第二十話 孤狼団
「なんでお前がここにいるんだよ、ニム」
「いやそれがですね、聞いてくださいよ」
俺の目の前でニムがなんてことはないというように普通に話し始めようとしやがる。
というか、おかしいだろこの状況。
まず何が一番おかしいって、今の今まで俺たちはあの赤頭巾ども(こう言うと、何やら非常に可愛らしい襲撃者の様に聞こえるが、全員不細工なおっさんだ)に狙われてたんだぞ。
それどころかシシン達も敵だったし、聖騎士とかいうヤクザにも追われてるんだぞ。
そんな状況なのに、一番大人しくしていなきゃいけないはずのこいつがなんで目の前にいやがるんだよ。
しかもこんな混沌とした状況下で!
オーユゥーン達なんかは驚きすぎてもう言葉もないし。
まあ、なにか言いたそうな感じだし、このまま聞けば状況が分かるかな? とか、そういう風に思い始めたところで、ニムを押し退けてその巨体がぬっと現れた。
「お、おわっ?」
そいつは豊満というよりは単に太いその体をずいと俺に近づけると、その身体に似合った太い腕を俺へと伸ばしてそのまま俺の襟を締め上げるようにして持ち上げやがった。
「ふぅー、ふぅー……あんたがヴィエッタを誑かしたのかいっ?」
「ひ、ひぃっ!」
ぎりぎりと俺の腕を締め上げつつ持ち上げるその巨体……というか、でっぷりしてるだけが……その女はいとも簡単に俺を力任せに持ち上げやがった。
ひ、人を発砲スチロールくらいの感じで持ち上げやがって!
これだから、レベル高い奴は嫌いなんだよ。
「は、放せよっ! そ、そういう言われ方は心外だ……まあ、連れ出したのは俺だけど」
「この盗人がぁ、さあさっさとヴィエッタを返すんだよ」
巨体の女はふうふうと息を荒げながら俺の襟を締め上げてきていて超苦しい。
「い、今はいねえよ。連れ去られちまった」
「なんだってぇ! こ、この……この……ゴミカスがっ!」
女はその顔をみるみる真っ赤に染め上げてそんな罵声を吐きつつそして握りしめたままの俺を持ち上げてそのまま一気に放ろうとしやがった。
が、それをニムが寸前で割って入って女の腕を掴んで止める。
「おっと、マリアンヌさん。ご主人に乱暴するのは約束と違いやすぜ」
「は、放せっ! 放すんだよっ!」
ぎりぎりと腕を締め上げるニムの力に抗えないのか、彼女はしばらく悶えるようにしていたがついに諦めて、だらんとその腕を放して下げた。だが、俺を睨む目だけはらんらんと輝き続けている。
ひ、ひぃっ。
「えっと……ご主人ヴィエッタさんを連れ去られちまったんでやすかい?」
「ああ……シシン達にだよ。あいつら最初っから俺たちを狙ってたみたいでな……」
きょとんとした顔でニムがそう尋ねてくるので思わずそう答えるも、あいつらの狙いはそもそも俺とニムで、ヴィエッタは狙ってたわけじゃないけど、人質として連れて行って……
とか、その辺の話って説明するのが実はかなり難しいことに今更ながらに気づく。
だが、そんな一連の話のその前にだ。
「あのなぁ……正直、俺、今のこの状況まったく理解できてないんだが、そもそもなんで今お前がここにいるんだよ、それをまだ聞いてねえぞ、俺は」
まずはそれだ。
とにかく今の状況がおかしすぎる。
隠れ家の廃屋に飛び込もうとした俺をニムに抱き止められ、そこにその豊満なデブ女が現れて俺を掴み上げて手を放して、そんで周りをみてみれば部屋内に佇むたくさんの赤い頭巾のおっさん達と、階段の下から心配そうにこっちを見つめてくるあの娼婦連中。それと、俺の背後を見れば、オーユゥーン達3人がまたもや驚いていて……うん、今日は驚く事ばかりだろうね、俺だってそうだもの。
状況は本当に見えないが、そんな俺にニムが答えた。
「ワッチの話をする前に、まずはこの人達のことを紹介しやすね。赤い頭巾を被っているおじさん達は、『ヴィエッタちゃんFC』こと『孤狼団』のみなさんで、この太った……、じゃない、ふくよかな女性がですね、ヴィエッタさんのオーナーで、孤狼団の『団長』でもある、『メイヴの微睡み』の【マリアンヌ】さんでーす」
「「「「「「うっすっ! ヴィエッタちゃんマジラブ!!!!」」」」」」
「ひぃッ!!」
突然俺の目の前で赤ずきんのおっさん達が心臓を激しく叩きながら気を付けをしてそんなことを叫ぶもんで思わず悲鳴が漏れちまった。
おっさん達みんな一様に頬を染めて、何やら恍惚としてはぁはぁしているのだが……
「えっと……ニム? 余計わからんのだが?」
「あのですね、この人たちみんなヴィエッタさんのお客さんでですね、みんな揃いも揃って寂しい独り身の……じゃなくてですねぃ、ヴィエッタちゃんのみを心から愛すると決めたさすらいのロンリーウルフさん達なんすよー」
「「「「「うっすっ!」」」」」
「ひぇっ!」
だからその低音揃えるのマジでやめてってば!
「つまり……どういうこと?」
本当に訳が分からずもう一度そう聞くと、ニムがあっけらかんと答えた。
「つまりっすね。みんなでヴィエッタちゃんを拐かしたご主人をぶち殺しにきたってことっすよー。いやだなーご主人、とっくに分かってる癖にワッチに言わせないでくださいよー」
と、その声を受けて、そこにいた全ての孤狼団が俺へと鼻息荒く迫ってきたのであった。
っていうか、ロンリーウルフが群れてんじゃねえよ、すでに意味が破綻しちゃってるだろうが!
× × ×
「つまり、あんたはバスカーの差し金で動いたってことで間違いないんだね」
「まあそういうことだよ」
椅子に深く腰を沈めた俺は向かいのでかいソファーに座ってそのぶっとい足を不器用に組んでいる巨体の女にそう返事をした。
それ組むの大変なら普通にしててくれよ。いちいち足組み替えんじゃねえよ、目の毒だ。俺の目の!
とりあえずというか、俺は今例の隠れ家の空き部屋で孤狼団の連中に囲まれたまま、正面に座るマリアンヌから聴取を受けている真っ最中だ。
とはいえ別に拘束されているわけでもないし、危害を加えられたわけでもない……まだ!
いやでもまじこわい。
そこで立ってる赤頭巾の連中めっちゃ俺を睨んでいるし、まだ俺なんにも悪いことしてないってのによ……あ、誘拐したんだから十分悪いってことか、とほほ。
とにかく連中の殺気がすごすぎてすぐにでもチビりそうなんだけども。
でも、こいつらの挙動、なんでこんなにぎこちないんだ? みんなして俺を睨むのは一緒なんだが、それぞれ話し合ったり、顔を見合ったりもしてないし、めいめい勝手に動いてる風だし。
これはあれか?
アイドルのコンサートとかに現れる、一人でやってくる物静かな男みたいなやつか?
ホールに入るまでは無言でおとなしいのに、いざ始まると髪を振り乱して周りが引くくらい応援ダンスを踊りまくるスーパーヘビー級のオタファン。
一度だけ俺も秋葉原タウンの小さなライブハウスに行ったことがあるけど、そこで確かに周りの視線を全く気にしないで躍り狂うそのアイドルのファンの男を見たが、気持ち悪い……というよりも一周回ってむしろ清々しいとさえ思ったことを思い出す。
うん、こいつらからは同じような匂いを感じるな。
ってことはあれか? こいつらもみんなヴィエッタにお世話になったってやつなのかよ。
うげ、あいついったい何人と寝てきやがったんだか。
「ご主人ご主人」
「なんだよ」
隣のニムがちょいちょいつついてくるからそっちを見たら。
「ヴィエッタさんもう1000人切り余裕でこなしちゃったみたいですよ? これは同じ生業を身の上とするワッチとしてはめっちゃリスペクトっすよ!」
「あほかっ、奴隷娼婦と同じ生業なわけねえだろうが。そもそもお前は家電だろうが!」
「あ、でも、このワッチのボディは相当な経験値積んでましてですね……!」
「やめて! そういう話しマジで聞きたくないっ!」
てめえニム、なんてこといいやがんだよ。
そもそも俺はお前のボディの方の過去なんか知りたくねえってんだよ。俺はあの可憐な雰囲気だった時のお前にときめいてたってのに、そんな残酷な現実を俺に突きつけるのマジやめてってば。
ニムは頭を抱えた俺の肩をポンポンと叩いて……
「あ、でもアソコは新品も新品の超名器の未使用品すから、どうかご安心を!」
言って、ウインクしながらグッとサムズアップしてくるニム。
「てめえニム。俺の思考読みながらふざけてんじゃねえよ」
「だってご主人わかりやすすぎて可愛いんでやすもの。ふひ」
「てめえ……」
「いい加減にしないかいお前ら。話しているのはアタシなんだけどね」
「ひっ」
ニムにからかわれて憤慨していた俺に、正面の巨女が睨みながらドスの効いた声で唸るように話してくる。
いや、マジで怖いから、その顔。
女は大きくふうっとため息をつくと、椅子の背もたれを軋ませながらその身を大きく後ろへと傾けた。それ多分もうじき椅子が壊れるよ。
「まったく……こんな貧相な男のどこが良かったんだか……あの娘がアタシの言いつけを破ってまで逃げ出すなんて……」
「そりゃあマリアンヌさん。ご主人こうみえて相当に優しいっすからね! きっとヴィエッタさんご主人にときめいちゃったんでやんすよ! 濡れ濡れなんすよ」
「なんでだよ。俺は水なんかかけちゃいねえぞ」
言いがかりがむかついたんでそう反論したのだが、目の前の女も周りの男どももみんなきょとんとした顔になってやがるし。なんだよ、そんな目で人を見るんじゃねえよ!
「もう、ご主人ってば本当に可愛いんでやんすからぁ! でも、外でそういう童貞丸分かり発言は止めた方がいいっすよ」
「う、うるせいよほっとけ。俺が童貞云々は今は関係ねえだろうが」
本当にくそむかつくやつだ。
よりによってこんな大勢の前で言いやがって。しかもなんだ? こいつらいきなり俺の事蔑んだような目で見やがって。そんなに非童貞はえらいのかよ。
目の前のマリアンヌ……というより丸アンヌだなこいつは……まあいい、とにかくマリアンヌは咥えた煙草を深く吸い込んでから、それをまるでため息のように吐き出しつつ言った。
「とにかくだよ、お前がヴィエッタを攫った事実は間違いないんだ。この落し前はつけてもらうからね」
「うぐぅ」
そう言われてはもう何も反論できない。
どんな事情があるにせよ、俺は確かに人を攫ったしな、しかも人の持ち物を。
あれ? そういや最初のきっかけはあの鼠人に財布盗まれて、犯罪されてムカついたからだったよな? で、今の俺は誘拐犯になったと……あれ? マジで本末転倒じゃね?
いや、そこはあえて考えまい。そもそも奴隷娼婦なんて存在そのものがおかしいんだから。おかしいよね? きっと。
「何をすればいいんだよ」
とにかくそう聞いてみれば、マリアンヌは即答した。
「言うまでもない。ヴィエッタを連れ戻して私のところまで連れてくるんだよ」
さも当たり前とでもいう感じでそう話すマリアンヌ。確かに予想していた内容ではあるが、それだけでは俺には不十分だ。
「ヴィエッタを連れ帰ったらあんたはあいつをどうするんだよ」
「はんっ! そんなの決まっている。また元の娼婦に戻らせるだけさ」
人を小馬鹿にしたように笑う丸い女。
この反応も当たり前ではある。当たり前なんだがこれだけは言わなきゃいけないだろう。
「あのなぁ、ヴィエッタには夢があるんだぞ? それを叶えさせてやろうとか思わねえのかよ」
「はぁ?」
一瞬きょとんとしたマリアンヌがその後唐突に哄笑した。
そのあまりのけたたましさに俺は思わず仰け反るも、周囲に立つ男たちも一緒になってへらへらと笑っていやがるし。この女……声もでかいんだよ。
暫く笑い少し落ち着いたのか、マリアンヌはふうふうと息を吸いながら口を開いた。
「ふぅ……まさかあの娘の話を真に受ける奴がいたなんてね……あんた……ヴィエッタに……あの真正の娼婦に冒険者なんて務まると思っているのかい? あんな小娘が出歩いたらそれこそ一晩で死ぬまで強姦されて殺されるにきまってるだろう?」
そう問われ、俺は沈黙する。
確かにあいつはエロエロな天然娼婦だった。俺に対してだって本気なのかわざとなのかは不明だが、何度となくアプローチしてきやがったしな。
でも、そういうことじゃないんだ。
あいつは俺に自分の『夢』を話した。
誰も信じず、誰もがそれを笑った……現にこの目の前の女主人がそれをしたのだしな。
きっと相当に傷ついてきていたはずだ。
夢って奴は叶ってないからこその夢だ。まだ未完も未完で、入り口にだって立ってないかもしれない、そんなただの可能性でしかないものこそが夢だ。
確かに人から見ればただの妄想や寝言の類だろうよ。でも、本人にとっては生きるための活力であり、希望となるものなんだ。それがどんなに大事であるのか……
言うまでもないことだ。
「務まるかどうかなんか知らねえよ。最初から出来ねえのはあたりまえだろ、やったことねえんだから」
俺のその答えにマリアンヌはムッとした表情に変わる。
そして語気を強めた。
「ムカつくことを言うガキだねぇ。あのなぁクソガキ、やりたいからってだけでやってたら世の中全部回らなくなるんだよ。剣も持ったことのない、争いごとなんてまるで出来ないヴィエッタに冒険者なんてできるわけないじゃないか。それにそもそもあの娘はアタシの持ちもんだよ。まだまだ働いてもらわなきゃならないんだ。お前みたいなどこの馬の骨とも分からない奴に言われる筋合いではないね」
「まあ、でも俺はヴィエッタと約束しちまったからな、『冒険者になる手伝いをしてやる』ってな」
「はあ、お話にならないねえ。ヴィエッタも大概だが、お前も相当に頭の中がお花畑だねえ」
「うるせいよ」
心底呆れたといった感じで俺を見るマリアンヌ。
奴は念を押すように俺へと言った。
「お前達が何を話したなんか関係ない。そもそもあの娘を攫っていったのはお前なんだ。それを緋竜の爪に横取りされようがされまいが関係はないんだ。さっさとヴィエッタをここに連れてくるんだよ」
ギロリと睨むその視線には抗しがたい物が確かにあった。
だが……ふと今の言葉にひっかかるものがあって、少し相手の顔をみていたのだが、今度は奴の方が顔を逸らす。
そして、すっと立ち上がって、周囲に居た孤狼団の面々一人一人に指示を出していく。
すると、連中は慌ただしくあっちへこっちへと移動を開始し始めた。そしてもう一言だけ口を開いた。
「さあ、とっとといきな。どんな手を使ってもいいから必ずここにヴィエッタを連れてくるんだよ。いいね」
まるで俺たちを追い出したいかのようにそう早い口調で捲し立てるマリアンヌ。
俺はそれに気づきつつも即答で返した。
「わかったよ……」
俺は本当はもう一言言いたかったのが、今はそれをぐっとこらえて返事だけを送る。
そして二ムに出ろと合図を送って一緒にその部屋を出た。
室内にはどこか遠くを見つめた感じのマリアンヌが一人残った。




