第十七話 足らない言葉
「まあ、その、なんだ……。好きなようにしろって言ったのは俺だからな。ついてきたけりゃ勝手にすればいい。でも、俺らだって初心者なんだ。別に指導とかレクチャーとかはしねえからな。それでいいな」
「うん」
満面の笑みで頷くヴィエッタの表情は本当に幼く愛らしくて、とても男を虜にする娼婦とは思えない。
いや、こいつのこんな一面もまた、男を惹き付けるひとつの魅力なのかもしれないな。良くはわからんが、庇護欲を駆り立てられるとでも言えばいいのか、確かにこいつに頼まれれば全部飲んでしまいそうだ。
そう考えたら、こいつのいうことを聞いてしまったという現実に少しだけイラっとした。
そんな俺の顔を見て、不思議そうに小首をかしげるヴィエッタ。
まあ、もう放っておけばいいやと顔を背けたところへ、あの3人組が現れた。
「仲が良さそうで宜しいですわね、お兄様」
「別に仲良くしてたわけじゃねえけどな」
「めっちゃ仲良さそうだったよお兄さん!」
「誰が見てもくそお兄ちゃんたちラヴラヴだったよぉー。恋人だよ恋人!」
「はぁ?」
何を言ってやがるのかこいつらは。ただ階段に座って話してただけだろうが。勘違いというか、名誉毀損甚だしすぎる。
当のもう一人のヴィエッタも、良くわからないと言った体でやはり首を傾げていた。
「はあ、まあいいや。で、何の用だよ? ここから移動する算段でもついたってのか?」
俺の言葉に、今度はオーユゥーンたちがしかめっ面に変わる。まあ、八方塞がりだってのはわかっていたけど、そういうことなんだろうな。
案の定なことをオーユゥーンは言った。
「もう逃げ場はありませんわ。私たちには帰る場所はあの娼館しかありませんでしたもの」
「そうかよ、そりゃあ悪かったな、ぶっ壊しちまって」
「い、いえ、それはもう良いのですけれど」
咄嗟のこととはいえ、重力魔法なんてものをぶっ放してあの建物を全壊しちまったからな、流石にまずいことをしたと俺だって反省はしているんだ。
「だがまああれだ、お前らが病気の仲間を囲うためにあの寂れた娼館で暮らしていたってのはなんとなく分かる。だけど、ありゃあなんだ? くそムカつく聖騎士の連中もそうだけど、あの気持ち悪い怪物はいったいなんだ? なにか奴等に狙われる理由でもあるのか?」
それを聞いた三人は顔を見合わせてから答えた。
「実際のところはわかりませんの。でも、聖騎士の方達にはもともと目をつけられておりましたのよ」
「なにかやらかしたのかよ」
「いいえ、その逆ですわね。あの聖騎士の方々は本当に横暴で、私たちだけではなく、町中で色々な問題を起こしておりましたの。急に暴力を振るわれたりですとか、店の物を勝手に持っていってしまったりですとか。私たちも強姦されたのは一人や二人じゃききませんわ」
「ひでえな、そりゃ」
いくら商売女だといってもそれは無茶苦茶だ。そもそもやってることは全部犯罪だ。なんで野放しになっているのか全く理解できん。
その答えのようなことをオーユゥーンが口にした。
「ええ、でもこの町では彼らには逆らえませんの。流れの盗賊や、モンスター、それに隣国のギード公国からの奇襲の際は彼らが矢面に立つことになっておりますので。彼らは私たちの命の保証を盾にここでやりたい放題ですのよ」
「つまり連中がここの『警察兼裁判官兼軍隊』ってわけか。そいつらが犯罪してりゃ世話ねえな。呆れてなにも言えねえよ」
俺の言葉に少し思案してから頷くオーユゥーン達。警察とかがなんのことか分からなかったのかもしれねえな。
警察や軍の不正はいつだってどこだって起きるってことくらい分かりすぎるくらいに分かる。
特に軍とかいうところに所属している連中と来たら、その行いたるや目を瞑りたくなること山のごとしだ。
直近の大きな不祥事で言えば、ガリウム星系戦争だろうか。
銀河連邦からの独立を掲げたガリウム星系の120の惑星・衛星に対し、連邦軍のマゼラン方面軍の一個師団が開戦。鎮圧戦争に突入したわけだけど、開戦直後から不穏な噂が出ていると思ったら、開戦から4年目にして強硬突入した先行艦隊の連中が住民の虐殺・暴行を繰り返している事実が明らかになった。
最新鋭無人機による無差別殺戮の後に、揚陸部隊が突入し、標的にしたのが各地の退避所。女子供を狙ったその行為はまさに非人道的行為そのもので、非戦闘民の保護や捕虜の生命の保証などの宇宙戦争条約を甚だしく無視したものであった。
多くの軍人が住民を蹂躙し、反抗する者は誰彼構わずに殺戮。そしてその事実を4年間、連邦軍はひた隠しにし続けていた上、発覚後も現場では惑星住民を強殺し続けていたらしい。
とある惑星では全人口の9割が殺害され、生き残りも奴隷化していたなどとも言われているほどで、銀河連邦軍がいかに腐っているかを表しているとも言える。ちなみに、殺戮をされた側のガリウム解放軍に支持世論が集まって、他星系でも独立運動の兆しが見えはじめたこともあって、戦争は激化泥沼化。10年経った今でも尚戦争は継続しているはずだ。この戦争長期化をねらって、敢えて蛮行に及んだのじゃないかと思えるくらいにも、連邦軍部の行動は酷かった。
とにかく軍が絡んでいるというならろくなもんじゃないと俺は確信しているということなんだけども。
オーユゥーンは言葉を続ける。
「ですから私たちは彼らの言いなりに徹しておりましたのよ。何をされてもされるがままで、彼らに敵対しておりませんでしたもので、こうやって病の妹達を匿うこともできていたのですけれど……その代わり、彼らは本当になにもしてくれなくなりましたの」
「それで、お前らの仲間の娼婦が消えても連中は動かなかったわけだな。だからお前らがこそこそと事件を追ってたってわけか」
コクりと頷くオーユゥーン。
「ええ、そうですわ。今までは彼らの要求さえ飲み続ければ命までとられることはありませんでしたもので……ですが、今日のは……」
「完全にお前らを殺そうとしていたよな……というか、多分あの化け物に何かさせようって感じだったな……まあ、大体察しはつくが、マジで胸くそ悪い」
あいつらはあの化け物に女達を犯させて、それこそ化け物の子供でも産ませようって感じだった。
種族が違うのにそんなことが可能なのかどうかは置いておくとしても、病人達の身体を使おうとしていたことからも多分急成長可能な生き物なんだろう。身籠ったのはいいけどすぐに母体が死んでしまう可能性もあるわけだからな、ひょっとしたら、『ペイリュウム培養槽』と同じくらいの成長速度なのかもしれない。あれなら半日で受精卵を成体の牛にまで育てられるしな。
でもまあ、それを人に使おうとか考えてるというだけで虫酸が走るわけだけども。
「つまりお前らは、何もしていないのに連中に標的にされたってわけだ。マジでなんなんだ聖騎士は! 守りもしねえでやりたい放題で、これならいない方が何倍もマシだろうが」
「仰る通りですわね」
速攻で同意を示すオーユゥーン達。
「ですが、別にすべての聖騎士の方々が悪というわけではありませんの。以前赴任されたらした方々はそれこそ品行方正そのもので、逆に私達の方がお会いしていて恐縮しておりましたくらいですし。現教皇『アマルカン』様がトップに立たれてから、聖騎士は良い方が増えたのですけれど、逆に恩赦で素行の悪い連中も聖騎士として取り立てられた時期がありまして、今この町にいるのはそんな連中らしいですわね。まあ、私の周囲の聖騎士はだいたいくずばかりでしたけれど」
確かオーユゥーンは聖騎士に拉致監禁された過去があるんだったか。ひでぇはなしだ。
「ん? というか、『アマルカン』? アマルカンって、王都のアマルカン修道院のアマルカンか? アマルカンって人の名前だったのか?」
「そうですけれど……教皇様のお名前がアマルカン様で、アマルカン修道院は現教皇様が御即位なされてから作られた世界最大の修道院のことですわ。修道士、修道女、それに聖騎士や、治癒術士、薬士、神聖魔導士達の育成が主ですけれど、今は貴族の子弟も多く通われていると聞いたことがありますわね。でも一般人は立ち入ることも出来ない聖地だとも聞いておりますわ。お兄様はご用がございますの?」
「まあ、ちょっと頼まれ事をしているだけなんだけど……」
俺は宿の鞄にしまったままの赤い刀身のダガーのことを思い出していた。
フィアンナに頼まれて、まあ次いでだからと気軽に引き受けちまったが、そんな聖地とか呼ばれてる凄いとこだったなんて微塵も知らなかった。
これはめっちゃ行きたくなくなってきた。
「紋次郎……王都に行くの?」
「ん? ああ」
不意にヴィエッタにそう聞かれ頷くも、そういやこいつ俺たちに付いてきたいとか言ってたことを思い出す。
きっとついて来たいんだろうが、今はそれどころじゃねえ。
「どっちにしてもだ、ここから逃げねえ限りはどこにも行けやしねえよ。ったくこっちは時間がないってのに、こんな面倒なことになりやがって……」
「時間がないって、どういうことですの?」
オーユゥーンにそう聞かれ、俺は即答。
「明日の日暮れまでにヴィエッタを奴隷商人のところへ連れていかなきゃなんねえんだよ。ったく、せっかくヴィエッタをこうやって連れ出せたってのに、これじゃあ何時まで経ってもつれていけやしねえ」
「「「「え?」」」」
その場の女が全員固まった。
そしてしばらく顔を見合わせたあとで、再びオーユゥーンが口を開く。
「あ、あの。連れていくとはどういうことですの?」
「んあ? 連れていくって……そのまんまだよ。俺のつれ達が奴隷商人に捕まっちまっててな、奴等を解放する条件として、ヴィエッタを奴隷商人に引き渡す必要があるんだよ。」
「お、お兄様……それではヴィエッタさんは……」
色々訊かれ面倒に思えてきたところだったのだが、とりあえずヴィエッタをあのくそ忌々しい商人に『一旦は』引き渡す必要があるんだ……と、言いかけたその時、唐突に俺の背後にいたヴィエッタが叫んだ。
「嘘つき! 紋次郎の嘘つき! 私を冒険者にしてくれるって、私と一緒に冒険してくれるって言ったじゃない!」
「おい、なんだよ急に……」
振り向いて見れば、その相貌から止めどなく涙をながし続けながら俺を睨むヴィエッタの姿。別に長く一緒にいたわけではないが、こいつのぽわぽわした今までの感じとは全く別のその印象に俺は戸惑う。
こいつはなんで急にこんな風になっちまってんだ?
別に誰も一緒に付いてきちゃだめだとか言ってねえだろうが。
ヴィエッタは肩を震わせたままでぎゅっと目を瞑って俺へと叫んだ。
「紋次郎の嘘つきっ! ばかーーーーっ!」
あまりの大声に後ずさった俺の脇をすり抜けるように階段をかけ上がるヴィエッタ。そして彼女は階上の扉を開け放って外へと飛び出してしまった。
「あ、いけないっ! 今外に飛び出したらダメだよ!」
シオンがそんなことを言いながら追いかける。
俺も慌てて身を起こしてその後を追うも、なんで急にヴィエッタが逃げ出したのか本当に理解できなかった。
そんな俺にオーユゥーンが並ぶ。
「お兄様、なぜあんなひどいことをおっしゃったのですか!?」
「ひどい?」
オーユゥーンが語気も荒くそんなことを言ってくる。正直そんなことを言われる筋合いはないし、身に覚えもない。
「何がひどいってんだよ。別にただヴィエッタを奴隷商人のところに連れていくだけじゃねえか。そもそもそうしないと、捕まっちまった奴に掛けられた『死の契約』が解除されねえんだから」
「そう……ですの? で、ではお兄様はヴィエッタさんを売り飛ばそうとかそういうことは……」
「はあっ!? するわけねえだろうがそんなこと! そもそも人を売り買いしているのにムカついたから、わざわざこんなしちめんどくさい誘拐紛いなことしてんだからよ」
正直あの奴隷商人がもっとあの場で理不尽なことを宣っていれば……まあ、奴隷娼婦を買ってこいという時点で相当に理不尽なわけだが、身ぐるみ穿こうとしたり、殺そうとしたりしてくれば、それこそあの場で適当な魔法とニムのワンパンで事を納める(?)ことも十分可能であったのだ。
でも、あそこまで言いように言われて心底ムカついたし、あの連中のやってること自体が胸くそ悪すぎたもんで、ぐうの音もでない状態で折檻してやろうってことで、わざわざヴィエッタゲットに走ったのだし。
それで順当にヴィエッタを連れ出すことにも成功したから、さあ後はあいつらを……
と思っていたところにこのイレギュラーの数々だ。
本当にツイテナイどころの騒ぎじゃない。もはや不幸のどん底だ。
しかもヴィエッタも逃げ出すし。
そんな思考に嵌まった俺に再びオーユゥーン。
「では、お兄様はヴィエッタさんにそのことをお伝えなさっておられるのですね?」
「はあ? あたりまえだ……ろ……? あ、あれ?」
えーっと、娼館でヴィエッタに会ったよな……、で、あいつに一緒に行きたいか聞いて、行きたいって言うから連れ出して、そんで……
あ、あれ? 俺あいつに、ニムと鼠人助けるのに一緒に奴隷商館まで来てくれって、頼んだっけ?
頼んで……
「あ、俺、ヴィエッタに一緒に奴隷商館に来てくれって頼んでねえわ」
「はいぃっ? お、お兄様?」
すっとんきょうな声を上げるオーユゥーン。これはあれだ、全部俺が悪いって奴だな。
「それではヴィエッタさんが逃げ出して当たり前ですわ。さっきのお兄様の仰り様でしたら、ヴィエッタさんを捨てると言っているのと変わりませんでしたもの」
「そ、そう……なのか?」
いや、ヤバイ。
うん、ヤバイ。
完全に俺がアウトだわ。
俺は単純にあのクソ奴隷商人に一泡ふかせることだけが目的だったわけで、別にヴィエッタに酷いことをしようなんて微塵も思っていなかった。むしろ、不遇なあいつが一人立ちしたいってならそれを手伝ってやりたいってくらいには考えていたんだ、これ本当。
なのに、この様か……ちゃんと話しておいたつもりだったのに。
いや、あいつも悪い。あのくそアマ、初対面の俺に五体投地で従いやがったし、あれのせいで俺の考えは全部伝わってると思い込んじまった、くそ。
いや、やっぱり俺が悪いな。
思い込んでたのは俺だ。
結果としてヴィエッタが逃げ出すきっかけを作っちまったんだから。
「くそったれ! とにかくヴィエッタを……」
隠れ家そばの闇夜の路地をまっすぐに走る俺とオーユゥーン達3人。
狭い路地とはいえ一本道。姿は見えないがヴィエッタが逃げるとしたらこっちの方向しかありえない。
とにかく急いで追い付かなければ、メインストリートにでも出ようものなら、すぐに聖騎士に見つかっちまうだろう。
そう思った時だった。
「『消失結界』‼」
「な、なんだ?」
上方から女の声で魔法詠唱が行われた。それが意味するところを俺はすぐに察して、近くの柱に身を隠す。
「お前ら、すぐに攻撃されるぞ! 身を隠せ!」
「え?」
理解できないといった感じのオーユゥーン達がもたもたしているそこへ、その矢は放たれた。
「ちぃっ! 伏せろ!」
俺は一番手前にいたマコを突き飛ばすような形で押し倒す。それに倣ってではないが、シオンとオーユゥーンも咄嗟に身を翻した。それで間に合った。
放たれた矢は轟音を響かせてさっきまで彼女たちが居た地面に衝突し爆裂する。
明らかに威力強化されたそれだった。
「くそお兄ちゃん? どうなってんの?」
「んなの狙われているに決まってんだろうが。おら、こっちへ来い!」
「あん、乱暴だよぅ」
呑気にそんなことを言っているマコの首根っこを引っ張って俺は先ほどの柱の陰に身を隠す。オーユゥーン達の塀の陰に身を寄せた。
やつら、完全に俺の魔法を警戒して攻めてきやがったな。
『消失結界』なんて、本来は出合い頭でしようするような魔法じゃない。結界の有効範囲は非常に狭く、しかもマナを強制停止させる関係上、消費魔力は馬鹿みたいに高いのだ。これの使い道は負性魔法を受けてしまった際に、それを打ち消し、かつ強化させて逆転を目指すために使用されるのだ。
もっとも、さっき俺が精霊をふんじばるために使いもしたわけで、まったく別の用途がないわけでもないけど、いきなりはない。
つまり、奴らは俺が魔法を使うことを知っている……そして、こうやってヴィエッタを追いかけていることも理解している相手ってこと……
「あの黒ずくめの連中かよ。くそがっ!」
「クソお兄ちゃんがクソって言っちゃだめじゃない? なに? 知ってる人なの?」
「ああ、まあ、多分あいつらだろうよ」
俺とヴィエッタのことを知っていて、ずっと追いかけ続けている一人は強化弓使いの4人組とくれば……
俺はその可能性と現実味の高さからもうあの連中に間違いないと確信をもって、暗がりに向かって叫んだ。
「いい加減にしろよお前ら。いったい俺らに何の恨みがあるってんだよ。なあ、『シシン』‼」
暗がりで四つの影がのそりと動いた。




