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第二十六話 遭遇

「それでお兄様? これから大門の岩に向かわれてどうなさいますの? 何か作戦がおありなのですか?」


 暗闇の路地をこそこそっと移動しながらオーユゥーンにそう問われ、俺は即答した。


「ノープランだ」


「へっ? えええっ!?」


「お前な……大声出すんじゃねえよ! 聖騎士の連中に見つかっちまうだろうが!」


「す、すいません」


 駆けるというよりは速足で路地を抜けていく俺たちが今一番警戒しているのは、聖騎士の連中だ。

 なんだかんだ昨夜……というか、さっきオーユゥーン達の店でたくさんの連中を石に変えちまったし、やつらが俺たちを探して町中に散らばっているらしいという話もロイドと孤狼団の連中から届いているし。

 そんなのに出くわせばそれこそ面倒なことこの上ない。

 さてどうしようかと思っていた俺の前に名乗り出たのがバネットだった。

 

「私、いろいろ抜け道知ってるぜご主人! 見つからないように私が案内してやるよ!」


「流石バネットお姉さま!」


「へへへ」


 こいつスリというか盗賊をもうだいぶ長いことやっていたようで、この街の裏道という裏道に精通しているらしい。すかさず合いの手をいれてヨイショしちゃってるあたり、オーユゥーンマジでこいつの後輩なんだな……見た目的に若い母親とその子供って感じなんだが。当然豊かな胸のオーユゥーンが母親なんだが。

 

「じゃあ頼む」


「まーかせて!」


 マコよりも更に小さなバネットを先頭にして、細い路地を俺たちは移動していたわけだ。

 当然だがその後ろにはニムも配置した。

 いくらバネットが道を知っていると言っても偶然で遭遇しないとも限らないからな、ニムの全方位レーダーも活用している。まあ、これなら万が一にも出くわすことはないだろうが。


 そんな移動中にオーユゥーンのさっきの質問だ。

 ちょっと声が大きくてどきりとしたが、まあ問題ないレベルだろう。

 というか、こいつは何を心配してやがるんだか。


 例の大門の岩とかいうところに行って、シシンと話しをして、ヴィエッタを返してもらう。以上。


 簡単なことだ。


 そうだというのに何をそわそわしているのか。

 そもそもだ、俺はこいつらがどうしてもというから連れてきたけど、別に来る必要なんかなかったんだよな。どうしてこんな面倒くさい状況に陥っているんだか。

 説明するのも手間なので俺はそのままバネット達の先導に黙って追従した。


 薄暗い路地を抜けると、多少灯りのあるメインストリートへと出たが、そこに人影はなかった。

 道脇には建物脇に駐車された馬車が並び、そのうちの何台かはまだ馬が繋がれたままであったけど、それぞれ飼葉のようなものの入った桶に頭を突っ込んでそれを食べていた。

 本当に人はいないのか? と気になって見回してみるも、本当に誰もいないらしい。

 グッとサムズアップしてみせたニムにムカつきつつ、俺たちはそのまま東門をくぐって街の外へと出た。


 月明かりがほとんどない夜で、間もなく陽が昇るとは到底思えない暗がりをまっすぐに進む。

 どうやら曇っているらしく、星の瞬きのようなものもない。

 足元はごつごつとした岩が転がった短い草の生えた荒れ地で非常に歩きにくいのだが、これは整備された街道ではないのでいたしかたないことだった。

 しばらく進むと、転がる岩の大きさがさらに大きくなった。巨石とまでは言わないが、人の背丈ほどの岩がゴロゴロしている。

 ふとその石が動いたような気がして注視してみたのだが、別段変化はなかった。

 おかしいなと思いつつ、再び視線を戻したその視界の隅で再び石が動く。

 今度は明らかに俺が見ている前でその石がゆらゆらとうごめいていた。


「い、い、石が動いたぞ!」


「そっすね。ロックゴーレムっていうらしいっすよ」


 なんてことは無いようにニムが言うのだが、岩石の形をしたそのロックゴーレムは一体だけではないようで、周囲に転がる岩の殆どがそれだったようだ。一斉に周りの岩が動き始める。


「お、おい、あれ大丈夫なのか?」


 ニムがあまりにも気軽に答えたもんで、まあ大丈夫なんだろうなと俺はオーユゥーン達を振り返りながら聞いてみたのだが……


 全員真っ青になって絶句していやがった。


 あ、これ全然大丈夫じゃないやつだ。


「お、お兄様! ろ、ロックゴーレムは別名『冒険者殺し』とも呼ばれている凶悪なモンスターですわ。まさかこんな街の近くに現れますなんて!」


「マジかよ!」


 そんな恐ろしいやつだったとは。

 良く見ればそれぞれ2mから3mくらいはありそうな巨大な石のようだ。庭にでもおいたらさぞ風流だろうけど、あのサイズだとひとつでも数トンくらいあるんだよな確か。

 見たところただ転がっているだけのようだけど、重量物ってなただ存在するだけで脅威になるんだ。あんなのが体当たりでもかましてきたらそれだけで、もうジ・エンドだ。


 とか思っていたら、目の前にあった3つのロックゴーレムの石が凄まじい速度で転がりながら迫ってきた。

 ってか、マジでやばいっ!


「もうご主人慌てすぎっすよ。こんなのただ石が意思をもって転がってるだけじゃないっすか! あっ!」


 腕を大きく開いたニムが俺たちの正面に立って突っ込んでくるロックゴーレムを全部纏めて受け止めて……ちょっとなにかを閃いたような顔をして俺をチラ見してからゴーレムに蹴りの一閃を放ってまるでサッカーのシュートのように三つの巨石をはるか遠くへ蹴り飛ばした。


 当然だが一同唖然。


「ちょっとちょっと聞いてくださいよご主人、むふふ。この『石』はですね……」


「『意思』を持ってるんだろう? だからなんだよ」


「もう! もう、なんで先に言っちゃうんすかっ! せっかくおもいついたのに! ならワッチはもう帰らせていただきやすね。『医師』に診てもらわないとならないので! 『石』だけに!」


 ニムはにやぁっと広角をつり上げて愉悦の表情で俺を見やがった。

 てめえ。何を『やったぜ』みたいな顔してやがんだちくしょうめ。ふざけすぎなんだよ。


「なあオーユゥーン、あのゴーレムは他にはどんな動きをするんだよ」


「へ? え? あ。はい。」


「もう! なんで無視するんでやんすかっ! いけず!」


 あーはいはい、ここは無視無視。

 俺はオーユゥーンへと続きを促した。


「あのロックゴーレムは複数で一チームを組んで現れるのですけど、時おり合体して人形(ひとがた)をとることがあるそうですわ」


「はあ? いったいどこのロボットアニメだよ。あれが合体するのかよ」


 いやもう勘弁してくれよ。あんなどでかい石のパンチが飛んでくるとか想像するだけでゾッとする。

 良く見てみれば、先程二ムが蹴り飛ばした数体が転がり戻ってくるところだし。

 こいつ……マジで合体する気かよ。

 俺は慌てて呪文を詠唱しつつ脳内に魔法陣を描いて、右手を突き出したのだが……


「待つっすご主人! ダメでやすよ!」


「な、なんだよ? 何かあったのか?」


 ずずいと身を乗り出してきた二ムが俺の行動を制したので慌てて魔法を停止、奴を振り返ってみれば……


「合体シークエンス中への攻撃は御法度です!」


「はあっ!?」


 何をバカなこと言ってんだこいつは!


「そんなアホな理由で俺の魔法を止めやがって! 見ろよもう合体終わっちまったじゃねえか!」


「えええ!?」


 二ムのアホ発言の最中に、寄って集まった巨岩どもがどうやってるのか知らないがまるでひもで結ばれた数珠の様にめきりめきりと音を上げながら繋がって、なんというかこれは……ミ〇ュランマン?

 不格好な石がそれぞれの部位の位置の役割を担いつつ、その持ちあがった身体はおよそ10m近くには及ぼうか?

 頭部と思える部位の石はまるで人形劇の人形の様にパカンとその下部が開いて醜悪な巨大な口の様に変わってしまっている。まさかとは思うけど、こいつも肉食なのかよ!?

  

 そんな不格好な巨大な石の怪物を見上げていたら隣で二ムが叫んだ!」


「もう! ご主人が余計なことするから肝心の合体シーン見れなかったじゃないっすか!」


「知らねえよそんなこと! そもそもただ積み上がっただけじゃねえかよ!」


 ぷーとむくれる二ムに呆れつつも、もう一度ロックゴーレムに視線を戻してみたら、その岩の剛腕がまさに今振るわれるところだった。

 

「おわっ! あ、あぶねえっ!」


 凄い勢いだが、デカい分挙動が読みやすくて、俺達はさささっと回避。奴はその振り切った自分の腕を急制動を掛けようとしているけど、やはりそこは超重量物の岩石の塊だ。やはり取り回しはしにくいようで、体勢を変えるのにも少し時間がかかっていた。

 とはいえ、あの大きさと破壊力だ。掠っただけでも死んでしまう。


「おいオーユゥーン。あの怪物の弱点はなんだよ」


 ダメ元でそう聞いてみれば、すぐに答えが返ってきた。


「それぞれのロックゴーレムの体内の何処かに、『ゴーレムコア』と呼ばれている急所があるはずですわ。それを砕けば倒せると聞いたことがありますけれど」


「体内ってなあの石の内側だよな? 多分」


 それに冷や汗まじりにコクリと頷くオーユゥーン。


 おお……まじかよ。それじゃあ結局あの岩石を壊さなきゃならないじゃねえかよ。

 あんなの普通の武器じゃびくともしねえだろうが。普通石の加工には専用の掘削機とかドリルマシンとかを使用する必要があるわけで、そもそもこんな剣やナイフで立ち向かえるはずもないんだ。

 もっともこっちの世界の連中は、レベルアップさえすれば素手でもあの岩石を砕けるのかもしれないが、はっきり言って俺の腕なら殴った瞬間間違いなく複雑骨折確定だ。


「じゃあ、ワッチがぶっ壊してきやすね?」


「いや、いいよ。お前どうせあれを全部粉砕する気だろう? 燃料の無駄だよ、やめとけやめとけ」


「へ? いいんですかい?」


 こいつは基本全部殴って終わらせようとするからな。はっきり言って二ムの身体はそもそもが性交(セックス)用のパーツで構成されているわけで、殴打に適した構造にはなっていない。

 ただ、もともとの頑強さとありあまるジェネレーター出力の相乗効果で、無理くりぶん殴っているだけだ。

 まあ、別段その辺のちんぴら相手くらいならその程度の対応で十分なんがけど、ことこんな鉱物資源の塊りみたいな相手じゃな……いくら上手に出来るからって、つるはしだけで山を一つ崩せとか言われたらめっちゃ大変だろう。ま、二ムなら出来ちゃうだろうが、そもそも燃料の無駄すぎるからな。

 俺はもう大分使い慣れてきていた魔法を即座に完成させた。


「『土壁(ド・ウォール)』!!」


 そう唱えた直後に奴の両サイドの地面が凄まじい速さで盛り上がった。

 その高さは奴の身長にも達する勢いだ。

 よし! 上手く加減出来たようだぞ!


「あれ? その壁で攻撃を防ぐんでやすかい? 無理じゃないっすか?」


「ちがうわっ!」


 二ムのとんちんかんな質問を否定しつつ、俺は魔法がイメージ通りに動いていることを確認しながら状況を見守った。

 そして次の瞬間。


 ドドドドドーーーーーーーン!


「うわっ! お、落ちやしたね!」


 そう、落ちた!

 二ムの言う通り、今目の前に存在していた巨大なあの合体ロックゴーレムが、地中へと没したのだ。

 へっへっへ……ざまあ見やがれ!

 この前は俺が落とし穴に落ちちまったからな。今度はそれをモンスターにやってやったぜ!

 死者の回廊で俺は見事に地下墓地に落下してアンデッドの群れに囲まれちまった経験があるのだが、あれはマジで怖かった。真っ暗闇の中で周り中アンデッドだらけのあれは正にトラウマだ。

 でもまあ、落とし穴って奴が非常に有用だってことには気が付けたんだから良しとしようとは思っていた。

 そしてこのタイミングだ。まさに今がその時って奴だな。


「『土壁(ド・ウォール)』の魔法は地面を盛り上げる魔法だからな、盛り上げた分当然盛り下がる部分もあるわけだから、こうやって落とし穴のような使い方も出来るってわけだ」


 あの万里の長城未遂事件(?)で、この凸凹(でこぼこ)の生成具合も確認済みだったしな。


「あー、ご主人万里の長城の前科ありましたもんね!」


「前科言うな! あれはえーと、えーと、俺の知らないことだ」


 もうやめろよ。マジで俺はアレを忘れたいんだから。

 まあいい。とにかくこの魔法の効果でこいつの動きを封じられたんだ。あとは簡単だ。

 俺はつかつかと穴に嵌まって動けなくなったロックゴーレムのところまで行くと、とりあえず抜け出そうとグギギギと動いている奴の頭部の部分に触れた。

 結構な勢いで暴れているけど、ただ揺れているだけだから別段怖くもない。

 俺はすかさず魔法を使用した。


「『解析(ホーリー・アナライズ)』‼ えーと、ふむふむ」

 

 魔法を使用するのとほぼ同時に頭の中に様々な情報が入り込んでくるが、その中で必要なところを確認すると、すかさず次の術を行使した。

 使ったのはこれだ。


「『石化カース・オブ・ペトロケミカル』‼」


 言うや否や、あっという間に動こうとしていたロックゴーレムが完全にその動きを止めた。まあ、当然だろうな。


「ええ!? ご主人、『ロックゴーレム』に『石化』つかったんでやんすか? 石を石に変えるとかそれなんのギャグです?」


「あほか! こんな場面でギャグを言う分けねえだろうが、お前じゃあるまいし! あのなあ、こいつは石だけど、生物的な部分も持ち合わせた言わば『無機有機複合生物』だ。だからこいつの生物としての部分の核を石に変えて全身石にしたってだけだ。石ならもう動きはしねえからな」


 俺は解析魔法で奴等の体内のゴーレムコアの所在と形質を調べた上で、その辺りを中心に一気に石化させたわけだ。下手な力技で行くよりもこの方がずっと効率がいい。


「なるほどなるほど! さっすがご主人でやすんね!」


 ニムがぱちぱちと手を叩いて絶賛してくれているが、俺はその横でとりあえずと思って闘剣(グラディウス)を抜いてその地面から突き出た頭部の部分を小突いてみた。

 カキンカキンと刃が跳ね返り、これは傷一つ付けるのは無理な感じだ。

 くそぅっ! 魔法とか呪法とかじゃ俺には経験値入らねえってのに、これじゃあマジでなんにも得るものがない。

 こいつ相当に経験値ありそうなのになぁ。レベルアップはしばらくお預けかぁ。

 少しがっくりしていたら、ニムがポンポンと肩を叩いてきた。


「大丈夫っすよご主人! どうせこのゴーレム倒したからって、ご主人のレベル上がると思えやせんから」


「お前それ全然慰めになってねえからな? それと俺の心を……はぁ、もういいや」


 そして俺は頭を掻きながら立ち上がった。

 ふと、なにやら視線を感じて振り返ってみれば、そこには愕然とした顔になっているオーユゥーン達の顔が。


「なんだよ?」


「い、いえ……ろ、ロックゴーレムの集団をこんなにあっさりと……お兄様とニム様はいったい……」


「あーはいはい。もう賢者でも聖者でも勇者でもなんでもいいよ。とりあえずさっさと行ってさっさと終わらせようぜ!」


「あ、ご主人ついに諦めやしたね? じゃあ今から童貞賢者って呼んでもいいっすか?」


「良いわけねえだろうが! やめろこの馬鹿っ!」


 平常運転のニムはそのままだが、後ろから来ている連中から何やらすさまじい緊張感を感じてしまうのだが、うーむ、こいつら本気で人のこと賢者とか思ってそうだ。くっそ、なんてひどい称号だ! だから連れてきたくなかったんだよ!

 そう思うも、ここまで来たらもうどうしようもないかと、俺は連中を無視しててくてくと歩んだ。

 

 しばらく進むと、正面の空の方が少し白んできたようにも感じた。

 もう日の出は間近なのだろう。

 そして例の『大門の岩』と思しき石も見えてきた。

 右方の小高い丘の上の方に、丁度中央が大きく刳り貫かれたような大きな岩が鎮座していた。俺たちはそれを目印にその丘を登る。

 大した丘ではないがそこそこの傾斜があり、九十九折りとまではいかないが、細いけもの道になっているそこを歩いた。そしてたどり着いたそこで……


「よぉ旦那。ロックゴーレムと戦った割には早かったじゃねえかよ!」


「てめえらか、あんな物騒なモンスターを転がしやがって」


「へっ! あっという間に倒したくせに良く言うぜ。さぁて、『御話合い』といきましょうか!」


「…………」


 そこには、腕を組んだシシンを先頭に、ゴンゴウ、ヨザク、クロンの3人と、目隠しをされ全身を縄で拘束されたヴィエッタの姿があった。

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