第五十四話 優しくお礼①
俺達一同は一路例の奴隷商人の館へと向かった。
面子は言うまでもないことだが、俺と、ヴィエッタ、マリアンヌの『商品』組と、二ム、バネットの逃げ出しては来ちゃったが『人質』組。それと、オーユゥーン、シオン、マコの3人組みと、シシン、クロン、シャロン、ゴンゴウ、ヨザクの緋竜の爪の5人組みが付き添いというかギャラリーとして同行している。
まあ、ギャラリーというだけなら、孤狼団の連中とか、コスプレ娼婦軍団とかの一部も随行しているわけで、ざっと見ると30人以上はいる感じだ。
いや、まあ、よくもこうわらわらと集まったもんだけど、被災した街がまだ混沌としているから、その人数もだいぶ減ったという印象。災害対策に動いている連中には本当に頭が下がるよ。
さて、そんなこんなで、瓦礫を乗り越えつつ例の商館へとたどり着いてみれば、惨憺たる状況だった。
「あららららら」
思わずそんな声が出た俺の目の前では自分の薄くなった髪を掻きむしって絶叫している一人の小太りの男の姿。
「わ、私の店が‼ わ、私の財産が、わ、私の……」
例の奴隷商人だった。確かバスカーとか言ったか? 奴は頭を掻きむしりながら、死んで倒れた巨人に完全に潰されてしまった自分の3階建ての建物を見ながら泣きわめき続けていた。
「おい二ム。お前あれわざとあそこに倒れるようにレーザーキャノン撃ったんじゃあるまいな?」
「え? そんなこと思ってやしませんよ? ただ、あ、あそこさっきまで捕まってたとこだー、あそこに倒れたら面白いかも―! くらいに思ってたんすけど、自然とそっちに倒れていったって感じっすかね? 人間、思ってると現実化しやすいもんなんすね、うんうん」
「『マーフィーの法則』かよ! 思いっきり狙ってんじゃねえか! まったくてめえは人間でもないだろうが」
『失敗する余地があれば、必ず失敗する』だったか? まったくそんなとこまで人間化しなくていいんだよ、機械なんだから。
バスカーの館はヘカトンケイルの巨体によってほぼ全壊。残されているのは豪奢な感じの玄関のみ。そのハリボテ感が半端なくてまさにシュールな絵面だ。あれ、開けたらヘカトンケイルさんに『こんにちは』か、うん、ちょっとおもしろい……いや気持ち悪いか。
話が進まないので、俺はバスカーの元へ行き、その背中をぽんぽんと叩いた。
奴は一瞬ヒイッと小さく悲鳴を上げつつ跳びはねた後に俺へと視線を向けてにこおっと不気味に微笑んだ。
「よお、約束通りヴィエッタを連れてきたぞ。それと人質の方も」
「お、おお……おおおお……」
バスカーはよろよろと俺へと不気味に笑いながら近づいて来るが、財産の一部が帰って来たくらいに思って嬉しくなっちゃったのは分かるが、そのドアップはマジ止めろ。
逃げ出した人質まで連れてきてやるなんて、本当に俺はお人よしすぎると思うけど、こいつらがいなければ話が進まないからな。
さあて、なら、お仕置きを開始しますかね。
「ほら、約束通りヴィエッタを連れてきたぜ。だからさっさと二ムに掛けた『死の契約』の魔法を解除しろよ」
そう言って俺はヴィエッタの手を掴んでぐいっとバスカーへと引き渡そうとした。
その俺の行為にヴィエッタはさも驚いた感じで、なんで? と叫びそうな顔に変わって俺を見ていた。
あ、そういや、こいつには何もレクチャーしてなかったな。まあ、別にアドリブで問題ないだろう。
俺はさらにぐいぐいとヴィエッタの背中を押しながら奴へと言った。
「約束通りこうやってヴィエッタを連れてきたんだ。てめえもさっさと約束を果たせよ」
「おお……た、確かに……確かにヴィエッタ嬢ですな。おお、そう、ヴィエッタ嬢だ! こ、これなら……ヴィエッタさえいれば、いくらでも金は集められる! いくらでも。おお、そうです。そうですね、お客さまのお連れの方も急にお姿が見えなくなってしまって心配していたところなのですよ。すぐに! 今すぐに魔法を解除しましょう! ヴィエッタ。やった、ヴィエッタが手に入った。うひひ」
バスカーはもうなりふり構っていられないのか、『出来る商人』の顔を完全に演じられないままに、結構邪念入り混じりの本音ダダ漏れのまま、ヴィエッタへと近づいてその手を取った。
ヴィエッタはいよいよ困惑した顔で、俺へと助けを求めてくるのだが……何も言えないままにオドオドしていた。
素直に言いたいことを言えばいいだけなんだけどなぁ。
「さあ、ヴィエッタ。こっちへおいで。わ、私が次の主のバスカーだ。さあ、手ずから教育してあげよう。うへへ」
卑しく笑うバスカーを見た後で、更に俺を見てくるヴィエッタ。めっちゃ嫌そうな顔をしていた。
俺はそんなヴィエッタの耳もとに口を近づけてこそこそっと言った。
「嫌ですって言え」
「んっ」
耳元に息がかかったとたんに全身をぶるぶるっと震わせるヴィエッタ。真っ赤になって、なにやらトロンとした目で俺を見てくるんだが。ええい、遊んでんじゃねえ!
「いいから、絶体嫌です! あんたみたいな男のところには行きたくありませんとかなんとかなんでもいいから、さっさと言え!」
「え? え? えーと」
ヴィエッタはにたぁっと笑っているバスカーに顔を向けて言った。
「ぜ、ぜったいいやです・あ、あんた? あなたみたいなブタには触られたくもありません? だっけ?」
おおう、こいつ、感情一切なしの棒読みの上、俺以上に辛辣なセリフ吐いてやがる。
それを聞いたバスカーは、一瞬で顔を真っ赤に沸騰させて、ぐいっと乱暴にヴィエッタの腕を引っ張った。
「や、優しくしてやっておれば、ちょ、調子にのりおって‼ この奴隷風情が! お前の身体はもうこの私の物だ。歯向かうんじゃない。それにお前が言うことを聞かなければ、そこにいる黒髪の女が死ぬことになるんだぞ‼ ぐへへ、お前のせいで目の前で人が死ぬのはいやだろう? さあ、わかったらさっさとこっちへ来るんだ」
そう言われて、ヴィエッタはまた困惑顔で俺を見た。
俺は口パクで、『それでも嫌です』と言え、と何度か繰り返すと、ヴィエッタは真剣な顔でコクリ頷いてバスカーを見た。
「触るな変態! 豚は死ね!」
そう言い切って振り返ったヴィエッタは、すごく良い顔でウインク&サムズアップ。いや、それ俺が言えっていった内容と全然違うからな。
さらに赤くなって、額に血管をいくつも浮かび上がらせたバスカーは、もう限界とばかりに何か吠えようとしていたが、そこに俺が言葉を差し込んだ。
「これはもう駄目だ。ヴィエッタにはあんたの所に行ってくれとは頼んだが、ヴィエッタが嫌というなら俺は諦めるしかない。悪い二ム。お前の命ももうここまでだ。俺は約束を果たせなかったよ」
「いいんすよご主人。ご主人のために死ねるなら、ワッチ、これ以上の喜びはないっすよ」
「すまん二ム」
「ご主人! およよ……」
「え? へ? ちょっとまっ……」
俺達の三文芝居を見ながら慌てだすバスカー。だが、俺はすぐさま言い切った。
「すまん。俺は『契約』に失敗した」
そう言い切った瞬間、二ムの胸の辺りに黒い靄が舞い降りる。そしてその靄がだんだんと黒く染まり、そしてそのまま二ムの胸へとすいこまれた。
そして……
「うっ‼ うう……ぱたり」
と口で言いつつ二ムが胸を押さえてその場にぱたりと倒れた。口で言うな、口で!
「そ、そんな……しょ、商品が、金が……ど、どうしてくれるんだ! 大事な商品になんてことをしてくれたんだ‼ ああ……」
いや、それ別にお前の商品でもなんでもないんだけどな。本当にクズだな、こいつは。
するとバスカーが当然俺へと詰め寄ってきた。
「あ、あんた! あんたはゲームを失敗したんだ。失敗したんだからヴィエッタを買うために渡した2億ゴールドもさっさと返せ! ついでにヴィエッタも置いていけ、さあ、さっさとしろ」
「はあ? 混乱しているのはわかるけどよ。それはちょっとおかしすぎるだろう? 『この金はヴィエッタを買う代金』だと言ったのはあんただったはずだ。で、俺はヴィエッタをきちんと買ったんだから返す必要はないだろう
?」
「な、何をバカな! だったら、ヴィエッタの所有権は私にあるはずではないかっ! ならヴィエッタをさっさと寄越して」
「だからヴィエッタにはここに来てくれって頼んだだけだっつーの! 俺がやったのは、『ヴィエッタを買って、ここに来てくれって頼んだ』ただ、それだけだよ」
「なるほどね、そういうことかい」
俺の話を聞いて、近くでずっと黙って聞いて居たマリアンヌがニヤリと笑ってから唐突に声を出した。
彼女は全て納得できたのだろう、ずいとその巨体を近づけてきた。
「ま、マリアンヌ? あ、あんたまで来てたのか」
「ああ、ずっといたさバスカー。もっとも今の追い詰められたあんたにゃあ、スリムなあたしの身体は映らなかったかもしれないけどね」
いったい何のジョークだとちょっと気色悪く思いつつも、ここはマリアンヌに任せた。
「そこの男の言う通りさね。あたしはこの男にヴィエッタを売ったのさ、『一晩』ね」
「な、なにぃっ!?」
絶叫するバスカー。
おっと、何も頼んでいないが、マリアンヌは俺の茶番に付き合ってくれるようだ。
バスカーはワナワナと震えながらマリアンヌへと迫った。
「ば、ばかなっ! ばかじゃないのかっ!? ひ、一晩……たった一晩だと!? たった一晩が2億ゴールドだとでもいうのか? ば、ばかばかしい!」
「あー、それな。俺娼館とか行ったことねえから良く分からなくてよ。ひょっとしたらぼったくられたかもしれねえが、まあ問題ないだろ? なにしろ、ヴィエッタを買うために使っていいと寄越したのはあんたなんだからよ。俺はヴィエッタを買っただけ。そんで頼み込んでここに来て貰っただけ。なんの問題がある?」
そうシレっというと、今度は俺へと唾を飛ばしながらつめよる。
「ふざけるな! ヴィエッタを買ってこいというのは、俺の所有物として代わりに買ってもってこいということにきまってんだろうが!」
「あー、そういうこと? わりい、俺ちょっと頭悪くてよ、あんたの言う買ってこいをちょっと間違えちゃってたみたいだよ。てへ」
「こ、この……」
バスカーはもう怒りすぎて明らかに目つきがおかしい。このまま血管が切れてすぐにでも死んでしまいそうだが、それじゃあ、おもしろくはないよな。




