第十六話 お願いだーりん
さて、困った……
いや、マジでどうしよう……
こんなにたくさんの娼婦をマジで!
俺の目の前にはなんと35名の娼婦御一行様が。当然その中にはヴィエッタもいるのだが、オーユゥーン、シオン、マコの3人組や、さっき病気から回復した連中も全員いて、本当にとんでもない大所帯だ。
というか、さっきまで瀕死でほぼ裸体に近い格好だった連中がやはり着替えもできるわけもなくて、なんというか……
なにが困るって、目のやり場に本当に困る‼
「紋次郎?」
「ひゃいっ!」
急に声をかけられて振り向けば、ヴィエッタが俺の直近に立っていた。っていうか、お前も近いんだよ!
「紋次郎、これからどうするの?」
そんなことを聞いてきやがるし。
どうするのって、そんなの本当にどうすればいいんだよ!
「俺が聞きたいくらいなんだけどな……でもまあ、いつまでもここに居るわけにもいかねえだろう」
「そう……なの?」
本当に良くわからないといった感じで首を傾げるヴィエッタ。ずっと箱入りで娼婦を続けてたこいつに、サヴァイブを求めるのはやはり酷だよな。
でも、この人数……うーむ。
俺は再び目の前の女子高の一クラスくらいの人数の女どもを見回して頭を抱えた。
確かにさっさと逃げるぞって言ったのは俺だよ? でもまさか全員俺に付いてきちゃうとは……これは想定外すぎた。みんなもっと散り散りになって逃げようぜ。
こんなに大人数じゃちょっとの移動もマジで大変だ。足の早い遅いもそうだが、集団で動けばその気配たるや到底隠せるものではないし。仮に今が昼ならまだ人通りも多いからその人の並みに少しずつ隠れるように移動していけば逃げることもできそうだけど、今は深夜。
こんな夜更けじゃ、集団だろうが一人だろうが、女が歩いていて目立たないはずがない。
というか、もう人通り自体がほとんどないのだ。普通に売春婦を装わせて、というか、売春でもなんでもいいから普通に男を引っ掻けてでも逃がせられればいいけど、聖騎士とあの訳のわからない連中に追われている身の上だ。上手くいくとは到底思えないし。
さて……
本気でどうしようか悩んでいる俺が今いる場所は、とある廃屋である。
大勢の半裸の娼婦を引き連れてそうそう長い距離を移動できるわけもなく、とりあえず近くのオーユゥーン達の隠れ家へと退避したのだ。
一応廃屋とはいっても結構広めな地下室もあって、大人数ではあるけど静かにしていれば隠れることには支障はなさそうではあるが……
やはりこのままってわけにはいかねえだろうなぁ、はぁ。
女たちはみんなで身を寄せ合って震えているが、恐慌状態に陥っているわけでもない。
オーユゥーン達は出入り口の辺りを警戒しているようでこの地下室にはいない。
そして俺は、そんな女たちを見下ろせる階段の踊り場に腰を下ろしていて、隣にはヴィエッタがまるで飼い猫のように纏わりついていた。
普段なら二ムにしているように、離れろ鬱陶しいと怒鳴るところだけど、今は状況が状況なだけにそれをする気も起きなかった。
ふと頬に何やら温かさを感じてそっちを向いてみれば、そこにあったのはドアップのヴィエッタの顔。口と口が触れてしまいそうなくらいの近さに思わず俺は飛び退いた。
「な、なんで顔を近づけてんだよ!」
「あ……ごめんなさい。別になんでもないよ。ただ、紋次郎の顔をよく見たかっただけだよ」
「はぁ?」
きょとんとした感じでそんなことを宣うヴィエッタ。別に上気した感じにも見えないし、本当にただ俺を見ていただけの様だが……そもそもそんな風に見られること自体気持ち悪い。
「なんなんだよ」
「あ、えっと……紋次郎は本当に凄いな……って思って」
「俺が凄いわけねえだろ」
急に何を言い出すんだこいつは。
俺が凄い? そんなことあるわけない。多分魔法とか呪法をバンバンつかったからそんなことを言ったんだろうが、あんなのやり方知ってりゃ誰だって出来る。そもそも俺はレベル1の魔無しだ。この世界で頑張ってる連中からすれば俺のはただの裏技でしかなくて、実力じゃ到底敵わないんだ。
「ううん、紋次郎は凄いよ! 凄く強いし、でも、それだけじゃなくて、一生懸命で……みんなを助けようってしてるし……」
「そりゃあれだ、ただ流されてそうしてるだけだ。俺はさっさと全部を終わらせたいだけだ……」
「それに私を連れ出してくれたし」
「あん?」
目を逸らさずに俺をジッと見つめてくるヴィエッタの目は、真剣みを帯びている感じが確かにした。
今までこいつがどんな人生を送ってきたのか知らないし、どうせ碌なもんじゃなさそうだから知りたいとも思わないが、奴隷で無理矢理娼婦にされてた様だし逃げ出せたことは本当に嬉しいのかもしれないな。
だがそれを決めた俺じゃない。こいつだ。
あくまで俺は条件を提示したにすぎないんだから。
「ねえ、紋次郎……聞いて欲しいことがあるの」
「なんだよ」
「えっと……」
ヴィエッタは急に身を縮めて下を向く。
急に具合でも悪くなったのかと心配になって見てみれば、なんてことはない、頬を赤らめて薄く微笑んでいるし。別に体調とかではなさそうだな。
どことなくもじもじしながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「私ね? こんな風にあそこから出ることができるなんて本当に信じてなかったから、今までずっと考えないようにしてたんだけどね……実は、ずっと前から憧れてる『夢』があるの……」
「夢?」
「そう、夢」
穏やかな口調で静かに……でもしっかりとそう言った彼女は言ってから俺を見た。
「紋次郎にそれを聞いて欲しいの……ダメかな……?」
スッと流し目でそんなことを言ってくるヴィエッタ。その仕種に思わずドキリと反応してしまう。いや、やめろよそんな顔。流石は人気ナンバーワンの娼婦ってとこか。こんな俺でもクラクラしたぜ。
とりあえず、俺は顔を背けた。
「な、なんで俺が聞かなきゃなんねえんだよ。そんなの言いたきゃその辺にいる女どもにでも言えばいいだろ?」
「ううん。私は紋次郎に聞いてもらいたいの。だって紋次郎なら絶対聞いても笑わないって思うし」
「はあ? 笑うよ、超笑うよ、俺。ひっくり返って三遍周ってワンて吠えてから笑うまであるぞ」
「そんなこと絶対しないもん」
何を言ってんだこいつは? 俺のいったい何を知ってるって言うんだよ。なんで俺は笑わないって決めつけんだよ!
そもそも俺たちはついさっき会ったばっかだぞ?
俺がこいつを誘拐していろいろあって今に至ってるだけだ。なんでそんなに俺に要求できんだよ!
ヴィエッタを見てみれば、少し頬を膨らませてムッとした様子になってしまっている。そんなに俺に聞かせたいのかよ、こいつは……
ったくしょうがねえな。
「じゃあ、さっさと言えよ。間違いなく笑ってやるからそのつもりでな」
「え、あ、うん。あのね……私は……」
胸に手を当てたヴィエッタは再び俺を見つめながらその表情を真剣なものへと変えた。そして、大きく深呼吸をしてからスッと息を吐き出すようにそれを言った。
「私は……『冒険者』になりたいの!」
「なりゃあいいじゃねえか。そんなの勝手に」
「えっ?」
ヴィエッタは目をぱちくりとさせて俺を見て固まっていた。鳩が豆鉄砲くらうとか、まさにこの事だな。
何を言うのかと思えば、本当にどうでもいいことだった。そんなのなりたきゃ勝手になれってんだ。
「お前な……そもそも冒険者ってどんなもんか分かってんのか? あれだぞ? 冒険者なんて大層な肩書きだけど、結局は金目当てで依頼のままに危険に飛び込まざるをえないただのチャレンジャーだぞ? 上手くいけば金持ちだけど、へまをすればすぐにあの世行きだ。だからな、なろうって思えば誰だってなれんだよ。というか、ギルドに登録料を払いたくねえなら、モグリにはなっちまうけど今すぐに宣言すりゃそれで終わりだ。後は、依頼を受けて金を稼げばいいだけだ」
そう、冒険者なんてそんな程度の一山いくらの存在だ。生き残るのか死ぬのかもあやふやな仕事なんてそれこそ、本当に仕事に就けない役立たずの行き着く先と言ってもいいのかもしれない。
異世界人の俺がすんなりギルドに採用されたことから見たって、重要度の低さがうかがい知れるってもんだしな。
「ほら、やっぱり笑わなかった」
「はぁ?」
隣でヴィエッタが勝ち誇ったように俺を見つめて微笑んでいた。まあ、確かに笑いはしなかったけども……
「あのなぁ……今のは笑わなかったんじゃなくて、笑う必要すらない話ってだけであってだな……」
「ううん、違うの。本当にみんなは笑うの。奴隷が何をバカなこと言ってるんだ! って。今までね、仲の良くなった娘やお店の人、それに私を買ったお客さんにも言ったことがあるんだけどね、みんな本当に笑ったんだ。私には冒険者なんて無理だって……そんなくだらない夢は寝ているときだけにしろって。私には娼婦を続けるしか道がなかったの。だから紋次郎が笑わないで聞いてくれて本当に嬉しかった」
「…………」
確かに奴隷がそんなことを言い出せば、普通は笑うもんなのかもしれない。全ての自由がないこいつは今まで男の相手をするためだけに生かされてきたんだろう。そんな『道具』が自分から仕事をやめて、別の道に進みたいなどと……聞いた連中は確かに一笑に付すだろうな。
本当に胸くそ悪い話だが、隣でにこにこしているヴィエッタを見ていると、なんというか少し心を解されるような感じもしていた
「そうかよ……でも、なんで冒険者なんだ? 女の子なら、『お姫様』とか『お花屋さん』とかそういう夢の方が普通じゃないのか?」
「え? 女の子? 普通の? 私が?」
驚いた感じでそんな風に聞き返してくるヴィエッタ。
「んだよ、女の子に女の子って言って悪いってのか? お前は女じゃねえのかよ? じゃあ男か?」
「女! 女だよ、私は! あ、えと……違うの。今の私はもう普通じゃないって思ってたから。もう私はただの奴隷娼婦だって……」
「自分で思ってりゃそりゃあずっと奴隷娼婦のままに決まってるわな。お前自身が普通になろうって何も努力してねえんだしよ。でもまああれだ、お前の奴隷契約の呪いはもう消えてる。お前の雇い主との契約は残っているんだろうが、それだってもうお前次第でどうにか出来んだろ。おっと、逸れたな。で? なんで冒険者になんかなりてえんだよ?」
呆けた顔で俺を見ていたヴィエッタが、一度ぐしっと目を拭ってから笑顔で俺に向き直った。
変な顔しやがって。まさか俺の言葉で傷ついちゃったとかか? 俺そんな変なこと言った覚えはねえぞ、こんちくしょう。
「あの……あのね? 私のお父さんとお母さん、二人とも冒険者だったの。だから私も冒険者になりたいって思ったの」
「ふーん」
まあ、ありがちだろうな。親の職業に憧れてとか、ずっと嫌っていたけど結局は同じ道に進んだだとか、どこにだってそんな話は転がってるもんだ。
まあ、母親のことしか知らない俺には少し理解しがたいことではあるのだけども。
「でね、お母さんに聞いたんだ。この世界には信じられないような綺麗なところや、見たこともない宝物や、不思議な生き物とかがたくさんたくさんあるって。それでお母さんは世界を冒険して、それでお父さんに出会ったんだって。それを話してくれたときのお母さんがとっても嬉しそうで、綺麗で……私もそんなことしたいなって……」
「そうかよ……」
目をキラキラさせながら話すヴィエッタに俺はそれ以上言えなかった。思った以上にこいつが普通だったから。
母親がいて父親がいて、それでこいつは幸せな子供時代を持ってたわけだ。
それが今は奴隷娼婦か……
聞くまでもなく、胸くそ悪いストーリーが待っていることを俺は予感できたから。
そのあと、ヴィエッタは少しだけ表情を翳らせたが、特に何も言わずに俺へと言った。
「紋次郎は言ってくれたよね? お前の好きなようにしろって! でも……私本当にどうしていいのかわからない。どうやって冒険者になればいいのかも分からないし、どうやって冒険すればいいのかも」
「おいおい、本当にノープランなのかよ。それで冒険者とか良く言ったな」
本気で呆れてしまったが、ヴィエッタは薄く微笑んで俺に再び顔を近づけてきた。
そして、上目使いで見上げてきやがった。
これは何か嫌な予感しかしないが……
まあ、案の定なことをヴィエッタは口にしたわけだけどもな。
「だからお願い紋次郎。私も紋次郎と一緒に旅をさせて。それで冒険者のことを教えて。お願い」
しなを作るその立ち姿はでも……妖艶な娼婦のそれではなく、まだお転婆な少女のそれであったのだけれども。




