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第二十一話 ビッチ(機械)とビッチ達

「だいじょうぶですの? お兄様」「お兄さん!」「くそお兄ちゃん!」


 マリアンヌの聴取を終えた俺たちが部屋を出ると、そこにはオーユゥーンとシオン、マコと、それと丸い大きな耳をピョコピョコ揺らした鼠人(ラッチマン)の姿。

 こいつそういや女だったんだっけか? とりあえず見た感じは昨夜俺の財布を盗んだときと同じような紺の作業着のような平服で、もじもじとしながら俺を見上げてきていた。


「俺らは大丈夫だ」


 オーユゥーン達はなにやら心配そうに俺を見ているのだが、まずはこいつだろう。

 俺はその鼠人(ラッチマン)を見ながら声をかけた。

 

「あー、えーとあれだ、お前もまあ、無事で良かったな」


「あ……うん」


 その鼠人(ラッチマン)の女は何やらもじもじとしたまま俯いたままでいた。

 そして再びあの言葉を言う。


「あの……本当に……ごめん」


「お、おお……まあ、別に気にすんな、済んだ話だ」


 顔を上げないので俺からだとどんな表情なのか窺い知ることはできないけど、結構しんどそうではある。まあ当然だろうけどな。

 結果として、まさか盗みを働いた相手に助けられることになるなんて夢にも思わなかったのだろうし、いたたまれなさここに極まれりだろう。

 それは俺だって同じで、もう本当になんでもいいから気にしないでいろよと思いながら顔を振ってみれば、そこにはへらへらとしたニムの顔。


「おいニムてめえ」


「あい?」


 こいつ、きょとんとすっとぼけた顔をしていやがるし。


「お前な……肝心なことまだ話してねえじゃねえかよ。そもそもなんでお前……とこいつはここに居るんだよ! あの奴隷商人のとこにいるはずじゃないのかよ」


「あれぇ? そのへんのことまだ話してませんでしたっけ?」


 とか、小首を傾げてそんなことを宣うニム。


「ボケてんじゃねえよ、まだも何も何一つ話してねえじゃねえか。賭けの期日は明日の日暮れだったはずだろうが」


「あー、それがですね聞いてくださいよご主人、ちょいと長くなるんでやすけどね」


 つい最近聞いたような台詞を再び吐いたニムが、俺に向き直って口を開いた。


「ご主人達が出ていった直後にですね、案の定であのおっさん達が下半身まっ裸で迫ってきやしてね、身に危険を感じやしたのでグーパンしてこの娘連れて逃げてきたって寸法でやす」


「めっちゃ短いじゃねえかその話し。てか、とっとと言えよなその程度ならよ。何か問題がおきたんじゃねえかって心配になっちまったじゃねえか」


「えっ? ご主人そんなに心配してくれてたんでやすか? 超うれしいっす! ワッチもうご主人のためならなんでもできやすよー!」


「ちげーよバカ、こっちくんな鬱陶しい」


 まったくなんなんだよ今日は。ヴィエッタといい、オーユゥーンたちといい、みんな同じような反応しやがって。

 まあ、ニムの場合は平常運転なんだけども。


「で、あのマリアンヌとかいうでかい女と孤狼団の連中とはどう繋がるってんだよ。ってかそもそもあの赤ずきんの連中はなんなんだ。盗賊なのかよ?」


「え? 違いやすよ? さっき言ったじゃないっすか。あの人たちはヴィエッタさんのファンクラブの人たちで、純粋な気持ちで拐われたヴィエッタさんを探していただけっすよ」


 そもそもヴィエッタを探そうと思い立った動機が不純極まりない気がするのだが……まあ、いいか。

 話の続きをうながしてみればこんな感じだった。


 あの奴隷商館……確か店主はバスカーというらしいのだが、あそこを普通に出たニム達は、俺と同様に宿に向かったらしいのだが、そこに俺が帰っていないことでどうも探しに出たらしい。

 それで探しているうちにあのマリアンヌ達と遭遇した様で……というか、赤頭巾のおっさん達の集団に自分から話しかけてヴィエッタを探していることを聞き出し、それなら俺と一緒にいるはずだよと、わざわざ教えてやった挙句、自分の探索機能をフルに稼働させて俺の居場所を突き止めた……と、こういうわけだ。

 

 マジでふざけんな!


「お前なぁ……ヴィエッタを血眼になって探してる連中に俺の話しちゃったら、それこそ俺を殺しに行くに決まってんだろうが。もっと考えろよ」


「ちゃんと考えやしたよー? ご主人がピンチなら助っ人多い方がいいでやすし、この人たちかなり強いのでまさに最適かと……」


「すでに俺このおっさん達に殺されかけてんだけどな、お前やっぱり馬鹿だな」


 はあ、まったくニムの奴はマジでどうしようもねえな。

 とりあえず俺もシオン達も大したケガもしてねえから良かったものの、このおっさん達怒り狂ってたしな、一歩間違えてたらマジで殺されてたところだよ。

 ニムから聞いた話でもう少し補足すると、この孤狼団のおっさん達は普段は冒険者や街の衛士をやっている連中が多いようだ。

 まあ、すでに察しているが、全員ヴィエッタの客の上、完全にメロメロになっちまってるコアなファン達の様だな。給料の全てを使ってヴィエッタのところに通っている連中ばかりのようで、そんな連中はまさにマリアンヌからすれば上客と言えるのだろうな。

 そしてどいつが言い出しっぺなのかは知らないが、ヴィエッタを見守るためのシンボルとして赤い頭巾とヴィエッタだけを愛する証明として『孤狼(ロンリーウルフ)』とそれぞれが名乗り始めたようだ。

 それが集まって『孤狼団』! ううん、マジで意味が破綻しとる。

 で、なんでまた盗賊みたいに思われたかについては簡単で、ヴィエッタはやはり相当に人気が高く、それこそ街に立ち寄った大貴族や、大富豪なんかがすぐに見初めてヴィエッタを身請けしようとすることが多いらしく、当然マリアンヌはその全てを断っているのだが、怒り心頭になるのは当然孤狼(ロンリーウルフ)たち。一歩身を引いて、みんなのヴィエッタを守ると決めた彼らはこの時とばかり一致団結して、そんな傲慢なことを為そうとする者たちに正義の鉄槌を……と、まあ、なんだかんだでレベル30近い連中の集団らしいからな、その辺の傭兵や流しの冒険者風情じゃ相手にならないってことだろう。

 そんなことを繰り返しているうちに、『赤い頭巾の集団』→『孤狼団』→『盗賊集団』というロジックが成り立ってしまったというわけだ。

 こんな理由で王都まで陳情されて討伐隊を寄越されることになるなんてな、こいつらマジでアホだ。


「はあ、まあ概ね了解だ。とりあえずお前が居ればシシン達とも交渉できるしな。じゃあ、とりあえず明日の朝まで寝るかよ……ふぁあああ」


「ちょ、ちょっとお兄様!?」


「なんだよ?」


 ニムもいるし話も理解したからとりあえず寝ようかと思ったのだが、そんな俺にオーユゥーンが慌てた感じで声をかけてきた。


「な、何を呑気に眠ろうとなさっておられるのですか? ヴィエッタさんが心配ではないのですか? そ、それにこのお連れのお嬢様は確か、死の契約に蝕まれていて、それを解除するためにもヴィエッタさんが必要だったとかおっしゃられていたではありませんか」


「わわぁっ! お嬢様ですってよ! そんなふうに言われるなんてワッチめっちゃうれしいっすよぅー」


「そんなんで喜んでんじゃねえよ、てめえが女の容姿だからそう言われただけじゃねえかよ」


「『てめえ』呼ばわりされるよりよっぽどいいっすけどね」


「それは俺に対しての当てつけか?」


「ご主人は別にいいっすよ? もう諦めてやすから」


「てめえ……」


 にこりとしながらそんなことを言いやがるし。この野郎は絶対ずっとてめえ呼ばわりし続けてやるからな。


「あ、あの、お兄様?」


「お、おお?」


 怪訝そうな顔のオーユゥーンの声で我に返る。いかんいかん、ニムのせいで調子が狂わされっぱなしだ。

 俺は改めてオーユゥーン達へと向き直った。


「簡単に言うと、こいつには『死の契約ダクネス・デスコントラクト』は効かねえってだけだ、以上」


「以上って……え? え?」


 不思議そうに俺たちを見てくる連中だが、別に詳しく話すまでもないだろう。結局は効かないってだけなんだから。あの魔法は術を掛けられた対象が契約に違反したらその心臓が止められるっていう変な魔法だ。そう聞くと怖い感じだけど、ニムには関係ない。なにせ心臓はないからな。

 

「ニムはドロイドだからな、普通の人間とは違うから心配いらねえんだよ」


「ど、ドロイド……? それはどんな種族なのですか?」


 ほらね?

 普通に説明したってこいつら全然理解できないんだもの。

 ニムだってずっとニコニコしたままで説明しようともしていないし、なんで本人がそれなのに俺が説明しなきゃいけないんだよ、面倒くさい。


「まあ、だから問題ないから気にすんなってことだ」


 オーユゥーン達はまったく納得した感じではないのだが、しぶしぶと言った具合で頷いた。

 と、そこへニムが……


「改めましてこんばんわっす。ワッチは形式番号SH-026、ご主人にニムと名付けていただきやした現在身体がラヴドールの家電っす。皆さんも気軽にニムと呼んでくださいね」


 と自己紹介をしたのだが、はっきり言って全ての用語が理解できてない感じ。お前な……余計ややこしくなるから余計なこと言うのやめろっての。

 そんなニムに、慌てた感じでオーユゥーン達も挨拶をした。


「ワタクシはオーユゥーンと申します。私たちはお兄様に返しきれないくらいの御恩がありますの。一生をかけてワタクシたちはお兄様に尽くさせていただく所存ですわ」

「わたしはシオン。お兄さんのためならなんでもするよ」「私はマコだよぉ。マコもねマコもね、クソお兄ちゃんに全部をあげたの! ニムお姐さん宜しくね」


「わわわ」


 ニムが驚いた顔になって俺の腕に飛びついてきた。


「なんだよ」


「ご、ご、ご主人、いつの間にこんなに可愛い人たちをペットにしちゃったんすか?」


「ペットってなんだよ人聞き悪い。俺がそんなことする分けねえじゃねえか」


「だ、だってですよ? ご主人なんて所詮は自家発電のスペシャリストってだけで、しじゅーはっての一つも会得してない只の童貞じゃないっすか! それがなんでこんな綺麗な百戦錬磨っぽいおねいさん達をモノにできちゃうんすか! ひょっとして隠れテクニシャン!?」


「ふぁっ!? にゃにゃにゃにを言ってんだよこの馬鹿! お、俺がそんなののスペシャリストな分けねえだろうが!」


「え? だって、いつも寝る前にワッチの背中側で……」


「あーーーーー!! 良い天気だなーーーー!! あああああああーーー!!」


「え? 今は夜っすよ? 何言ってんすか?」


「う、うるせいよ!」


 なんだよこの馬鹿は! マジでふざけんな個人情報をなんだと思ってやがる! くっそ、マジでムカつく。

 見ればオーユゥーン達が興味深々といった様子で頬を染めて俺をのぞき込んできているし。それで口々に『本当に童貞なの? 本当に?』とか聞こえているんだが。

 まったくこいつらは俺を馬鹿にしくさって。

 もう、本当に勘弁して。

 思わず顔を覆ってしゃがんでしまったのだが、そんな俺にオーユゥーン達が声をかけてきた。


「だ、だいじょうぶですわお兄様! 別に未経験でもなにも問題はありませんわ。寧ろワタクシは大歓迎ですわ!」

「そうだよお兄さん! 今時初物何てほとんどないし、わたしだったらいつでもOKだからね!」

「なんならマコたち3人で相手した上げてもいいよ、クソお兄ちゃん! あ、できたら最初はマコがいいな!」

「それいいっすね! ならワッチも混ざりやすよ! ええ、大丈夫っす、ワッチの超絶テクをみなさんに伝授いたしやすよ! じゃあ、さっそくご主人を快楽の天国へ送っちゃいやショー!」

「「「おおー‼」」」


「『おおー‼』じゃねえっ! っざけんなクソビッチども! ニムも一緒になってまとわりつ居てくんじゃねえ!」


 ニムとオーユゥーン達3人が同時に俺に抱き着いてくるのを俺は仰け反って本気で回避しようとするもなかなか離れやしねえし。

 そんな俺にシオンがずずいと顔を近づけてきて言った。


「ま、まさか最初はやっぱりヴィエッタちゃんがいいとか!? その為にヴィエッタちゃんを攫って……」


「だからちげーって言ってんだろうがっ!」


 もうこいつらはマジでなんなんだ! 本気でぶちきれるぞ俺は!


「だいたいお前らさっきまでそのヴィエッタのことを心配してたんじゃねえのかよ! なんでそんなに呑気な顔してやがんだよ」

 

 そう言った途端に、3人は顔をハッとさせてお互いみあっていた。

 

「た、確かにそうですわね。お兄様とイタシたいのは山々なのですけど、今はそれどころではありませんでしたわね」

「う、うん。そういえばそうだ……ね」「なんで、こんなに盛り上がっちゃったんだろう?」


 小首を傾げる3人に向かってニムが笑いながら言った。


「まあいいじゃないっすか! 楽しいのが一番っすよ、やっぱり!」


 なんてことはないと言った感じでへらへらしているニム。


「全部てめえが焚きつけたんじゃねえかよ!」


 俺の機械人形は平常運転過ぎる件、マジでクソ迷惑だ。

一年の最後の投稿がこれで本当に良かったのだろうか。

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