第二十三話 もう……寝る!
「ロ、ロイド……様?」
「えっ!? そ、その声は……、み、ミンミ! ミンミなのか?」
入り口の戸脇に佇んでいたミンミが中で縛られている聖騎士を認めると同時にそう声を出した。そして聖騎士も驚いた様にその声に応じて答えている。
え? ふたりってお知り合いだったのね。
ミンミは恐る恐るといった様子でロイドと呼んだその聖騎士の元へと歩んでいく。
そして、縛られて座ったままの彼の身体を抱き起した。
「ロイド様……どうしてこのような……いえ、どうしてここにお越しになられたのですか? もうとっくに王都へお戻りになられたのでは……」
そう、か細い震える声で囁くミンミに、ロイドは声高に応じた。
「何を言うんだミンミ。君に約束したじゃないか! 僕は必ず君を迎えに来ると、必ず君を妻に迎えると! だからこうして僕はこの街へと戻って来たんじゃないか、それなのに……」
ロイドはグッと唇を噛んだ。そして今度は少し恨めしそうな眼をしてミンミを見た。
「……それなのに、君は……僕に会ってくれなかった。いや、そればかりか、もう近づくなと、もう忘れろと他の娘に言わせたろ。僕は……僕はね……僕はそう言われて傷ついたんだ。あれは嘘だったのか? 僕を愛していると言ってくれたあの言葉は……あれは、ただの客の僕を店に通わせるためだけの方便だったのかっ!」
「ち、ちがっ……」
言われた方のミンミもすぐに返そうとしてぎゅっと口を閉じてしまった。
いきなり激しい剣幕で言われたこともあるだろうが、少なからず彼女にも思うところはあったということだろうか?
そんな彼女の様子を見ながら再びロイドが口を開いた。
「僕は……僕はどうしてももう一度だけ君と会いたかった。君が僕を嫌ったのだとしても僕はどうしても君の言葉を聞きたかった。振られるなら……君の言葉で直接振られたかった。そう、僕には君が必要なんだ。前にも言った。僕の家は貴族と言っても父も母も死んで没落してしまった名ばかりの三流貴族さ、だれの目を気にする必要だってない。それに、君は憧れていたろ? 愛する人と二人の子供とあと小さな土蜥蜴でも飼って慎ましく暮らしていきたいと。僕もだ。僕も同じなんだ。僕も君と同じように小さな幸せを追い求めて暮らしていきたいんだ」
土蜥蜴って可愛いのかよ……とか思ってしまったのは仕方あるまい。見たことないけど、多分イグアナみたいなやつだよな? うん、絶対可愛くない。
涙ながらに滔々と思いを放すロイドをミンミは胸の前で手をぎゅっと握ったまま黙って聞いていた。
「なあミンミ! 頼むお願いだ。どうか言ってくれ、君の言葉で! 僕が嫌いだと、もう二度と会いたくないと! そしたら、そうしたら僕は……きっと君のことを……忘れられるから……」
「そんなのいやぁあ……いやだぁ……」
「え?」
唐突に自分の顔を両手で覆って首を振り始めたミンミにロイドは面食らった顔に変わっている。
そして声もなくただ見つめているそこへ、ミンミが静かに口を開いた。
「……き……なの……」
「え? え? ミンミごめん、よく聞こえなかった」
ロイドは必死に身体を捩ってミンミへと近づこうとしているが上手く寄せることができていない。
そして、体勢を崩しかけたその時、ミンミがその肩を抱いて、そして誰もが聞こえる大きな声で言った。泣きながら。
「好きなの! 私も好き、大好き……です。ロイド様のことを愛しています! 心から……心から愛しています!」
「ミンミ……?」
ぎゅうっと抱きしめられながらロイドは少し困惑気に視線を泳がせている。だが、その口元は緩んできているし、頬も紅潮している。力いっぱい彼女に抱きしめられているし明らかに喜悦し始めているのがわかる状態だ。
とても甘くて心を打つ光景なんだけど……うん、なんだろう。なんだかめちゃくちゃムカついてきた。
とりあえず俺の感情は置いておくとして、困惑した感じのロイドへオーユゥーンがその身体を近づけて話しかけた。
「ロイド様。ミンミのご無礼をどうかお許しくださいまし。実はミンミは重い病を患っておりましたのよ。ですので、ロイド様はおろか人前にも一切出ることはできませんでしたの」
「びょ、病気? だ、大丈夫なのか?」
慌ててそう聞くロイドにミンミも泣きながらコクコク頷いて見せた。そしてちらりと俺に視線を送ってくる。
ええいやめろ、こっちみんな。
そしてオーユゥーンが続けた。
「ええ、病気のことは多分もう大丈夫ですわ。こちらにいらっしゃるお兄様が奇跡の魔法を使って治してくださいましたから」
だからこっちみ……
「でも、死線をさまよっていたことには変わりませんの。ロイド様にお会いできなかったこと、この子も深く悔やんでおりますのよ。どうかそれをご理解くださいまし」
そう言ったオーユゥーンがそっと離れると、今度はロイドが困った顔になってミンミを見る。そして震える声で彼女へと語った。
「そ、そんなことになっていたなんて……知らなかったとはいえ、僕は……僕はなんてことを君に……」
「そう言わないでください。私……私は今こうしてロイド様が来てくださったこと……ただそれだけで本当に幸せなんです。所詮私は下賤な娼婦の身。あなたのような素晴らしいお方に思って頂けるような身の上ではありません。ですのであなた様が私を打ち捨てられましても、私は後悔はいたしません」
「そんなこと絶対するもんか。ああ、ミンミ。君を愛している。心から愛しているよ」
「ああ……なんて嬉しい……私は……ミンミはこんな幸せを今まで感じたことはありません。ロイド様……心からお慕いしております」
そして二人はきつくきつくギュッと抱き合ったのであった。
なんだこれ?
「うう……すごくいいお話っすねー。ミンミさんはロイドさんを想って身を引こうとして、ロイドさんはミンミさんの為に自分の身分をかなぐり捨てて迎えにきたて……で、お互いすれ違ってたんでやすねー。なんかオー・ヘンリーの『賢者の贈り物』みたいですよねー、ねえ賢者様」
「だからうるせいよ。いちいち俺を賢者に仕立て上げようとすんじゃねえよ、この馬鹿」
貧しい夫婦がお互いにクリスマスのプレゼントをしようと、夫は自分の懐中時計を質にいれて髪飾りを買って、妻は夫の為に髪を切ってそれを売ったお金で懐中時計用のチェーンを買ったと……お互いのこのすれ違いは愚かではあったけれどお互いを想う気持ちが結ばれ、もっとも気高く賢い行為であったと……そういう話だったかな?
まあ、仲が本当に良いなら買う前に相談しようよと思っちゃったけどな、俺は。
別にいいんじゃねえか? 二人が幸せそうならそれで。
でも、なんだろうこのもやもやは。こいつら本気で幸せそうなのがちょっと許せないというか、ムカつくというか。
「あ、ご主人、人の幸せ羨ましがっても妬み僻みしか出ませんからね。素直におめでとーって思うにとめて、自分は自分で婚活頑張った方がいいっすよ。寂しかったらワッチもいますし」
「べ、べつに僻んでなんかな……、っていうか、マジで人の心読むのやめろ」
こいつはいつでもどこでもいけしゃあしゃあと、本気で気分悪いぞ。
でもまあこういうこともあるのか。
ミンミは病気になる前は娼婦で色んな男の相手をしてたわけで、ロイドはそんな客の一人ってことだろ?
普通なら恋愛に発展するどころか、いろんな要素が絡み合ってお互い疎遠になりそうなものだけど、このロイドって奴はそれでも一途に思い続けて本当に迎えに来たみたいだし、ミンミはミンミでやはりずっと思いを寄せていたってことだ。
障害を乗り越えた先の愛ということなんだろうな。こいつらは本当に凄いよ。
二ムの御蔭なのか変な感情が消えて素直にそう感心していたら、抱き合っていたロイドとミンミが二人揃って俺の前に進み出てきた。
え? なんで俺?
「あ、あの賢者様。本当に……本当にありがとうございました。夕刻に盗賊から助けて頂いただけに留まらず、最愛のミンミの命まで救ってくださるとは……もうなんとお礼を申して良いのやらわかりません。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
ロイドが頭を下げるのに合わせて、ミンミも同じように頭を下げる。
「っていうか、違うからな? 俺はマジで賢者じゃねえから! ……っていうか、夕刻? 盗賊?」
なんとなく嫌な感じを覚えてマジマジとロイドを見ていたら、唐突にロイドが大声で話始めた。
「はいっ! ここ最近娼婦の誘拐事件が多発していたこともあって、ミンミを探していた僕は虱潰しで娼婦たちの行方を追っていたのですが、所詮僕一人では救い出す人数にも限界があって、今日ももう少しで逃がした娼婦もろともあの盗賊たちの刀の錆になるところだったのですが、あの時貴方様の偉大な魔法によってせり上がった巨大なあの壁の……」
「ああ、あぁああああああ、おかしーなー? こえがおかしーなー? あーあーあー」
『壁のおかげで』と続けようとしたロイドの言葉を俺は必死で胡麻化した。
というか、二ムの視線が、『それ全然ごまかせてませんけどね』と言っていたがそんなことはどうでもいい。
あんな平原と湖と山麓をなんでもお構いなしに巨大な壁と堀で分断しちまったんだ。あれが俺の所為だとか公言されたら、いや実際にやったのは俺なんだが、それでその後にあれやこれや損害賠償やら、原状復帰やら要求されたらもう目も当てられない。
あれは天変地異で起きたただの自然現象。俺はあのタイミングでただ手をかざしただけ。
俺は海を割ったモーゼみたいに、ちょっと『俺奇跡使えちゃうんだぜ』的に自慢たらたらで表に出たくはねえんだよ、こんちくしょう。
ロイドは何やら不思議そうに俺を見ているのだが、そんなロイドにマコが近づいて、『クソお兄ちゃんは賢者だけど、普段は戦士って言いたいだけのただのかっこつけだから、ね? ね?』とか、丸聞こえ何だが。
「だから、俺は賢者じゃないと……」
「はいはい、わかってるわかってる!」
マコがビッとサムズアップしてきやがったし、その隣で二ムが鼻を大きく膨らませて笑うのを耐えてやがるし。
こいつら俺を舐め腐りやがって。
そんな様子を見ながらロイドが再び口を開いた。
「では改めまして、ええと「あ、この方の名前は紋次郎様っすよ」……えー、も、モンジリョー様? ほ、本当にありがとうございました」
はいモンジリョー来ましたー。俺紋次郎だけどね。
「だから別に大したことはしてねえからいいよ」
これ本当。俺はマジで大したことしていない。というか、むしろやることなすこと全部片手間のついでだし。
でもまあ、さっきそのミンミのことも無事に治療出来て良かったとは思ってるよ。
これで梅毒とかじゃなくて、もっと破滅的な病気で手の施しようが無かったら今ロイドとはとても話なんか出来なかったからな。
ロイドは恐縮至極といった具合でカチコチだったので、俺が逆に話しかけた。
「それにしてもクソばっかりの聖騎士しかしらなかったけど、お前みたいな真面目な奴もいたんだな」
まあ、ジークフリードはノーカンだ。あいつは悪い奴じゃなかったけど真面目でもなかったからな。
ロイドは俺を見ながら頭を掻いた。
「本当は身内の恥をさらすことになるので言いにくいことなのですが、今の聖騎士は質がかなり低下しているんです。現教皇アマルカン様がご即位なされてから、治安の維持と国内の布教を兼ねて聖騎士をかなりの数で採用したのですが、教育や訓練が間に合わないままに多くの『名ばかり聖騎士』が各所へと送り出されてしまったのです。まさに今のこの街がそれなのですが、無法者と化した聖騎士が溢れ実際に多くの事件が起きてしまっているのです。教皇庁や聖騎士団本部も対策に乗り出してはいるのですがすぐにとはいかず……」
「つまり、犯罪集団化しちまってるわけだな。よくある話だよ」
聖騎士という名はあれど要は兵隊だろう。
指揮系統、行動規範が明確でない兵団はどこの世界であっても危険なのだ。事実原隊を離れた兵員が問題を起こす事案は古今東西星の数ほどの数えきれない数の犯罪となって現れてしまってているのだ。
そう考えれば、今この街で起きている聖騎士のヤクザ化も理解するのは容易いのだが。
ロイドは俺の言葉に頷いて返した。
「僕は幹部として赴任しているため、多少彼らと距離を取れる立場でしたからこうして動きまわることが出来ていたのですが、詰め所で娼婦を狙う云々の話を聞いてしまったのでこうして急いでミンミ探しを始めたのです」
そして色々聞いたのだが、ロイドはミンミを探す一環として娼婦の行方不明事件を追い、その結果この街の近郊の盗賊や無頼の商人、聖騎士の一部が関わっていることを突き止め、それぞれを独自に調査し、場合によってはすぐに救出に動いたりしていたようだ。
夕べの救出はあわやという感じだったが、あの壁のおかげで逃げ果せることができ、一緒に逃げてきた女たちも今は安全な場所に身を隠しているのだという。
「娼婦の誘拐とあの怪物か……なんとなく展開は読めるが、これ、間違いなく裏で糸を引いてるやつがいるな」
「そっすね」
自然発生的にあの怪物が誕生したなんて楽天的に考えたりは流石にしない。あれは間違いなく人為的に誰かが用意したものだ。
それを聖騎士や盗賊なんかを使って、何かをやろうとしている奴がいる……それはいったい誰なんだ?
このタイミングで俺と二ムをシシンたちを使って襲わせようって動きもあるわけだから、ひょっとしたら俺達二人を中心に事が動いている可能性もあるわけだが……さて……
誰かに恨まれるようなことしたかな? うーん、思いつかないが。
「ま、ミンミさんとロイドさんも無事に結ばれやしたし、とりあえずこれで当面の話も見えたと思いますのでご主人、もう寝てもいいっすよ?」
「二ムお前な、ロイドとミンミのこと知っててあえて俺をここに引っ張ってきたろう」
「いえ、二人が結ばれるところを見たら、流石に年中賢者タイムの童貞なご主人でも、ムラムラっときてワッチに迫ってくれるかなとか思いやして……まあ、もともとお二人の関係には気づいてやしたけどね」
「誰が年中賢者タイムだ、ふざけんな! ってかオーユゥーン達もちょっと期待した感じで見てくるのマジやめろ」
ちらっと見ればオーユゥーン、シオン、マコが俺へとにじり寄ってきているし。こいつら本気で俺をこけにしてやがるな! ん?
そんな3人の脇にちらちらとやはり丸い耳が動いているのが見えて、視線を下げて見ればそこにいたのはあの鼠人。さっきまで結構沈鬱な表情だったんだが、今は何やら元気そうに見えるが。
そんな彼女が見上げながら言った。
「なあ、ご主人さま。私もなんでもするからな。いくらでも命令してくれな」
そんな感じで言ってくる幼女。
こいつなりに反省というか、贖罪というか、色々思うところはあるんだろうな。
こんな小さいなりで出来ることなんて大してないだろうし、いくらレアスキルがあるっていっても戦闘に参加させようなんて流石に思えないしな。
でも、小さい子ががんばってこう言っているんだ、多少聞いてやる度量は見せないとな、俺は大人なんだし。
俺はその鼠人の頭をくしゃくしゃっと撫でながら、しゃがんで視線を合わせて言った。
「分かったよ。俺を助けてくれな」
「うん!」
満面の笑顔で大きく頷く彼女。そんな微笑ましい光景に心が癒されていくのを感じていた俺だったのだが……
「良かったですわね、【バネット】姉様。お兄様にお認め頂けて」
「うん、ありがとう! オーユゥーン」
「うふふ」「えへへ」
ん? なんだこれ?
なんでオーユゥーンが鼠人に敬語? ってか『姉様』?
何やら嫌な予感にオーユゥーンを呼んで尋ねてみれば……
「私達はみんなバネット姉様には娼婦のいろはを教わりましたの。バネット姉様こそ『娼婦の中の娼婦』ですわ」
大きな胸を更に張って俺へとそう宣言するオーユゥーン。つまり……
「お、お前も娼婦なのかよっ!」
「もう大分歳だから引退したけどな。よろしくな、ご主人様! えへへ」
「…………」
「おっ! ご主人、今度は『ロリババア属性』の娘っすか? モテモテじゃないっすか! ひゅーひゅー」
二ムの訳のわからない冷やかしが虚しく宙に木霊した。
ってか、また娼婦なのかよ。
マジで孤狼団の赤ずきんのおっさんどもの視線が怖いし。
どうでもいいや……
もう……寝よう。




