第五話 悪いこと
それにしてもだ……
いったいこの巨大な車両はなんなんだ。
俺は両脇から抱き着いてきていた二人をなんとか引き剥がして、まだひっくり返って車輪がカラカラ回っているその竜車の傍へと近寄った。池にダイブした時に破損でもしたのだろう、その鋼鉄製の車体の後部部分が裂け、そこから何か砂の様な物がさらさらと流れ落ちてきていた。
俺はそれを手に取って眺めてみると、それは……
麦?
そう、麦だった。
というか、それだけではなく、裂けた車体の奥にはトウモロコシやサツマイモのようなものまでたくさん積まれているようだった。
「穀物っすね」
「ああ、そうみてえだな」
同じように観察していた二ムにそう言われ、俺は即答した。
その上で、その竜車を運転していたのだろう投げ出された御者と思しき連中の元に近づいた。
「うう……」「い、いたいよ……」「…………」
池に投げ出されていたの例の御者台の三人は、非常に小柄な人物たち。呻きつつ、啜り泣いている者までいた。これはどう見ても、子供だろう。
そのうちのひとり……動きやすそうな半ズボンに半そでのシャツ姿で頭に作業帽のようなものを被った一人が、倒れている二人を必死に揺すって起こそうとしていた。
「お、おい……しっかりしろよ! おいってば! 早く逃げないとまずい」
一生懸命に揺すってはいるが、まったく起きる気配はない。
周囲を見ればなんだなんだと野次馬が集まりつつあった。
ったく……仕方ねえな。
「お前ら! いったい何をやらかした? あんな狭い道をこんなので全速力なんて危うく人が(俺が)死ぬところだったんだぞ? どうせ碌でもねえ理由なんだろうけどよ」
その帽子の男の子は俺を見上げてキッと睨んできた。
「うるさいっ! あと一息だったのに邪魔をしやがって! 俺はお前らなんかに捕まってやる気はないからな!」
その子は俺を威嚇するようにそう吠えた。
「俺達に捕まる? って、お前それどういうことだ?」
その時だった。
「いたぞ! 追いついた!」
「あ?」
背後でそう声が聞こえ振り向けば、そこには馬に乗ったたくさんの聖騎士の姿。10人くらいはいるだろうか?
うへぇ、ここでも聖騎士かよ……
聖騎士たちは、池を囲むように移動して、竜車ごと俺を含めたその子達全員を包囲した。そして言った。
「薄汚い盗人どもめ! 城の蔵から貴重な食糧を盗み出しおって……ただで済むとは思うなよ」
「うう……」
帽子の子は、意識を失った二人の子供を抱き守るようにして今度は迫りくる聖騎士たちを、ただ睨み続けていた。
馬を降りた聖騎士たちは手に手にこん棒のようなものを持って、にやにやと笑いながらその子供たちへと近づきそして、二人の子供を守ろうと覆いかぶさっていた帽子の子の手を掴んで無理矢理引き剥がす。
そして宙に吊るように持ち上げ、手にした棍棒で一撃、そのこの腹を思いっきり殴りつけた。
その子は、声も漏らさずに、その顔を歪めた。
うん、まあなるほど、状況はだいたいわかった。
要は城の食糧を盗んだこいつらの邪魔を俺がしてしまったということだろう。それで、こいつは俺のことをこの聖騎士の仲間くらいに思っている……と。
なら、まあこうなった原因は全部俺でもあるわけだな。
俺は手近に控えていた機械人形へと視線を向けずにいつものように声を掛けた。
「二ム、わかってんな?」
「ご主人のお好きにどうぞ? ワッチはぜーんぶご主人に合わせやすからね!」
なんてことは無いようにそう言ったニムの脇で、ヴィエッタが不安そうに現れた聖騎士たちを見ていた。
俺はそんな聖騎士の一人へと声を掛けた。
「なああんたら? この竜車を止めたのはこの俺なんだ? 何か礼があってもいいと思うんだけどよ」
「ああん!?」
帽子の子を吊るしたまま、第二撃をその子へと叩きこもうとしていた聖騎士が、さも不愉快そうに俺をみた。
そして激しく舌打ちしてから言った。
「金の無心か? こんなことくらいで図々しいんだよ、とっとと失せろ」
こんなことって、結構たいしたことだと思うんだけどな。てめえら全員で逃げられてたわけだしよ。
俺はだが、冷静にやつへともう少しだけ言った。
「金はいいよ。だけど代わりにその子達を譲ってくれねえか? どうせ盗まれたものはここにあるわけだしよ、俺がきつく言って叱っておくから」
そう頼んでみた。
丁度さっき神教のイケメン枢機卿から、神教の贖罪の方法も聞いていたことだからな。悪いことをしたら謝ればいいということなんだから、とりあえずそうしようと思ったわけなんだが……
「すっこんでろ。がたがた抜かすとお前も殺すぞ」
にべもない。
流石聖騎士安定の屑発言だ。
「いや、殺されるのはだけは勘弁だ。だから、ここはとんずらさせてもらうぜ。二ムっ!」
「はいなっ!!」
俺の掛け声と同時にニムが即答。
そしてその声に反応したその場の全員が絶句して大口を開けてしまった。なぜなら……
「えーと? 確かお城から盗まれたって言ってやしたよね? だったらお城へ返せばいいっすかね?」
「あ、あ、ああ……」
その質問にも聖騎士たちは何も答えられない。開いたくちをあわあわさせてただただ上を見上げていた。
なぜなら、そこには……
池に突っ込んで大破した、穀物ぎっしりのあの鋼鉄製の竜車の全容。
二ムはそれを片手で持ち上げて、まるでバスケットボールを投げる前の選手の様に、指先でくるくるとそれをまわしていたのだ。
「ワッチこう見えて、スリーポイントシュート得意なんすよ! このまま王城にフリースロー決めてあげやすよ。では……」
「や、やめ……」
ガクガク震え始めたその聖騎士たちにお構いなしに、二ムは遠くに見える巨大な王城の方へと視線を向けたまま、その手にした竜車をグッと握って深く腰を落とした。
その一瞬、ちらりとこちらを見た二ムに、俺はグッとサムズアップを返す。
まあ、とんでもない余興だしこうなって当たり前だが、聖騎士はおろか、その場に居合わせた野次馬の全員が二ムに注目。俺はそれを見てから……
呆然となった聖騎士の手から逃れた帽子の子の手をヴィエッタに引かせて、俺の方は二人の気を失った子供を両肩に担いでその場から一気に逃げ出した。
逃げ出してそして、路地を走っていたところで、背後から『せーの』という掛け声とともに、『わー!』『キャー!』というけたたましい悲鳴が上がったことは言うまでもない。




