第三十八話 掃討①
「お、お兄さまっ!?」
オーユゥーンが慌てた様子で俺へと迫り、そして身体を抱き抱えた。
そのとたんに、俺の顔面に超巨大なふたつの柔らかいスイカがまさに『ボイン』とのしかかってきた。
というか、痛いっ! 苦しい! マジで息できねえ!
「ぷ、ぷはっ! て、てめえ殺す気かよっ! いきなりなにしやがんだっ! このばか」
「バカはお兄さまですわっ! なぜあんな無茶をなされたのですかっ! お兄さまが死んでしまわれたら、わ、ワタクシは、ワタクシはっ!」
「お、おい……」
見上げてみればそこにはお大粒の涙を瞳から溢れさせているオーユゥーンの顔。
その涙の滴がポタポタと俺へと落ちてくる。
顔をくしゃくしゃに歪めてオーユゥーンはさらにぎゅうっと抱きついてきやがった。そして。
「よかった……本当に良かったですわ。生きておいでで……本当に」
オーユゥーンの顔が俺を覆うように真上にきて、そして彼女の長い若草色の髪がはらりと垂れて俺たちの周囲をまるでベールの様に隠した。
そこにあったのは頬を赤らめて俺を見下ろしてくるオーユゥーンの顔ただ一つ。
その涙に塗れた彼女の顔を間近で見つめ、俺は自分の心臓がどきりと波打つのを確かに感じた。
だから……
「おい、さっさとどきやがれよ」
「あ、す、すいませんですわ」
そう言って飛び退いたオーユゥーン。ふわりと風に靡いたその髪の毛から微かに彼女の甘い香りが漂った。
それを感じて思わず目で追うと、目を拭い普段と変わらぬ調子でにこりとほほえむ彼女がそこにいた。
それを見て俺は心底ホッとした。
いや、今のはやばかった。正直かなりドキドキしてしまっていたし、マジで惚れちゃいそうになっちゃってたし。
いかんいかん、こういう気の迷いのせいで今まで相当な回数、痛い目をみてきたんじゃねえか。
俺惚れる→相手好感触→結局クソビッチだった!
このパターンで何回枕を濡らしたことか……
もう俺は『裏切られる』なんてまっぴらごめんなんだよ! 俺は、俺はな……
清純な恋愛がしたいんだーーーーーーー!
そう心で吠えた時だった。
「紋次郎……」
「え?」
ちゅ……と小さく音がしたかと思いきや、そこにあったのはドアップのヴィエッタの顔。
ヴィエッタは両手で俺の顔を抑えるようにして目をつぶって口づけをしていた。
「んーーーーっ! んんーーーーーーーっ!?」
あまりの事態に思いっきり逃げたかったのだが、レベル差のせいか、いくら力を入れても体が全く言うことを利かない。それを良いことにヴィエッタはいつまでもずっと俺に吸い付いたまま。こいつのレベルは知らねえが、俺よりもかなり上なのは間違いないんだ。
なんというか俺ももう諦めて、猫に嘗められる猫缶の気分のままでされるがままでいた。
どれくらいそうしていたのか、彼女は俺から唇を離し、その唾液で濡れた唇を『お』の形で開いたままではぁはぁと吐息を漏らしながら俺へと抱きついた。
「紋次郎……紋次郎、紋次郎紋次郎、紋次郎ぉ~……うわぁああぁぁぁん」
「ちょ……おまえ……おまえなぁ……」
ヴィエッタは俺の名前を連呼したまま、俺をぎゅうぎゅうに抱きしめながら嗚咽する。
っていうか、これじゃあ俺は完全に逃げ場ねえだろうが!
「諦めなさいなお兄さま。ヴィエッタさんをこうしてしまったのはお兄さまの責任なのですから」
オーユゥーンが可笑しそうに笑いながら俺を見ていやがるし。
「マジで納得いかねえぇ……」
いったいなんで俺が責任をとらないといけないのか本気で意味が分からないのだが、確かに冒険者になれるって言ったのは俺だった。そういう意味じゃあ俺が責任を確かにとらないとならないのは分かるのだが……よりによっていきなりキスしてきやがって! いくら娼婦だからって、こんなのはマジ勘弁しろよ。
あーあ……俺のファーストキスがこんな簡単に奪われてしまうとは……ぐふぅっ……あ、ニムにした口移しは当然ノーカンだ。そもそもあれはキスじゃないし、枕に押し付けるのと同レベルの行為だし。
「マコ! 急いでくださいな。早くお兄様に治癒魔法を」
「分かったよオーユゥーン姉。わわわひどいねぇこれは」
「うん? なんのことだ?」
俺は二人の会話の意味が分からずにそう聞いてみれば、マコが俺の右腕の辺りに向かって魔法をすでにかけていた。
「え? わかんないの? くそお兄ちゃん。 痛くないの?」
「へえっ!?」
「おーい、マコあったよ! お兄さんの『右腕』」
「はぇえっ!?」
見れば、がけ下からシオンが人間の右腕を持って、それをぶんぶん振り回しながら駆け上ってきてるし。その上腕で千切れたような右腕からは骨とか筋とか血管とかぷらぷらしてるのだが————ま、まさか、それ俺の右腕かっ!? う、うわ、それはぐ、グロい……グロすぎるだろういくら何でも。それお前、ほんとにくっつけられるのか? マジで切断面ぐっちゃぐちゃなんだが……いやだよ変な風にくっついた後でもう一回、切断して付け直すとか嫌だよ俺は。怖すぎだ。
そうこうしているうちに、マコが色々とやってどうやら腕だけじゃなく、足とか腹とかそういう箇所に魔法をかけて回っていた。ひょっとしなくても、俺全身ボロボロになっていたようだ……これはあれか? あまりの痛みにドーパミンだとかが大量発生していて痛覚を麻痺させていた状態ってとこか? いや、確かにあのぐちゃぐちゃを全て体感していたら、もう俺は痛みだけで死んでいたな。人間の身体ってマジで不思議だ。
当然だがヴィエッタはもう俺を解放して今は俺を背中から抱いて支えていた。
「うーん。とりあえず魔法はかけたよ? でもマコの魔法だとくっつけるのが精いっぱいなんだけど、別に大丈夫だよね? くそお兄ちゃんの方が凄い魔法使えるんだから」
「ああ助かった、ありがとうな……」
「ふぇぇ……」
くっつけてもらったばかりの右腕を持ち上げてマコの頭を撫でてやると、マコは顔を真っ赤にして変な声を漏らしていた。お前はネコか?
正直痺れみたいなのもまだあるし、かなり痛いし、見た目もまだまだ酷い有様だが、血色も悪くなく当然血も止まっている……
まったく全然大丈夫じゃないんだがな、まあ、今は治して貰ったんだし素直に感謝するしかないな。
そう思って何気なくしただけなんだが……
「どうしよう……マコ、今、くそお兄ちゃんにめっちゃきゅんきゅんしちゃったよ」
「うう……なんかわたしも頭撫でてもらいたいかも……」
そんなことを言いやがるシオン。このいつらマジでくそビッチだな。すぐに発情しやがって。
それでも撫でるくらいはまあいいかと、シオンの奴も撫でり撫でり……
と、そのままニヘラァと二人で気持ち悪くニヤニヤしているのを放って、俺は立ち上がった。
やはりというか、足も腰もかなり傷が目立つし、結構痛い。
相当にさっきはぐちゃぐちゃだったってことだな、マジで。
当然のごとく俺に寄り添ってくるヴィエッタとオーユゥーン。そんな俺の元にニムが近寄ってきた。
「ご主人いつの間にハーレム作っちゃったんすか? ずるいっす。ワッチも入れて欲しいっす」
「誰がハーレムだ! んなわけあるか」




