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第二話 王都エルタバーナ

 エルタニア王国。

 国土の大半が肥沃な平原ということもあり生産される農作物品と、南部ピレー山脈山麓より産出される希少金属などの一次取引の要として栄えた商業国家であり、また大陸全土で最も信仰されている神教の聖地でもあった。

 西には小国連合や仇敵でもあるギード公国が控えるも、北の大国ジルゴニア帝国の庇護下に入っていることもあり、南方地域では比較的優位に独立が保たれている王国でもあった。

 また、東のダンダリオン大平原の先には内海ともいうべき広大なロコココ湖が広がり、大陸東部と完全に隔絶されていた。

 その中央たる王城を備えた王都こそがこの『エルタバーナ』。

 歴代王はすべて神教の忠実な僕であり、立場上は教皇を仰ぎ見る存在となっているが、それによって神の名の元に政治を行う神聖政治の一面も持ち合わせていた。

 形式上の最上位者は当然神であり、教皇が二位、そして国王は三位という立場となっているが、実態は君主制である。

 神聖政治を行っていることから、軍には教会が認定した聖騎士が付くこととなり、エルタニア王国の正規軍は、エルタニア聖騎士団とも呼ばれていた。

 そのような政治形態のままおよそ1000年……このエルタニア王国は平和な時を刻んできていたのである。


 しかし……


「うわ……これがまじで、『理想郷』なのかよ……」


「ああ、旦那は王都は初めてだって言ってたよな。これが今の王都の現実だよ。かつての『千年王国』の面影は見る影もないけどな」


 開門された外壁部の門から中へ入ってみれば、そこはまるで難民キャンプの様なありさまだった。家々の多くは朽ち果て、もともと店であったのだろうそこは外から板が打ち付けられて閉店しているのだが、それらも破られ、店内も酷く破壊されてしまっていた。

 そしてとにかく目を引いたのがそこに溢れる浮浪者の数々。痩せこけ、骨と皮ばかりになった連中が通りのあちらこちらで横たわってもう生きているのか死んでいるのかさえ分からない感じで溢れていた。

 

「この辺は家を失った連中のたまり場みたいになってるから、もう少し王城へ近づけば店もあるし、まだ普通の生活してるやつらもいるぜ。ギルドもあっちの方だ」


 シシンが指さす方向はその浮浪者たちの群れの更に先。

 だが、どう見てもそっちの方もそんなに栄えている風ではない。

 背後のヴィエッタやオーユゥーン達を見れば、顔を顰めたまま明らかに困惑していた。マコとバネットに関してはもう鼻をつまんでさえいたのだし。

 お前らそれはいくらなんでも失礼すぎるからやめろ。

 とはいえ、この臭気は俺も相当きつかったわけだが。

 激しい獣臭とでもいえばいいか、汗や糞尿やあらゆる人の分泌物が時間をかけて濃厚に熟成された匂いとでも言えばよいか……正直俺もここまでの匂いを嗅いだことはかつてなかった。

 月軌道での宇宙灯台メンテナンスの時に、たまたま漂流していた宇宙船と遭遇して、およそ20人のクルーを救助した経験があったのだけど、あの時も相当臭いとは感じたが、今回は規模が違いすぎた。

 この中で平然としているのはシシン達緋竜の爪の連中だけだ。

 こいつらにとってはさして問題になるようなものでもないんだろうな、流石だ。


 俺達はシシン達の先導で宿屋へと向かった。

 

「旦那。俺らはこれからギルドに報告に行くんだけど、旦那たちはどうすんだ? このまま宿に入っちまうのかい?」


 そう問われ、俺は空を見上げた。

 まだ、陽は高いし宿に入るにしてもそんなにいそぐ必要もなさそうだ。

 となれば、とっとと用事を済ませた方が良いだろう。


「あー、いや、俺らは……」


「当然買い物っすよ!! ね、ご主人!! ねー、可愛い服買ってくださいよー」


 急に俺に纏わりついてきた機械人形。この野郎、ここまで静かにしてたと思っていたら、いったい何を言い始めやがるか!?


「おまえ、いったい何しに来たと思ってんだよ」


「え? 観光じゃないんすか?」


「ちげーだろうが、これだよこれ。このナイフを届けに来たんだろうが!」

 

 俺は懐に固定しておいた例の赤い刀身のナイフを取り出して二ムへと見せた。

 すると、こいつはポンとひとつ手を打って、


「あー、そういえばそう言う話もありやしたねー! でもご主人まじめっすね? そんなのいつでもいいじゃないっすか? 期限決まってやしませんし!」


「アホか! 頼まれごとを真っ先にやらねえでどうすんだよ!? こういうとこちゃんとしてねえと信用されなくなっちまうんだぞ?」


 それにこの剣自体かなりヤバめの代物だって自覚もあるし、さっさと手放したかったのだ。

 なにしろ、あの化け物みたいなレベル70(聞いた話)の青じじいを、一斬り掠っただけで粉々に分解して殺しちまいやがったんだ。はっきり言って超怖い。

 トリニティ核融合炉10基で漸く一発発射できる原子分解砲と同じ性能持ってるとか、いったいどんな冗談だって話だ。

 怖すぎて、すぐに捨てちまいたかったけど、それこそ悪用されたが最後、世界が終わっちまいそうでそれも出来なかったし。うう、怖すぎだよ、マジで。


「では、ワタクシ達は先に宿に入らせていただいてお部屋を整えさせて頂くといたしますわ。宜しいですか? バネット姉様、シオン、マコ?」


「うん」「オーケーだよ!」「了解、オーユゥーン姉」


「ヴィエッタさんはどうされますの?」

 

 そうオーユゥーンに言われ、ヴィエッタは少し悩んでから、


「私は紋次郎と一緒に行くよ」


「分かりましたわ。それでは後程」


 そうさっさと話しを纏めて宿へと入ろうとしていたそこへ、シシンが声を掛けてきた。


「ちょっと待ってくれよ、オーユゥーン姉さん」


 そう言われ、少しムスッとなったオーユゥーンがシシンへと顔を向けた。


「シシン様に『姉さん』と呼ばれるのはなんだか釈然としませんわね。ワタクシの方が年下ですのよ?」


 それにへへと笑ったシシンが言った。


「んなこた分かってんだよ。姉さんは旦那の女みたいなもんなんだろ? 正室でも妾でも情婦でもなんでもいいんだが、旦那の女なら俺からすりゃあ、姉さんでいいんだよ」


「お、女!? ですの……」


 オーユゥーンはなにやらポッと頬を赤らめて俺を見ているんだが、やめろよそんなまんざらでもないですわ的な顔。俺は本気で何も手を出す気はねえんだからな!

 

「まあ、あれだ。色々とあんたたちにも迷惑かけちまったけどよ、一緒に旅が出来て良かったぜ。それだけ言いたかっただけだ」


 そう言ったシシンへと、ニコッと微笑んだオーユゥーンも応じた。


「こちらこそですわ。天下に名高い、『赤竜殺し』の緋竜の爪の皆様とご一緒出来たこと、光栄に思いますわ」


 え? シシン達って何? 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だったのか? え? 確か本物の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)って指で数えるほどしかいないんじゃなかったっけ?

 そんな俺の疑問はお構いなしにシシンが今度は俺に向き直って手を差し出してきた。


「ま、縁が会ったらまた 会おうぜ。旦那の為ならこの命、いくらでも捨てるからよ」


「いや、それはやめてくれ」


 俺はシシンの手を握りながら言った。


「お前の二人の嫁さんに殺されちまうからな」


「はっ!! あははは!! だよなっ! あはははは」


 高笑いするシシンにまたバンバンと背中を叩かれた。だから痛いから! アビリティの差を考えろってんだよ!

 そして、じゃあ元気でと、シシン達はあっさりと俺達の前から去った。

 まったくあいつらときたら登場もあっさりだったが、去るのもあっさりすぎだろう。

 だが、まあ、どうせすぐに会う事にはなるんだろうけどよ。

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