閑話 朝はおっぱいの牛乳から
我ながら、最低なタイトルをつけたものですw
俺は青く透き通った空が好きだ。
雄大で透明で……どこまでも続く悠久の空間がまるで穢れのないまっすぐさで俺へと語りかけてくるのだから。
お前はまっすぐに生きているのか? と……
お前は道を誤ってはいないか? と……
そう、俺はいつでも自分を戒め続けている。
世の中全て思い通りになんてならない。
正直者が馬鹿を見て、頑張ってるやつが貶められて、クソみたいな自分勝手な奴が金を片手に好き勝手に生きる現代……そんなくそムカつく世の中に嫌気がさして、俺だけは……俺の周囲に対してだけは誠実であろうと必死に頑張ってきた。
だが、結局群がってきたのはくそムカつく金の亡者ども……人の不幸を喜んで、人の努力をあざ笑うそんな連中は、ただただ俺が手にした結果の数々だけを欲した。
そして、そんな俺の傍から、俺が守りたかったたくさんの人たちは去ってしまったんだ。
孤独……心からの孤独だけが俺の中に残り続けた。
親に捨てられ、人のぬくもりだけを求めていた俺に残されていたのは空虚な、くそが渦巻く社会だけだった。
そしてそれは、この異世界においても同じであった。
私利私欲に囚われた多くのムカつく存在と、それに虐げられる存在……、その二者がやはりあって、多くの人はやっぱり不幸だった。
人は決して漫然と幸福にはなれないのだ。そう、そのことだけは、俺はよくわかっている。
だから俺は努力しなければならない。
くそ野郎どもに負けたくなんてないんだ。
俺は、この俺の手で『本当の幸せ』をきっと掴んで見せる。
ほんの少しでも……俺の手の届く範囲だけでも……
とくに、可愛くて愛しいニムだけは、必ず幸せにして見せると……
そう……
澄み渡る空を見上げながら、俺は決意を新たにした!!」
「おい、このクソボケドロイド」
「なんすか?」
「てめえはなんで、空を見上げただけの俺の脇で、そんなナレーションチックな解説はじめやがんだよ? しかもなんでてめえの幸せを俺が一番に考えないといけないんだよ?」
「いいじゃないっすか、減るもんじゃなし。ワッチと一緒に幸せになりやしょうよ! どうせそんなこと思いながらカッコつけただけでやしょ? 違うんすか?」
「あほかっ! いちいち見上げただけでそんなこと考えるわけねえだろうが、このボケ。そもそも俺の過去を赤裸々に解説してんじゃねえよ、胸糞悪い」
「まあまあ、ご主人が本当に頑張ってるってこと、ワッチはちゃーんと知ってやすからね? だからあんまし気にしないでもっとカッコつけていいっすよ?」
「う、うるせいよ! お、俺が何考えたっててめえには関係ねえだろうが! おら、さっさと支度しやがれ!」
「あ、ご主人の朝ごはん出来たって、マコさんたちが言ってやしたよ。出発の準備は全部やっときますから、ちゃっちゃと食べてきてくださいよ」
「ぬぐぅ……なんで俺が説教されてる風になってるんだよ。わぁーったよ。食いにいくよ」
「いってらっしゃーい」
と、そんな感じでボケボケのニムに背中を押されて俺はキャンプ地に戻った。
と言っても、別にそんなに離れていたわけではない。ただ少しもよおして用を足しに行ってたただけなんだが、その背後にニムが当たり前の様に立っていてムカついていただけだ。まったく、あいつと来たら片手に尻拭き用のちり紙まで持ってやがって、『おしり拭きやしょうか?』とか言ってきやがったしな。あの野郎、人のことを寝た切り老人と同じくらいの扱いしやがって。
まあ、いい。あいつはそういう存在なんだ。作った俺が制御できていない欠陥ドロイドなんだから。
そんなこんなでハンドメイドのセクサロイド、ニムと一緒に旅をしている俺……小暮紋次郎は、現在ヴィエッタやオーユゥーンと言った娼婦連中と、シシンたち緋竜の爪の冒険者集団と一緒に王都を目指している最中である。
大所帯ではあるが戦闘力に関しては折り紙付きのメンツがそろっているため、ここまで大した問題も起きずに旅を続け、この国の王都『エルタバーナ』は、もう目と鼻の先なのである。
その入り口とも言える南の関所には、今日中にも到着できるだろうとの話だった。
「あ、お兄様、お待ちしておりましたわ。お食事の用意できてますわよ」
「お、おお……サンキュウな。ん? ベーコンエッグにパンかよ。こんなメニュー良く知ってたな」
そこにあったのはこんがり焼かれたベーコンとその上に乗った目玉焼き。そしてサラダが少しとパンが添えられていた。
ヴィエッタやほかの連中はすでに食べ終わったのか片づけをしているところ。
オーユゥーンは俺を見ながら、コトンとコップを木製の簡易テーブルに置きながら答えた。
「ニムさんに教えていただいたのですわ。お兄様たちの故郷では、このメニューが一般的であるとのことですので、頑張って作ってみましたの。お口に合えば良いのですけれど……」
そう少しもじもじしながら話すオーユゥーンは、いつもの強気な感じと違って自信なさげで、そのギャップに少しどきりとしてしまったのは当然内緒だ。
とりあえず俺はベーコンエッグを口にしてみる。
少し塩気があってそのままでも食えて、確かにうまい。何の卵だかは良くわからんけども、鶏の卵に非常によく似ているから、ひょっとしたら同じような生物なのかもしれないな。
「うまいよ」
「そう……良かった……そう言ってもらえて本当に嬉しいですわ」
二コリとほほ笑んだオーユゥーンを見て、ますます胸の鼓動が速くなるのを感じつつ、慌ててオーユゥーンが手渡してくれたカップを口にした。
それは濃厚なミルクで、まさに極上のうまさ。
そのあまりの美味しさに驚いて、思わずまた声が出た。
「旨いなこれ。このミルクめっちゃ美味いぞ」
そう言った俺にオーユゥーンが微笑んで返してきた。
「本当に良かったですわ。朝早くから搾った甲斐がありましたわ」
と、自分の豊満な胸を掴みながら笑顔のオーユゥーンにそう言われ、瞬間身体が固まった。
「へ? い、今なんて言った?」
「? ですから朝から搾りましたのよ、ミルクを」
怪訝な顔に変わって俺を見つめるオーユゥーンはなんてことは無いようにそう言いながら、相変わらず自分の胸を揉んでやがるし。
「つ、つまりこのミルクの出どころは……」
「ワタクシのお乳ですわっ!」
「ぶぅーーーーーーーーーーっ!」
「ちょ、ちょっとお兄様!?」
あまりの驚愕に思わず吹き出してしまった俺に、オーユゥーンは少し怒ったような微妙な表情で俺を睨んでいやがるが、まさかそんなもんを俺に飲ませやがるとは!!
「お、お前な、どこの世界に、自分の母乳をコップに入れて、ハイどうぞって差し出す奴がいるんだよ! めちゃくちゃ恥ずかしいよ! 俺は!」
「恥ずかしいですの?」
何を言われたかわからないといった風に、ポケッとした顔で小首をかしげるオーユゥーン。その隣にやってきたシオンが声を上げた。
「もうっ! お兄さんってば本当にもったいないよ! 『牛人』のミルクって本当に高価なんだよ! それもオーユゥーン姉のミルクを吹き出すなんてさ! 私だってちょぴっとしか飲んだことないのに!」
「はあ? 高価だって? ってか、『牛人』? オーユゥーンお前、人間じゃなかったのか?」
その俺の問いかけに、オーユゥーンはきょとんとしたまま即答。
「あら? 申しませんでしたかしら? ワタクシはヒューマンではなく、所謂ヒューマン達から亜人と呼ばれる亜種族の、牛人ですわ」
「はあ? そ、そうなのか? でも、ぜんぜん人と同じじゃねえかよ」
そうしげしげとオーユゥーンを見つめながら言ってみれば、彼女は自分の若草色の長い髪をかき上げながら俺に頭を差し出してきた。
そこには、小さなブラウンの角が生えていた。
「ほら、ヒューマンと違ってここに角もありますのよ。それにお尻には尻尾もありますし、力も元々かなりありますから、戦闘でもお役に立てますわ」
そう言いつつ今度は俺へと尻を突き出しつつ、スカートを脱ごうとしやがるし。
「み、みみみみ見せなくていいから! わかったから! お前は牛人! うん、了解!」
そう言うとオーユゥーンは何やら不満そうに自分の手にしたスカートのホックを再び付け直した。
そして今度はマコがそのオーユゥーンにまとわりつきながら言った。
「くそお兄ちゃん分かってなさそうだから教えてあげるけど、マコもシオンちゃんも亜人なんだよ? シオンちゃんが『犬人』で、マコが『兎人』なの! ぴょんぴょーん!」
そう言いつつ、マコはシオンの髪に手を伸ばすと、今まで髪の毛だとばかりに思っていたその長く垂れた耳を持ち上げる。すると、シオンはブルリと身体を震えさせて真っ赤になって仰け反った。なに? 感じちゃってんのか? ひょっとして!? うわわ、やめろよ人前でそういう反応!
それから、マコは被っていた帽子を取ったのだが、そこには大きな金色の兎耳が! そしてふるふる振る尻の少し上からは小さな尻尾が覗いていた。
「し、知らなかった。てめえら、亜人だったんだな」
その俺の言葉にオーユゥーンは少し寂しげに目を伏せて返した。
「お兄様は亜人がお嫌いですの?」
その声は少し不安そうでもあるが、これについての俺の回答は明確だ。
「いや、好きだ嫌いだはまったく関係ねえよ、俺は亜人のことなんてほとんど知らねえからな、単純に驚いたってだけだ。いやまじで驚いた。いったいどんな進化を辿ってその姿になりやがったんだよ? まさかそれぞれの種族から同時に人類が誕生したわけじゃああるまい? 人為的にか? 突然変異か?」
と、そんな具合に3人を見ながらぶつぶつ言っていたのだが、当の三人は全く俺の言が理解できないようでただ首をかしげていた。当然今答えは出ないわけだが。そしてオーユゥーンが再び口を開く。
「お嫌でないのでしたらうれしいですわ。ちなみに我々のような獣の特徴を有した種族は全部で13種族おりまして、他には、『虎人』、『竜人』、『蛇人』、『馬人』と……」
「いや、ちょっと待て! バネットが鼠人で、お前が牛人で、マコが兎人で、シオンが犬人……そんでお前が言った種族がいるとなりゃあ……後は、羊人と、猿人と、鳥人、猪人……それに、番外で猫人が入るんじゃねえのか?」
そう言ってみれば、オーユゥーンがつまらなさそうに答えた。
「あら? 知っておりましたの? 仰る通り、後は『羊人』、『猿人』、『鳥人』、『猪人』ですわ。それと、なぜか自分たちは別格で、そもそも人間を超えた人類だと言いはる方の多い『猫人』の種族の方も、一般的に見れば獣系統の亜人ですわね」
「それ、まんま十二支じゃねえか! なめてんのか、この世界は!」
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥……で、猫かよ。というか猫人の呼び方、キャッツなんだな。猫過ぎて、もう完全に猫だろうに、なんで人類名乗ってんだよ? あれか? この世界の猫人もやっぱり空気読めない系のお調子者で、まんまと鼠に騙されちゃったからとか、そういうことか?
「お兄様のおっしゃる『エト?』という物が何かは存じませんけれど、亜人で数が多いのはワタクシたちのような獣系の亜人ですわね。他には、小人族やエルフなどの方も亜人と呼ばれておりますけれど、大分数が減りますので。でもやっぱりこの大陸で一番数が多いのはヒューマンですし、ほぼすべての国はヒューマンの国で間違いありませんわね。正直亜人は下に見られがちで、ヒューマンよりも仕事などで冷遇されることもありますし、国によっては亜人は非人として有無を言わさず殺戮しているところもあるそうですわ。北の大国ジルゴニア帝国などはそのようですわね」
淡々と話すオーユゥーンの話の中で、予期せずこの世界の内情の一端を垣間見ることが出来たわけだけど、やっぱり胸糞悪かった
「なんだそりゃ? くそ過ぎて吐き気がしやがるな。そんなにこの世界じゃあ亜人の人たちは迫害されてるのかよ」
「その通りです……わ? なにかお兄様の仰り様ですと、まるでこの世界の御方ではないように聞こえますけれど?」
「その通りなんだけどよ……まったく、くそ野郎ばっかりじゃねえか。じゃあ、お前らも相当に辛い目に遭ってやがるのかよ?」
「え……ええ? まあ、ワタクシたちはそうでもありませんけれど……このエルタニア王国は神教の聖地でもありますし、神教は全ての種族を『人』と認めておりますので、この国にいる限りは特に亜人ということだけでヒューマンから迫害されることはありませんわ。もっとも、女性ということで暴行されることはありますけれど」
その観点からすれば神教って宗教もそんなに悪い物じゃない気がするが、あの青じじいみたいなのものいるし、そもそもオーユゥーンに関して言えば、国軍とも言える聖騎士の奴らに拉致監禁された過去があるわけだから、この国もそれほど良いものではなさそう……というより、相当腐ってやがるんだろうな、きっと。
「ええと、お兄様?」
「なんだよ?」
何か言いたげに俺を見てくるオーユゥーンだったが、少し俺を、見上げるように見つめた後で、ほぅっと一息ついてから口を開いた。
「まあ、いいですわ。それよりもお兄様? その手にされているワタクシのミルク、是非お飲みくださいましな。お兄様はレベルもなかなか上がらないご様子ですし、ワタクシたちの種族のミルクには滋養強壮の効果もございますので、これをお飲みになって少しでもお力をお付けくださいまし」
「うっ……やっぱり飲まないといけないのかよ?」
「はい」
見れば、オーユゥーンだけでなく、シオンやマコや周りにいる連中もみんな注目してやがる……というか、興味津々といったぐあいだ。
ゴンゴウに関して言えば、要らないのであれば我に譲って……とか口走ろうとして、クロンとシャロンに思いっきり蹴られていた。まあ、大木みたいな野郎だからびくともしていなかったが。
確かにさっき一口飲んでみて、あまりの旨さに俺も驚愕した。あの味はまさに極上品に間違いないのだ。
しかしなぁ……
このミルクの出どころが、オーユゥーンの大きな二つのあれだと思うと、はっきりいって背徳感が半端ない。さっきからちらちらオーユゥーンを見ているわけだが、確実に視線は胸に行ってしまうしな。
でも、こいつが俺の身体を思って用意したのだろうということは簡単に察することが出来る。
なにしろ、こいつの言う通り俺のレベルは相変わらずの『1』。もはやどうやってこれを上げればいいのか全く想像もつかない次元なのだ。
そんな俺を気遣って、これを用意したかと思うと、無下に断るのも気が引けるし……ぐぬぬ。
そう悩んでいた時だった。
「ご主人ご主人」
背後から声がして振り返れば、耳元に口を寄せてきた二ムの顔。
「オーユゥーンさんは牛さんじゃないっすか。それなら、そのおっぱいは完全に牛乳でやんすよ? ご主人牛乳でしたら、地球にいた時、毎朝飲んでたじゃないっすか。ですから、それを飲んでも全く何にも問題ありませんて。それに牛乳は本当に身体に良い栄養たっぷりなんですよ。せっかくのおいしい牛乳です。ここは飲みましょうよ!」
「お、おお?」
そう言われてみれば、確かに俺は毎朝牛乳を必ず飲んでいたな。
銘柄だって長野で昔ながらの製法で作っているブランドの物を好んで買っていたくらいで、どちらかといえば牛乳は好きだった。特に美味しい牛乳が。
「そ、そうだよな? 確かにこれは牛乳……そう、牛乳だ。牛乳なんだから飲んだってまったく問題ない。そう、そうに違いない!」
そう思った瞬間に頭の中のもやもやした霧が一気に晴れた。
そう、これは牛乳だ。人間は牛のお乳を飲んでその味を楽しみつつ栄養をとりこんで生活しているのだ。そしてオーユゥーンはそんな牛の系統の牛人。つまり、そのミルクは牛乳で間違いないのだ。
彼女は俺の身を案じてこの牛乳を用意したのだ。それを飲むことにまったく問題は……
『ない!!』
そう俺の中で一気に結論が出た。
「よしわかったオーユゥーンこれもらうからな!」
「はいですわ!」
嬉しそうににこりと微笑んだオーユゥーンを見ながら、俺はその超濃厚で美味しい牛乳を一気にごきゅごきゅと飲み干した。
美味い! 本当に美味い! こんな美味い牛乳は本当に生まれて始めてだ。
この異世界に来てからというのも、本当にくそムカつくことのオンパレードだったが、まさかこんなに美味い牛乳と出会えるなんて……
この牛乳に出会えただけども、この異世界に来た甲斐があったのかもしれないな、うん!
あれ? 何か大事なことを忘れているような……
絶品の牛乳を味わいつつ、何やら忘れているような気がしていた俺へ、とてとてと近づいてきたヴィエッタが空のコップを見つめながらぽそりと言った。
「あ、紋次郎、私も毎朝少しおっぱいが出る体質だから、そのミルクに私のおっぱいも入れておいたからね!」
「ぶぅーーーーーーーーーーっ!」
唐突なヴィエッタの告白に、俺は噴出した。
当たり前だ!!
「あ、ご主人、それやっぱり牛乳じゃなくって、人乳ですね! あははははははは」
夜明けの天気の良い青空の下、ただニムの笑い声が木霊したのだった。
ちなみに……
「お前ら……乳が出るってことは……まさか妊娠とかしちゃってるのかよ?」
そう聞いてみれば、
「ワタクシはヒューマン担当の娼婦でしたから、今まで一度も妊娠したことはありませんわ。他種族との間には子供は出来ませんのよ? ですから安心してワタクシとまぐわって……」
などと赤裸々に宣うオーユゥーンと、
「おっぱいはただの体質だよ? 私も赤ちゃんできたことないもの? でも、紋次郎となら出来る気がするの! うん! きっと!」
と、目をキラキラさせて、そんな恐ろしい事をヴィエッタが言うのであった。
今回はあくまで閑話のショートストーリーとなります。
お待ちくださっていただいている皆様には申し訳ありませんが、本編はもうしばらくお待ちください。
やっぱり年度末は忙しかった……




