第五十一話 長い夜の終わり
「終わった……のか?」
「ああ、そうだろうな、多分」
ヴィエッタを抱きかかえたまま足場を盛り上げて、上空のべリトルのマナを全て抜きとった俺は、再び足元に気を付けながら地表まで降りてきたところ……正直さっきは勢いに任せて一気に足場を持ち上げたわけだが、ビュオーって風の音が聞こえてくるわ、抱き着いているヴィエッタがガタガタ震えているわ、360度周り中の水平線が俺のふらつきに合わせてぐるぐる回るわで、もうマジで生きた心地しなかった。
俺、もう二度とこんな高いところ登らない。絶対にだ!
そうしてやっとこ降りてきてみれば、目の前には力を抜いて茫然と立ち尽くしていたシシンの姿が。
放心しているその様は、現実をまったく理解できていないということなんだろう。
俺はヴィエッタを先に降ろしながらシシンへと適当にそう返事をした。
というか、ヴィエッタの奴ずっとしがみついていて鬱陶しい。
「お前な、もう終わったんだから手を放せよ」
「だ、だって……あ、足がふる、震えちゃって……ご、ごめん……」
そう言って泣きそうな顔で必死に笑い顔を浮かべようとしていて、なにやら庇護欲を刺激されてしまうのだが、こいつもしやわざとやってんではなかろうな?
やめろよ、俺はそういうのに、すぐにコロッとだまされちゃうんだから。
頼られるのは悪い気はしないだけにどうにもこういう態度には弱い。そう自覚しているからこそ、はっきりしっかり言って彼女を放した。
「もう大丈夫だからな、心配しないでそこで待ってろよ」
「え……うん! 紋次郎、ありがとう! 本当にありがとう!」
うぅっ‼
ぐしっと目を拭ったヴィエッタが満面の笑みで俺を見てくるが……その表情があまりにキラキラしていて、またもや俺の心臓がドキリと跳ねた。
だから俺はすぐにそっぽを向いてごまかしたわけだが……ふう、気が抜けたせいかな? 今のヴィエッタが可愛く手仕方ない!
こいつ今なら、なんでも俺の要求を聞いてくれちゃうんじゃないか、甘えさせてくれるんじゃないかとか、そんな欲望が確かに沸き上がってきている……が、それがこいつの『人気娼婦たる所以』なんだろうなと、俺は気を強くもって振り返らなかった。
ただ、ヴィエッタは黙って俺のシャツの裾を摘まんで話さなかったのだけれども。
うううう……
と、そこへ……
「シシン!」
大声が近くで聞こえたかと思ったら、すぐ脇を駆け抜ける青髪の少女の姿。彼女は手にした大弓を放り捨てて真っ直ぐにシシンへと抱きついた。
「ばかっ! シシンのばかっ! なんであんな無茶をしたのよ! 死んじゃったらどうするのよ! ばかっ! ばかばかばかぁっ!」
「クロン……」
抱きついて、泣いたまま怒鳴り続けるクロンをシシンは固い表情のままジッと見下ろし、そしておずおずとその身体を抱き締めた。
「スマン……」
「ばかぁっ! ぁーん……うぁあああん……」
泣きじゃくるクロンを、シシンはひっしと抱き締める。そして小さな声でひたすらに謝り続けていた。
俺はふと気になって背後を見てみれば、そこに悲しそうな顔をしたシャロンの姿。
えーと、これはあれだよな? 『三角関係』ってやつだよな?
この3人の関係を知っている俺はハラハラしながら事態を見守っていたのだが、隣のヴィエッタは小首を傾げていてちょっとわかっていない様子。うん、お前にとっちゃ性交渉くらいそんなに大事でもない感じだものな。
なんだっけか? たしか元々クロンがシシンのことを好きで? んで、シャロンもシシンが好きだったけど、クロンに遠慮して身を引こうと思ってたけど、結局シシンとエッチしちゃったんだっけか?
あの青じじいの言ってたことも考慮すると、要はシシンのやろうをシャロンが寝取った形になるわけか? な、なんて……
なんて羨ましい青春してるんだ、こいつらは!!
ちくせう! 要はあれだろ? こいつら一緒に冒険してる中でお互い想い逢う様になっていって、でもお互いに気をつかって心のうちを晒すことが出来なくて、辛く思いながらも、それでも一緒にいたいがために、恋い焦がれる気持ちを内に押し込めて関係を維持してきたって、あれだろ?
な、なんていじらしい、なんて健気、なんてピュアなんだーーーーー!
くっそ、めっちゃ羨ましいいい!
俺はそういうきゅんきゅんしちゃう恋愛をしたいんだよ! 結局シャロンが身体をシシンに委ねちゃったことに関しては、これはもう致し方ないことだろうよ。むしろ、停滞してしまった三角関係を次の関係に進めようとしたってことで、逆に称賛したいくらいだよ!
ほんとうに羨ましすぎる!
ふう……
それに比べてどうだよ、俺の体たらくっぷりは。
女の連れはいるったって、一人はセクサロイドだし、他の連中は全員娼婦。めっちゃ美人の女神様とも出会えたかと思ったけど、結局その本性はハードコアなオナニーマスターだったし、今まで出会った女のほとんどはくそビッチ。
どこにも『純愛』につながる要素がありゃあしない。
俺実は何かの呪いに掛かってんじゃねえかと、真面目に不安に思えてきたので、とりあえず『壊呪』の魔法をつかっておくことにした。
「『壊呪』」
「? 何をやってるの紋次郎? 急に魔法使われるとちょっと私も驚いちゃう」
と頬を染めているヴィエッタ。
しかし何も起こらなかった……まあ、当然だな……くそぅ。
シシンはクロンを抱いたまま、一度シャロンを見た。
シャロンはその視線から逃れるように顔を逸らすが……それを見たシシンは再びクロンを見て抱いたまま言った。
「クロン……すまなかった。俺は……俺はお前が好きだ、好きなんだ」
そう言った時だった。
クロンが両手で思いっきりシシンを押し飛ばしたのだ。
呆気にとられているシシンに、クロンは涙を流したままその顔を上げる。その顔は不器用に微笑んでいた。
「シシン……それはだめだよ。シャロンを大事にしてあげて。せっかく救い出せたんだよ? シャロンもシシンのことを愛しているんだよ。だからお願い……、シシン。シャロンを選んで」
やばい、ちょっと泣きそう。
ここまで強く思ってるクロンがここで身をひいちゃうの? そりゃあシャロンに手を出したシシンが悪いだろうよ。だけど、そんなんで自分の気持ちを全部消し去ろうとして、二人を結ばせようとしているクロンがあまりにいじらしくて、不憫で、お、俺こういう健気に不幸を受け容れようとしている子にこそ幸せになって貰いたいって思っちゃうんだが!
と、そこで横を見て見れば、キョトンとした顔で様子を見ているヴィエッタ。
やれやれお子ちゃまにはこの繊細な感情の機微を感じとるのは難しいですかね、やっぱり。
シシンはそう言ったクロンの肩を掴んでまっすぐに見つめた。
「いや、ダメだ。それは聞けないクロン。俺はお前が好きなんだ。お前に一緒に居て欲しいんだよ」
「シシン……だめ……だめだよ、そんなこと言っちゃ……わ、私……私だって……」
うう……『私だって好きなんだよ』……だな。
言いたくても妹の気持ちを考えて言えない、様々な心の葛藤。うう、マジで応援したくなる。
と、横を見たら、オーユゥーンとシオンとマコとバネットがヴィエッタの横で座って、にたにたしながら、修羅場にならないかなー? 取り合いにならないかなー? この泥棒猫とか言わないかなー? とかそんなことを呟きながらギャラリーと化していた。
こいつら……人の真剣な恋心をなんだと思ってやがるんだ!
くっそ、マジで気分悪い。
すると、そこにシャロンが近寄ってきていた。
「クロン姉さん……本当に、本当にごめんなさい。私……わたしが全部いけないの。姉さんがシシンのことをどれだけ大事に思っていたのか、知っていたのに、私は……」
「やめてシャロン! いいの……。私だって知っていたんだよ。あんたがシシンを好きだってこと。だからいいの……シシン……あんたたちとってもお似合いだよ! だからね、だから……私はあな……た達に幸せ……になって、なってもらいたいのぉ……」
微笑みながら涙を溢れさせたクロン。一歩大きくシシンとシャロンから後ずさって離れた彼女を見て、いよいよ俺の涙腺が崩壊した!
いやだってあんまりだろう、これは。
切なすぎるよ、クロンこんなにも二人を大事に思っているのに、その二人から離れようとしているなんて。こんなつらい切ない展開はない!
そう思って隣を見れば、オーユゥーンたちの輪の中にヴィエッタもまじって、これいつまで続くのかな? さあ、飽きるまでではありませんの? わたしお腹すいちゃったなー。 マコはもうねむいよー、むにゃむにゃ。 だめだなーお前ら。これからがいいとこなのに! とか、そんなことを5人がブツブツいっている。体育座りで。
と、更にその隣をみてみれば、そこには死んだ魚のような目をしたゴンゴウとヨザクが。
シシンさんうらやましっすねー。うむ、世の中まちがっておるな、はあああああ。とか3人を見ながら巨大なため息を吐いているふたり。
う、うん……せっかく純愛が目の前で展開しているというのに、背景がそれを台無しにしているのだが……
「シシン。シャロン、幸せになってね。わ、私ずっと応援してるからね」
そう泣き笑いで言いきったクロン。俺の心臓はいよいよ切なさで死にそうなんだが、さあいよいよクライマックスだ。ここでシシンがどちらを選ぶのか、いや、どちらも選ばないのか、それによって結末が変わってきちゃうのか……
俺も俺で覚悟を決めて、そして、シシンが男としての決意して決めたであろうその言葉を待つ。
そしてシシンが言った。
「クロン! 俺とシャロンと三人で結婚しよう! 三人で幸せになろうぜ!」
「はい! よろこんで!」
「って、ちょっと待てお前ら! なんだその終わり方は! なんでそこで三人仲良しハーレムカップリングエンドになっちゃうんだよ。そんなのおかしいだろ……おかしいよ……な?」
言っててちょっと自信がなくなってきた異世界人の俺。で、なんとなく色々思い出して勝手に辻褄もあってきていたのだが、シシンたちの話を黙って聞いた。
「えー、あー、あれだ旦那。俺は別に神教の信徒でもねえしよ、別に嫁さん一人にこだわる必要はねえっていうか……そもそも俺はあれだ、いい加減すぎるから踏ん切りがつかなかっただけで、俺は最初っからこの二人が大事だったっていうか……」
「私もそう。シシンとシャロンが良いならいいの。私は二人が大好きだし、ずっと一緒に居られるならその方が良いって思ってたし。でも、シャロンって奥手でしょ? 私がいたらきっとずっと我慢することになってそういうの嫌だなって思ったから、身を引こうとしただけなの」
「姉さん、本当にありがとう。でもね、私も姉さんが大好き。大好きだからずっと一緒に居てください。お願いします。えへ」
「ぐ、ぐぬぅ。ここは普通ならもっと苦しんで悩んで迷って答えを出すシーンのはずなのに、一生の問題になるところなのに、お前ら気楽すぎてマジつらい」
とそう吐露した俺をオーユゥーン達が囲んだ。
「まあ、いいじゃないですのお兄様。シャロン様もご無事で、クロン様もシシン様もお幸せになれるのですから何も問題はありませんわ」
「そうだよお兄さん! 3人の夫婦なんて普通だよ普通。むしろ少ないくらいだし。うちの実家なんて、お母さん10人だよ? 異母兄弟多すぎて何人いるかわからないくらいだったしね」
「くそお兄ちゃんだってハーレム作ってもいいんだよ? マコもオーユゥーン姉もシオンちゃんもみんなでなんでもご奉仕しちゃうんだから」
「お! マコ、それ私もがんばっちゃうぜ! 私身体だけはお前らよりもピチピチだからな!」
「あ、私も紋次郎にご奉仕しちゃう!」
「うるせいよ! くそビッチどもが! 近寄んなっ!」
ハッと気が付いて振り向いてみれば、そこにはさっきよりも更にどんよりとくぐもった目でこっちを見つめてくるゴンゴウとヨザクの二人の……もはや死んだというより腐ってしまった魚の目。なんか匂ってきそう……
ゴンゴウさん、世の中間違ってるッス! 俺死にたいっス! 言うなヨザク! 今度風俗連れて行ってやるからな。 だが、あの町の主要な綺麗所は紋次郎殿の手の内ではあるのだが…… はあ、辛いっス。はああああああああ。
などとヴィエッタたちをちらちら見ながら再び大きなため息。
ええい。やめろ辛気臭い。
「ねえねえ紋次郎。これ落ちてたよ? あのターバンの人が持ってたみたいだけど」
俺をちょいちょいつついたヴィエッタが差し出してきたのは真っ赤な石だった。
「これは『魔晶石』じゃねえか。なに? あのべリトルの奴が持ってたのか?」
そう問えば、ヴィエッタはこくりと頷いた。
「うん。あの人が消えるときに下にこれが落ちていくところを見たから間違いないよ」
まあ嘘ではないのだろう。だが、なんであいつがこれを持っていたのかは良く分からん。大方二ムの燃料に察しがついてサンプルとして持ち歩いていたのかもしれないが、これはこれで結構たすかる。
そこそこのサイズがあるし、燃料カツカツの二ムもこれでしばらくは活動できるからな。
感謝していただいておこう。
俺はそれをヴィエッタから受け取ってポケットにしまった。
彼女もそれを見て柔らかく微笑んだ。
うう、こいつなんでこんなに可愛いんだよ、こんちくしょうめ。
どきどきしつつもとにかく俺は現状把握。
当初目的だったヴィエッタは無事救出。
それとシシンの仲間のシャロンや、捕まっていた女達も結構な人数を助け出せた。
人を生贄にしていたイカレタ神父な青じじいは死んで、現れたヘカトンケイルもたぶん全部始末出来ていて、最後に出てきた金獣キングヒュドラもこの通りぶっ殺した。
で、良く分からない魔族を名乗ったあのべリトルも多分死んだし、これだけやって手に入ったのが、この魔晶石一個とか本当に割にあわないな。
まあこれで今回の騒動は一件落着か? いや、違うな。まだやりのこしたことは色々ある。とりあえず街へ戻らねえとな。
色々あった長い一夜はようやく明けた。
朝の爽やかな空気を一身に浴びてとはいかなかったが、戦闘後の脱力も相まって穏やかに昇る朝日を拝むことが出来た。
俺達はそして、救出した女達とともに街へと戻ったのだった。
これで第二章本編終わりです。後数話エピローグあり〼




