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第十二話 精霊の巫女

「私、精霊、見えるよ! ……っあ! いけない、この事誰にも話しちゃいけないって、【マリアンヌ】さんに言われてたんだった」


 言いながらハッとなって口を押さえるヴィエッタだが、それはもう遅いだろう、しっかり聞いちまった。


「お前、精霊が見えるって、あれか? 『水色で魚みたいなヒレのついてる奴』とか『黄緑色っぽい感じで蝶々の羽が生えてるみたいな奴とか』そんなフワフワ浮いてる奴が見れるってのか?」

 

 俺は前に死者の回廊で目撃した精霊の群れのことを思い出しながらそう聞いた。

 あの時、魔法を行使した俺の目の前には大量の精霊が確かに現れていた。いや、そもそも俺は精霊の力を頂戴して魔法を放っているわけだから、側にいることを疑って居たわけではなかったけれど、この世界の住人であっても精霊がその辺にいっぱいいる事を知っている奴は驚くほど少ない。

 実際に魔法道具店の店員や冒険者の連中に聞いてみても、『なんだそれ? お前何言ってんだ? そんなわけないだろ?』みたいな反応ばかりで、俺が精霊を利用して魔法を使っていると言っても信じやしなかったし。

 精霊というのはあくまで恩恵を授けてくれるだけの特殊な存在であって、実はその辺にいっぱいいるなんて気付きもしないのだ。

 あのなんでも知ってそうなゴードンじじいだって、目を見開いてやがったしな。普通の連中が精霊に接する機会なんてそうそうないのである。


 だというのに、この目の前のヴィエッタは、精霊の存在を簡単に認めやがった。

 そればかりか、こいつにはその精霊を見ることが出来るのだという。いったいこれはどういうことだよ?

 ヴィエッタはおどおどと怯えた感じでコクリと頷いて肯定を示しているし。


 マジかよ。こいつ本当に見えてるのか。


「えと、今もいるよ? 紋次郎のすぐ側に……『青い娘』も『緑の娘』も、あと、『赤い蜥蜴』さんもいて、オーユゥーンさんの側には『黒いモヤモヤみたいな女の人』がいるし、シオンさんの側には『ピカピカ光った男の子』がいて、マコさんの隣にはさっきの青い娘と同じような色の『青い小さなお馬さん』がいるの」


「「「「え?」」」」


 いきなりヴィエッタにそう言われ、俺たちはみんなで周りを確認するも当然そんな物は見えやしない。

 これ、実際に俺には『精霊は見えない存在』って前知識があるから、まあこの辺にいるんだろ? くらいに思っていられるけど、一般の奴からしたら『頭おかしいんじゃないか』レベルだぞ、この会話。

 『お前の後ろに首のない男が立ってる~~』

 とか、以前『見てはいけないリアルな話シリーズ』をたまたまテレビで見てしまい超怖くなっていたら、なんてことはない、後ろにいたのは頭部移植手術中の自分の父親で、ただ外した首を手に持ってただけだったとかいう、そんなギャグ展開ならまだしも、実際に見えないものを見てる感じの今のヴィエッタは、良くてガチの霊能者か、お笑い系のエンターテイナーか、悪けりゃ頭の中妄想まみれの危ないキ○ガイ女かのいずれかってことになっちまう。


 現にオーユゥーン達なんかすでに、『あらこの娘……頭大丈夫かしら……』みたいな怪しい視線に切り替わってちょっと離れぎみだし。

 それ態度があからさま過ぎてかわいそうだろ? もうちょい優しくしてやれよな。同じ娼婦仲間なんだから。


 まあ、そんなのどうでもいいんだけどな。

 

 こいつの言ってる感じ、多分マジで見えてるんだろう。

 実際に俺は知覚こそできないが、魔力を吸いだす時には確かにこいつらと繋がってるわけだし、近くにいるってのは信じられる。

 

 そうこうしていたらオーユゥーンがオズオズと声を掛けてきた。


「精霊が見えるということはヴィエッタさん……あなた『精霊の巫女』でいらっしゃいますの?」


「『精霊の巫女』? なんだそりゃ」


 思わず聞き返してしまったが、ヴィエッタはと見れば、良く分からないと言った感じで小首を傾げている。

 そんな俺達にオーユゥーンは続けた。


「ワタクシも詳しくはありませんけれど、『精霊の巫女』は確か、精霊と交信することが出来る特別な女性の事で、『勇者に精霊の祝福』を与えるのがその役目だと聞いたことがありますわ。どこかの『聖地』にそんな方がいらっしゃるとか……」


「『巫女』? 『聖地』? じゃあなにか? ヴィエッタはそのなんとかって存在で、他にも同じような能力の女が何人もいるってことなのか?」


 オーユゥーンは困った様に首を振る。


「そこまでは分かりませんわ。でも、『精霊』を見ることなんては普通は出来ませんもの」


 うーむ。『精霊の巫女』ね……こいつはやっぱりただの娼婦ってわけでもなさそうだ。

 でもそれならなんでこんなところで奴隷娼婦になんかやってんだ?

 特殊技能があるならそれこそ重宝されそうなもんだってのに、こいつの場合は確かに高いけど、金さえ積めば誰でも一夜を共に出来るという娼婦だ。

 『マリアンヌ』? とか言ってたか……多分ヴィエッタの主であの店の経営者かなんかなんだろうが、ヴィエッタが精霊を見えるのを知っていながら娼婦をやらせてるのか……なんで? 精霊の巫女という存在を知らなかったか、気にもならなかったか……何かの目的があってわざと娼婦をさせていたのか……

 『解析(ホーリー・アナライズ)』で調べるまでもなく、ステータスカードを使えばどうせその手の『能力(スキル)』は記載されるだろうし……

 

 うーん、まあ、今はどうでもいいか?

 それよりもこいつの言ってることが本当だとするなら、実際かなり『助かる』ぞ。


「なあヴィエッタ? さっき言った『水色の奴』は今どの辺にいる?」


 そう聞いてみると、ヴィエッタは俺の頭の右少し前方の辺りを指差した。

 当然その辺には何もいないのだが、俺はスッと手を伸ばしてみる。すると……


「あ、今度は左に行ったよ」


「こっちか?」


「今度は上」


「ここか?」


「ううん、もう少し下。あ、今度は下に行っちゃった」


 ヴィエッタの言葉に合わせて手をあっちへこっちへ動かしてみるも、どうも全く触れることができないらしい。

 そんなことをしている俺たちに、遠巻きに見ていたオーユゥーンが声をかけてきた。


「あ……あの? 何をなさっておられるのですか? お二人で?」


「見りゃわかんだろ? 精霊を捕まえようとしてんだよ」


「へ……へぇ……」


 はっきりその目は怪しいものを見る目に変わっちまってる。というか、同情たっぷりな何やら可哀想なものでも見てるような感じだ。

 ひょっとしてあれか? 精霊の巫女だうんたらかんたらは本当に信じてなくて、頭のおかしいヴィエッタに俺が合わせてやってるとかマジで思っちゃってんじゃねえか? 失礼な連中だな。

 まあ、別にそんなことはどうでもいい。

 とりあえず俺は魔法術式をすでに構築済みの状態であるから、仮にその水の精霊に触れることさえできれば、その瞬間に魔力を吸いだして、このフロア全体の女ども全員に『上位治癒(ミ・ハイヒール)』をかけることが出来るようにしてあるのだけど、魔法が完成する兆しはまったくなかった。

 まるであっち向いてホイしているような俺とヴィエッタだが、やりながらヴィエッタが変なことを言った。


「紋次郎おかしいよ? その『青い娘』ね……その娘も紋次郎に近づこうとしてるんだけど、紋次郎が手を伸ばすと弾かれたみたいに離れちゃうの。なんでかな?」


 なんでかな? ってそんなの俺が知るわけねえだろうが。知りてえのはこっちだよ。

 でも待てよ?

 もともと精霊は俺の身体に侵入シ放題だったわけだし、その青い娘とやらが俺の中に入りたがってても全く不思議はない。でも弾かれるってことは何かが邪魔してるわけで、その邪魔してる何かって奴は……

 ひょっとして……

 俺はふと気になってヴィエッタに聞いてみた。


「なあヴィエッタ。俺の中になんかの精霊が入ってやしねえか?」


 そう聞いてみた。

 ここに来て俺が唯一使い続けている魔法はこの土魔法だけである。他の魔法は使えないもしくは、使っても大した効果を発揮できないような感じ。

 つまり、もし何かが俺の中にいるとしたなら『土系統』ってことになるんだろうが、さてどうなんだろうか。

 ヴィエッタは俺の腹の辺りをじーーっと見ながら、目を凝らし続けている。

 そしてひとしきり見てから、言った。


「ダメ……全然見えない。 でも、なんか紋次郎の身体全部が黄色っぽく光って見えて、なんだか紋次郎が『土の精霊』みたい」


「はあ? 俺が精霊なわけねえだろうが」


 正直ヴィエッタの言ってることは意味がわからん。実際に俺には見えてる訳じゃねえしな。

 でも、なんとなく分かった。

 ひとつは、ヴィエッタは確実に精霊が見えているってことだ。俺はヴィエッタに精霊のマナを吸いだして魔法を行使しているということを伝えていない。にも関わらず、ヴィエッタは俺の予想通りに土精霊の存在を匂わせる発言をした。

 これは今の状況からすればこの場の精霊を見ていなければ辻褄が合わない話なのだ。

 それともうひとつ、土の精霊に関してだが、やはりというか俺の中に居座っているらしい。ヴィエッタの話を全て鵜呑みにした上で考えてみれば、他の精霊……多分ウンディーネやシルフ達はそいつが邪魔で俺に触れることができないようだ。

 まあ、だったらさっさと離れりゃいいのにと思わなくもないけど、せっかく俺の傍に居てくれているのだから有効活用はしたい。イメージ的にはまるで俺の周りにハエがぷーんとたかるたかっている感じで、なんとも嫌な感じだけれども。俺は汚物か!


 まあ、でも、ただ近寄れないってだけなら、特に問題もないな。

 なにしろ俺は今、『土魔法』を使えるんだからな。


「よしならヴィエッタ、今どの辺に青い奴が居るかだけ指してくれ。後は俺がなんとかする」


 その直後彼女はちょうど俺の向いている正面辺りの空間を指さした。

 よし、そこだな。

 俺はすぐさま魔法の構築に入る。そしてそれほど長くない詠唱を終えると、そのまま魔法を発動した。


「『消失結界ド・ディスペルフィールド』‼」


「あ……」


 俺は精霊がいるという辺りに向けてこのちょっと特殊な魔法を使った。

 『消失結界ド・ディスペルフィールド』とは、所謂『魔法効果』を打ち消す為の土の補助魔法である。

 エンチャント系の様々な身体強化魔法がそれぞれの属性ごとに多種多様に存在している中、この魔法は本来その効果を打ち消して元の身体能力に戻してしまう為に使われるのだが、今回はその魔法行使のメカニズムを考慮してこの場で使うことにした。

 『土系統』の魔法は主に地面の運動や変質を基本とした魔法と思われているし、実際に地震を起こしたりブロックを砂に変えたりとその様な使われ方が多いのだが、本来は『空間支配』がその本質なのである。

 どういうことかというと、例えば地面を振動させる際の物理エネルギーは、その地面だけでなく上方の空間に対しても供給している。それにより封鎖されたそのエリア全体を地面も上方の空間も含めて、歪め縮め伸ばすことで激震を発生させるのである。

 まだある。例えば、地面の泥化。これもまたその空間に存在している様々な成分を分解・再構築することで発生させる現象で、地面の土を一度砂状までに分けた後で、上方の空気中にも存在している水蒸気などの水分を無理矢理取り込ませることで一気に土を泥へと変化させてみせるのだ。ある意味大量の水を必要とする際などは地面よりも空気中の空間を大きく確保する必要があるくらいだ。

 つまり『土系統』魔法とは、その空間に存在している数多の物質の『分解・再構築』を繰り返すことが主であり、その空間全体に対して効果を及ぼすことが出来るのだ。

 

 そしてそんな中で使ったこの魔法。特定の範囲内のマナに影響を与えるこの魔法は、ある意味もっとも土魔法らしいものとも言える。

 『魔法効果消失』という影響は先に述べた通り空間全体のマナの動きを止める。それから精霊とはつまるところマナの結晶のような存在……

 もう簡単に理解できていると思うが、この魔法を使うと当然こうなるわけだ。


「紋次郎? おかしいよ? 急に青い娘が動かなくなっちゃった」


「ま、そうだろうな」


 そう、マナが動かないのだから精霊だって動けない。つまりはそういうことだ。別に精霊を殺したわけでもないし、ただ単に動きを封じられてこの空間に閉じ込められただけ。だから後はこうすればいい。

 俺は先ほどヴィエッタが指示した辺りに手をかざす。

 すると、その途端に脳内でイメージしていた魔術式が動き始めた。


「わわわ……紋次郎が触った途端になんかすっごい気持ちよさそうな顔になっちゃったよこの娘」


「はあ?」


 突飛なことを言い始めたヴィエッタ。

 というかその状況はいったいなんなんだよ。俺は単に水系の上位魔法を行使しているだけだぞ……そいつのマナを奪って。


「なんかね? その娘の身体からどんどん青い光が紋次郎の手に吸い出されてるんだけど、そのたびにブルブル震えてるの。えと、びくんびくんしてて、なんか凄く気持ちよさそうで……」


「ってお前は何を目をトロンとさせ始めてんだよ。やめろよ、人の目の前でそんな顔すんの! というか両手を股に挟んでもじもじすんのさっさとやめろ!」


「だ、だってぇ」


 なんなんだこん畜生! 何? 俺がマナを吸い出してる時は精霊の連中は気持ちよくなっちゃってんのか? そんな馬鹿な。あいつらだってただの透明な幽霊みたいな連中だぞ? なんでそんなに感情だしちゃってんだよ! やめろよ、恥ずかしい!

 まあどうせ見えないし気にしなきゃいいだけかもだが、ヴィエッタめ、この野郎。人のこと見ながら何を興奮しはじめてやがんだよ! いくら娼婦だからって、もうちょい人目は考えやがれってんだ!

 

 とまあ、そんなことをやりながらではあったが、ちらりと部屋に寝ている連中を見れば、みるみるその身体のこぶや裂傷がふさがり始めている。というか結構良い勢いで傷や病気で変形してしまった箇所が復元されて、みんな可愛らしい少女の顔に戻りつつあった。

 抜けてしまった髪の毛とか、眉毛睫毛とかは我慢してもらおう。梅毒自体が治まっていればそのうち勝手に伸びてくるだろうしな。まあ、暫くはウィッグとか帽子でも被ってりゃいいだろう。


 それにしてもあれだな。

 ここまでの俺とヴィエッタのやり取りはちょっと余人には目の毒だな。というか俺の行動がかなり痛い。


 俺がここの全員の身体に石化の呪法をつかうが、詠唱もなく見た目の変化も何もないので、当然ここの連中には分かるはずがない。

 ヴィエッタが何もない空間に精霊がいると言っている。

 ヴィエッタと一緒になって俺もその精霊を追いかける。

 何もない空間に手を伸ばして魔法を発動……それに驚くヴィエッタ。

 ヴィエッタが何もない空間を見ながら大興奮しちゃってて、それを生暖かい目で見守っている……俺。そして精霊が感じてるよとか言っちゃってるヴィエッタ。

 

 うん、これ完全にアウトな奴だ。


 いや良い方に考えれば、とりあえずずっと漫才やってたようなもんだとも言えなくもない。うん。たいして面白くもない上に確実に頭を心配されそうな感じのネタでだけど……はぁ……

 オーユゥーン達の視線がきついけど、まあ仕方なし。甘んじて受けようじゃないか。

 というかこいつら、俺とヴィエッタをずっと見てて、肝心の治ってきてるその辺の女どもに気が付いてねえし。


「おいお前ら。もうそろそろこの部屋の全員の治療が終わるぞ」


「え?」


 その俺の言葉に慌てて周囲を確認する3人。患者たちに駆け寄ってその変化に驚嘆しつつ泣きながら抱きあい始めた。

 目を覚ました連中もみんな不思議な顔でお互い見て確認しあっているし。

 当然か? 今の今まで死んだように横たわっていたんだからな。こうやって意識が戻ること自体不可能だったんだろうしな、今までは。

 それにしてもこの『上位治癒(ミ・ハイヒール)』はよく効くな。これだけの人数に分散させて行使してるってのに、物の数回でほとんどの女がほぼ回復しちまってるし。確か相当に精神力(MP)を消耗するって聞いたけど、どうせ俺の精神力(MP)じゃないしどうでもいいか。

 だいたい全員が目をさましたところで俺は魔法を終えた。 

 当然疲労感はまったくない。

 が、そんな俺にヴィエッタが言った。


「この娘、イキッぱなしだった!」


「うるせいよ!」

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