」


 まったく呑気な機械人形だよこいつは。

 お茶の支度をしていたヴィエッタ達が、二ムへとそれを差し出すと、二ムは連中に先ほどの話を繰り返し話していた。

 その時……


「う、うう……う……、うん?」


「お、気が付いたみてえだな」


 ふと寝かしておいた子供たちの方に目を向けてみると、布団の上でパンツ一丁で丸くなって寝ていた3人のうちで、例の大けがをした帽子を被っていた子がぱちりと目を開けた。

 その子は目がなかなか明かないのか、少し周りをきょろきょろと見回す仕草をしたあとで、俺の方を一度見た。

 見て、そして今度は自分の右わき腹のあたりに手をあてた。

 そこはあの聖騎士に思いっきり棍棒で殴られた箇所で、当然だが骨も折れて肺もつぶれた大けがをした場所、あの時は相当痛かったに違いないそこを触り、傷が完全に癒えていることに少し戸惑った様子となった。

 上位治癒魔法を使ったからな、あの程度の傷は完全に癒えているだろうし、痛みもあるわけがない。

 だから、驚いていて当然だとは思うのだが、その子は自分の身体……今度は裸の上半身の肩や腕や胸を触る動作をしてから、ぴたっとその動きを止めた。


「ああ、服か? お前らびしょ濡れだったし、あの服も相当汚かったから俺が脱がしたからな」


「あ……」


 その子がもう一度俺を見た。見てそしてみるみる真っ赤になっていくその顔に、『いったいなんなんだよ、男同士なんだから裸に剥いたくらいで恥ずかしがるんじゃねえよ』と、そう言いながら近づいたそこで、その男の子が俺のことを思い切り蹴った。


 俺の股間を全力で!!


「〇×△□ッッッ!!」


「こ、この……エッチ! スケベッ! ヘンタイッ!」


 ふあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………

 頭の中が真っ白になっていく感覚の中で、あのなんとも言えない吸い込まれるような、痺れるような、神経を引っこ抜かれるような激痛の中で俺はその場に撃沈した。

 したのだが、この俺にこんな仕打ちをした野郎は、顔真っ赤で半泣きで自分の胸を抱えるようにしてこっちを睨んでいやがった。

 だから……


「男同士でも、やっぱり礼儀は大事よね、ごめんね」


 そう、恥ずかしがっているその子に俺は自然とおねえ口調で謝っていたのだった。



   ×   ×   ×


 その後、例の子は洗濯後魔法で乾かしておいたあの衣類をすぐに着込んで、帽子も目深に被った格好で食卓についていた。他の子達も先ほど目を覚まし今まさにローテーブルの方でニムと一緒にパンを食べているところだった。よほど腹が空いていたのか、凄まじい勢いで貪っている。

 で、こっちはと言えば、この子がリーダー格であることは見た感じから分かっていたので、事情を聴こうとオーユゥーン達も交えて話を聞くところだったのだ。


「遠慮はいらねえから、パンでも肉でもなんでも食べろよ。ま、その代り話もちゃんとしてもらうけどな」


 俺がそう言うのを聞いて、彼はびくりと身体を反応させてから『いらない』と言ってから俺を睨んできた。

 いや、睨みてえのは俺の方なんだけどよ、あれを潰された痛み、男なら知らないわけが無かろうに。くッ……思い出したら、また寒気が……

 俺は一度身震いしてから、話を切り出した。


「で、お前らはいったいなんであんな竜車で暴走してやがったんだよ」


 そう聞いてみれば、その子はまた身体を震わせて反応した。が、やはり口は開かなかった。

 頑なな奴だなと、オーユゥーンへと顔を向けてみれば、こいつも少し困った風に首を振っていた。


 その時、床に座ってパンを食べていた方の男の子の一人が急に立ち上がった。


「ねえ【アレックス】! この人たち、きっといい人達だよ、僕らを助けてくれたし。だからお願いしてみんなのことも助けてもらおうよ」


「や、やめろ!! 何も言うんじゃないっ!!」


 アレックスと呼ばれたその子は、自分の仲間の子供のひとりに向かって話したことを諫めた。その子はシュンと項垂れて視線を逸らして座ってしまう。アレックスの方も何やら気が気ではないのか、ちらちらと俺らの方を見ては口をぎゅっと噤んでいた。

 だから俺は口を開いた。


「まあ、いまので大体わかったよ」


「え?」


 驚くそいつらに俺は言ってやった。


「まず、お前の名前が【アレックス】だな。感じからしてこいつらのリーダーってところか。それもこの二人の他にもまだまだたくさん仲間もいるような感じだな。大方、国や聖騎士団に反旗を翻しているレジスタンス……所謂反乱軍とか解放軍とかそんな感じの集まりなんだろう」


 そう言うのを聞きながら、アレックスは目を見開いたまま、その顔をどんどん蒼白に変えていった。

 俺はそれに構わず続けた。


「今の王都を見ていれば、これが正常ではないことは一目両前だ。難民のような浮浪者が街に溢れているし、激しいインフレのせいで貧富の差が拡大し続けているって感じだしな。そんな中でお前らは城から食料を奪おうとした。つまり、食糧にも乏しい中での反攻作戦を進めているってところなんだろう」


「お、おまえ……どうしてそれを……」


 そう言いかけて慌てて口を押えたアレックスに俺はもう一つ付け加えた。


「まあ、そうは言ってもお前らの様な子供だけで城から食料を盗み出せるとは思えはしないさ。つまりは、城内に内通者……というか、協力者がいるってことなんだろう? じゃなきゃ、いくら屑の集まりの聖騎士団と言ったって出し抜くのは容易じゃないはずだからな。だが、そこまで順調だったのに、この俺達に遭遇して計画もお釈迦になっちまった。ま、つまりはそういうことなんだろうさ、あくまで俺の予測でしかないわけだが」


 それだけ言い切って、ずずーと茶を飲んだ俺のことを、三人の子供たちは顔を見合わせてただ黙って見ていた。

 見て、そしてこそこそっと何か小声で打ち合わせているようでもあった。


「お兄様、相変わらずの凄まじい洞察力ですわね、感服しきりですわ」


「うんうん、良くあれっポッチの話でそこまで考えつくよね?」


「マコは、ぜーんぜんわかんなかったよ?」


「うん。私も全然分からなかった」


「ま、ご主人に掛かればこんなもんっすよ! ね? ご主人!!」


「お前なニム。なんでお前がそんなに偉そうなんだよ? お前お手玉してただけじゃねえかよ?」


「いいじゃないっすか、ご主人の手柄はワッチの手柄みたいに嬉しいんすから!!」


 それ、どこの『俺の物は俺の物、お前の物も俺の物』理論だよ! 二ムヤンって呼んじゃうぞ!!

 そんなこんなをしているところで、今度は子供たちが三人で並んで俺達の前に立った。

 そして代表するように帽子のアレックスが口を開く。


「俺はあんたたちのことを全く知らない。だから全く信用はできないんだが、そこまで理解しているというなら一つ聞きたい。あんたたちは俺達を助けてくれるのか?」


 そう真剣なまなざしのままで聞いてきた。

 おいおい、いくらなんでもそんな感じで言われたってなんともいえるわけねえだろうが。

 そもそも今の段階じゃあ、リスクリターンの計算も出来ないし、助けてやるだけの義理もない。むしろ、窃盗をしようとしていたこいつらを、未遂で終わらせたうえに逃がす手伝いまでしてやったんだ、感謝されこそすれ、これ以上助力する必要なんかはなかった。


 そう思っていたのだが、やはりこいつが勝手に動いた。


「いいっすよ? お兄さんたちをワッチたちが助けてあげますよ! ね! ご主人?」


「はあ? ちょっと待ておいこらニムてめえ、勝手に即決で返事してんじゃねえよ」


「いいじゃないっすか? どうせやることもうないんだし、これも王都観光の一環っすよ」

 

 いや、そんな観光ツアー聞いたこも見たこともねえけど。なんで、こともあろうに国に楯突いているような連中に手を貸さなきゃなんねえんだよ。そう思っていたら、ニムが言った。


「ご主人、この子達本当に困ってるんです。苦しんでるんですよ。だから助けてあげやしょうよ」


「う……」


 真剣な顔で二ムにそう言われればもう俺だって簡単には断れない。なにしろこいつのハイパーセンサーは人の心の機微まで数値化して読み取れるほどの性能があって、嘘一つこいつにはつくことは出来ないのだ。

 そんなニムが、この子達が本気で困っていると断じた。つまり、そのことに嘘はないということだ。

 はあ、まったく、よりによってなんでこうも面倒が転がり込んできやがるのか。

 俺は大きく一つため息を吐いたとで、頭を掻いた。掻いてからそして帽子のアレックスへと言った。


「わぁーった。分かったよ、助けるよ。助けてやるよおまえらのこと。どんだけリスキーなのかは知らねえけど、いくらでも助けてやるよ!」


 三人の子供たちはいっせいに明るく笑顔で微笑んだ。くっそ、本気で貧乏くじひいたぜ。


「さっすがご主人! だからワッチは大好きなんす」


 うるせいよ、てめえが焚きつけたんだろうが! と、内心イライラしつつも、もう言ってしまった以上後にはひけないとその子達を見れば、その中央に立つアレックスが帽子を脱ぎつつ俺を見た。


「感謝する。もはや俺達には時間の猶予も、心の余裕もないんだ。だからお願いする。どうか皆さんの力を貸して欲しい」


 あーはいはい、だから手伝ってやると言って……そう言いかけたところでアレックスは言ったのだ。


「俺の本当の名前は、【アレキサンダー】……【アレキサンダー・エルタニア】。この国の第三皇子である。この国の民を守るために頼む、どうか力を貸してくれ」


 小柄な、その男の子がそう力強く宣言した。

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