第二話 パーティメンバー
「お願いです‼ お願いですからモンジローさんを助けてください‼」
ギルドカウンターでそう叫んでいるのは青い聖職者ローブを纏った青髪の少女、俺と同じパーティメンバーの治癒術士の『フィアンナ』だった。
広いギルド内部は薄暗いが十分大勢の人の姿が確認できる。皆今日の仕事を終え、こなした仕事の報酬の清算に訪れた連中ばかりだと思えた。みんな手に手に大きな荷物を抱えており、その中身が拾得した様々な依頼物であることが容易に想像できたから。
そんな大勢は叫ぶ青髪のフィアンナに注目していて、怒鳴ろうとしていた俺に視線を向けるものは全くいなかった。それだけフィアンナの剣幕は凄かった。
「お、おい……フィアンナ。もう諦めよう。あんな化け物が相手じゃもう助けるなんて無理だ」
「そ、そうですわ! あの時はもうああするしかなかったではありませんか。あのままでは私達も襲われていましたわ」
そんなフィアンナの後ろでオタオタと声を掛ける金髪の二人組、見習い騎士の『アルベルト・カーマイン』と初級魔法使いの『セシリア・エスペランサ』。
二人は及び腰でどうやらフィアンナを説得しにかかっているようにも見える……
「何を言っているんですか‼ モンジローさんは私たちを逃がすために、あえてあそこで踏み留まってくれたんですよ! そのおかげでこうやって街まで帰ってこれたんじゃないですか!」
ん?
「い、いやフィアンナ。彼は実力が乏しくて逃げられなかっただけじゃないか」
「何を言っているのですかアルベルトさん。あなたがフォレストライノを襲おうとした時に止めるように進言したのはモンジローさんじゃないですか! 彼は危険だってわかってたんです! 分かってたからこそあそこで殿を引き受けてくれたんです!」
んんん?
「そう仰られても、もし彼が自発的に残ったとしてもそれは彼の勝手な判断でしょう? 仮にも相手は巨大なあのフォレストライノ。まともに戦おうなんて普通は無理……」
「だからですよ! セシリアさん! 彼はだからたった一人で残ったんです! 全滅しないために……あの強敵に立ち向かってしまったんです! 私は……私たちは……彼に助けられたんですっ‼」
んんんんん????
見回してみれば、涙を流してくしゃくしゃに綺麗な顔を歪めたフィアンナと、絶句して何も喋れなくなった多くの冒険者達。
と、となりのニムが俺の脇腹をつんつんと指でつついてきた。
「だそうですよ?」
「う、うるせいよ」
何にやついてんだよ、このポンコツが。
しかし……
そうか、そうだったのか……
な、なんてこった。
俺、俺は……
「俺は皆を助けるために戦っていたのか!」
「いや、絶対違うと思いますけど、それでいいならいいんじゃないすか?」
うん、そうだ。そうなのだ!
俺はいつだってみんなのことを考えてきた。例えどんなに疲れた時でも、いつだってパーティの全員のことを考えていた。
雨の日だって風の日だって、レベルが上がらないのを申し訳ないと思いつつ、みんなの荷物を率先して持った。
魔法を使うフィアンナとセシリアには精神的な疲労を減らしてやろうって意味も込めて夜営の時は俺が一人見張りを替わってみんなを寝かせてやった。
それにいけすかなかったけど、アルベルトの奴にだって、奴が剣を振りまくれるように周りから来る敵に対して壁役になってやっていた。
そう……毎日毎日毎日毎日……
あ、あれ? 何でだろう……涙が……
いやいやいや、そうなのだ。俺は皆を助けたかったのだ。うんそうだ!
「フィアンナッ‼」
「え? ええ? も、モンジローさん? どうしてここに?」
俺はつかつかつかとフィアンナに向かって行進してすちゃっと手を上げながら微笑みかけた。
「はっはっはー。心配をかけて悪かったね。俺はこの通り無事さ。なんともないよ」
本当に悪かった。ここまで俺のことを心配してくれるなんて、なんて素敵な女性なんだ、君は!
よく見れば、瞳はすごく透き通っていて淀みが全然なくてキラキラしてるし、その立ち姿は、なんというか、すごく小柄で控えめな感じの幼い体型だけど、どことなく気品というか神聖感というか、安らぎを与えてくれるかのような優しいオーラが溢れている……ような気がする。
「今まで君の優しさに気がつかなくて本当にごめん。うん、俺の目は節穴だったよ」
「ええ? ど、どゆこと?」
若干仰け反った感じのフィアンナがポツリと呟いたことで、うんちょっと急ぎすぎたなと反省した俺はアルベルトとセシリアに向き直って笑顔で手を差し出した。
「アルベルト、遅くなって悪かった。俺も無事に帰還したよ! 心配かけたな! リーダー!」
「え、ああ……?」
なんというかアルベルト達の顔がひきつっているようにも思えるけど、ま、気のせいだよな。なにしろ俺はお前らを助けた英雄だからな! まあ、そんなに緊張しなくても大丈夫だって!
と、俺は気軽な感じでアルベルトの肩をポンと叩いたその瞬間、奴が俺の手を振りほどいて突き飛ばしてきた。
結構な勢いで床に転がったせいでかなり尻が痛い。
「ふ……ふざけてるのか! なんでここにいるんだ!」
口を歪めて俺にそんな言葉を吐いてきやがるし。いったいこいつは何を怒ってやがるんだ? そもそも怒りたいのは俺だったはずなんだが……なんで今俺怒ってないんだろう? うーむ。
まあ、何をイライラしてんのかは分からないけど説明はしてやった方がいいだろう。まずはビタミン採った方がいいぞ。
俺はとりあえず立ち上がって尻をはたきながら教えてやった。
「なんでって、そりゃ倒したからに決まってんだろうが?」
「倒したって何をだ!」
「あの場で倒したって言ったら、フォレストライノに決まってんだろ? バカなのか?」
言った途端に静まり返ってしまったギルド内。
あれ? 大勢いるはずなのになんで誰も口を開かねえんだよ……モンスターなんだから倒すくらい当たり前のことだろうが。なんか俺変なこと言ったか……?
と、そんなことを思っていたら、突然ギルドの建物全体が震えるほどの大爆笑が巻き上がった。
「ぶはははははははは、倒した、倒しちまったってのか! フォレストライノを? いや、こりゃ参った」
「レベル1のお前がか、こりゃ傑作だ! いやー、ようやく狩れたか、新人のお前も」
「すげーなお前、お前みたいな駆け出しがよくやったよ」
「いやいやいや笑うのはよくねえって、みんなこうやって大きく成長していくんだよ。ぶあははははは」
「もうやめて、お腹が捩れる……」
「げははははは、そしたら俺も教えてやるぜ! 実はさっき魔王を倒してきたとこだよ」
「おお! 俺なんか龍神ぶっ殺してきたんだぜ、いやー大変だったわ、いーひっひっひっひ」
周囲一面でゲラゲラ笑う冒険者達。加えてギルド受付の美人職員も笑いだしてるし。
おお、こいつらスゲーな。魔王とか龍神狩れる奴がいたのか、この街に。
それならこんな反応も当たり前だよな。
あんなでかいだけのただの獣のモンスターを倒したくらいじゃ誰も誉めてくれねえってことだな。これは俺ももっと精進しなくては。
「ご主人、今かなりいい感じで勘違いしてるっぽいですけど、ワッチはそういうご主人大好きですよ」
「ふぁっ!?」
や、やめてよ。急に好きとか言うの!
ちょっとドキッとしちゃうでしょ! っていうか、しちゃった。うん。ドキドキ。
みんなに認められた感じに、なんだかとっても嬉しくなっちまたもんで、またもや抱きついてくるニムをそのままにしてアルベルトを振り返った。うんなんだかとっても気分が良い。
すると…
「ふ……ふざけるなっ! なぜそんな嘘を吐く? レベル1のお前があれを……あんなデカい化け物を倒せるわけ……」
そこに居たのはこめかみに青筋を立てて睨んできているアルベルトの顔。
あ、れ? なんでこいつ怒ってんだ?
隣を見れば、セシリアが心配そうな顔でおろおろとアルベルトを見つめているし。いったいなんだよ。
「まあまあカーマインのお坊ちゃん。そんなに怒るもんじゃねえよ。仲間が生きて帰ってきたんだから良かったじゃねえか」
「がはは……そうだぜ。それにフォレストライノだってピンキリだからな。ひょっとしてすげえ弱いやつだったんじゃねえか?」
おっさん冒険者達がアルベルトの肩を叩きながらそんな軽口を言う。
うん、やっぱりそうだよな。あのモンスターはきっとスゲー弱かったんだ。うんうん。
と、納得していたら、目の前の冒険者たちが今度はアルベルトを取り囲みだした。
「アルベルトさんよぉ。あんたとんでもねえ怪物が出たとかって言ってたけど、実は嘘だったんだろう?」
「な、なに?」
「おお! そうだそうだ。さっきは相当大げさに話盛ってた感じだったしな。自分が逃げ出したのをごまかそうと思ってあんな出まかせかましたんだろう」
「ば、バカな……なんで僕がそんなことを……」
「そりゃ、そこのエスペランサ家の嬢ちゃんと結婚するのに、見え張りたかったからだろう? 逃げ出したなんて領主の跡取り婿としちゃぁ、情けなさすぎるもんな!」
「ぶ、無礼な! 私達に対しての非礼のみならず、家名まで侮辱するとは! そこに直りなさい!」
「おお、おお、怖え怖え! げはは……」
散々言われて真っ青になったアルベルト。仕舞にはセシリアまでもが激高しちまったし。
うーん、いったいなんでこんなことになったんだ?
そもそもエスペランサ家ってそんなに有名なのか? ん? 領主? というか何? アルベルトとセシリアって結婚予定だったの? 初耳なんだが……
そういや野営の時なにやらアルベルトとセシリアの二人がごそごそと……
って、まさかあれか!? あれだったのか!? 婚前交渉……とか‼
いったいなにやってんたんだよ、超気になるぅ……
なんで誰も教えてくれなかったんだよ、俺ずっと一緒に冒険してたはずなのに、ズーン……やばい、鬱々としてきた。
「なんかワッチら完全な蚊帳の外でやんすね」
「そ、そうだな」
二ムにそう言われて俺もうなずくしかないわけだが、いい加減もう宿に帰りたかった。
でもなんか今それを言い出していい感じの空気じゃないし……。
そんなことを思っていたら、囲んでいたたくさんの冒険者を掻き分けてアルベルトの奴が俺の目の前にずんずんと歩み寄ってきた。
そして、俺を睨んで宣言する。
「モンジロー、お前はクビにする!」
「はあ?」
今何を言ったんだこいつ? えーと、クビ……クビか……え!? クビってクビのことか!
ワタワタと思いを巡らせていたところへ、アルベルトが俺をびしぃっと指差して続けた。
「聞こえなかったのか? モンジローお前はもうウチのパーティには必要ない。もう関わらないでくれ!」
「お、おい、アルベルト。そりゃいくらなんでも急すぎる。俺だっていきなりそう言われてもマジで困るんだが……」
主に、主に主に現金面で!
「う、煩い! お前みたいな役立たずは……もううんざりなんだよ! 分かったらさっさと出ていってくれ!」
いつもの冷静なイケメンマスクは何処へやら。長い金髪を振り乱して何かに取り付かれたかのような虚ろな瞳で俺を睨んだアルベルトはもう俺の話を一切聞く気はないようだ。
これはもう仕方ないか……
俺もこいつは苦手だった。苦手だったけど、まだ一緒に居られるレベルだと思っていた。でもこれはもう駄目なやつだ。
初めて組んだパーティだったし、ここまで短くも長い冒険を超えてきた仲間でもあるし、そう簡単に割り切れないのだが、あくまでリーダーの意向だ。従うしかあるまい。
だがその前にやるべきことがあった。だから俺はアルベルトに向き直る。
そして正面に立って、再び彼に向かって右手をスッと差し出した。
「な、なんだ……」
警戒した様子でオドオドとした態度になるアルベルト。
怯えた瞳の彼に俺が言うのは一言だけだ。
「今日の仕事の分け前をくれ」