第三十九話 掃討②
陽電子レーザーキャノンを担いだニムがまたもや裸のまま身体をくねらせる。俺はその羞恥心のかけらすらない様に頭が痛くなってきていたが、とにかく聞いた。
「で、どんな感じだ?」
「はい。この近くにいたあの怪獣はみんなやっつけやしたよ。でも、10体ほどがもう街の方に向かったみたいでやすね。どうします?」
そう聞かれ、俺は周りの状況を見渡してみる。
俺たちのいる周囲の荒野のところどころにヘカトンケイルの残骸と思われる大きな肉片が大量に散らばっている。どうやらニムが吹き飛ばした痕のようで直近での脅威はすでに取り払われている様だ。
で、街の方へと視線を向けてみれば、ここからだと途中に丘があって直接には見えないが、夜明けの白んだ空に浮かぶ雲に赤い色が反射しているのが分かる。
すでに街にヘカトンケイル達が襲い掛かった後のようで多分火の手が上がっている。これはすでにかなりの範囲で破壊されているだろう。
「シャロンッ! シャロン、しっかりしろ!」
「シャロンッ! お願いっ! 頑張って!!」
「し、シシン……ね、姉さん……うう……」
そんな声が聞こえて向いてみれば、ぐちゃぐちゃに潰されて肉塊と化したあの気持ち悪い老人顔の小型ヘカトンケイルの脇で、膨れ上がって蠢いている自分の腹を抑えて呻くシャロンという女と、シシン達。
シシン達があの気持ち悪いモンスターを仕留めたようだが、シャロンの様子を見る限り、今にも中の怪物が腹を引き裂いて飛び出てきそうだ。
「ヴィエッタ。ちょっと来てくれ」
「うん」
俺はヴィエッタを連れてシャロンの元へと移動した。そしてシシンの肩に手をおいて奴をどかして、ぼろ布越しにシャロンの腹に手を当ててみる。
それは驚くほどにぐにぐにとうごめいているが、普通に妊娠したわけではないのだから腹の内側どころか、腹筋や背筋なんかの筋肉もズタズタに切断されてしまっているのが、触れただけで分かった。もう一刻の猶予もない。
「ヴィエッタ。この辺に精霊はいないか? できれば土の精霊がいいんだけど」
さっきの青じじいの爆発魔法のせいでこの辺の精霊は全て吹き飛ばされている。そうはいっても時間は経過したのだから多少は戻って来ている可能性があるかと思いそう聞いてみたのだが……
「ええと……精霊さんたちは少しづつ戻ってきてるけど……あのね? そこに、凄く光ってる土の……精霊? っていうか、凄く綺麗な女の人が立ってるの。で、えーと、何? え? えええ?」
とかいきなり指さした先の虚空を向いて何やら驚き始めたヴィエッタ。
俺はとてつもなく嫌な予感を抱きつつ、ジッとヴィエッタを見ていると、彼女が急に俺を向いて宣った。
「えっと……なんかその人? がね、私に恩恵をくれるって……でね、紋次郎が『土』の力を使いたいときはいつでも私の……えと、『おっぱい』を触ればいいよって。だからはいどうぞ」
といいながら自分の胸をずずいと俺へと差し出してくるヴィエッタ。
「いやちょっとまて、おいコラてめえ。なんのつもりだよノルヴァニア」
俺がそうヴィエッタの向く方へ向かって言うと、同じようにそっちを向いてこくこく頷くヴィエッタが、再び俺を向いて口を開いた。
ってか、この伝言ゲームマジでめんどくせぇ!
「あのね? 言われたとおりに言うね。えと……『お約束の通り魔力を吸いだして頂きにきました。この娘の中にずっとおりますので、これから何時でも、お好きな時に、お好きなだけ、無理矢理に、滅茶苦茶になるまでご自由にどうぞ!』 だって? どういうことかな? あ、はい、おっぱいどうぞ」
「畜生、釈然としねぇ」
いや、確かに言ったよ? また魔力吸いだしてもいいよ的な……あれ? 俺が言ったんだったか? くそっ、なんだかもうよくわからねえや。
でも、目の前のシャロンを救うにはやっぱりこいつの土の魔力が必要だ。
ムカツクが……滅茶苦茶納得いかないがここはやるしかねえか。
俺はそう諦めて、自分の胸を両手で持ち上げて俺へと差し出しているヴィエッタへと言った。
「触るぞ!」
「どうぞ」
勢いよく元気に返事をするヴィエッタを見ないようにしつつ、彼女の胸に左手を触れさせた状態で、逆の右手をシャロンの腹へと伸ばした。
当然その腹は激しくうねっているが、構わず唱える。
「『石化』!」
「ひ、ひぐぅっ」
すでに解析魔法はかけてあるから、準備は万全だ。となれば当然使うのはこの呪法。彼女の内に潜むあの化け物の子を一気に石へと変えた。
痛みを堪えるように苦悶の表情を浮かべたままのシャロンを見ながら、当然すぐに次の魔法の詠唱に俺は移る。
そして使ったのはこの魔法だ。
「『砂化』‼」
土系統の魔法の中でも比較的簡易で簡便な魔法ではある。だが、今回のターゲットは彼女の胎内に巣食うモンスターだ。内臓がすでにぐちゃぐちゃになっていることを考えると、安易にこの魔法をかけるわけにもいかない。だから俺は最大限内部を観察しつつ、石化したその怪物を慎重に砂へと変えた。
「あ、あぐぅっ‼」
魔法をかけた直後に激しい悲鳴を上げた彼女。その纏ったボロ布の端からは、血とともに大量の砂が流れ出て来る。
それをクロンが支えつつ、近づいたマコが水魔法の治癒を唱えてその体内を癒し続けた。
見れば、魔法を唱えているマコの身体は微かに震えていて、唇も青味掛かってきている。どうやらかなり疲弊しているようだが、かなり必死に頑張ってるみたいだ。
それを見て俺は水の精霊を探そうと再びヴィエッタを見て見れば……
「お前いったいなにやってんだ?」
そこには自分の股に両手を差し込んで何やらもぞもぞしているヴィエッタの姿。ええい、なんでそんなに顔赤くしてんだよ。
「だ、だって……も、紋次郎がきゅ、急に魔法を使った途端に、な、なんだか、身体の芯が熱くなっちゃって……ぁん……その……す、すごく気持ち良くなっちゃって……こんなの初めてでぇ……」
何やら目をとろんとさせてやがるんだが、これはあれだろ! 間違いなくノルヴァニアの野郎がヴィエッタにも快感を流してんだろう? まったく、何をやってやがんだか、あいつはっ!
「別にどうでもいいけど、水の精霊がどこかにいないか教えろよ」
「あ、えと、ま、マコさんのおっぱいのところにいるよ? 戻ってきたみたいぃ……」
そう言ってマコの胸の辺りを、震えながら指さすヴィエッタ。
ええい! おっぱいおっぱい言うんじゃねえよ!
「仕方ねえ、マコ、お前の胸も触るからな」
「どんとこい! クソお兄ちゃん!」
く、くそ、マジで釈然としねえ。女の胸触りまくってる俺も大概だが、こいつら自分から差しだしてきやがるし、完全に羞恥心が家出していやがる! というか、もはや失踪だよ、探すだけ無駄な奴だよ、ざけんなこら!
「くそが、もうどうでもいいや! 『上位治癒』‼」
シャロンへと向けて一気にこの魔法を使った。
先ほどのマコの魔法を上書して、彼女の全身の傷をいやしていく。ついでに俺自身の身体も修復して、そのおかげか変な痛みもなくなったし、流石、上位治癒魔法、痺れも消えた。消えたが、魔法を使うたびに必ず女の胸を触っている今の俺。明かな変質者でマジで死にたい。ぐぬぅ。
そんなこんなで俺がジレンマに苦しんでいる最中であっても、シャロンはどんどん回復していき、苦悶の表情もその顔からは消えていた。
股間の辺りを見て見れば、もう砂も吐き出されてはいないようで、これはもう完全に峠を越えたって感じか。
そんな彼女を見ていたら、そろそろと薄眼を開けた。
そして抱きかかえているシシンとクロンへと視線を向け、そして、暫くしてからその両目から大粒の涙を溢れさせて、泣き出した。
「シシン……姉さん……ごめんなさい、本当にごめんなさい……私……私……汚されちゃった……うう……うぁあぁぁぁ。うわぁぁぁああん」
そう二人にしがみつくシャロン。彼女の肩をそっと抱くシシンと、やはり同じように泣きながらぎゅうっと抱き着いたクロン。
こいつらに何があったのかは分からねえが、怪物に犯され、そのモンスターの子を腹に宿していたのだ。精神的にも相当に辛いはずで、これは可哀そうだな……とか、思っていたその時だった。
「シャロンさんとおっしゃったかしら? 今回は大変でしたけれど、モンスターの触手で犯されたことなんて、変わった形の『はりがた』でもお使いになられたくらいに思えばいいのですわ。盗賊に監禁されて廻され続けるよりよっぽど汚れが少ないですわよ」
「そうだよシャロンちゃん。あんな気持ち悪いモンスター、どっかの耄碌じじいが血迷って襲い掛かってきたくらいに思ってればいいんだよ。どうせ独りよがりで暴走するばっかで全然気持ちよくなんかないんだから。あーあ、今回ははずれだったとか思えばいいんだよ」
「そうそう! マコもねー、前にむかつく商人の客に、『ルツボカズラ』っていう触手のある植物持ち込まれて、触手プレイさせられたことあるけど、本当に気色悪くて感じてる振りするのがホントに大変だったんだよ? だからね、いまいち気持ちよくなかったかもしれないけど、これ当然だからね! やっぱり男の生が一番だよ!」
オーユゥーンとシオンとマコの三人が寄ってきてシャロン達にそんな話をしているが、お前らひょっとしてそれ慰めているつもりか? いや、それ全然慰めになってねえぞ?
とか思っていたら、隣でヴィエッタが。
「あ、私も生で中が一番……」
「うるせい! てめえまで混ざろうとしてんじゃねえよ!」
おずおずと手を上げて発言しようとしているヴィエッタをチョップすると、当たり所が悪かったのか頭を押さえてちょっと涙目になっていた。
『生』、『中』とか、いったいどこの居酒屋の乾杯メニューだよ。 こんなフォロー世の中にあるわけねえっ!
とにかく身体はさっきの魔法で完治したんだ。後はゆっくりと心の傷を癒してだな……
そう色々考えていたんだが……
「ええと? なんだか私、もう結構平気かも?」
と、最大の被害者であるはずのシャロンがぽりぽりと案外平気な顔で頬を掻くのであった。
いいのかよ! そんなんで!




