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第四十一話 選ばれし者(聖戦士エリックside)

「う……うぐぅ……」


 意識が戻ると同時に身体に力を込めてみるも、なにやら得体のしれない障害物に押さえつけられているかのようで思うように動かない。それでも尚力をこめてみれば、バリバリとまるで壁でも突き破るかのように全身が動着始めた。


「く、くそがぁっ」


「え、エリックさん?」


 口が利けるようになった途端に、溜まりに溜まった憤懣から罵声が飛び出るも、俺は構わずに目の前の若い聖騎士団員の肩を押しのけて前へと出た。

 周囲を見れば、石化してしまったうちの団員連中にむかって、石化解除のポーションを振りかけ続けている若手団員たちの姿があるのだが、いったい何がどうなったのだか、俺たちが踏み込んだはずのあばら家の娼館が跡形もなく破壊されている。その瓦礫の間に石になった団員たちがまばらに見えるのだが、いったい全体どうなってやがるのか。

 俺はとにかく目の前の若い聖騎士を睨んだ。


「あのくそムカつくガキと女どもはどうしたっ!」


「え? は、はいっ! そ、それが、我々がここに辿りついた時にはもう姿がなくて……それよりも、一体何があったんですか? エリックさん恐ろしいものでも見たみたいな顔していましたよ」


「う、うるせえんだよ、てめえは! さっさと他の石になった連中を元に戻してこい!」


「は、はいっ! すいません」


 若い聖騎士はほかのメンバーに合流するように急ぎ足でその場を去る。

 それを見送りながら俺はさっき味あわされた恐怖と屈辱と、そして耐えようのない湧き上がる怒りに震えが止まらなくなっていた。


 ゆるせねえ……あいつらは本当に許せねえぞ……この俺様をコケにしやがって。

 

 俺は自分の腰の剣を触ろうとしてその付近が湿っていることに気づき、あの屈辱的な場面を思い出していた。

 

 死にかけの女どもを閉じ込めて、あの化け物に襲わせれば、今までの全ての問題を無かったことにしてやると、あの偉そうな青い衣のカリギュリウムの神父に言われ、この俺を顎でつかったことにムカつきはしたが、街の連中に訴えられそうになって面倒に思っていたところで、そんなくだらない理由で俺の明るい前途が踏みにじられるのだけはなんとか阻止したかったから、この話に協力してやったにすぎない。

 だいたいちょっと自分の女を犯されたからって、人に言いつけたりすんじゃねえってんだよ、雑魚どもが。

 どうせ大した仕事じゃあない。

 死にかけた連中を魔物に食わせるくらい簡単なことだ。

 そう思って行ってみれば、この街でもとびきり上等の娼婦オーユゥーン達がいやがった。

 しかも何故かはわからなかったが、上物中の上物、誰もが一度は抱きたいと夢見るあのヴィエッタまでもがそこにいた。

 これはもう、くだらない仕事をやっている場合じゃあない。すぐにでも欲望を叩きつけてやりたくて堪らなくなっていたそこに、あのくそいまいましいクソ魔法使いのガキがいやがった。

 

 得体の知れねえ魔法で攻撃は効かねえし、おまけに『石化』の魔法まで使いやがって、目の前でどんどん部下が石に変えられて、あの野郎……、こ、この俺様までも石に変えやがってぇえ。


 くそがぁっ!


 あれは……あ、あんなのはただ動揺しちまったってだけのことだ。この俺様があんな小僧にビビるわけがねえんだよ。ただ、少し油断したからああなっただけ。

 ふざけやがって、あのガキ、ただじゃあ殺さねえ。

 ゆっくり身体を切り裂いてなぶり殺しにしてやる。

 動脈を少し切って、喉を引き裂いて、ひひ……そのまま両手両足の腱を引きちぎって苦しむ様を見ながら、腹に剣を突き刺してじわじわと殺してやる。そうだ、あのガキはそうやって殺してやるんだ……俺をコケにしたことを死んでも後悔させてやるぜ。


「エリックさん、全員石化解除しました!」


 若い団員の声が聞こえそっちを見れば、部下たちが全員集まって整列していた。ほとんどの奴がその顔に怒りをあらわにしていた。

 俺はその前に立つ。


「てめえら行くぞ。あんなガキに舐められたままで終わらせて堪るか! すぐにぶっ殺しに行く……」


 『ぶっ殺しに行くぞ!』。そう……言いかけた時だった……その『目』と視線があったのは。


「なっ!?」


 そこにあったのは巨大な顔。

 いや、それを顔と呼んで良いのかはよく分からなかった。

 城ほどはありそうな大きな丸い肉塊には、目と鼻と口が無数に存在していて、そのうちの一塊の目鼻口が俺をジッと見つめていたのだ、近くの2階建ての家屋ごしに。

 それは、声も発さず動きもせずに、ただジッと俺を見つめていた。それを見上げながら俺はただ……恐怖した。

 恐怖して、そして、見た。

 その見つめていた目の下の大きな口が、ニヤリと不格好に微笑むのを。


 次の瞬間、目の前にあった家屋が吹き飛び、超巨大な足が迫ってくる……そう思ったその時にはすさまじい衝撃が目前で発生していた。

 俺が立っているすぐ目の前、たくさんの部下たちが整列していたそこに足が踏み下ろされ、そして全員一気に踏みつぶされた。


 足元が陥没して何やら平衡感覚がおかしい。それと地面が激しく揺れているような感覚があったのだが、それは地面が揺れているのではなく、自分の足が震えているのだと遅れて気が付いた。

 腰が砕け、そのままでは倒れてしまうような気がして、もう一度見上げたそこに、あのさっきの歪んだ巨人の不気味な笑顔が。


「ひ、ひい」


 思わず悲鳴が上がるも、何をどうしていいのかまったくわからない。

 ただ、自分のズボンに生暖かいお湯のような物が伝うことだけを感じていた。


「あぶないっすよ? よいさっと」


「あっ、あがっ!」


 その時だった。

 立ち尽くす俺の襟首をいきなり掴まれ、そのまま一気に後方へと投げ飛ばされる。

 そのまま壁に衝突して肩が外れるも、あまりの痛みに声も出ず、ただ苦しみの中で前方を見ると、そこには黒髪をはためかせ、何やら長い筒を手に持った薄衣だけを纏った少女が立っていた。

 そしてその先には、例の異形の巨人の姿が。

 これはいったいなんなんだ? いったい何がおこってやがるんだ?

 思考が止まりまったく現状を把握できない。理解を越えた何かがそこに起きていることだけをただ感じながら、それを見つめることしかできないでいた。


 直後、さらに信じられないことが起きた。


 少女が手にした長い筒が『光』を発射したのだ。そして、その光が巨人の頭を消し飛ばした。

 それからさらに彼女は光を数発放つ。

 その光の筋が通るたびに巨人の身体は爆裂し、そのまま倒れて動かなくなった。

 

 少女はそれを見届けると、こちらを振り返りもせずに高く跳躍し家屋の向こうへと消えた。


 そうなってからようやく俺は安堵し、そして不意に強烈に笑いの衝動がこみあげてきた。


「ふふ……ふはは……ふははははっはは、アハハ……あーはっははっははは」


 とにかくおかしかった。

 目の前で起きたことは本当に理解を越えたことだったのに、それでも俺は今こうやって生きている。

 そうだ‼ 俺はやはり特別なんだ。このような超常の中にあっても俺は生かされたんだ。やはり俺は神に選ばれた特別な存在であったのだ、生かされる運命だったのだ……と。そう思えて笑いが止まらなかった。

 今までもずっとそうだったのだ。どんな悪事を働いても、どんなに犯罪を犯しても、俺はいつだって免罪されて、時には俺を糾弾しようとした奴の方が逆に罰せられたりもしたんだ。

 現に今目の前の部下は全員死んだが俺だけはこの通りの無傷。運がいい……では片づけられないこの現象。

 この俺こそ……神に選ばれし存在。俺のために世界は動き、俺の為すことが全て正義。これで証明されたのだ。

 俺はこの世界でもっとも大事な存在であるのだ……と。


 そして『運命の時』が訪れる。


 愉悦に震えながら、笑いながら見上げたそこには……


 自分に向かって真っすぐ降ってくる……超巨大な巨人の肉片。


 最期に聞いたのは……自分の足から順に全身の『骨』と『肉』が潰れていく『音』だった。

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