第四十話 掃討③
落ち着いたシャロンを見て俺は内心少しイラっとしたのだが、シシンやクロンはかなり安心したようで、すぐさまクロンが泣きながら抱き着いていた。それとシシンはそんな二人を安堵した顔で眺めた後に立ち上がり、申し訳なさそうに俺へと頭を下げた。
「旦那……旦那にゃぁ、どんなに感謝しても感謝しきれねえ。この恩、必ず返す」
ついさっきオーユゥーン達も同じようなことを言いやがったんだがな。
でもこいつらの気持ちはわかっているつもりだ。
自分の仲間をどんな形であれ救出出来たんだ。そりゃあ嬉しいだろうし、感謝もするだろう。正直そこまで感謝されても面倒なことが増えそうで俺はあまり歓迎したくはないんだけどな。
とにかく今は、この事態を『終息』させるのが先だ。
「まだ終わっちゃねえだろうが。多分だが、その穴の中に連中の根城がありそうだ。どうせそのシャロンみたいな目に遭ってる連中もまだいることだろうし、それに街はあのヘカトンケイルの群れに襲われて大惨事だろう」
このままここで解散はそれこそない。
自分の身内だけを助けて後は見捨てるとか、そんなのどれだけ寝覚めが悪くなるか分かったもんじゃないしな。それに街には留守番させたあの娼婦連中だっているんだ。それを放置するとかどんな人でなしだってことになっちまう。
さて、となればやることは一つだな。
「二ム!」
「はいっ!」
「って、てめえはいつまで素っ裸で居やがるんだよ。ボロ布でもなんでもいいからなんか着やがれよ」
「ええ~!? だって、何着たってどうせすぐ破けちゃいますよ? だったら何も着てない方が楽ちんじゃないっすか!」
「お前は洗濯嫌いな一人暮らしの中年か! てめえのその恰好が犯罪だって言ってんだよ! 猥褻物陳列罪!」
「でもでもですよ? そこのゴンゴウさんとかヨザクさんとかさっきからずっとワッチに釘付けっすよ? 犯罪じゃなくて目の保養になってると思うんすけども」
と、そっちを見ればゴンゴウとヨザクが気まずそうに俺の視線から逃げやがった。
こいつらここぞとばかりに二ムの素っ裸を鑑賞してやがったな? つまりそれが猥褻物なんだよ。くそったれ!
俺は面倒になって、自分の着ていたシャツを脱いで二ムへと投げた。ついでに腰に巻いていた大きな風呂敷にもなる布も外して二ムへと渡した。
「ほれ、シャツを着て、これを腰に巻けよ。そうすれば多少は隠れやがるだろう……へっくし!」
上着のジャケットはヴィエッタに着せちまったし、長そでのシャツと腰布は二ムに。となると今の俺。
下着のタンクトップと冒険者用の厚い生地のズボン、以上。いや、流石にこれだけ薄着になるとちょっと寒い。
寒いが、まあ、俺の持ち物があんな露出狂じゃあ俺の外聞もなにもあったもんじゃねえ。ここは我慢で……とか思っていたら。
「「お、おお……こ、これはこれで」」
「はあ?」
ヨザクたちの声が聞こえてそっちを見れば、二ムにかぶりつくような視線を送っている男二人の姿。で、二ムへと視線を向けて見れば、俺のシャツを着たのだが、当然ノーブラなので、ふたつの『ポッチ』がくっきりと浮き出て、さらに腰布をなぜか相当にたくし上げて巻いているので、なにやらその隙間からノーパン部分がちらちら見えそうな見えなさそうな……
「てめえ二ム、わざとやってやがんだろう」
「えへへ、分かりやしたか? 女はこの微妙な『丈』のさじ加減で男を惑わすものなんすよ。ほら、ほらぁ」
「「うおおおおおおおおおおおおおおお」」
言いながら足を上げたり腰を振ったりする二ムに、二人の男が絶叫を上げて……
「てめえらいい加減にしろよ? まだ終わってねえと言ったろうが……って、マコ、シオン! お前らまでなんでスカートをたくし上げてんだよ、このアホっ!」
「えへへ……だって、ねえ?」「クソおにいちゃんってこういうの好きなのかな? って思って……また撫でて欲しいし」
本当にこいつらはどいつもこいつも……まったく今がどんな状況なのかわかってねえ。
そんなイライラする俺の傍にオーユゥーンが寄ってきてぽそりと言った。
「みんなお兄様のことを信頼していますから、こうやって笑顔でおりますのよ。大丈夫ですわ。お兄様の一言で、みんなきちんと行動に移れますから……さあ、どうぞご指示をなさってくださいまし」
「本当かよ……」
安心しきった顔をしているのはオーユゥーンも一緒なのだが、こいつの言葉にはいちいち説得力があるからな。とにかくさっさと終わらせるのが先だ。
俺はきゃいきゃいやっている連中のほうに顔を向けて、言った。
「二ムっ! お前はすぐに街へ行って、あのヘカトンケイルどもを全部焼き殺せ。今はとにかく動けなくすればいい。どうせバラバラになってりゃすぐには復活はできねえんだ」
「了解っす」
「それとシシンたちは二手に分かれてくれ、そうだな……シャロンはもう立てるようだし、シシン、クロン、シャロンの三人は俺やオーユゥーン達と一緒に来てくれ。これから穴の中の生き残ってる連中を助け出す。例の小型ヘカトンケイルはまだ相当にいるようだけど、そいつらの相手はシシン、お前らに任せるからな」
「ああ、期待してくれよ旦那」
「ヨザクとゴンゴウの二人は、この付近に散らばったヘカトンケイルの肉片をとにかく全部燃やしてくれ。あいつらはバラバラになっても実は生きてるんだ。まあ、自然環境で巨大化することほぼないんだが、とにかくこんがり焼けば死ぬから、念入りにウェルダンに焼いてくれ。炭でもいい」
「了解ではあるが……我等も女子を助けに行きたかった」「同感っス」
だからてめえらは連れて行かねえんだよ。ごく自然にセクハラかましまくりやがって。下心ありありで女を助けに行かせるとか、マジで気分悪い。
シシンは……まあ、クロンとシャロンっていう手綱握ってるやつが二人も居やがるんだ。なにか怪しい動きをするなら、その処遇は二人に任せればいいってことだ。
あの肉片を焼くのは十分重要な仕事でもあるのだしな。
γ変異種幹細胞生物は、その性質上、刻まれたとしても死ぬことはない。無限に増殖することが可能な奴の細胞は、取り込んだ生命体のDNAに合わせていくらでも再生できる。だが、そのためには特殊な栄養や培養の為の条件があるため、あの状態からのすぐの復活はあり得ない。あり得ないのだが万が一ということもあるから、とにかく焼いて消滅させるのが最善なのだ。
『金獣見たら焼き殺せ』って条文まであるしな、『人類憲章』の中に。
「ヴィエッタ」
「うん」
最後に俺はヴィエッタを呼んだ。
そしてジッと目を見て見れば、彼女は真っすぐに俺を見返してきている。その瞳の色はあの出会った直後のおどおどとしたそれではなく、はっきりと意思が宿った強い信念を感じさせるものだった。
だから俺は一言だけ言った。
「お前の力が必要だ。一緒に来てくれ!」
「うんっ‼」
彼女の花咲くような笑顔に、俺も思わず頬が緩んだ気がして、慌てて顔を触りながら振り返った。
そこにはニヤニヤしながら俺を見る、全員の顔。
なんだよこいつらその顔は! てめえらマジでふざけんなよ!
いきり立ちそうになるのをなんとか抑え、俺は全員に言い放った。
「行くぞ! さっさと終わらせるぞ!」
「「「「「おおっ!」」」」」




