第三十三話 狭間の城の主②
「女神だぁ? 女神が俺にいったい何の用だよ? そもそもなんで女神様が座敷で着物着て正座してんだよ」
女神ノルヴァニアと名乗った彼女はスッと顔を上げて姿勢を正した後で俺を見据えた。
「この衣装は今は亡き親友を想い、彼女を忘れないように用意したものです。お気に触られましたなら謝罪いたしますが、どうか着替えることはご勘弁を」
「神様が何を重い話ししちゃってんだよ。ってかいいよ別にそれ着てるくらい。友達大事にするの当たり前だし、俺だって日本人だし着物くらい別に気にならないし」
「二ホン……ジン……? それはいったいなんのことなのでしょうか?」
「質問したいのはこっちなんだけどなぁ、俺は日本って国から来た日本人なんだよ。太陽系第三惑星地球ユーラシア第5管区日本生まれの日本育ち、現住所は東京シティ、メトロポリタン府中だよ、アンダスタン?」
「タイヨウ……チ、チキュウ? フチュウ?」
「あーもう。べつに良いよそんなの。俺は紋次郎、木暮紋次郎だ。どうせそれくらいは知っているんだろう?」
「はい。ずっと見ていましたから。紋次郎様、あなたのことを今まで見させていただきました」
そう言いながら彼女は軽く右手を振って見せる。すると、何もないはずの空間に大写しのスクリーンが現れ、そこに俺が立っていた。場面は良く分からなかったが、背景からしてあの巨大な壁を作ってしまった時だろうか。呪文を唱えた直後に俺の顔面がみるみる青ざめてきている様子に、俺はあの時のことを思い出して身震いした。
「てめえ、こんな恥ずかしい場面見せやがっていったいなんのつもりだよ! 俺に恨みでもあるってのか?」
「恥ずかしい? 貴方はこの大いなる奇跡の瞬間を恥ずかしいと思われていたのですか?」
さも不思議そうだと、小首をかしげてそんなことを言ってくる女神ノルヴァニア。
いやめっちゃ恥ずかしいだろう。普通、自分が映ってるビデオを見るだけだって相当に恥ずかしいのに、しかも俺が今一番隠したいことをこれだけでかでかと放映されてんだぞ? っていうか、これ録画か! 録画なのかっ! く、くそっ! こんな異世界に録画機能があったなんて、マジふざけんなっ!
「恥ずかしいに決まってんだろうがっ! っていうか何か? お前はこれをネタに俺を強請ろうとか思ってんのか? 神様自称しているくせにそれはケツの穴が小さすぎるだろうっ!」
「け、ケツっ? そ、そんな下品な口を利かれた方もあなたが初めてでございます」
ノルヴァニアは顔を真っ赤にして俺を見ていた。俺はとにかくこいつに無理難題を吹っ掛けられるのではないかとひやひやしながらジッと見返した。
「あの、そうではなくて、強請るもなにも私は貴方に褒美を差し上げようと思ったのです」
「はぁ? 褒美? なんで知らねえお前みたいなやつにいきなり褒美貰わなきゃいけないんだよ。ってかいらねえよ別に、気持ちわりぃ」
「い、いらないっ!? 気持ち悪い?」
彼女は三度驚愕して俺を見た。
どうやらこいつは神様というだけあって、崇め奉ってくれる平身低頭なイエスマンとしか会話してこなかったようだな。そりゃ、俺みたいな奴ににズケズケ言われりゃこんな反応も当たり前だろうな。
「あのなぁ。俺はあんたなんか知らないし、褒美をもらう謂れもない、そもそもなぜ俺をここに連れてきた? それをまず知りたいのだが」
ここにいる理由……俺はまだそれが分からない。
ヘカトンケイルを見上げたままで意識が途切れたわけだしな、いくらなんでもこの場面転換はおかしすぎる。
だから俺が一番聞きたかったそれを尋ねてみたのだが、ノルヴァニアは静かに口を開いた。
「その理由は簡単です。あのままではあなたは間違いなく死んでいたからです。ですから私は貴方の脳に干渉しこうして貴方の前に姿を現しました。あなたを助けるために」
「まあ、そんなとこだろうとは思ったけど、要は俺はまだ死んではいないってことだな? どうやったんだか知らないが俺の脳の情報処理速度を速めやがったな? お前なぁ、高速情報処理化は脳に負荷がかかりすぎて後遺症とかめっちゃ起こるんだぞ? 知らねえのかよ」
「私は貴方という『空間』に干渉し、その時間を周囲と隔絶させただけです。今のあなたは周囲とは違う速さの時間の中にいるだけ、くろっくあっぷ? というのがなんのことかは存じませんが、これであなたが死に至ることはありません」
「そうかよ」
要はまた魔法的な何かってやつか。
確かに土魔法には、空間の時間に干渉する術もあったはずだし、こいつ土の女神とか言ってるんだから当然土系統の能力を持ってるわけか。ということはやっぱりあれなんだな。
俺は一度溜息をついてから彼女へと言った。
「つまりてめえはあの荒野の丘の上で最初に俺が干渉した土の精霊ってことか……いや、てっきり土の精霊かと思っていたが、どうやら神様を引っ張り出しちまったってことなんだな」
その言葉にノルヴァニアはにこりと微笑んだ。
「その通りですわ。私はあの地で眠っておりました。ですが、激しい破壊を体感して眠りから目覚め、そして私の分体の一つから急激にマナを吸い出されたのです。それを為した御方こそ……あなた様……紋次郎様でございました。まさかこれほど急激に、無理矢理に、強制的にぃっ! こ、こんなにも激しく一気に吸われて……わ、わわわわ、私はこの『2000年』の時の中で、これほどの『快楽の嵐』に見舞われたことはありませんでした‼ ですからどうか後生ですので私にもっと更なる快感をーーーーーーーーーーーっ! はっ!?」
ノルヴァニアははぁはぁと息遣いも荒く俺へと身を乗り出しながら、ぐいとその豊満な胸を覆った着物を両手ではだけさせようとした姿勢のままで……真っ赤になって固まった。
そしてしばらく黙ったままでいた後に、おずおずとその胸元を閉じて姿勢を正して座布団の上に正座しなおした。
そしてコホンと一つ咳をしたあとで、スッと俺へと真摯な視線を送ってきて……
「貴方の優れた魔術に敬意を表して、是非褒美を取らせたいと私は考えました」
「いや、てめえ。実は快感もとめてるだけのくそビッチだって、自分でもう晒しちゃったからな」




