第四十三話 招かれざる来訪者②
「神? ワッチがっすか?」
自分を指さして驚いた顔になる二ム。
「いえ、ワッチは違うっす、神様じゃないっすよ。じゃあなんだと言うと色々難しいのですけど、えーと、元は家事全般用の家電で、ご主人に自我を戴きやして、そんでセクサロイドに作り変えられてから、リアクターとジェネレータも改造されて、今はレーザーキャノンも発射できる美少女ロボットって感じっすかね?」
それを聞いたべリトルは顎の辺りに手を置いてただジッと二ムを見据えた。
そして言う。
「貴女の仰る内容のほぼ全てを、私はまったく理解できません……貴女が仰るのですから、神ではないというのは真のことなのでしょう。しかし、超常の力を有する貴女はまさに神にも等しい存在……となれば、そのあなたをお創りになられたお方こそが……新たな『神』ということなのでしょうなぁ」
そう、ニタリと微笑みながら言ったベルトルに二ムは慌てて言った。
「あ、それ絶対にご主人には言わないでくださいね! ご主人ってば理路整然と褒められるとめっちゃ有頂天になって喜んじゃいますもんで! 適当におだてるぐらいで勘弁してください」
「ふむ……そうですか。しかし……その必要はもうないのですけどね」
「え? どういうことです?」
二ムがそう言った時だった。
突然彼女はその場に膝を着いた。
それはまるで操り人形の糸が切れてしまったかのように突然にぺたりと地面に吸い寄せられるように座ったのだ。
「あ……れ……? おかしいっすね? なんだかエネルギーが急になくなってしまったような……」
「くっくっく……」
ぺたりと座り込んでしまった二ムにべリトルが続ける。
「どうやら私の思った通りのようです、二ムさん。貴女の力の源はこれなのでしょう?」
そう言いつつ、べリトルはローブの内から一つの赤く光る石を取り出して彼女へと見せた。
「これは『魔晶石』。高純度のマナが内包されたこの石は、主に魔導具……それも高位魔法を永続的に固定させるために使用する、言わば魔力の源。かつてこの魔晶石を用いた人造人間の研究を行っていた国があったことを思い出し、今回はその過去の遺物を参考に対策させて頂きました。
二ムさん、貴女の足元には強力な魔導具封じの結界を敷かせていただきました。そこに居らっしゃる限り、貴女様の所持されている魔晶石はその力を発揮できません。どうか諦めて、今しばらくそこで大人しくしていただきたい」
薄く微笑みながらそう語るべリトルに、身体を不器用に動かしながら二ムが聞いた。
「ワッチをここに固定して一体何をするつもりでやんす? エロいこととかはめっちゃ興味ありますけど、そういうのは最初はご主人が相手って決めてますので勘弁して欲しいっす」
「まさか……そんなことはいたしませんよ」
べリトルはゆっくりと近づきつつ二ムの目を見つめながら口を開いた。
「これ以上我々の計画の邪魔をして欲しくない……ただそれだけのことです」
「計画?」
ふふ……と笑ったべリトルは続ける。
「ええ、そうです。私は……いえ、我々は準備をしてきました。そう、この『2000年』の時の中で、この機会を得るために……。しかし、そうだというのに、我々の前には障害が突如現れました。それが、『あなた達』でした」
「ワッチ達? 何か邪魔しちゃいましたか?」
「まあそういうことですよ。それが何かをお話する必要はないでしょう。なにしろ、今から貴女達には死んで頂くのですから」
「それはやめて貰えませんかね? ワッチはともかくご主人あれで結構いい人なんすよ? 話せばきっと仲良くなれますから」
「なるほどそうかもしれませんねぇ」
そう言いながら、べリトルは指をぱちんと鳴らした。
するとそれが合図であったのか、べリトルの周囲に4つの魔法陣が現れ、そこから筋骨逞しい異形の4体の怪物が現れた。
狼の様な顔の上に雄牛の様な角が生え、盛り上がった漆黒の肌は筋肉の塊。身長2mはありそうな人型の獣の体を為したモンスターは、手に長大な黒剣を握っていた。蹲る二ムを見下ろすようにして取り囲む。
「ですが、残念ながら私にはほかにやることがありますのでお話するのは厳しそうです。あ、そうそう、この4人の『悪魔獣士』達はただの見張りですからご心配なく。ドレイク様すら傷をつけられなかった貴女を殺すことは、今は出来ないことは分かっていますから。彼らも無駄なことは致しませんよ。ですので、そこでお待ちくださいね」
べリトルは二ムの前で膝を着いて顔を近づけると、指でそっと彼女の顎を持ち上げた。そして間近に迫って告げた。
「あの忌々しい魔術師、貴女の主人『紋次郎』が死ぬのを……ね。そしてその後は、貴女のこともじっくり時間をかけて殺して差し上げますよ」
そうしてから彼は立ち上がりそのまま向きを変え、悪魔獣士達の間をすり抜けるようにして立ち去ろうとした。
そんな彼へと二ムが声を掛ける。
「ちょっと待ってくださいよ。べリトルさん、さっき言いましたよね? ご主人は『新しい神』だって」
その声にべリトルは一度立ち止まって振り返る。
「ええ、言いましたとも。彼の所業は神そのものでしょう。なにしろ、あの御方を滅ぼしてしまわれたのですからね。それが何か?」
二ムはそれを聞いて即答した。
「まあ、一応訂正しておこうと思いましてね。ご主人、あんな風ですけど昔、大銀河10万光年の超時空通信を発明したんすよ。おかげで地球から5万光年離れた位置の惑星ともほぼほぼラグフリー通信が可能になったわけっす。それと、現行で運用されている物質転送の理論を誤っていると完全否定しやして、正しい理論を示しましてね、物質転送中の事故を激減させた上に、生体の転送も高校在学中に成功させてるんでやすよ。他にも、念導力増幅器を開発して誰でも思考しただけで物体を浮かび上がらせるようにしたりとか、万能病気治療用に人体内で自動施術をする超小型医療機の開発とか、あと、ワッチの人工知能とか、とにかく普通じゃあないんす」
「何を言っているのかさっぱりなのですが……それが?」
ただジッと聞いてたべリトルに二ムは断言した。
「ですからご主人は『神』なんて言葉で収まるような人じゃないってことっすよ。どっちかといえば『賢者』っすかね。あれ? 神と賢者ってどっちが上なんすかね? あれ?」
急にそんな風に悩みだした二ムに苦笑しつつ、べリトルは言った。
「神を超えた……『賢者』ですか……ふふ……覚えておきますよ」
そう言い残して、また陽炎の様に揺らめきつつ彼は消える。
二ムはただ……
あー、早く迎えに来て欲しいっすねー、ご主人まだっすかねー?
と、動けないことについて、自分であれこれ悩むことを早々にやめていた。




