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第五十話 結着②

「ガンマ……セル……デストロイヤー……だと?」


 慣れない感じでそう口にするべリトルだが、致し方あるまい。

 こいつも他の連中と同じで俺達の世界に精通しているわけでもなさそうだしな……でも仕方ねえんだよ、もともとそういう名前なんだから。

 

「そうだよ。金獣がいるだろうことは予想できてたしな、もし出てきてもとにかくこのワクチンさえ『作れ』ればなんとかなるって思えたし」


「ちょ、ちょっと待て旦那。今なんて言った? 作れたらって、もともと用意してたわけじゃあねえのかよ」


 そう詰め寄ってきたのは今度はシシンだ。

 だが、こいつは何を当たり前のことを言ってやがるのか。


「用意なんかできる分けねえだろうが、そもそも材料も設備もないし。普通は無菌室とかでつくるもんだしな」


 そんな設備ここにあるわけがない。なにしろ、ここにはエレクトロニクスのエの字もないんだ。大概魔法と、強化した肉体労働で賄っちまってる世界なわけだしな。用意したくたって出来るわけがない。


「なら……ならよ。出来ねえって自分で言ってるのに、なんで用意できたんだよ? 現にあんた、今手にそれ持ってるじゃねえかよ」


 俺は指さされたその鉱石の瓶を見ながら答えてやった。


「マジもんの金獣が出てきちまったんだぞ? そうしたら用意しないわけにはいかねえじゃねえかよ。あのなあ、確かに普通は設備が整った研究所とかの滅菌ルームで作るもんだがよ、別にこの世界だったら魔法もあるし、材料さえ揃えばべつにそこまで難しい話しじゃあないだろう?」


「はあっ!?」


 不思議そうな顔になったシシンに俺は言った。


「材料は金獣の身体……つまりヘカトンケイルの死体だな。それと、『土魔法』さえ使えれば、このワクチンくらい誰だって簡単につくれるぜ」


 そう簡単だ。それこそ三分クッキングだ。


 まず、大きめのヘカトンケイルの肉を用意します。

 次に、その肉に『解析(ホーリー・アナライズ)』の魔法をかけて、細胞自壊ホルモンを特定しましょう。

 今度は土魔法の『抽出(ド・ピックアウト)』を使用して、タンパク質ごとホルモンを分離させ、そしてそこに、やはり抽出した塩化ナトリウムなどの複数種の水溶液を用意して浸します。

 あとは密閉した容器を用意し、それを激しくシャッフル。そうすることで、無駄なたんぱく質が分離しつつ、細胞自壊ワクチンが増殖変化しますので、あとはその上澄み部分をゆっくりと容器に入れれば完成となります。

 材料と魔法さえあればこんなに簡単にできますので、是非金獣災害に遭われた際はお試しくださいね。

 三分クッキングでした!


「まあ、だからよ。材料のヘカトンケイルの肉片もあるし、ヴィエッタがいれば土魔法使い放題だし、ワクチンの精製の仕方も昔本で読んで知ってたからよ、そりゃあ、作るだろうって話だよ。

 正直成体の金獣なんて、普通に殺すのは無理だからな。いっそ、きちんと過去の例にならって、『γセル・デストロイヤー』を作ってそれをぶち込んだ方が速いよなって思ったわけだ。ということで、さっきあいつに喰われた直後に腹の中で急いで作ったってわけだよ。材料はいっぱいあったしな、針状の容器に『翡翠』を使ったら綺麗かな? くらい考えるくらいの余裕もあったよ。まあ、簡単な作業だ」


 もっとも翡翠を抽出したかったわけだけど、やってみたら結構いろいろな鉱石が混ざっていて、斑模様になっちゃったわけだが。

 

 説明すれば簡単なことだ。

 ワクチンを作って、刺して注入、金獣を殺しました。以上。

 核にも耐える金獣を殺す手段はあまりに少ない。だからこそ、設備のないこの世界で出来る最良の方法としてワクチン製造をおこなったわけだが、これは効果的だった。

 超巨大な金獣ではあるが、奴にとって最大の敵は自分の細胞自壊ホルモンであり、それは正に毒だ。ワクチンによって自己増殖と破壊のバランスを崩してしまえば、後は増殖修復が追い付かずに朽ちていくだけ。

 現に、目の前に転がる金獣はその身体活動を完全に停止してしまっている。

 このワクチンの恐ろしいところはその凄まじい浸食速度にあると言われている。獣としての身体の所為で、一瞬で全身を駆け巡ったこのγセル・デストロイヤーは、その過程で増殖をし続け、全ての細胞にその根を下ろすのだ。そして自分の細胞の全てが朽ちるまでその活動を決してやめることがない。

 この金色の巨体も程無くして完全に死ぬことになるだろう。そして時間をかけて朽ち果てていくのだ。

 本当は焼きたいとこなんだけどな、こんなにデカいのを燃やすのに、一体どれだけのエネルギーが必要になるんだか、うーむ。


 ちなみにだが、『現代』の武器であれば、この金獣の『駆除』も容易であるとのことだ。

 それこそ、大気圏内飛行の高速巡視艇に搭載されている、一般的な『レーザー砲』とか『荷電粒子砲』があれば、キングも簡単に倒せると駐屯兵団が新型巡視艇を導入する際にPRしていたし。それが眉唾だったとしても、それこそ『ジェノサイド砲』なんてものもあるし、使えば確実に倒せるだろう、一緒に地球も消し飛びそうだけど。


「そういうわけだから、わかったか? う、うわっ!」


「旦那! あぶねえっ!」


 言うだけ言って見上げたそこには両手に真っ赤な火炎球を持ったべリトルの姿。額に青筋を浮かべて俺を睨んでいたかと思うと、次の瞬間にはその両手の火炎球を俺に向かって投げつけてきた。 

 と、咄嗟に飛び出たシシンが、手にした棒を高速回転させながら竜巻の様に火炎を立ち上らせ、その炎弾を受け止めた。

 だが、べリトルの攻撃はそれでお話ならない。

 無数の火球を俺に向けて放ち続けながら、そして何かの魔法を唱えると同時に、俺達の周囲を一気に火焔で取り囲んだ。


「聞いておれば意味不明なことを宣い続け追って……貴様は我らを愚弄する気か」


「はあ? 言えって言ったのはてめえじゃねえか。素直に隠さずに教えてやったのになんでキレんだよ?」


「まだ言うか!」


 べリトルは碇の形相のままに両手を大きく広げた。


「許せん……許せんぞ! 貴様ら! 我らが苦心して用意した『破滅』を何度も覆しおって。貴様は殺す。今すぐにこの我の手によって滅ぼしてくれる!」


 べリトルの声が響くごとに周囲の炎はその勢いを増した。

 シシンが必殺技でも使用しているかのように炎を散らして回っているが、このままでは埒が明かない。

 そう思った時だった。


「青龍大竜巻!」

「八角手裏剣!」

「当たって! 『|火炎大爆発《カ・エクスプロ―ジョン》』‼」

「シシンを死なせはしないわ! くらえ! 超力連弾弓!」


 四方からそんな掛け声とともに嵐や爆発が巻き起こる。と、その火炎の壁の向こう側からクロンやゴンゴウ達、それにオーユゥーン達が現れた。


「お兄様!」「シシン!」


「忌々しい……本当に忌々しい虫けらどもが……。マナを狂わせ、世界の均衡を著しく狂わせるだけの、なんの益にもならない害虫どもの分際でまだこの我に歯向かおうとするのかぁあ! 死ね! 今すぐ、全員死んでしまえ!」


 唐突にそう叫んだべリトルは、空中で自分の直上に超巨大な火炎の弾を作り上げた。そしてそれを一気に俺へと向けて放り投げる。

 俺はそれを、ただジッと眺めていた。


 そしてその火炎の弾は着弾。

 まるで核爆発でも起きたかのような凄まじいエネルギーの嵐が辺りを駆け抜けた。それを恍惚とした表情で見下ろすべリトルはまるで空気中に消え入るかのようにぼやけた様子で宙に漂いながら笑った。


「はははははは……もはや……もはやどうでもよい! せっかくの『準備』も『計画』も全て台無しになってしまったのだ。ことこうなれば、我の全てをかけて世界を滅ぼせばよい! ただそれだけで良かったのだ。はははははは……さあ、この世界の全てを破壊しつくしてやろうではないか」


「そんなのは迷惑なんだよ」


「なっ!?」


 べリトルはバッと後ろを振り向いた。そこにいるのは当然『俺』。

 怖いのか……震えてしがみ付いてきているヴィエッタを抱きかかえたままで、上空にいる奴の真後ろの位置まで『魔法』を使って迫った。

 そしてべリトルの薄く透明になった身体に、徐に手を差し込んで魔法を構築する。


「な!? なぜ! うぐ、うぐううううううううう……ち、力が……マナが吸い出されていく……」


 奴は俺の手を抑えようと動かすもスカスカっと触ることが出来ないでいた。どうやらもう実態を維持することも出来ない程にマナは減っているようだ。

 俺は全力で奴の身体から魔力を吸収しながら言った。


「てめえがさっき放ったところに居た俺達は『幻』だよ。オーユゥーンがな、あそこに『隠蔽(ダクネス・スクリーン)』をかけてお前の目を欺いたんだ。そして背後に周った俺はこうやって土魔法で足場を伸ばしてお前に接近したというわけだ。人間、怒り狂ってるときってのは通常の判断は出来ないって知ってたか? お前は人間じゃあなさそうだが、思考は人間そのものだったみたいだな。おかげで助かったわけだが」


「わ、我が、に、人間と同じ……だと……っ!? こ、この高潔なる魔族である我を、貴様は薄汚れた人間と同じとぬかすのかっ! こ、この下等生物がっ!」


 なんとも下劣なセリフを吐く奴だよこいつは。

 だが、しかたないだろう。世の中全ては因果応報、自分の為した全ての結果は自分へと帰ってくるものだ。

 これだけの人間を殺しておいて、あまつさえ世界そのものを破壊しようとしておいて、今更その相手を罵れるとは、まわり回って逆に尊敬しちゃうよ俺は。

 ただ俺は、そう言われて少しむかついたので、吸い出す力をさらに強めた。苦悶にべリトルはさらに顔をゆがめる。


「な、な、なんなんだ貴様は! なぜこんなことが出来る? な、なぜだ……?」


 べリトルはどんどんその顔から生気を失わせながらも、俺を睨みつけ続ける。 消えかかる手からは微かに炎が立ち昇るも、どうやら火魔法を使おうとしている様子だが、その火炎は弱弱しく攻撃できるほどのものではなかった。


「こんな……こんなところで……こんなことで潰えてなるものか……この、我は……決して、滅びは……、せぬ……」


 呻き続けるべリトル。

 俺はそんな奴を見ながら、言った。


「いったいお前が何歳だか知らねえが、いい年して人に迷惑かけてんじゃねえよ、おじいちゃん。もういいから、さっさと消えろ」


 俺はそして、一気に奴の身体からマナを抜き去った。


「ぐわああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 こだまする奴の絶叫が響き続ける。

 だが、それは次第と、弱く小さく、そして掠れていった。

 見れば奴の身体のその全てもまるで煙のように揺らめきながら消えていく。

 ただ、苦しみにその顔を歪め、俺の目をジッと憎しみの籠った目で見つめたままで。


 この日……


 『魔族』を名乗った一人の男が……俺たちの目の前で……


 死んだ。

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