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第五十五話 優しくお礼②

 俺はうつ伏せで逆大の字で倒れ伏している二ムへと近づいて、さも悲しそうな感じの演技をしてから、バスカーへと向き直った。


「まあよ、でもこんな不毛な言い争いしてても何も始まらねえよ。どうせこいつは生きてはいないしな。なあ、バスカーさん。もしあんたがどうしてもヴィエッタを必要というなら、俺はもう一度ヴィエッタを説得してもいいぜ。ヴィエッタも自分のせいで二ムがこうなったことに、大分責任を感じてるみたいだし、こいつは俺にかなりデカい借りもあるから俺の言うことなら多分聞いてくれるしな」

 

 そう言うとと、ヴィエッタは大きくうなずいた。もはや何も心配してはいない様子だ。

 そんな有効な貸し借りがあるなら、最初っから提示して二ムを救ってやれよとか、普通なら思いつきそうなものだが、まあ、今のバスカーはどうもそれどころじゃない様子。

 藁にも縋りたいって感じだな、さて……


「ほ、本当か? 本当にヴィエッタを手にいれられるのか?」


「ああ、そうだ。だけど、俺にも条件があるぜ?」


「じょ、条件……?」


 訝しい目つきで俺を見るバスカーは、さっきまでのやられっぱなしの会話のせいか、随分と緊張している様子だ。

 だから俺は安心させてやる意味もあって、わざとゆっくりと話した。


「ああ、あんたなら何も問題ない条件だよ。見ての通り、俺のつれは今ここに転がっている。正直このまま旅に出るのは厳しいんだ。さて、そこでこちらの条件なんだが、ヴィエッタをなんとかしてやるから、奴隷を一人貰えねえか? ちょっと一人選ばせてくれよ」


 奴は俺を睨みながら言った。


「そ、そんな程度のことで本当にヴィエッタが俺のモノになるのか? し、信じられん! しょ、証拠をみせろ!」


 そう言われて俺はヴィエッタの腕をむんずと掴んで前に出た。そして言う。


「なあ、ヴィエッタ。これからこいつのモノになってくれよ。頼む」


 目で合図しながらそう言うと、ヴィエッタは大きく頷いた。


「いいよ! 私、この人のとこに行く」


「おお! おおおっ!! やった、やったぞ、ヴィエッタが、ヴィエッタがようやく俺のモノにぃぃぃぃぃぃ」


 雄叫びにも近い絶叫を上げるバスカー。こいつ、本気も本気で追い込まれてんだな。もうちょい冷静だったらこんな胡散臭い誘い、普通は断るだろうによ。

 まあ、俺の方としては楽でいいんだが……

 さて、仕上げといきますか。


「なあ、バスカーさん。そうしたらよ、いくつか細かい点を決めていくから、俺の言葉に了解してくれな? なあに、別にだまそうなんてしねえよ。ヴィエッタはあんたにやるんだから」


「あ、ああ、いいとも。ヴィエッタさえ貰えれば私はなんでもかまわん」


 俺はため息が漏れるのを堪えつつ、条件をあげた。


「まず、今のヴィエッタは隷属契約紋が消えちまってるんだ。だから先に所有者をあんたにして隷属契約を結んじまうからな、それでいいな」


「もちろんだとも。ヴィエッタが私のものになるというなら、何でも良い。しかし、今ここには隷属契約の魔導具はないのだが」


「ああ、その心配は要らねえよ。オーユゥーン、ちょっときてくれ」


「はいですわ」


 そしてやってきたオーユゥーンを見ながら、ヴィエッタに聞いてみれば、やはり胸に精霊がいるようだ。くそ、精霊どもめ、実はみんなおっぱい星人ではなかろうか!

 

「どうぞですわ」


 そも当たり前の様に胸を突き出してくるオーユゥーンその大迫力の胸をなるべく見ないようにしながら、俺は軽く触れて魔法を唱えた。


「『隷属契約ダクネス・スレイブコントラクト』」


 それを完成させると同時に、ヴィエッタの背中に例の黒っぽい奴隷紋が浮かび上がってきた。

 この魔法の存在を俺は知らなかったのだが、術式の構成を考えてみたら、どうも闇の使役魔法を改良したものだということが分かった。類似の術式が多かったからな。

 となれば、あとは簡単だ。完成形の奴隷紋は既に見て知っているのだから、そこから逆算して、同じような結果を導き出せるようにすればいい。

 そして完成したのがこの魔法だ。結構良く出来ていると思うよ。

 ちょっといじくって、奴隷紋の模様をただの楕円からハート型に変えてみたりもしたし。

 ということで背中に浮かび上がってくるその奴隷紋に最後の一行を加えるべく、バスカーの奴を呼んでその血を一滴その奴隷紋へと落とした。

 黒い光が紋から放たれ、そして契約が成立する。


「さあ、これでヴィエッタはあんたのモノだ」


「おお、おお、これでようやく……」


「おっと、早まるんじゃねえよ。こっちは誠意を見せようとして先に契約させてやっただけだ。あんたが約束を違えないとも限らねえからな。もし適当にやろうとしやがったら、即刻この紋を消し去ってやるからな」


「な、なに? そ、そんなことが出来るのか?」


「当たり前だろうが! 消せるから、こうやって刻むこともできたんだろうが。なんならすぐに消し去ってやろうか?」


 そう脅してみれば、バスカーは慌てて口を開く。


「わ、分かった。分かったとも。奴隷だな? 奴隷を用意すればいいんだな? すぐに用意しよう」


「ああ、当然だ。だけど、それだけじゃちょっと不足だなぁ。おいあんた。あんた要らなくなった奴隷を聖騎士だとか、盗賊だとかに横流ししたことがあったんじゃねえのか?」


「ど、どうして、それを……あ」


 慌てて口を噤もうとしたバスカーだがもう遅い。今のは適当に言っただけのことだったんだが、やっぱりこいつも一枚噛んでやがったんだな。

 聖騎士と盗賊が――と言ったところで、大した人数がいるわけでもない。それなのに、あれほどの数の生贄を用意していたとなると、当然だがそれを仲介した奴がいてもおかしくはないと思っていたんだ。まさにビンゴだったわけだな。

 俺はこの際だからと要求を増やすことにした。


「まあ、それは別にいいよ、もう。どうしようもないから。でもな、これから先、奴隷は大事にしろよ? 三食きっちり食べさせて、服もきちんと着せて、衛生的に生活させろよ」


「そ、それはもうそうしておりますとも。うちの奴隷は品が良いと評判ですし」


 どうだかな……もうてめえの営業スマイルには騙されやしねえんだよ。


「そうか。なら、もう少し……奴隷の譲渡先もきちんと指導して、虐待とか暴行とか、そういうことが起こらないようにしとけよ? なんなら、奴隷を買い戻すくらいして、大事にしてやれよ」


「そう……ですな。それくらいは必要かもですな。大丈夫ですとも。うちは誠意をもって商売しておりますから。さあ、了解しましたから早く、ヴィエッタを……」


「まあ、待てよ。もう一つだけだ。一番大事なことだ。いいか? 人はな、恨めば恨んだだけ恨みを貰うもんだ。だからな、お前はもう人を恨んじゃあだめだぜ? どんなに嫌なことがあったって、どんなに辛いことがあったって、絶対に人を恨まないで、真摯に生きるんだぜ? さあ、どうだ?」


 俺はヴィエッタの背中をぐいっと押してバスカーへと近づけつつ、奴の返答を待つ。

 バスカーはにやけた顔のままで、ヴィエッタを抱きしめようと前のめりに飛び掛かろうとしてきた。と、そこでいったんヴィエッタの腕を引く。

 それに追いすがろうとした奴に向かって、俺は『ある魔法を詠唱したままで』聞いた。


「『……の元に汝……この条件でヴィエッタを手に入れますか?』」


「当然だ! 当然その条件を飲むぞ! だから早くヴィエッタを……あ」


 奴がそう言った瞬間のことだった。

 突然に奴の身体を金色の光が包む。そう、昨日二ムがこの男に返事をした時と同じように。

 バスカーは光自分の身体を見つつ、愕然となって目を見開いていた。


「ま、まさか……まさかこの魔法は……」


「ああ? まさか知らねえ分けねえだろう? だって、この魔法はお前が先に使って俺に見せてくれたもんだし、それにさっきその魔法のせいで二ムが倒れちまったんだしな。まあ、二ムの場合はただの演技なんだけど。おい二ム。もういいぞ。さっさとおきやがれ」


 その途端に、二ムがむくりと起き上がってそしてすぐに俺の脇へとやってきた。

 

「もうご主人ってば、もっと優しく起こしてくださいよー。って、ん? ご主人、いつまでオーユゥーンさんのおっぱい触ってるんでやす?」


「っと、うわああああっ! お、おもいっきり忘れてたぁ」


 俺が仰け反って手を放すと、オーユゥーンが少し不機嫌そうに言った。


「別にそのままでも良かったのですけれど……いけずですわね」


「う、うるせいよ! やめろよ、そういうのは」


 うわあ、素で忘れてたぁ。魔法を使うからってそのままにしてたんだった。これはこれからも気を付けねば。ただのおっぱい好きの変質者とか思われそうだ。

 

「な、なぜだ? なぜ生きているんだ? あの『死の契約ダクネス・デスコントラクト』は間違いなく成功していたはずだ。そ、それになぜ、お前がこの魔法を使える? こ、これは闇魔法の中でも最上位クラスの難易度の高い魔法……私だって恩恵を得てなんとか使えているだけだというのに、なぜ貴様はこれを使えるんだ? ありえん」


 そう我を忘れて吠えまくるバスカーさん。

 まあ、本当に気持ちは分かるよ、うんうん。

 自分が優位に立っていたはずだったのに、お株をすべて取られたあげく、完全に見下された感じなっちゃったしね。

 でもな、全部お前が悪いんだよ。

 世の中、上には上がいるし、自分の手の内を晒せば、すぐにそれは対策されるもの。それに『人を呪わば穴二つ』って言葉もある通り、お前みたいに人を貶めようとしてばかりいれば、当然自分も墓穴にはまることになるもんなんだ。

 ま、当然の報いだと思って諦めろよ。

 では、トドメといこうかな。

 俺は冷や汗を垂らしているバスカーへと近づいて言った。


「この死の契約は保険みたいなもんだよ。あんただって俺らと契約するときにつかったし、お互い様だろ? さて、まずなんで二ムが死んでいないかだが、まあ、こいつにはもともと心臓がないからな。死ななくてあたりまえだ。次に……」


「ちょっとご主人、そこ流しちゃっていいんですかい? もうちょい具体的に教えてあげたほうが」


「いいんだよ、どうせ言ったってわかりゃあしねえんだから。お前には心臓の代わりに、陽電子リアクターがあるって言ったって、わからねえだろうが。なあ、分からねえだろう?」


 そうバスカーへと聞いてみたが、返事もない。思考がまったく追いついていないって感じだな。

 俺はとにかく続けた。


「で、つぎだ。さっきの死の契約の通り、これからは奴隷を大事にしろよな? ちゃんと3食あげて風呂にも入れてやって綺麗にして服も着せてやれよ? それと、過酷な労働もさせるなよ? 派遣先ともきちんと連絡をとって、ダメそうなら買い戻せよ? いいな? わかったな?」


 今度もバスカーは反応がない。というか、みるみる顔が青ざめていく一方だ。

 そして今度こそトドメ。


「じゃあ、約束通りヴィエッタをお前に渡すよ。ほらよ」


 そう言ってヴィエッタの背中をちょんと押す。ヴィエッタは流石に不安そうな顔になったが、ゆっくりとバスカーの元へと歩いて行った。


「おお……おおお……そ、そうだ。わ、私にはヴィエッタが、まだヴィエッタがいるんだ。ああ、ヴィエッタ、愛しいヴィエッタ。さあ、私を慰めておくれ……」


 そう言いながらヴィエッタを抱きしめようとしたバスカー。そんな奴に良く聞こえるように俺は言った。


「よし、これであんたにヴィエッタは渡ったな? ということで今度はこっちの番だ。『誰でも好きな奴隷を貰える』んだったな。なら、俺は『お前の奴隷のヴィエッタを貰う』とするよ。さあ、こいよ、ヴィエッタ」


「なっ! な、なんだとおっ!」



 震えながら叫ぶバスカーを振り返りつつ、ヴィエッタが俺の元へと駆け戻ってくる。

 俺はすぐさま魔法を唱え、自分の血をヴィエッタのハート型の奴隷紋へと注いだ。そしてすぐに所有者を俺に変更した。

 そしてその頭をくしゃっと撫でてやると、ヴィエッタは本当に嬉しそうに微笑んだ。

 くっ!可愛……!


「おっと、それと確か、ヴィエッタを買ってこれれば、そこの鼠人(らっちまん)のバネットは5000ゴールドで買い戻しさせてくれるんだったよな。ほれ、5000ゴールド」


 と言いつつ、取り出した例の5000ゴールドの入った袋を奴へと放り投げた。そしてバネットを見れば、グイっとサムズアップしてやがった。まあ、お前は泥棒したんだから、もうちょい反省しやがれ。

 

 さあて、だがこの茶番もこれで漸く終わりだ。

 俺がやりたかった『仕返し』は完全に成功したな。


 とにかくこのバスカーの野郎には昨日散々やられてムカついたからな。

 まず、バネットを買い戻そうとしただけでかなり吹っかけらてムカついて、妙なゲームを持ち出された上に、その過程で二ムに変な魔法を掛けられてムカついて、さらにヴィエッタを買ってこいとかいう無茶な要求にムカついて、挙句掴まえていたバネットに拷問までしていやがって超ムカついた。

 この野郎は間違いなく人間の屑だが、だからってぶっ殺そうとは俺は思わなかった。

 こういう、なんでも自分の思い通りになると思っている奴ってのは、何をしたって反省なんかしねえもんだ。

 なら、どうするか?

 簡単だ。全部思い通りにいかないようにしちまえばいい。

 特にこの世界には呪いや魔法もあるからな。それで制約を掛けちまうだけでも効果はあるんだ。

 ということで、俺はこいつの全てを奪い去ると最初から決めていたんだ。そのためにわざわざヴィエッタもこうやって連れてきたんだしよ。

 まあ、もうこれでこいつも何もできはしないだろう?

 そう思った時だった。


「ふ、ふざけるなっ! ふざけてんじゃねえっ! ば、ばかにしやがって、わ、私をいったい誰だと思っているっ! 奴隷商のバスカーと言えば、この界隈で知らないものはいないんだ‼ お、お前らていど、お前ら程度の連中の命なんか、どうとでも――くっ……くうう……く、苦しい……、む、胸が……」


 突然悶えてうずくまったバスカー。

 俺は奴に教えてやった。


「おっと、さっきの契約の内容を忘れない方がいいぜ? 人を恨んじゃだめよ? どんなに辛くても苦しくても、真面目に人を恨まないで生活しないとな。そうしないと、さっさと死の契約で心臓とまっちゃうぜ? あんた二ムと違って心臓のある人間なんだからよ。長生きしたけりゃ、真面目に生きろって。あ、奴隷たちにも優しくしてやるんだぜ」


 そう言ってから、振り返ってヴィエッタと二ムの背中を押して歩き出す。

 

「待って……たのむ……たす、たすけて……」


 さっきとはうって変わったか細い声が聞こえたが、もう振り返る気はない。

 こいつへの仕返しはもう終わりだ。あとは心を入れ替えて立派に商売に励むことを期待するとしよう。

 大丈夫、きっと。人間はどんなにくじけても絶対に立ち直れる生き物だから。

 

 などと、脳内で呟きつつ、俺達はその場を後にした。

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