第三十四話 狭間の城の主③
「コホン」
ノルヴァニアはまた一つ咳をして、姿勢を正して目をつぶる。
これだけ見れば和服を着た絶世の美女が、清廉に佇んでいるまさに神秘的な様相なのだが、そこはそれ、一度本性を現しやがったこいつが何をしようが最早どうとも思わない。
まったくいったいなんなんだこいつは。
確かに、俺というか二ムがこの目の前の女を呼び出したのは間違いないだろう。
俺はあの時、魔法を使うために『精霊をおびき出す』裏技を使った。
あの魔法の本に書いてあったんだが、精霊は世界のあらゆる箇所に存在しているものの、恣意的に彷徨ったり停まったりしているためにこちらの都合に合わせて行動することは殆どない。それこそ恩恵を授けて半ば背後霊的に取り付いている状態でもない限りは人と行動を共にはしないのだ。
だが、そんな自由勝手気ままな精霊たちの行動にも例外はある。それがあの『破壊行為』だ。
精霊はそれぞれの属性の由来であるマナに寄り添う様に存在する。水の精霊なら水辺に、風の精霊なら空気中に……と言った具合なのだが、その寄り添っている箇所が著しく破壊されたとき、精霊は過敏に反応するのだ。逃げ出したり、飛び掛かってきたり……そう、つまりそうすることで精霊を人為的に出現させることは可能なのだ。それはあの時も同じであった。
俺はあの時二ムに地面を思いっきりぶん殴らせて、それこそ地面を『完全に破壊』した。それによって俺へと迫ったのが、要はこの目の前の女神様ってわけだ。
まったく、道理であんなどでかい壁が築かれちゃうわけだよ。俺はあの時咄嗟だったからノーセーブで魔法を放ったからな。そりゃあ神様の無尽蔵な魔力を放出すれば、万里の長城くらい簡単だろうよ。
で、それからずっと土魔法使い放題だったわけだ……
ヴィエッタ曰く、精霊はマナを吸われると感じちゃうんだったか? このやろう、自分の快楽の為にずっと俺の中に居続けやがったな!? やめろよマジで、俺は精霊・神様向け性風俗事業者じゃねえってんだよ。
目の前の美女がただのくそビッチだってわかった途端に、俺も随分気が楽になったわけだが、俺もずいぶんくそビッチ慣れしたもんだよ、本当に!
と、そんな風に考えていたらノルヴァニアが口を開いた。
「では話を戻しましょう。紋次郎様、私はあなたに褒美を取らせたいのです。よろしいですね」
何もなかったかのようにそんなことを言ってくるのだが……
「だから要らねえって言ってるだろうが。あれか? 神様は信者に何か還元しなきゃいけない義務みたいなのとかあんのか? それならそれこそ俺は問題外だ。俺はてめえの信者じゃないし、信者になる気もねえからな」
「何をおっしゃっているのか分かりませんが、貴方の信仰心は関係ありません。これは神である私の意思なのです」
言うに事欠いて『神の意志』ときやがったか。こいつ本気で人の都合考えてねえんだな。
神様って存在のことを知らないからなんとも言えないが、要は神の思し召しという名のおせっかい&有難迷惑を押し付ける、いわば世話焼きおばちゃんの様な存在ということなんだろう。マジで鬱陶しい。
「わかった、わかったよ。とりあえず聞くさ。んで、何をくれるって?」
そう諦めてつっけんどんに聞いてみれば、彼女ははっきりと答えた。
「土の女神である私が授ける物……それは、『土の真理の祝福』に決まっております」
「真理の……なんだって?」
さも当然と言った具合で断言してくるノルヴァニア。だが、はっきり言ってなんのことやらさっぱりだ。
彼女は理解できていない俺を見て何やら驚いた様子ではあったが……
「紋次郎様はまさか『土の真理の祝福』のことをご存知ない? 知らずにここに来たとでもいうのですか?」
そんなことを言ってくるのだが……
「ご存じないもなにも、まったくちっとも何のことやらさっぱりだよ。祝福だって? なんだ? 神様のお前が俺に拍手でもしてくれるってのかよ」
普通に祝福といわれりゃあ、『おめでとう!』とか言いながらパチパチ拍手が定番だろう。そういや昔そんな最終回のアニメを観た気がするな。あれは、まったく意味不明な終わり方だったが。
ノルヴァニアは額をこしこしと擦りながらなにやら思案していたが……
「あ、あの……ではですね、『魔王』という存在のことをご存知でございますか?」
「はぁ? 魔王? 魔王ってあれだろ? 北だか西だか、東西南北で呼ばれてるあの魔王のことだろ?」
アルドバルディンの冒険者ギルドでもたまに聞いていた話だが、この世界には賞金首モンスターとは別に、さらに超強力なモンスターがいて、それこそどこぞの国の軍隊と戦っても勝ってしまうくらいの強力な奴のことを、冒険者は畏怖をこめて『~~の魔王』とか呼ぶ習わしがあったはずだ。酒の席でそんなモンスターを倒したとか自慢話していたおっさんもいたしな、実は結構近くにいたのかもしれない。
いや、マジでそんな怖い奴と出会わなくてよかったよ、俺は。そんなのと出会ってたら命がいくつあったって足りやしない。
そう思いつつ、思い出し身震いをしていたら、ノルヴァニアがはぁっと深くため息を吐いた。
「それは、あくまで人が勝手にそう呼んでいるだけの、強いモンスターのことでしょう。私が申しておりますのは、『魔族の王』、『魔王』のことでございます」
「魔族? そもそも魔族ってなんだよ」
そう言った瞬間に、彼女は見事にずっこけて、正座が崩れて、ちょっと女の子座りになった。というか、足が崩れて、着物の裾から地肌が見えちゃって、なんというかエロチックすぎて目のやり場にマジ困るんだが!
「ま、まさか本当に知らずにここまでやってきてしまわれましたとは……紋次郎様、貴方様は違うのですか?」
そう俺を覗きこんで言うノルヴァニア。
「だからいったい何のことだよ。知らないとか、違うとか、そういうのマジでいじめだからなっ! 知らねえことの何が悪いってんだよ。逆に説明を求めたい。さあ、ちゃきちゃき話しやがれ」
ムカついたんで腕を組んでそう宣言する。すると、彼女は再びため息をついて首を振りながら言った。
「いえ……知らないのであればこれ以上何も言わない方が良いのかもしれません。でも、貴方には是非生きながらえて頂きたい……生きながらえて、これからもずっとずっとずううううっと私に快楽を与え続けて頂きたい」
「こらこらこら、お前また自分の欲望駄々洩れになってるからな、それでいいのか?」
「ではこうしましょう! 私があなた様に啓示いたします!」
「おおぅ、なんだよ急に!」
うつむいてイジイジしていたかと思ったら急に顔を上げて大声を出しやがった、こいつは。
神様とかいうから、もはや異次元な存在らしいし普通の思考じゃないことくらいは覚悟していたけど、こいつ本当に普通じゃないぞ。
てか宣言? こいつは一体さっきから何を言いたいんだよ。
とにかくなにか嫌な予感を感じつつ、こそっと彼女の目を見た瞬間のことだった。
「女神ノルヴァニアの名の元に告げます。『救世主』紋次郎様! 世界に散らばる神々の祝福を集め、伝説の武器を蘇らせ、魔王を打倒すのです!」
「いや、俺救世主じゃないし、全力で断るし!」




