第四十五話 地底に潜む影②
昨日の朝、誤字修正に失敗して、書いたところまで全部消えました。泣けます。
一応御報告でした。
「どうだ? 他にはもう患者はいないか?」
数十分後、俺たちは百数十人の女性を蘇生・治療し、そしてこの穴倉から救出していた。
それと同時に助けられなかった死体も集めた。
遺骸の多くは頭部を残し、それ以外の身体の殆どを欠損していて、全身が残る遺体はごく少数。どうも怪物は選り好みしたようで大量の頭部が集められることとなった。
数えることも困難なほどに大量の遺体達。いったいここで何人の女性が喰われたのか想像するだけで怒りに全身が震えた。
助けることが出来た女性達の話では、ここに囚われていたのは娼婦ばかりではなく、近隣の村に住む者も多く、盗賊に攫われたり、聖騎士に騙されたりといろいろだが、あの青じじいに誑かされたという話も多かった。どうも神教における許しともなる『懺悔の儀』という儀式を行うと告げられ、付いて行ってみればそこにあの化け物の群れがいたのだという。
後は閉じ込められ、順番に犯されたということらしい。
こんなにも残酷な話はない。俺は生き残った彼女達が負ってしまったであろう心の傷を哀れに思いつつ、物言わぬ骸となってしまった女たちの亡骸を見つめながら静かにその冥福を祈った。
「旦那、あの化け物も大体始末したし、女達も生きてたやつはかなり助けられた。あと見てねえのは、この下の階層にある底の深い大穴だけだが、あそこは俺らもどうなってるのかは知らねえんだ……流石にあの穴の中に落ちて生きている奴はいないだろうとは思うが」
シシンはそう言うが、そんなところがあるのならそこも確認しておいた方がいいのではないかと俺には思えた。
「降りられねえのか?」
「ああ。まず深すぎて底が見えねえ。それと、足場みたいなのが何もない垂直の穴だからな、降りようにも縄梯子なんかの道具は必要だろう。行ってこいと言われりゃあ行くが、どうする?」
そう言われて少しだけ思案する。
どう考えても怪しい。
ここはあのじじいが神と信じたあのヘカトンケイルを生み出す為の、いわば神聖な養殖場だ。この場で、こんなにもたくさんの生贄も使って、あれだけの数のヘカトンケイルを生み出したんだ。
そんな場所にある大穴。何もない方が不自然すぎる。
しかし、普通にそこへ進んで良いモノかどうか……
俺の予想通りだとするならば、そこには間違いなく危険が待ち構えていることだろう……さて。
俺は暫く悩んだ末に結論を言った。
「まずは全員でここを出よう。穴の調査は二ムと合流してからでいい。それと、死んだ連中も早く弔ってやった方がいいしな。まずは人を集めるぞ」
「そうだな。了解した」
マリアンヌとか孤狼団の連中なんかは使えそうだし、先に声をかけた方がいいかもな。
などと、さて誰を使いに行かせようかと、穴の外で治療を続けているオーユゥーンやヴィエッタ、クロン達のことを考えつつ、通路を辿って表に出ようとした時のことだった。
「おや、随分とお早いお帰りのようですな、紋次郎殿」
そう声がしたと同時にシシンが動く。手に持った棒を高速で回転させてから構え、俺の前へと立った。
そこに居たのは、真っ白いターバンを頭に巻いた褐色の肌のちょび髭のおっさん。おっさんだが……渋めで色気のある、めっちゃイケメンだ!
「なんだ貴様! 旦那に近寄るんじゃねえよ」
「くくく……これは『緋竜の爪』のシシン殿ではありませんか。あなたのお噂は方々で聞いておりますよ。かなりお強いのだと。ですが残念、今回はあなたに用はありません。どうか邪魔立て為されぬように」
「抜かせ! てめえがあの神父と一緒にいるところを俺は見てるんだよ! 確かべリトルとか言いやがったか。こんなにひでえことやらかしやがって。オレァな、心底ムカついてんだよ」
「おお……私のことを覚えておいてくださったとは……これは光栄至極……そうではありますが残念です。非常に残念ですが、あなた程度では私に太刀打ちなどできませんよ」
「抜かしやがれ!」
言いながらシシンは跳躍しつつ、手にした真紅の棒を突き出す……が、まだだいぶ距離があってとても届かない……そう確かに見えたのだが、その棒は信じられないくらいに伸び、そしてべリトルの額へと突き刺さった。
「まだだ!」
シシンはそれを一撃では終えなかった。まるで残像が重なるほどの勢いで、駆け寄りながら繰り出し続けたその打突の全てはべリトルの頭部へと命中していた。
そう俺には見えたのだが!
「ふふふ……敵わないと申したでしょう。無駄なことはおやめなさい」
「ちいっ!」
べリトルは切迫したシシンをジッと見据えながら手を振り上げようとする。それを見たシシンは咄嗟に飛び退くも、明らかに有効範囲外に逃げたというのに、その胸からは鮮血が吹きあがっていた。
べリトルはと見ればただ手を上へと振り上げただけ。シシンは真紅の胸部装甲ごと身体を切り裂かれていた。
レベル40オーバーのシシンがまるで赤子同然にあしらわれてしまっている。これは流石にやばい。
「おい、大丈夫かよ」
「くッ……す、すまねえ旦那。ここまでの奴だとは俺も見誤っていたぜ」
シシンは傷口を抑えながらそう呻く。
シシンの攻撃はまったく届いていなかった。いや、届いたように見えただけか?
奴は明らかに普通ではない存在だった。
俺は改めてベリトルと名乗ったターバンの男を見やる。
白いターバンに白いローブ、そして色黒の肌。これだけを見れば中東辺りの部族の男性に見えもするが、なんというか、奴の纏っているオーラが異様だ。
明らかに全身に様々マナが渦巻いていやがる。まあ、そう見えるのは、俺が相当に魔法を扱っているからこそなんだろうが、見たところ身体も何もかも高密度のマナで満たされている感じがする。とても普通の人間とは思えなかった。これはひょっとして、精霊?
高レベルのシシンがこうなのだ、もし俺が奴と相対すればあっという間に死ぬことになるだろう。
だが、まあもし俺の仮定通り、奴の身体が『精霊か、もしくは精霊体に近い存在』であるというのならば話は早い。この俺が作り上げた『精霊使役』魔法が通用する可能性が高い。いや、通用しなかったとしても、発動しながらマナの吸引部分の魔術式を作りかえていけば、それほどの時間をかけずとも奴の『マナ』を吸い尽くせるだろう。
モインスターを殺すよりよほど楽だ。
俺はそう考え、シシンを介抱するふりをしつつ魔法の構築に移った。
しかし……
「おっと……紋次郎様……それ以上は近づかないで頂きたい。ふふふ……恐ろしいお方だ。まさかこの短時間で私の身体のからくりを見破ってしまわれましたとは……このままでは私はあっという間に滅んでしまいますな」
「ちっ!」
「な、なんのことだよ旦那。いったい今何をしていたんだ?」
不思議そうに俺を見てくるシシンには答えずに、再び俺はべリトルを見た。
この反応……間違いなく奴の身体は精霊体だ。それも天然のものではなく、多分身体のどこかを核として精霊を纏わせてやがるな。それにしてもまさか発動すらしていない俺の魔法を感知しやがるとは……ま、しかたないか。これだけ広範囲からマナを吸収していたんだからな、安全マージンを取ろうと思ったが、これは裏目にでたぜ。
俺はシシンに近づきつつ、精霊吸収の魔法を全方位に向けて放っていた。というのも、ベルトルの奴の動きが目で追えないほどの速さがあって、とても接近されてからでは間に合わないと思ったから。
だが、そのせいで奴に気づかれてしまったのだから目も当てられない。多分奴も探知用に『マナの触指』でも伸ばしていたんだろう。こんなことなら、シシンを壁にして突っ込みながら吸収しちまえばよかった。
俺は魔法は解除せずに足だけを止め、再び奴を見た。
「くっくっく……やはり簡単には貴方は殺せないようですね、いいでしょう。では私の持てる『切り札』を持って死んでいただくことにしましょうか」
切り札?
いや、その前に、なんでこいつは俺を殺そうとしてんだよ。そもそも俺みたいな雑魚を相手になんでここまでこいつはこんなに慎重なんだよ。
まったくそのあたりのことが理解できず、今更になってなんで狙われているのか意味が分からず、なんで俺を殺そうと狙ってんだよ! と、叫ぼうとしたのだが……
「さあ、現れるのです。『光の御子』よ! ははははははっはははははっは」
高らかにそう叫んだべリトル……この野郎、まったく俺の話を聞いていなかった。
というか、地面が割れて光が漏れ出しているんだけども、というか、『光の御子』?これはやっぱり穴の下に『アレ』がいたということなのか。




