第四十七話 破壊の金獣・キングヒュドラ②
「貴方様の命が終わるのを合図として、この世界の破壊を始めさせていただきましょう。その滅びの様をお見せできないのは残念ですが、どうぞ安心して『光の御子』に食われてください」
そう宣ったべリトルは、もう自分の言葉の通りに事が進むと確信しているかのようす。まあそりゃそうか。この状況なら百人いれば百人、確実に世界が滅ぶと考えるだろうしな、仕方ない。
でも、だったらなおさら俺は聞きたいことがあった。こいつが答えるかどうかは、難しいところだけど、これだけ余裕しゃくしゃくなんだ、ひょっとしたら言うかもしれない。
俺はべリトルへと投げ掛けた。
「ヘカトンケイルの群れを解き放った件も、あの青じじいを嗾けたのもお前だろう? なあ、お前はなんでこんなことをしやがるんだよ? こんなことをすれば気に入らない敵を倒すだけじゃすまないんだぞ? 世界が滅びるんだ。 滅ぼしたって得る物なんかなにもありゃあしない。戦争だってなんだって、結局は『儲』けや『利』が必要だ。お前は全てを失う為だけに行動している、いわば、遠大な自殺だ。そんなことになんの意味がある?」
そう聞いてみた。
自分の為すこと為したことってのはやはり人に言いたいし、記録に残したいもんだ。こいつは人間じゃないかもしれないが、少なくとも思考は人間に近いのは間違いない。となればその理由だって吐露するかもしれない。そして明言しないまでも理由の一端くらいは聞けるだろう。それさえ聞ければ……
対策だって出来る。
「ふふ……意味ですか……。意味あってこその行動、そう思考することに間違いはないでしょうね。しかし、我々には人の欲する意味など必要ないのです」
「はあ? どういうことだよ? じゃあ、てめえらはなにか? 理由もなしに自分で地獄を作ってんのか? 殺されるぞ普通に……死なないにしても世界そのものがなくなっちまうんだぞ?」
こいつは人ではないかもだが、だからって虚無に生きてはいないはずだ。当然生きるための大地が必要であろうと思い聞いて見たのだが、奴はなんてことはないと言う感じで口を開いた。
「ではこう考えてみてください。貴方は水を飲もうとコップを洗い、そこに綺麗な水を注ぎました。ですが、そこに『泥』が混じり入れていた水はすっかり汚く淀んでしまいました。さて、ではどうなされますか?」
「……水を……入れ替える」
なんとなく話の先は読めたが、とりあえずそう答えておく。するとべリトルは笑いながら言った。
「ふふふ、普通はそうでしょうね。ですが、そのコップ自体も汚れていると思えませんか?」
「そうだな、そりゃあ、コップも洗うだろうよ」
「その通りですよ。つまりそういうことですよ」
「てめえ……」
べリトルは可笑しそうに笑いながらそう話すが、俺はあまりの胸糞の悪さに奴を睨んだ。
その俺を見ながら、シシンが首を捻りながら俺に聞いて来る。
「旦那、どういうことだよ? 奴は何を言いたいんだ?」
「コップはこの世界、汚れた水は俺達人間のことだ。つまり、こいつは……こいつ『ら』には俺らも世界もそのどちらも要らないと言ってるんだよ」
「な、なに!?」
シシンは驚愕して叫ぶが、べリトルの奴は涼しい顔のままだ。
「察しが良すぎて本当に怖いですな、紋次郎様は」
「それは褒められてんのか?」
「ええ、当然そのつもりですけれどね、さて、本来であればこの世界ももう少し有効に活用するはずでした。『予定通り』であれば『魔王様』もご誕生されておりましたし、そうなれば、一旦は支配し、この世界のマナも『集積』するはずでしたから。しかし、貴方達というイレギュラーのために方針を変えざるを得なくなったのです。こうなったのは紋次郎殿達の責任……くくく……あなた方さえいなければ、人々はもうしばらくは人生を謳歌できたものを……くくく……」
べリトルはさもおかしいと、笑いが止まらなくなっているようだ。
こいつ……完全にイカレテやがるな。
俺は傍らでキョトンとした顔になっているヴィエッタへと耳打ちした。
「分かってるな?」
「え? おっぱい?」
全然分かっていなかった。
「ちげえよ、アホ。すぐに乳を掘りだそうとすんな。いいか、先に言っておく。あの空に浮かんでる怪獣をぶっ殺すからな」
「ええ!? あ、あれを? あんなのを倒せるの? 紋次郎は?」
「ばっかちげえよ。倒すのはお前だよ、ヴィエッタ」
「なーんだ……え? えええええええっ!?」
急に大声を出したヴィエッタに、シシン達も俺も驚いた。というか、べリトルも何事かと驚いた顔になっているし。
「そ、そそそそそそんなの無理だよ。無理無理、絶対無理だよ」
「無理とかいうなアホ。冒険者になるって言ったのはお前だろ?」
「言ったよ? 言ったけど、言ったら最初にアレを倒さなきゃいけないって、それ絶対違うよね!? 冒険者っていうならここにいるシシンさんたちもみんな冒険者だから一緒じゃない? 紋次郎も」
ぐうっ……こいつ、アホだと思っておだてて乗せれば何でもやるかと思ってたのに、意外と鋭かったか。ええい、面倒だ、もういいや!
「やいべリトル。俺を殺せるもんなら殺してみやがれ! このカス! やーいやーい」
「ちょっと紋次郎! なにやってるの? そんなことしたら絶対怒るってば……」
俺を必死に止めようとしているヴィエッタだが、俺は構わずに挑発を続けた。
だって、俺、あいつを怒らせてるんだし。
さて、あの半分精霊体のべリトルさんはいったいなんて返事をするのかな……?
そう思って見上げてみれば、何もしゃべらずに俺を冷たく見下した視線を向けているべリトルさん。
こ、こいつ……静かに怒る奴だったか……
俺は脇で涙目になってじたばた暴れるヴィエッタをぎゅうっと掴んで逃げられないようにしながら、魔法を唱えた。
そして次の瞬間……
俺達は突然金色の巨大な頭に、ぱくんと地面ごと食われた。




