第二十二話 金獣災害
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします!
「話が進まねえよ、何もねえならもう寝るからな俺は!」
「あ、すいやせん」
ニムに引っ掻き回されて訳が分からない感じになってきたもんで俺はそう吠えた。
当然だが、ここにいるのは俺たちだけではない。赤い頭巾の孤狼団のおっさんたちもいれば、ここまで一緒に逃げてきて娼婦連中もいる。それと、さっきからずっと黙っているが例の鼠人の女だってここにいるんだ。
まったく状況をわきまえていないこいつらの言動の数々にその辺にいる連中の顔が不思議なものでも見るような目に変わっちまってるし。ええい、こっちみんなこんちくしょー。
まあ、もう寝ちまえば良いってことだろう、気にせずにな。
そう思って、適当に寝ころぼうと部屋の隅の方へ身体の向きを変えたとき、俺の背中をぐいと誰かに引っ張られた。
「ぐえっ。だ、誰だよ引っ張んな!」
「あ、すいやせん」
再び謝るのはやっぱりニム。なんだよ俺に何か恨みでもあるのかよ。
「ご主人、ちょいと眠る前にですね、ふたつばっかしお話することがあるんすよ」
「なんなんだよ、まだあんのかよ」
ニムは悪びれた風もないままに、俺の手を引っ張って赤ずきんのおっさんの間をスイスイと縫うように歩いて、この館の入り口でもある少しひろめのホールまで歩いた。
他の女どもも追従してきているのを認めてからそのホールへと入ってみればそこには、見るのは二度目ともなる前衛的な石のオブジェの姿が……ってか、あれを石にしたのは俺なんだけどね。
そこにあったのは、さっき聖騎士達が女達を襲わせようとさせていた得たいの知れない多眼多腕の怪物の姿。
「なんでこいつがここにあるんだよ」
俺がそう言えば、ニムが振り返りつつ答えた。
「さっきご主人を探している最中に見つけたんでやすよ。崩壊した古い娼館にこれと、あと聖騎士の人たちの石像がいっぱい転がってたんでやすけど、とりあえずこれだけ運んできやした」
「なんで人間の方を無視してこんな気持ち悪いやつだけ拾ってきちゃうんだよ」
ニムはそれにポット頬を赤らめさせて……
「え? だってですね、この姿ですよ? どう見てもぬめぬめの触手で女性をいろいろ辱しめちゃう感じの、まさにファンタジーなエロエロ生物じゃないっすか! これは是非体感をせねばと……」
「体感しようとするんじゃねえよ、このど阿呆がっ! まったくそんなしょうもない理由で拾ってきやがって」
石化させた張本人の俺が言う台詞ではないが、ホントに拾ってくんじゃねえよ、気持ち悪い。
見ろよ、その辺の女達はおろか、赤ずきんの孤狼団のおっさん達だって気持ち悪がっちまってんじゃねえか。
だがニムはそんなことにはおかまいなしにテクテクとその怪物に向かって歩み寄って、そして徐にその股間から生えた触手のうちの一本を掴むとそれをボキリと折った。
その瞬間に俺を含めた複数の周囲のあかずきんのおっさんが股間をぎゅっと握ったわけだが……おい、やめろよ。見ただけであれが引っ込んじゃっただろうが!
「ご主人見てくださいよこれ。これ多分、『γ変異種幹細胞生物』っすよ。もしくはそれの近似の生物っす。それにこの生き物、もう『人の遺伝子』も取り込んじゃってやすね。これは『金獣』の再来かもしれやせんぜ」
「な、なんだとっ!」
俺は股間を押さえたままで思わずそう叫んでしまった。
そしてまだ石のままだが、ニムの手のひらの上にある、砕けてぼろぼろになったその触手の一部をつまみ上げて観察してみる。
まあ、見ただけじゃわからないのだが、もしそうだとしたらとんでもない事実だ。
「確かかよ?」
「これ石にしたのご主人っすよね? 解除してくれればもっと詳しく調べられやすけど、細胞のならび方とか抽出できた塩基配列を見るに、十中八九間違いないっすよ」
「…………」
ニムの発言に言葉もない。まさかこんな異世界でこれに遭遇することになるとは夢にも思わなかったな……
ただ、その場で泡を食ったのは俺だけだったようだ。
説明しているニムは理解しているから問題ないとして、他の連中にはそのγ変異種幹細胞生物という文言自体が理解できていないようだ。まあ、そりゃそうだな。
俺は不思議そうに見てくるオーユゥーンたちへと言った。
「『γ変異種幹細胞生物』ってやつはな、要はひたすら分裂を繰り返して巨大化し続けることが出来る生物のことだ。それと『金獣』ってな、俺たちの住んでいた国……というか、星まるごとを破壊しようとした金色の怪獣達のことだよ」
「巨大……? か、怪獣?」
オーユゥーン達はオウム返しでそうこぼすだけで殆ど反応できていない。まあ無理もないだろう。
聞きなれない言葉だろうしな。
『幹細胞生物』っていうのは所謂プラナリアのような、切っても潰しても、生きている細胞があるかぎり元の生体を形作ることの出来る生物のことだ。
人間などと違い、すべての細胞に元の成体の設計図が組み込まれているために、たとえば半分に切ったとしても、そのそれぞれが復元して、それぞれが元の姿をとることが出来るのだ。
そして『γ変異種幹細胞生物』というのは人類が太陽系外で初めて遭遇した生命体に対して付けた固有名称なのである。
その存在の発見に当時の地球人は誰もが熱狂をあげたそうだが、話しはそんな良かったねな感じでは終わらなかった。
このγ変異種の生物は地球の幹細胞生物に酷似した個体であったため、もとは同じ生命をルーツとしているのではないかなどと噂されていたのだが、そんな考えがある日『|《破滅》』した。
そう文字通り破滅だ。
地球に持ち帰られたその生物の細胞は世界中の最新鋭の科学研究所に送られたわけだが、その悉くがが異常繁殖急成長をした上に、研究員を中心とした多くの人間をその体内に取り込んで急激に変化巨大化……あとは言うまでもあるまい、人の細胞を取り込んで巨大化したそれらは怪獣として暴れ狂った。その姿はたくさんの首を持った竜だとも、巨大な翼を持った怪鳥だとも、金色に光るエネルギーの塊だともいろいろ言われているが、そいつらにより地球は一度滅びかけたわけだ。
最終的には連中は共食いを始め、最後に生き残ったもっとも巨大な個体についても人類が叡智を結集して作成した『細胞自壊ワクチン』をその体内に打ち込むことで滅ぼすことに成功した。
これによって地球はその驚異から脱したわけだが、その陰に地球を祖とした触れ得ざる超怪獣の存在があったとかなかったとか……まあいい。
とにかくほぼ完全破壊された地球が復興するのに200年もかかってしまったのだ。
あんな破壊を再び起こしてはならないと、人類は『γ変異種幹細胞生物』に対して徹底調査、および、その封じ込めを行い、生物として永遠に存在を否定する国連決議も採択したのである。
俺も当時の破壊跡でもある旧東京駅跡に行ってみたが、残されている足跡を見て震えあがったものだ。何しろ爪先からかかとまでで20mもあるのだ。全長は100mとも200mとも言われているが、宇宙開拓の黎明期の地球にあって惑星の完全破壊一歩手前まで追い込んだ生物なのである。
マジで怖すぎる。
こいつがそれだと?
正直あまりの話にフリーズしていたのだが、そんな俺にやはりオーユゥーン達も動揺したようだ。
「お、お兄様!? そのか、カイジュウ? に、お兄様達の国は滅ぼされてしまったのですか?」
そう聞かれ、いやそこまでではないとだけは言っておいた。だが、まあそれで払拭されることはないだろう。なにしろ目の前にあるんだからな、それだけの脅威を持った存在が。
「あ、でもですね。この個体はこの大きさが限界っぽいですね、遺伝子情報的に。なんというか巨大化因子がごっそりなくなってるんでやすよね。多分これ人為的にそうされてるっぽいですよ」
「ってことは、その遺伝情報が入った個体が産まれたら最期ってことじゃねえかよ。こいつの繁殖方法は?」
「見ての通りですよ。この個体は雄ですので、普通なら雌がいそうですけど、人間のDNAも含まれてやすから多分、普通に女性を犯せば子孫繁栄できそうな感じでやすね」
「そんな子孫繁栄本気でいらねえよ、マジで『金獣災害』の再現じゃねえか」
しかも急成長するってやつだろ? これはすでに被害に遭ってる女性がたくさんいると思っておいた方がよさそうだな。でも……人為的にか……まさかとは思うが、γ変異種幹細胞生物を持ってきた俺たちみたいな異世界人がいたとでもいうのかな?
いや、別にそうとばかりは限らないだろう。なにしろこの世界には魔法がある。この怪物だって魔法で加工された合成生物なのかもしれないしな。魔法を使えば特定の物質を個体の体内から消失させることも容易なのだから。
とすれば、たまたま同じような特性を持った生物を魔法的な何かで生み出したのがこれだということなのかもしれない。見た目もアーカイブで覗いた金獣のそれとかなり違うしな。この要旨は『怪獣』というよりむしろ『悪魔』だろうし。
いろいろ考えても頭が痛くなるばかりだ。
最悪この怪物を金獣と認識しておくとしても、じゃあ、どう対応すれば……
この世界の高レベルの連中なら対応できるのか? いや、それはいくらなんでも荒唐無稽か。
なにしろ金獣はあの当時最悪の破壊力を誇った、『ヘリウム3核融合爆弾』でも殺すことが出来なかったと言われているしな。いくらなんでも、瞬間とはいえ1000万度の高温にも耐えたという怪獣をこの世界の人間が殺せるとはさすがに思えないな。
「くそ、マジでとんでもねえ話だ」
「そうっすよねー」
てめえが振ってきた話だろうが! 他人事みたいに相槌打ちやがって!
でもしかたなし。別にこいつがこの怪物(仮)を誕生させたわけでもねえからな。
俺はとりあえず今できそうなことをぱぱぱっと考えて、それをニムへと言づけた。
まあ、何もしないよりはマシだって程度のことで、アイデア出すだけならすぐでも出来るしな。聞いたニムはピシィっと姿勢を正して敬礼して見せた。こいつ本当にやることわかってんのかな? まあ、いいか。
俺は再びニムへと口を開いた。
「で、今の話が一つ目だよな? もう一つあるんだろ? あのバスカーとかって奴隷商人の話か?」
そう聞いてみればニムはぶんぶん首を横に振った。
「違いやすよ? あの奴隷商人さんはワッチが軽くグーしたら気絶しちまいやして、そのまま放置しやしたから。あ。一応泥棒入るといけないんで、出た後に扉を変形させて開かないようにしておきやした」
「それ中の奴も出られなくて困っちゃう奴だからな、まあ、べつにどうでもいいけど。じゃあなんだよ?」
そう聞けば、またもやニムに右腕をむんずと掴まれて、孤狼団の連中の合間を縫って引きずられていく。
俺重たい荷物かなんかだっただろうか?
そして連れていかれた先は、とある部屋の前で、その部屋の前には二人の赤ずきんの男が。
その二人はニムを見るとすぐさま姿勢を正してさっきのニムと同じような敬礼をビシィッと返してきた。
「ニムの姐さん! 中の奴はさっきのままです。何も吐いてませんぜ」
「了解っす。この後はワッチらが話しますから、ちょいと通してもらいやすね」
「はいっ!」
二人の男は屹立したまま再び敬礼。
その間を俺とニムとオーユゥーン達が通るのだが、本当に何がどうなってこうなった?
「お前な……いったいどういうポジションなんだよお前は。何? ボスなのか? お前が親玉なのかよ?」
そう問えば再び振り向いたニムが何てことないように言った。
「違いやすよ? 最初に赤ずきんさんたちに絡まれたところで、軽く撫でてあげやしたら皆さんこんなに優しくなりまして」
「そういうの可愛がりっていうからな。暴力だからな。やっちゃだめなやつだから」
「えへへ」
ニムは口元にえくぼを浮かべてにこりと微笑んだ。
笑って胡麻化そうとしてんじゃねえよ、この機械人形が! まったくどこでそんな撫で方覚えたんだかな。
いい加減頭がくらくらしてきたが、とりあえずニムに言われるままに入ってみたこの室内には、縄でぐるぐる巻きにされた一人の若い男の姿があった。
服装からしてどうも聖騎士のようだが、なんだこいつ、逃げ遅れてつかまっちまったってのか?
そう思い、その男へと視線を向けていたら、男も顔を上げて俺と目が合って……
「あああああああああっ! あ、あなた様はっ!」
「なんだよ、うるせいなっ! いきなり叫ぶんじゃねえよ!」
突然俺に向かって大声を上げたその聖騎士は、顔をくしゃっと歪めながら、拘束された身体を捻るようにして俺へとすり寄ってきた。そして。
「お、お願いですっ! 『賢者』様! どうか……どうか貴方様のお力で、ミンミを……いえ、娼婦のミンミさんを助けてください!」
そういきなり泣きながら吠えた。
ちらりと振り返ってみれば、そこにはやっぱりと言った感じで俺を見つめてくるオーユゥーン達の顔。ぽそぽそと、『やっぱりお兄様は賢者様……』とかそんな声も聞こえてくるし。
「お、俺は賢者じゃねえからなっ!」
誰も返事をしてくれないその場で、ふっと入り口に目を向けてみれば、そこにはさっき俺が梅毒症状を治してやったミンミと呼ばれていた少女が立っていた。




