第十五話 とある狂信者
こんな時間になってしまいましたが、今日も更新です。
年末って本当に忙しいです、、、
「囲まれたって? 聖騎士か?」
「いえ、違いますわね。もっと手練れの……多分、先程お兄様たちを襲撃していた連中かと……」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「あ、私には盗賊系スキルの『感知』がありますので」
そんなことを言いながら、オーユゥーンはどこから持ち出したのか手にレイピアを握り緊迫感をその表情に張り付かせていた。
マコやシオン、それに他の娼婦達も慌てたようすで手に武器を持った状態で集まってきている。特に何か会話をしたわけでもなかろうに、ごく自然に戦闘体勢に移るこの連中に俺は半ば感心してしまった。
俺とヴィエッタはといえば、特に何もせずにそのままでいた。というより、何をどうしていいやらただ分からないでいただけなのであるが。
でもそうか、あの黒ずくめの連中か。
いったい連中が何者なのか分からないが、まっすぐ俺を狙ったところを見るただの追い剥ぎというわけでもなさそうだ。あれだけの身のこなしだ、相当にレベルも高そうだしな。
さっきはオーユゥーン達の機転があったから逃げおおせたが、この状態では、さて……
「なあオーユゥーン。敵は何人だ? で、どこにいる?」
「あ……はい。相手は……4人ですわ。一人はその戸のすぐ向こう側、それと、その窓の向こうにも。もう一人は裏口ですわね。最後の一人は少し離れてますけど、向かいの建物の2階にいますわ」
なるほど、四人か。なら、さっきの連中かもしれないな。
俺はすぐにヴィエッタに耳打ちして、必要なことを教えてもらう。
そして、すぐさまオーユゥーンとシオンの二人を呼び寄せて、そのままふたりの胸に手で触れた。
「お、お兄様?」「お兄さん、私達が可愛くて我慢出来ないのはわかるけど、今は違くない?」
驚いて目を見張っている二人。なんでちょっと喜んでる風なんだよ!
「ち、ちげーよバカっ! ちっとだけだから我慢してやがれ」
「そんな風に扱われると何かすごく嬉しく感じてしまいますわね」
「オーユゥーン姉と一緒にとか本当に嬉しいな!」
何をアホなこと言ってんだこいつらは。俺が何もなしにこんなことするわけねえじゃねえか。
別に揉んでるわけじゃあねえし、それに触れたのは最初だけで今は触ってもいないし。
そう、もうこの位置で十分だった。
俺の両の手からは確かにそれぞれの属性のマナが勢いよく流れ込んできているのだ。
ヴィエッタに聞いたのは例の光の精霊と闇の精霊がまだいるのかということ。そしてその場所を聞いた俺はその位置に手を伸ばしただけだ。やつらなんでよりによって女の胸の位置にいやがるんだよ。嫌がらせか?
まあいい。とにかくこれでこの『複合魔法』を放つことが出来る。
その時……
「お兄様! 来ますわ!」
オーユゥーンのその声に咄嗟に確認しようとするも、今それをすれば間に合わないことを悟り、俺はその呪文を完成させた。
「全員もっと俺に寄れ! いくぞ! 『超重力結界』‼」
練りに練った土・光・闇の3種類のマナが俺たちの周囲に超強力な重力場を発生させた。
キーンという甲高い振動音とともに周囲の空間が掠れるようにぶれ始める。
そして……
ドドン!
「ぐあっ!」「ぎゃっ!」「きゃっ!」
一瞬で俺たちの周囲に存在しているものすべてが地中へと没していく。それは先程石化した聖騎士や、そこにあった机や椅子、床や、建物、樹木、外壁や石畳にいたるまで、魔法効果範囲内の全てが押し潰されるようにみしみし音を立てて沈んでいった。
オーユゥーンの言ってた辺りから人の悲鳴みたいなのも聞こえたし、きちんと襲撃者の連中にも食らわせることが出来たようだ。
俺は今回石化の呪法を使うのを止めた。
呪いは対象をきちんと把握する必要があることと、つい今しがた使ってしまったことで対策を講じられている可能性が高かったから。
効果は確かに大きいが、咄嗟にはやはりつかいにくい。
そこでこの魔法だ。
今使ったのは文字通りの重力魔法。要は物体にかかる重力を増大させて押し潰す魔法で、それこそ、重力を数倍に膨れ上がらせることで、自身の体重を3倍にでも4倍にでも高めることが可能である。今の値はざっと100倍くらいの重力がかかっているか? 並の人間なら自分の重さに押し潰されて死ぬレベルだけど、どうかな? この世界の連中はよくも悪くもレベルによって頑丈になるから、実は大したことはないかもしれない。
実際にマナ供給さえしっかりしていれば、1000倍~10000倍の重力環境を産み出すことも可能のようだけど、俺が今利用したオーユゥーン達の精霊はそれほどのマナを有していないようで、そこまでの威力を作り出すことはできなかった。
まあ、それでも足止めくらいにはなるだろうとは思うが。
さて、時間もないな。
魔法の効果は長くはもたない。
俺はちょうど脱出に使えそうな破れた窓の辺りの魔法効果を弱めたこともあって、そこを指差して女どもに言った。
「ぐだぐだはもう聞かねえ。てめえらとっとと逃げるぞ!」
それだけ言って駆け出す俺とヴィエッタ。
振り返りはしなかったが、たくさんの足音が確かに俺たちを追いかけてきていた。
× × ×
「うう……や、やめて……」
「た、たすけて……」
「い、いやぁああ」
薄暗いその洞穴の奥深く、たくさんの篝火の炊かれたその空間で、そのおぞましい光景が繰り広げられていた。
黄ばんだ炎の明かりに照らされたその地に横たわるのは無数の女と、それに声もなく覆い被さる得たいの知れない怪物たち。
それは左右それぞれ三つの瞳をくるくる回転させる、老人のような大きな頭部をもった多腕の怪物たち。
声もなくその怪物は股間から伸ばした無数の触手によって、女達を蹂躙し続けている。
「うんうんうん」
そんな光景を大空洞に設えた祭壇の上から満足気に眺め見る一人の男の姿が。
青い法衣を纏った優しげな瞳に白い口髭をたくわえたその高齢の男は、一見して敬虔な神官のように見える。
優し気なその顔は慈しみに満ちた微笑みを浮かべていた。
彼は満足していた。
今目の前で行われている神聖な行為……生殖という、新たな生命を誕生させるその行為にあって、彼にとってはこの場はまさしく清廉な聖域であったのだ。
ここに連れてこられた多くの女性たちこそ、神の母となることが決まった存在。そんな彼女たちに祝福を心から送りつつ、彼は目の前で生まれ出でようとしているたくさんの『神のかけら』達を心待にしていた。
いや、すでに生まれ出でた存在もたくさんあった。
母胎を突き破り、麗しいその姿を晒し多くの『神子』達。彼らは慈悲深くも醜く滅びいったそれぞれの自分の母の身体を、綺麗に舐めとり咀嚼し飲み込んだ。
その姿は女達に覆い被さる異形の怪物と似て非なるもの……
その全身は人間の子供のそれのように艶やかな肌をしている。しかし、人に類似するのはそこまでであり、頭髪のない、ドクロのような皮ばかりの頭部には、白目のない真っ黒な黒水晶のような瞳が嵌め込まれていて、そのか肩からは左右それぞれ3本ずつ子供の手が生えている。そしてその下半身にはやはり短い足とたくさんの触手が。
なまじ件の怪物よりも人に近い部位が多いために、奇怪さが際立ち、見るものによっては激しい嫌悪感に蝕まれることなるはずであろう。
だが、その神官服の男は、その魔性の子供達をいとおしく眺め続けていた。
女達のすがり、懇願するかのようなその声と絶叫。それと、異形達が放つ独特な身体活動の音のみがその空間に木霊し続けるなか、その声が唐突にその神官の耳に届いた。
「彼女達の贖罪は順調の様でございますな、神父様」
「おお……! あなた様でございましたか」
暗がりから音もなくスッと現れ出たその影は、神父と呼びつつ神官衣の男に向かって笑みを浮かべた。
神父は、急いで振り返りつつ、腰を折って膝を着き、頭を垂れると同時に恭しく現れ出た男の手をとって、その甲にキスをした。
そして再び立ち上がると満足げに頷きながら眼前の光景を彼へと披露した。
「御覧くださいませ。今こうしてたくさんの『罪人』達が自らの行いを償うために、『神の化身』と聖なる契りを結んでおります。涙ながらに私に悔いた彼女達も、これで漸く罪を払って、なにひとつ咎められることなく神の御元へと旅行くことが出来ます。なにしろ彼女達は新たに生まれる神の母なる存在なのですから」
一点の曇りもない眼で彼は大声でそう言いきる。そして、目の前で絶望にその顔を歪めながら、新たな生命が誕生するまでひたすら犯され続けるだけの彼女達に向けて、慈愛の籠った視線を向けるのだ。
その様子を、現れ出た男は声こそ漏らさなかったが、明らかに愉悦からの笑みをその顔に浮かべた。
そして熱に浮かされたようになってしまっている神父へと語りかける。
「本当に素晴らしい行いでございます、神父様。あなた様の『姦通の罪』もこれで漸く払われるでしょう。なにしろ貴方様は、人を惑わす売女、娼婦達をもお救いになられているのですから。自らの手が汚れるのも省みずこうして救い続けている貴方様の行いを、きっと神は格別の慈愛を持って見守っているはずでございます」
「あ、ああ……あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
神父は途端にその両目から滝のように涙を溢れださせた。
彼は男のその言葉が何よりの自分への救いであると信じて疑うことはなかったから。
× × ×
神父はもともと敬虔な『神教』の……『カリギュリウム』の信徒であった。
『神教』とはこの大陸で信奉されている宗教の中でもっとも規模が大きく非常に強い影響力をもった宗教である。政治への介入も多いためか、国教としている国もたくさんあるほど。
偶像崇拝を廃したこの教えは、唯一神の教えを忠実に守ることで心の安寧を得、死後も神とともに愛を育むことを目指すとされている。
そんな中でも教えや考え方の相違から、いくつかの派閥、学派として分かれたもののひとつが、『カリギュリウム』である。
この学派は特に神の教えに従順であり、たくさんの戒律を自らに科すことで神の元に至るといった教義を旨としており、そんな彼らはいつでも慎ましく穏やかで理性的であることが求められた。
神を敬い、不義を断じ、悪を許さず、そして人々の罪を償う。
犯してしまった罪は決して晴れることはなく、ただ盲目的にその贖罪を求め続ける……そんな厳しい教えこそが彼を変えたのかも知れない……
彼は清廉だった。
齢五十を越えたころであっても敬虔なカリギュリウムの教えを守りつつ神の子であり続けた。
そんな彼はつねに地方の小さな教会へと左遷同然に派遣され続けた。教会内での色々な派閥争いがあり、ある派閥で清廉な彼を枢機卿へ推そうなどという声が出ていたことも承知していてなお、彼はそんな中央のいざこざ……神の名の元にあって尚揉めなくてはならないことを忌避し、彼は末端の一神父として人々の為に働き続ける道を選んだのだ。
そしてこの南部の小さな農村にやってきた。
寂れた教会、少ない村民、識字率も低いこのような村で難解なカリギュリウムの教えを説くのは容易なことではない。それでも彼はいつものように、神の教えを物語として人々に説き、村の問題を解決しながら、村人達の厚い信頼を得ていったのだ。
そういつものように……
そんな時だった。彼の前に『彼女』が現れたのは。
農夫の夫と幼い3人の子供を持つまだ20に満たないその女性は毎日の様に彼の元へと説法を聞きに通った。
彼女はこの村にあって類いまれな美しさを持った女性であり、土に汚れた作業着にエプロン姿であっても尚可憐であり、そんな彼女に対して心が弾んでいることを彼も自覚していた。
妻もめとらず、ただひたすらに神の僕であった彼も、今まで何度もこれと同じような感情を抱いていた。
そしてこれが、『情欲』や『恋慕』であることも十分に理解していた。
男である自分が、女である彼女へそのような情を抱いてしまうことはあり得ることである。と、だが、それは獣の話であり、神の信徒である自分はそれらの感情に惑わされることがあってはならない。
そもそも『神教』自体が不義を許すことはないのだ。夫のある女性に恋慕を抱くなど言語道断。
だが……
彼はある晩、彼女を抱いた。
彼の教会へと駆け込んだ彼女は、泣きながら彼に助けを求めた。彼女の夫が不倫をして彼女を裏切ったのだという。夫がしたという不倫の話を聞くにつれ、彼は怒りに全身を蝕まれたが、同時に目の前の彼女が憐れに思え、彼は彼女を慰め続けた。
そして……
彼は彼女に告白された。
一目見て好きになったのだと。愛してしまったのだと。
彼女の夫との愛は偽りのものだったのだと。あなたこそが私の本当に大事な存在なのだと。
神の信徒であった彼はいまだかつてこれほどの愛の告白を受けたことがなかった。そして同時に彼は純粋であったのだ。
目の前の彼女を救えるのは自分しかいない……と。彼女を愛しているこの感情こそ本物であるのだ……と。
そして彼と彼女は結ばれ……それから泥沼のようにまぐわい続ける日々が始まった。
深夜になれば二人で落ち合い、外だろうが、馬小屋だろうが、教会だろうが交わり続ける。
神父もはじめての女性の身体に夢中になってしまい、その行為の意味に目を向けることもできなくなっていた。
そんな逢瀬の日々は季節を二つ跨ぐ程度の期間で幕を閉じることとなる。
もともと狭い村である。二人がどのような関係であるかなど、すぐに村人には察することが出来たのだが……。
ある日、教会で二人で朝を迎えたところに、たくさんの人物が乱入しきてきた。
入ってきたのは村人ではない。
神教会の枢機卿の幾人かとたくさんの聖騎士達だった。 彼は姦通罪により捕縛……そのまま神父の職も取り上げられ、王都の修道院の地下牢獄へと投獄されたのだ。
神の信徒としての約定を違えてしまった彼は心から懺悔し全てを告白。全て自分が悪いのだと、彼女に罪はないのだとそう嘆願した上で、度重なる拷問に耐え続けることとなるも、彼を助けたいというたくさんの教会内の声により彼はおよそ3ヶ月で牢から出ることとなった。
彼は許されざる罪を犯した。そしてその対価として今まで築き守り続けてきた聖職者としての全てを失った。
だが、それを彼はそれを受け入れていた。
どんなに言い繕ったとしても自分の行いを神は常に見続けている。それは言い逃れのしようのできない事実。だからこそ、神にさらしてしまった自分の弱さを今さらにどうすることも出来ないと思い至ることができたのだ。
これから先は静かに神の教えを守りつつ少しでも人の役に立つことをしながら余生を生きよう。
そこまで想い、彼は進もうとしていた。
今回、彼がもう少し神教会内の事情に意識を向けていればこんなことにはならなかったのかもしれなかった。
神教会内部にあって、カリスマ的な人気のある彼のことを推す者は多く、時期枢機卿、いや、教皇へと進むべきであると考える者は非常に多かったのだ。だが、彼自身、清貧を至上と考えていたが為に、そのような声の全てを意に介していなかったのだ。
だが、対抗馬と目された人々はそうではなかった。
人気のある彼は目の上のたん瘤でしかなく、どんなに地方へ追いやろうとも決して衰えることのない彼への推挙の声に、ついに行動に移ったのだ。
彼の赴任先の村にあって、もっとも美しいとされた女性とその夫に、彼を弄落するように多額の金を積んで買収。そして、機会を窺い彼女を彼へとけしかけたのである。
これが間違う事なき事実なのであるが、そうとは知らない彼は、もはや会うべきではないと思いつつも、恋い焦がれたその女性をもう一目だけ見ようと、知人から教えられた彼女の新たな住居へとこっそりと向かってしまった。
街道に面した大きな街のなかにあって、一等地とも呼べる高台の新しい煉瓦作りの家。貴族の別荘と言ってもおかしくない程度のその家の前に来たとき、窓辺で語らう彼女と彼女の農夫の夫が会話しているのを、彼はたまたま聞いてしまう。
そしてそこで彼は知ってしまう。
彼女と彼女の夫が共謀して彼を陥れたという事実を。
彼女は、神父の彼に申し訳ないことをしたと言いつつも、笑顔で夫を抱き締めその口を吸っていた。
それを見たとき、沸き上がる凄まじいまでの激しい感情に彼は全身を貫かれた。
それを普通の人であれば、すぐに『怒り』であることをわかったのだろうが、人生の全てを神に捧げ戒め続けてきた彼は理解にたどり着けない。
だが、理解できないまま、その沸き上がった明らかな『殺意』をもって行動しようとしたその時、彼はこの『神の使い』に出会ったのだ。
× × ×
「貴公のおかげで私は救われました。あの時、あなた様にお止め頂かなければきっと私は信ずる神の名を汚していたことでしょう」
「なに、そうではありませんよ。神は敬虔な信徒である貴方を決してお見捨てになどならないということです。現に崇高なる神はこうして再びあなた様の前に試練をお使わしになられた。そして貴方はそれに応えるべく善行を積まれている。これ以上の功徳はありませんよ」
「いえ……私は自分がかつて犯してしまった罪を拭い続けているにすいません。大いなる神のお心を推し量るような畏れ多いことをしようなどとはおもいません。私はただ、私が行うべき救済を進めるだけです」
「結構ですな。神の奇跡はきっとこの世界を清めてくださることでしょう。かつて貴方を弄んだあの女性のように……きっと神は全ての不浄をお許しになられることでしょう。そしてその魂を安寧の地へとお導きくださるのです」
「おお……まさしく、まさしくその通りでございます。不義を働いた者達の悲しき魂を救済こそ、神の僕としての指命でございます。彼女の魂もきっと、『神の体内』で許され安らかにいるはず。この『奇跡』をより多くの不幸な者達へともたらして差し上げなくては……」
「大丈夫です。神はそのための御使いをこんなにもたくさん地上へと降誕なさいました。この世の不義・不浄を喰らいそして、『神の御子』を誕生させることこそが偉大なる神のお心……我々はただそれに報いることを考えればよいのです」
「然り……この美しい奇跡を世界中へと届けなければ……」
再び犯され続ける女達へとその目を向けた神父は恍惚とした表情に変わっていた。
彼を貶めたあの女性とその夫は、彼が復讐を遂げる前にこの異形の怪物によって犯され、喰われ、そして息絶えた。
彼が怒りに身を任せようとしたあの時、この目の前の男に彼はその行動を止められ、そして男の言葉を聞いて復讐を思い直したのだ。
『神は決して不条理をお許しにはならない』
と……
この男があの時に言ったその言葉。その直後、光とともに現れ出たこの異形の存在……
彼はそのとき、それを……
心から『美しい』と思ったのだ。
人ならざるその容姿はまるで、醜い人の心そのものとして写った。そしてその存在はただ悪を為したその二人だけを見つめたのだ。そして彼女らだけを断罪した。
その場に居合わせた彼女達の幼い息子達や、ただ見ることしかできなかった彼に危害を加えることは一切く、暴れることもなくただ粛々と罪をその身に取り込んだのだ。
そしてその存在は光とともに消えたのだ。
あのとき男は言った。
『神はこの世の不義を決してお許しにはなられない。だが、まだそのお力は弱く万人をお救いになられることは叶わない……』
だからこそ! と……
来る破滅の日の前に、なんとしても神の奇跡をこの地に注がなくてはならない。そのために、救済を進めなくてはならないのだ……と。
そして彼は邁進した。
人を救うため、世界を救うため、彼は自らを追放したカリギュリウムの教会組織を建て直し、多くの信徒へと神の教えを説き続けた。
そうして努力を続けた彼は20数年の時を経て、カリギュリウムにおける最高位につくことになる。
そんな時……男が再び彼の前に現れた。
その姿は長い時を経たとは思えないほどに変わってはいなかった。
男は彼に言った。
『神の復活の時は近い……今こそ全ての悪行を救済するときです』
と……
そんな男の傍らにはかつて彼を苦しみから解放したたくさんの『神の化身』の姿があったのだ。
彼はそれを想いだしながら、今こうして憐れな女性達を救うことが出来ていることに至上の喜びを感じていた。
だからこそ、もう一度彼へと言ったのだ。
「これを……この贖罪の機会を私にお与えくださったこと、本当に感謝します。『神の御使いべリトル』様」
「いえ……私は何もしておりません。ただあなた様……『アマルカン』様が神のお心に真摯で在られたというだけのことです」
そう会話を交わしながら、ターバンを被ったその男はにこやかに微笑んだ。




