表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/118

第十八話 標的は紋次郎

ぎりぎり今日投稿~明日こそは、もっと早くに……

「え? シシンって……ひょっとして……?」


 不思議そうに俺を見上げるマコがそんなことをつぶやいた時、その暗がりから一人の長身の黒ずくめの男が音もなくにゅっと現れた。そしてゆっくり近づきながらその頭巾を剥いでいく。

 そこから現れたのは紛うことなきあの男の顔だった。奴は薄く笑いながら俺に視線を向けつつ右手で抱えた彼女を俺に見せるように持ち上げて見せた。


「旦那……ひでぇぜ、レベル1の戦士だとか嘘つきやがって。高レベルの魔術師(ソーサリー)だったんじゃねえか。すっかりその見た目に騙されちまったぜ」


「てめえ……ヴィエッタを狙ってやがったのかよ……よくも騙しやがったな」


「ん?」


 少し距離をおいて立ち止まったその男……シシンは少し小首を傾げた後に、小脇に抱えた気を失ったヴィエッタに視線を落としてから俺に向き直った。


「ああ……そう見えるわけね……まあ、そうだろうな、俺らはまだ何も言ってやしねえからな」


「なんのことだよ?」


 シシンの周りに三つの影が近づいて来る。

 彼らはそれぞれ、もう関係ないとでもいう感じで乱雑に被っていた頭巾を脱いだ。

 案の定そこにあったのは、ゴンゴウとヨザクとクロンの顔。彼らはただ黙って硬い表情のままでシシンの後ろに立った。

 そして再びシシンが口を開く。


「安心してくれ、今回ヴィエッタ嬢は関係ない。むしろ、ここにヴィエッタが関わってきたことに俺らが驚いているくらいだからな」


「じゃあ、なんなんだ? お前らは何が目的なんだよ。関係ないならヴィエッタを置いてとっととどっかに行ってくれ」


「おっと、そういうわけにもいかねえんだよ。なにしろ、俺らの目的は……」


 そこまで言ってシシンも表情を引き締めた。そして……


「俺らの標的は……あんただよ、旦那。それと二ムちゃんだ」


「はぁ?」


 思わず変な声が出ちまった。当然だ。

 よりによってなんで俺達なんだ? 

 普通に考えてそんなことはありえない。だって、俺はこいつらのことを今日の今日まで知らなかったんだから。

 そもそもこの街に着いたのは今日だし、こいつらに出会ったのもついさっき。

 しかもこいつらを雇ったのは俺達だ。

 それがどうしてこんな回りくどい事されて追いかけまわされることになるってんだよ。


「お前な……なにがどうなったら、そうなるんだよ。金欠で途方に暮れてたお前らをたまたま俺が雇ったんじゃねえか。それがどうして俺らを狙うことになるんだよ」


「逆に、俺らが標的(ターゲット)のあんたらを見張り続けていたとしたら? それと、たまたまを装ってあんたらに接触を図っていたとしたら……なんて、まあ、今どうのこうの言ったところで変わりはしねえんだけど、結局は最初からあんたらを捕まえようって思ってたわけだよ」


「その割りにゃぁ、随分と回りくどいことしてんじゃねえかよ。捕まえようってんならさっさと俺をふん縛っちまえば良かったろう? なのにこんなとこまで来てヴィエッタまで人質にとりやがって」


「良く言うぜ。魔法バンバンつかって俺らの奇襲を悉く躱しやがったくせに。おまけに二ムちゃんをあのバスカーのところに置いてきやがって……俺らはな、『あんたと二ムちゃんの二人を無傷のままで捕まえてこい』って命令されてたんだよ」


 そんなことをを言いながら、シシンは空いている左手で頭を掻いている。そして俺をじとっとした目で睨んできた。


「あんたの悪運だか、狙いだか、なんだか知らねえが、散々遊ばれたのは俺らの方だよ。あのなぁ、もう今だから言うが、あの酒宴の最中も俺らはあんたらに眠り薬を仕込んだり、毒の料理を用意したりしたんだぞ? なのにあんたはそれを喰いやしねえし、二ムちゃんは食ったり飲んだりしてもまったく平気だったしよ……旦那本当は俺らが狙ってたこと知ってたんだろ」


 不躾なことを言ってくるシシン。言い掛かり甚だしすぎる。

 それにしてもこいつらそんなことしてやがったのか。二ムはまあ何食ったって平気だけど、俺は下手したら死んでたんじゃねえかよ、こん畜生。

 バスカー……ってのはあの奴隷商人の名前なんだろうけど、そういやこいつら別にずっと一緒に居なくても良かったくせに、あの時ずっとついて来てやがったしな。なるほど、俺達を狙っていたから離れられなかったってわけか。そうなのに、俺はあの時素で二ムを置き去りにしちまったしな。こいつらからすれば俺と二ムの二人を同時に捕まえる必要があったのに分断しちまったからかなり泡を食ったんだろうな。

 現に別れた後こいつらは全員俺と行動を共にしているのに俺を捕まえようともしなかったしな。

 

「俺らはな、あの娼館でヴィエッタごとあんたを攫うつもりだったんだ。バスカーの野郎はヴィエッタに執心してるから差し出せばすんなり二ムちゃんを寄越すだろうし、メイヴのマリアンヌにはあんたが全部やったって罪を擦り付けて話を終らせようって算段だったんだよ。情事の後の気の抜けたあんたなら万が一にも問題はねえだろうって踏んでたんだがな。あんたが普通じゃあなさそうなことは薄々感づいていたからわざわざ慎重を期したってのに、まさか普通にヴィエッタを攫うとは思いもしなかったぜ」


「俺が悪いみたいに言ってんじゃねえよ。つまりあれか? 誰かがお前らに俺らの誘拐を依頼したってわけだな。金のため……じゃあねえな、俺はお前らと一緒にいたとき、2億ゴールドの手形をもってたんだ。金だけ欲しいならあの時俺を殺して奪えばいいんだからな。とすれば、お前らは依頼人かなりの『借り』があるのか、それか『弱み』を握られてるかのどっちかってとこだな。どうなんだよ」


 思ったことをツラツラ述べてみたのだが、目の前のシシンはみるみる表情をこわ張らせていく。

 

「旦那……そのことをどこで聞いたんだよ」


「はあ? 聞く分けねえだろうが、今の今まで俺は騙されてたってことすら知らなかったんだぞ? どこでどうやって誰に聞くってんだよ」


 シシンは冷や汗を頬に垂らしたままで言葉を続けた。


「まあ、いい……今はそんなことはどうでも。なあ旦那、俺はこう見えてお人よしの旦那の事が結構好きなんだよ。あまり手荒な真似はしたくねえんだ。あんたが凄腕の魔術師(ソーサリー)だったとしても、今はこうやってクロンが抑え込んで魔法も使えねえ状況だ。なあ、ここは大人しく俺らと一緒に来てくれねえか?」


 シシンは眉を下げて静かに俺へと話していた。その表情には多少の思いやりのようなものが感じられはしたが……


「つまりお前らはこう言いたいわけだな。『俺を連れて、バスカーって奴にヴィエッタを差し出して二ムも手に入れて、それで雇い主に俺達を突き出す……』と。断る……と言ったら?」


「死なねえ程度に殺す」


「そりゃあ、こええな」


 4人ともが武器をその手に握りしめて、俺に向かって殺気を放ってきた。完全に殺す気まんまんだ。

 まあ、金じゃねえ何かの動機で俺と二ムを狙ってるってことは分かったんだ。本当ならこのまま捕まってから二ムと合流ってのが一番楽な道なのかもしれねえが……

 俺はそう考えてからシシンが抱えているヴィエッタへと視線を移した。

 はっきりいって、ヴィエッタはただ巻き込まれただけにすぎない。

 あくまで標的は俺と二ムという話なんだからな。俺が二ムをあそこへ置いてきさえしなければ、ヴィエッタを買いになど出なければ、ヴィエッタを連れ去ったリしなければ……彼女は何も変わらずにまだあの店で生活出来ていたに違いない。

 だが、俺は連れ出してしまった。しかも半ば強引にだ。

 ヴィエッタが多少なりとも外の世界に興味を持っていて、自分でも娼婦を辞めたいと思っていたとしてもだ。

 きっかけを作ったのは全て俺。俺がいるいないで、彼女の人生は完全に変わってしまったのだ。

 そう思えた時、俺は決心がついた。

 このまますんなり終わらせていい訳じゃない。

 いや、このまま終わらせてはいけない。

 約束を……

 守らなければな……

 だから俺は宣言した。


「お前らには従わない」


「そうか、残念だよ。なら、死ね」


 一斉に連中は駆けだす。唯一クロンだけは口の中で何やら呪文を詠唱している。きっと消失結界を再度俺へと掛けようとでもしているのだろう、その時俺の周囲の空気が一気に重たい物に変わった気がした。

 マナが停止した。

 これにより魔法を唱えること出来なくなったわけだな……


 まあ、普通であればだが。


「『岩石弾(ド・ロックバレット)』!」


「な、なにっ! ばかなっ!」


 駆け寄る連中に向けて右手を伸ばし、そして詠唱していた魔法の一つを完成させてそれを顕現させた。

 俺の目の前に出現させたのは複数のバスケットボール大の岩石の塊。それを勢いよく連中に向けて発射した。

 シシンたちはそれを紙一重で躱してその場に停止する。クロンに至っては避けた先の足場が崩壊した関係か、そのまま建物から落下して姿が見えなくなっていた。

 使ったのは名前の通りの岩石の大砲のようなものだ。

 所謂水系魔法の『水弾ミ・ウォーターバレット』や、火の『火弾(カ・ファイアーボール)』のような射出系の攻撃魔法なのだが、結局のところこの魔法はただの物理攻撃となり、何かの付加属性があるわけではない。

 土系特有の空間操作によって、フィールド内の岩を圧縮変換して出現させ、さらに大気の密度を操って透明な大砲とし、そしてさらに超振動を加えることでそれを射出。

 まあ、やっていることはただそれだけのことなんだが、この一連の術式を組み合わせたのがこの『岩石弾(ド・ロックバレット)』であり、ただ岩石を飛ばしているだけなのだが、やはり消費魔力は非常に高いのだ。

 付加属性もなく、しかも消費魔力が高いこの手の魔法だからこそ、奇襲には最適ともいえるのだけどな。だって、頭の良い奴なら絶対こんな燃費悪い魔法いきなりつかわないもの。

 というか、土系魔法ってこんなのばっかだよな。初級魔法からして他の系統よりも複雑だし消費魔力は高いし。難易度では闇系に負けるけど、面倒くささなら全系統中ナンバーワンなんじゃないか?


 シシンたちを見れば、驚いた顔で俺を見ているが、まあ、いきなり魔法を放ったんだ、仕方ないだろうがな。


「おい、なんで俺が魔法を使えるんだって顔してるけど、そんなの当たり前だからな。そもそもお前らはさっき俺に一度『消失結界ド・ディスペルフィールド』を使ったんだ。もう一度それがくるってことくらい分かるに決まってんだろうが」


 俺は右手を突き出したまま再び呪文の詠唱に入る。そして、それが完成する前に奴らへと教えてやった。


「その魔法の効果時間はすごく短いんだよ。それこそほんの十数秒ってとこだ。だから、切れるタイミングを見計らって俺自身が俺の周囲を魔法結界で張ったんだ。後はご覧の通り。お前らの魔法は俺に届かず、俺は魔法結界を維持したまま、物理攻撃の岩石弾を撃ち出したってわけだ」


 別に本当に簡単な話だ。

 空間魔法である土系魔法の最大の効果範囲は術者の直近に他ならない。離れた位置から俺を狙うよりも、俺自身が自分の周りに魔法を展開した方がよっぽど効果は大きくなる。

 当然の展開だ。


「なあ、シシン。お前らが何をする気なのか知らねえけど、ひとまずヴィエッタを置いて帰ってくれねえか。話があるなら聞いてやるからよ」


 そう言ってみる。

 奴らは俺のことを魔術師だと思っているようだし、俺の使った魔法には一目置いているらしいこの状況だ。とりあえず形勢不利とか思っててくれれば俺の要求を飲んでくれるかもしれねえ。

 そう思っていた。

 だが……


「へへ……良い提案なんだが、そうもいかないんだよ。悪いがヴィエッタを返すわけにはいかねえ」


「てめえ」


 シシンたちは武器を構えたままで後ずさっていく。当然だがその手にはヴィエッタがいて、まるで盾の様に俺達もその身体を向けて来ていた。

 これじゃあ、何をやってもヴィエッタにも被害が及ぶ。うかつに攻撃できなくなっちまった。


 俺が躊躇していたそこへシシンの声。


「やっぱり旦那は一筋縄じゃいかねえみてえだな。ヴィエッタは預からせてもらう。なぁに、別に今は何もしやしねえよ、ただの人質だ。だけどな、返してほしかったら、明日の日の出に街の東の『大門の岩』まで来るんだ。おっと、旦那一人じゃダメだぜ。二ムちゃんと二人でだ。そうしたらこの娘は解放してやる。いいな、分かったな」


 そう念を押してくるシシン。


「お前はバカか? その二ムを取り返すのにヴィエッタを連れて来たんじゃねえかよ」


 と、言ってみるも……


「良く言うぜ。二ムちゃんを連れ出すだけならそれこそ旦那一人で余裕だろうによ。こっちの条件は変わらねえよ。明日の日の出に、大門の岩だ。もし遅れたらその時はヴィエッタを殺すことになるからな。いいな」


「おい、待てよ!」


 言った直後、シシンたちはまるで暗がりに溶け込むかのように音もなく消えていった。魔法を使ったのかとも思ったが、どうもあいつらは身体能力が飛びぬけているらしい。多分ただ素早く移動しただけなのだろう。


「くそがっ!」


 思わずそう吐き捨てた俺の後ろでは、オーユゥーン達が震えながら腰を抜かしてへたり込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ