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第三十話 亡者の剣①

「おのれぇ」


「きゃっ」


 青じじいに掴み上げられたヴィエッタが、手にした何かをじじいに向かって振り下ろした様に見えた。

 そんなに勢いもないし、苦し紛れに暴れた感じでしかなかったのだが、奴は憤怒の形相になって唐突にヴィエッタを突き飛ばした。

 あんな狂った魔法をぶっ放すような異次元な高レベルのじじいが、何でああも急変したのか理解できないが、まるで虫を払うかのように突き飛ばされたヴィエッタは宙を舞い……そしてまっすぐ俺に向かって飛んできた!


 いや、なんで俺の方に来るんだよ! と慌てて手を広げたその時、飛んでくるヴィエッタの脇で、彼女の手から零れ落ちたのであろう、どこかで見たようなその赤い短剣がくるくると回りながらサクッと青じじいの手に傷をつけたのが分かった。

 と、同時に俺はヴィエッタの全体重を全身に喰らってそのままもんどり打つことになったのだが。


「いてて……おい、大丈夫か? どけよ」


「う、うぅ……」


 俺の、胸にすっぽりとヴィエッタの尻が収まった格好でなんとか勢いを殺しきることが出来たようだ。

 転がった俺の尻は猛烈に痛いのだけれども!

 ただ、ヴィエッタは気を失ってしまったのか、呻くばかりで動くことが出来ないでいた。


「大丈夫ですの!」「お兄さん、ヴィエッタちゃん!」


 駆け寄ってきたオーユゥーンとシオンがヴィエッタの介抱に移ってようやく俺は解放された。

 そして立ち上がってそれを見た。


「う、うう……う、うおぉおおお……うああああああっ!」


 目の前にはあの青じじいがまだ立っている。

 だが、その様子は明らかにおかしかった。

 

 短剣に切られたその手首の傷を抑えているのだが、その手首の間から血ではない、何か赤い気体のようなものが漏れ出ている。何かのガスかとも考えたが、人体からガスが噴出するなんてことは通常ではありえないことからそれは別の何かなのだろうと推測した。

 とにかく奴は非常に苦しんでいる。

 苦悶に歪めたその顔面には欠陥が浮かび上がり、大粒の汗をだらだらと流している。

 アナフィラキシーショックか? いや、あれはもっと酷い症状だ。

 

 そう思っていた時だった。

 青じじいが顔をゆがめたままで叫ぶ。


「なぜ……なぜだ……なぜここにこの剣が存在する! わ、私は忠実に神の御意思に従ったまでだというのに…くぅおおおおおおおおっ」


 青じじいの全身が真っ赤に染まっていく。それはあの傷口からあふれ出る赤い霧に包みこまれているかのように……


「よ、よるなっ! く、くるな! この亡者ども! き、貴様らは神に背きし背教者ではないかっ! 神の御示しになられた崇高なる使命を妨げようとしただけでは飽き足らず、死して尚神の意に背こうとするのかっ! この愚か者どもめがぁあああああああっ! ああああああああぁぁあああああっ!」


 青じじいは真っ赤なその炎の様な霧に全身を覆われ、ひたすらに苦悶のままに叫び続けるも、次第とそれはただの悲鳴へと変わっていった。



   ×   ×   ×



『亡者の剣』


 それはアマルカン修道院にて、いつごろからか鎮魂の為に祀られ続けてきた呪いの武器……その刃はいかなる生命をも一太刀で滅ぼすとされた魔性の存在であるとされてきた。

 だがそれはあくまで表向き……アマルカン修道院の内においてその修験者たちへと語られてきた内容であり、この剣の本当の成り立ち、そしてこの剣の秘めた真の恐ろしさについて知る者は、現時点においてはほぼ皆無であったのだ。


 この剣の起源は数百年の時を遡る。


 かつて名工と謳われたとあるドワーフの手によって生まれ出でたこの深紅の刃を持つ剣は、強力な呪いの力をその身に宿していた。

 その力を解き放ったのは、かつて存在し、世界に君臨していた魔法王国……その最後の女王『ミレニア』であった。

 強力な魔法の力によって多くの国を従えていた魔法王国は、長い期間属国へ圧政を強いたがために、各地で反乱が起き滅亡の危機に瀕していた。

 その最後の時に女王ミレニアはとあるドワーフへと使いを走らせる。

 女王は『自らの行いを悔い心を改めて国を導き、この無益な内乱を収束させて人々を救いたいのだ、だからこの戦いを終らせる武器を作って欲しい』……と、その言葉を使者に言わせることで、それを聞いたドワーフはそれならばと、心血を注いで一振りの短剣を鍛え上げた。

 これが後に『亡者の剣』と呼ばれることになってしまった『聖剣』の誕生である。


 急ぎ女王の元へ戻り女王へとこの剣を献上した使者は、だが、激怒した女王によって、その献上した聖剣で首を撥ねられてしまう。


 この一大事に持ち帰ったのがたった一振りの短剣であったことに女王は激怒したのだ。これでは軍を相手に戦うどころか、一人の兵士と戦うことすら覚束ない。女王はそう判じた。

 しかし、この剣にはある呪いが掛けられていたのだ。

 それを一言で言えば、『持ち主の願いを叶える呪い』。

 もし戦いを終らせたいと女王が一度でも願えば、この剣はその強力な呪いの権能を振るい、全ての戦いの因果を断ち切ることが出来た。

 だが、彼女はそれを望まなかった。いや、彼女はもとより民のことなど考えてはいなかったのだ。

 自分を害する存在、その悉くを排し、殺し、消し去りたいと心から願っていたのだ。そして剣はそれを叶えた。

 人の命を吸わせたその剣は彼女を害そうとする者を一人残らず切り殺した。

 彼女に敵対する者、彼女に意見する者、彼女に怯える者、彼女に不快な思いを抱かせるその全ての存在を剣は吸ったのだ。

 そして彼女の居城には彼女一人しかいなくなった。彼女のいた王都を見てもそこには死体の他に人の気配はまったくなかったという。

 出会ったもの、その全てをこの剣で切り殺してきた彼女の周りには累々と死体の山が築かれた。

 彼女が血を欲したがために、剣もまた血を欲したのだ。

 剣は人を殺すごとにその取り込んだ魔力を彼女へと分け与えその身体を強化した。そうすることでより多くの『命』を刈り取ることが出来るようになったから……そう、彼女自身が望んだから。

 そして彼女は戦場でこの剣の真の姿を見ることとなる。

 

 その日、魔法王国を討つために集まった連合軍は、ただ一人現れた女王と相対することとなる。

 一軍も率いず現れた彼女を見て、彼らは初め嘲り、そしてその後『地獄』へと堕ちた。


 真っ赤な刀身はたくさんの憎悪を浮かべた人の顔の様なものをたくさん吐き出し、そして連合軍の兵へと襲いかかった……それは彼女が殺してきた多くの人々の顔。これこそこの剣の本当の力であったのだ。

 

 この剣こそが全ての願いを叶える全能なる願望器であった。

 

 剣はその持ち主の願いを叶えるべく、飲み込んだ多くの人々の魂の力によってその望みである大殺戮を行った。

 魂は魂を食らい、そしてその魂は更に多くの屍をその地に晒させる。

 そしてその戦場の全てを平らげた剣は、ただ沈黙したまま女王の手に握られた。

 動くもの一つないそこにあって、ただ屍の上で哄笑する女王。そんな彼女に剣は『対価』を支払わせた。


 剣が飲み込んだ数万の魂が彼女へと群がり、彼女自身を数万の生きた肉片へと変える。そしてその魂の全てが生きたままの彼女の肉片を絶えず咀嚼し続けたのだ。


 生への渇望と、彼女への憎悪によって縛られた多くの魂は、それと同等の対価を彼女へと求めた。これこそがこの持ち主の願望を叶える聖剣の本来の姿。


 意識を失わないままに全身を食われ続けるその呪いによって、彼女は叫ぶことさえできないままで永劫の時の中をただひたすらに彷徨うこととなった。


 こうしてこの世界から魔法王国は消滅し、残った多くの国々が独立繁栄していくこととなるが、その陰に大殺戮を為した『亡者の剣』という短剣の存在があったことを知る者は少ない。

 なぜならば、その凄惨な光景を目撃したものは誰一人として生き残ることが出来なかったから……


 そしてこの『聖剣』は、『人を殺したい』という欲求を叶える凶悪な呪いの武器、『亡者の剣』として様々な人の手を渡り歩くことになり、ひたすらに人を殺戮し続けることとなる。そしてそれに『喰われた』人々もまた永遠に殺した相手を憎しみ続ける呪いの一部となり、どのような聖人の手によってもその呪いを解くことは叶わなかった。

 

 そのような剣が時を経て神教の聖堂へと安置され、その封印を代々の教皇自らが執り行うこととなったわけだが……


 それを手にした教皇アマルカンが『亡者の剣』を用い、神に仇名す教会内の反対勢力の面々や、罪人などの背教者殺しの為の道具として使用し、そしてその呪いの効果が自身へと及ばぬように強力な封印を施して安置していたことなど、余人には知るすべはなかった。


 当然ではあるが……


 裏でそんなとんでもない大事が進行していたことなど、ぶらり旅の紋次郎たちが知る訳もない‼

今回から文章量を少し減らしました。書くのと誤字添削に時間がかかってしまうもので(言い訳)

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