第十九話 待ち伏せ
「お、お兄……様? あ、貴方様は……いったい」
「あん?」
真っ青な顔で震えながらオーユゥーンが俺に問いかけて来ていたが、こいつ多分また俺のこと、賢者だとか魔法使いだとか言いそうな感じだな。マジでふざけんな、俺は童貞だけど、お前らに馬鹿にされるいわれもつもりもまったくねえんだよ。そもそも童貞だからってだけで人のことを『魔法使い』だ『妖精』だ『賢者』だというあの風潮、マジでムカつくんだよ!
とか、そう思って見てみれば、オーユゥーンもシオンもマコも、完全に腰が砕けてしまっている。
「どうしたんだよ、お前ら?」
何を遊んでいるんだと、そう思って聞いてみれば……
「どう……って、あ、あんな恐ろしい戦闘を見させられては、何も言葉もでませんわ」
「そ、そうだよ、お兄さん。お兄さんが凄い魔法使うってのは知ってたけどさ、あの魔法本当に凄すぎだよ」
「それにあのお兄ちゃんたち、『緋竜の爪』の人たちでしょ? 前に一度会ったことあるけど、あの人達すごく強いんだよ! たった5人でどっかの国の軍隊とやりあって勝ったとか言われてるし、それなのに、クソお兄ちゃん一人で追い払っちゃうなんて……」
銘々好き勝手言ってやがるが……
「あのなぁ、俺だって好きであいつらとやりあった訳じゃねえし、マジで怖かったんだからな。ただ、ヴィエッタの奴を連れていかれたし、何もしなけりゃやられちまうって思ったから頑張っただけじゃねえか」
あいつらは本気で俺を殺しに来やがった。
そもそも初手のクロンの弓からして、着弾した石畳が爆裂四散してやがったし、死なないまでも余波だけで充分大ダメージ間違いなかったしな。
俺だって多少は付き合いのあるあいつらだからって、中級魔法くらいまでに抑えちまったきらいはあるけど、あそこまで本気ならこっちも全力で奴らを潰しに行く必要があったかもしれない。いずれにしても後の祭りなんだが。
ようやく少し力が戻ったのか、オーユゥーンが立ち上がりながら俺を振り返る。
「お兄様はいったいあの御方達とどんなご関係ですの? い、いえ、それよりもなぜお兄様は狙われてらっしゃいますの? 何か過去になさったのですか?」
「ん? あ、いや、えーと」
オーユゥーンに尋ねられてふと考えてみる。
俺何をしたっけ?
確かに今までの俺の黒歴史を鑑みるに色々やらかした事実は多々あるわけなんだが……
高校で物質転送装置の実験機を作った際に、練馬のカエルを府中に転送させようとして、誤って2000光年彼方のケプラー第6惑星のガナスティン高校の女子更衣室に送ったことがあって、なかなかカエルが現れないから急いで次元座標を調べた直後にカエルに取り付けた生体カメラの画像をモニターに映してみたら、そこに広がったのはほぼ裸のたくさんの女子高生の姿。
公・然・盗・撮!
慌ててたもんでダイレクトにいろいろ映してしまったわけだけど、あの時はクラスメートどころか国営放送のTV局の局長とか学会のお偉いさんとか、T京大学の学長とか、大統領とか、首相とかそんな面々がみんな見てる前の大失敗になったわけだ。
当然だけど、全員絶句の上、俺はあまりの恥ずかしさにその場を逃亡したわけだけど、あのあと良く俺を入学させてくれたよ、T京大学は。学長の心の広さに感謝しかないわけだが、まあ、そのあとも色々やらかして結局は大学を辞めちゃったんだけどもな。はあ、思い出すだけで鬱になる。
でもそれはこの世界にくる前だしな。シシン達が俺達と同じように転移してきたってんなら知っているかもだけど、こっちの世界限定ってなると、まだ2ヶ月未満の滞在だしなー。
こっちでやった事と言ったら、頑張ってモンスター倒して、レベル上がらなくて鬱々として……
あと他になんかやったか?
俺はもう二度と恥を掻きたくないから一念発起して真面目一辺倒でやってきたんだ。
ギルドの収集クエストとかだってきちんとこなしてたし、ちゃんと依頼人に報酬を貰うときだってお礼も言った。
それに討伐クエストとかだって、パーティメンバーに迷惑はかけたけど、全部きちんと倒してきたはずだ。
あとは、フィアンナの依頼でたんまり金をもらったってとこくらいだけど、あの金だってほぼフィアンナのポケットマネーだって話だし、因縁つけられる謂れはない……はずだ!
あとは……
うん、別になにもねえな。誰にも迷惑かけてねえし、誰かに恨みを買うようなことだってしてやしねえ。
あ、お墓を水浸しにしたくらいか? でもあの墓、アルドバルディンの連中とは縁も所縁もない墓だって言ってたし別に問題ないだろう。
いろいろ考えてはみたが……結論。
「うん、別になにもしてねえな。俺は今までずっと真面目に冒険者やってただけだ」
そう言い切ってみたのだが、何やらオーユゥーン達の視線が冷たい感じがする。
お前ら全然信じてねえなその目は。っていうか、人をそんな目で見てはいけませんよ!
「そう……ですの……? そうだとしてもですわ、お兄様。これは大変な事態ですわ」
オーユゥーンが大きな胸をたわわんと揺らしながらそんなことを言ってくるのだが。
「そんなことは分かってんだよ。ったく、これで振り出しじゃねえか」
ああ、マジで頭が痛い。
シシンの言葉の通りなら始めからあいつらは俺とニムを狙っていたってことになるわけで、ヴィエッタを返して欲しければニムと俺の二人で来いと言いやがった。
元より、ニムを引っ張り出すだけなら俺一人でも十分行けそうな感じだ。
なにしろ今は土魔法使いたい放題真っ最中だしな。
仮に連中が万全を期して俺を待ち構えているにしても、今の俺なら全力の上級魔法であの奴隷商館を『握り潰す』ことも可能、反撃を受ける前に全員を土に埋めてしまうことだってできるわけだし。
でもなぁ。結局俺とニムが行ったところでどうせあいつらと、あいつらの仲間が待ち構えているんだろうし本気でヴィエッタを解放するとも思えない。
そもそもそのいるであろう仲間の情報を俺は一切持っていないのだ。これほど不利な話はあるまい。
「うーん、さてどうするか……このまま連中を追ってヴィエッタを取り返そうと思ったところで、どうせあいつらに追い付くことなんてできやしねえだろうし、かといって、このまま時間を潰していてもなあ……」
そんな風に悩んでいた時だった。
シオンが俺のそばまで駆け寄ってきて、そして俺の手をとった。
「お兄さん! 行こうよ! ヴィエッタちゃんを助けに!」
「そうだよくそお兄ちゃん! ヴィエッタちゃん、くそお兄ちゃんのこと本気みたいだったよ! 男だったらここは助けに行くとこでしょ!」
「お前らな……」
身を乗り出してそんなことを言ってくるシオンとマコに気圧されつつも、これはやはりすぐに追いかけた方がいいかなと思いかけたその時、もう一人が口を開いた。
「貴女達落ち着きなさいな。拙速に行動してはだめですわ。そもそも今私たちも聖騎士に追われている身の上ですし、あの隠れ家に妹達を残したままでおりますのよ。相手は期日を指定してきたのですから、今はまずは戻るべきですわ」
「オーユゥーン姉……」「うう……」
項垂れる二人はぐうの音も出ないのか、そのまま黙りこんでしまった。まあ、妥当な意見だとは俺も思う。
そしてオーユゥーンは俺を申し訳なさそうに伏し目がちに見てきた。
「お兄様には申し訳ございませんが、今はそういうことですので私たちはこれで一度戻らせていただきますわ。本当はこのままお兄様にも一緒に戻って欲しいのですけれど……」
そんなことを言うオーユゥーンに俺は即答した。
「俺も一緒に行く」
「「「え?」」」
おどろいた様子の三人に俺は続けていった。
「いや、オーユゥーンの言う通りだろう。今追うよりも必ず現れるその時にそこへ向かった方が探す手間がなくていい。それよりも、今は現状を再確認する方が先だからな。どうも何か俺の知らないところで蠢いてやがるみたいだしな……まあ、だからとりあえずはお前らのところへ行ってやるよ」
俺とニムを狙うなんて、いったいどこの酔狂な奴なのかわからないが、このタイミングで動き出したあの不良聖騎士どものことや、娼婦達の誘拐事件、それにあの気色悪い怪物の存在……どう考えてもここで何かの事件がおこっているに決まっている。
頭の悪い俺にだってそれくらいは分かるさ。
いろいろ考えてた俺を、連中が変な目で見ているのだが、こいつら本当に俺をバカにしてやがるんじゃなかろうな?
「なんだよ」
「い、いえ……お兄様が本当にいろいろ考えてらっしゃるので……あの、別に普段なにも考えてなさそうですとかそんなことではなくて、ヴィエッタさんを後回しにされたことに素直に驚いてしまいまして……」
しどろもどろでそんなことを言うオーユゥーン。
「なんだよ、俺だって少しは考えるに決まってんだろうが。あんまなめんじゃねえよ」
と、少し強気に言ってみる。
まあ、こんな時くらいしか自分の正当性を強調できないのは物悲しいものがあるけどな。
「で、ですから本当になにもお兄様を侮ってなど……」
「もういいからさっさと行くぞ」
「あ、お、お待ちくださいまし……」
何やらまだ言いたそうな連中に何を言われるのか冷や冷やしたこともあって、俺は構わずに来た道を戻った。
そんな俺の後ろを彼女達がトテトテと追従してきた。
× × ×
「何かおかしいですわ」
「ん?」
最初にそう声を出したのはやはりオーユゥーンだった。この光のない闇夜にあってこの知覚能力は本当にすごいと思う。
俺には目の前に何があるのかさっぱりだ。
「何がどうおかしい?」
とにかくそう聞いてみれば静かにオーユゥーンが言った。
「戦闘の痕跡がありますわ。それと、この先に誰かが倒れていますわ」
「痕跡?」
思わずそう聞き返してしまった。
この道はついさっき隠れ家を飛び出したヴィエッタを追い掛けるときに素通りしたばかり。まだそれほど時間は経ってはいない。俺たちだってシシン達と多少戦いのようなことをしたわけだが、それにしたってこの短時間で戦闘がおこるとは考えにくいことだ。
ひょっとしたら聖騎士の連中に嗅ぎ付かれてアジトが急襲されたのかも……なら、あそこにいた娼婦達は……
「なあ、オーユゥーン。倒れている奴ってのはなんだ? おまえの仲間の女の誰かか?」
そう聞いて見ると、彼女は暗がりへとじっと視線を向け周囲を観察し始めた。そして。
「妹達……ではありませんわね。多分聖騎士ですわ」
「聖騎士?」
どういうことだ? 襲ってきた聖騎士をあの女達が撃退したってことなのか? 着の身着のままでろくな武器だって持たずに逃げてきたってのにそんなことができるのかよ。
それとも、俺たち以外にも更になにか居やがるってのかよ。
オーユゥーンたちに、聖騎士に、シシン達。やめろよ、もうこれ以上面倒くさい連中とかかわり合いになりたくねえよ。
「あ、お兄様……何人かアジトの周りで隠れている者がいますわ。頭になにか……頭巾のようなものを被った人たちが……あ、ひょっとして『孤狼団』では……?」
「こ、孤狼団? どっかで聞いたような……あ」
そうだ思い出した。
シシン達だ!
あいつらたしか、この辺りに出没するようになった新手の盗賊団を狩りに遥々王都からこの町まできたみたいな事言ってやがったな。
今となってはあいつらの話自体全部信憑性の欠片もないわけだが、まさかここでそれが出てくるとはな。
「オーユゥーン。孤狼団ってのはなんだ? 有名なのか?」
とにかく知っていそうなオーユゥーンへそう聞いて見ると、彼女はそれほど詳しくはありませんが、と前置きしてから話始めた。
「ここ最近現れるようになった盗賊ですわね。赤い頭巾を巻いているのが特徴で、この町に立ち寄った隊商を狙う盗賊集団という風に聞いたことがありますわ。私のお客でも何人かその被害に遭われた様ですけれど、襲われても殆ど盗まれることがない上に、この町に住民で被害は出てないのでそれほど騒がれてはおりませんの」
「なんだそれは」
襲っておいて盗まないのか? じゃあなんでわざわざ襲うんだよ、意味わからん。
ただ、隊商っていえば、かなりの人数で移動していて、それなりに高レベルの冒険者が護衛につくとかいう話を聞いたこともある。
そんな連中を襲ってもまだ活動しているってことは、そいつらを圧倒する力を持った集団ってことになるわけだ。
そんな奴等がこの周りにいる?
実害がないっていうのもただの話の様だし、もし今俺たちを襲う気まんまんだとしたら?
背中に変な汗が流れるのを感じつつも、その可能性の場合の対応を含めていろいろ思案を始めたときだった。
「み、みんなっ!」
「おい、待て! シオン!」
急に立ち上がったシオンがお構いなしにアジトへ向かって走っていく。こいつ他の娼婦が気になっていてもたってもいられなくなっちまったか、ちくしょうめ。
慌てて俺も駆け出したのだが、もはやこれは突発事故状態だ。何の対応も対策もできやしない。でも、とにかくシオンを止めなくてはと、全力で走って彼女の背中に飛び付いた。
と、その時……
ひゅんっ!
風切り音!
「きゃっ!」
当然の様に矢が放たれてそれがどうやらシオンの腕にかすったらしい。彼女は倒れつつ短く悲鳴を漏らした。
押し倒した直後に周りを見るも、辺りは闇夜に包まれていてまったく視界が効かない。このままじゃ無抵抗のまま射られるだけ……
そう思ったとたん、俺は迷わず行動に移れた。
「すまん、さわるぞ!」
「え、ええ?」
俺は転がっているシオンを仰向けになるように転がしてから、口のなかでそれを詠唱しながら彼女の右胸に手を当てた。
一瞬びくりと身体を震わせたシオンだが、それは一瞬のことで後はされるがまま。
俺はとにかく彼女の胸に自分の手をめり込ませたままでその魔法を完成させた。
「『閃光』!!」
「ぐぁっ!」「ぎゃっ!」「め、目がぁ!」
俺が突きだした左手の先に光球が現れ、それが一気に輝いて周囲をまるで真昼のように明るく照らした。
その魔法は先ほどシオンが俺を助けるために使用したそれと同じもの。だが、今回のはひと味違う。もともとの魔術式を俺が短縮、簡素化、強化したいわば、『閃光・改』とでも言っていいかもしれないもの。
その輝きたるや通常魔法のそれとは比較にならないレベルで疑似太陽と言っても差し支えはないだろう。とにかく真夜中にこの明るさだ。夜目に慣れた連中には一たまりもないだろう。
「お、お兄様、目が見えませんわ」
「なにやってんのよ、くそおにいちゃーん! やるならやるって先に言ってよー!」
「お、おお、す、すまん」
どうやら身内にも被害が出た模様。マジですまん。
とりあえず見回して見れば、周囲に何やら頭に赤い布を巻いた冒険者風の連中の姿が。
これは孤狼団で間違いなさそうだな。
みんな一様に目を抑え蹲っているところを見るに、かなり目が眩んでいるようだ。
「お、お兄さん? その……そろそろ手をどかして……くれない? やっぱちょっと恥ずかしい」
「ん? んんんっ!? うはっ! す、すまんっ!」
言われて見れば俺は体重をかけるようにしてシオンの胸を鷲掴みにしたままだった。そこには真っ赤なになって視線を俺から外すシオンの顔。
慌てて跳び跳ねるように退いて、彼女から身体を離したが、これは何も言い逃れできねえ。
いや、もう謝るしかないな。本当にごめん。
ヴィエッタに、どうもこいつらの精霊どもはこいつらの胸の辺りによくいるらしいことを聞いていたから、ものは試しでシオンの胸に触りながら魔法を詠唱してみたのだが、これが上手くいった。
おかげであの光魔法が放てたわけだが、まあ、端から見れば倒れた女の胸を揉みしだくただの痴漢だわな。
おっと、まだまったくの安全じゃなかったな。
「シオン見えてるな。ならマコの手を引いてアジトへ駆け込め」
「あ、はい」
まだ魔法の輝きは続いているからアジトまでの道ははっきり分かるが、連中も次第に慣れてくればこちらをばっちり視認できてしまうともいうことだ。
とにかく今はあそこまで辿りつかなくては。
隠れている女達の安否確認が最優先だ。
そう決心して、俺はオーユゥーンの手を強引に掴んでそのまま引っ張るようにして走った。
赤頭巾の男どもはまだよたよたしているが、こちらには向かってきていない。
よし、今のうちにあそこへ飛び込んで、そのあと建物全体を土で埋めちまおう。
やつらの侵入さえ阻めば、まだ十分逃げられる。
目算を立てつつ目の前のアジトのドアを見ながら全力疾走する俺たち。
そして、さあ後数歩で扉に手がかかる……というその時。
かちゃり……
「え?」
扉が急に開いた。
や、やばい!
俺の中で非常事態警報がけたたましく鳴り響いていた。一応中に敵がいる可能性も視野にいれてはいた。だが、それは中に飛びこんでからの土魔法による泥の拘束を行うことで回避するつもりでいた。
いるかどうか分からないのだから呪いは使えないし、大規模魔法では中の連中を全員巻き込んでしまう。だからこそ、いるかもしれない敵を泥に閉じ込めようとその魔法を準備していたのだが……
このタイミングでは魔法が間に合わない。
く、くそっ!
ど、どうすれば……
片手でオーユゥーンを引いている以上もう片方の手しか使うことができない。魔法は使えない、なら、闘剣か……
結局それしか選択肢がないことを知りつつも、絶対に高レベルの相手には俺の剣が通らないことを分かっていた俺は、あえて剣へと伸ばしていた手を引っ込めた。
そしてとにかく中へ入ることを優先して、体を丸めてそのまま開いた扉の中へと飛び込んだ。
すると……
「あ、おかえりなさいっす。ご主人」
「え?」
体当たりしたはずの俺達の身体を軽々と抱き止めたそいつは、なんてことはない風にそんな挨拶をするのだった。




