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第十一話 娼婦の救い

 慌てた様子で駆け出していくオーユゥーン達を追いかけて俺とヴィエッタも走った。

 薄暗かったから使われていない廃屋にでも閉じ込められていたのかと思っていたのだが、走る廊下はきちんと明かりが点っていて綺麗に片付けられてはいた。しかし年季を感じるその装飾のいたるところには蜘蛛の巣が埃を被って垂れ下がってきており人の手があまり入っていないことが窺えた。

 そして走りながらふと目に止まったそこには待合室のような感じで椅子が置かれ、そしてレジカウンターのような場所も設けられていた。どうやらここは宿屋か何かのようだけど……察するに所謂『娼館』という所なんだろうな。

 灯りがなく人もいないところを見るに営業はしていない感じではある。

 ここはひょっとして大分前に閉店してしまった娼館なのかもな……と、そんなことを思いながら角を曲がった先ですでに開け放たれたままになっている扉からその室内に飛び込んで、俺はその光景に絶句した。


 そこは広い部屋だった。

 坪で換算すれば恐らく50坪くらいはあるだろう。ちょっとしたパーティ会場さながらの広さのあるこの部屋には、ところ構わず布団というかマットが敷かれ、そこに沢山の女性がほとんど身に何もつけずに、ほぼ裸体に近い格好で横たわっていた。 

 そしてその格好のままで荒い息づかいを続けていた。


「はぁはぁ……、お、オーユゥーンお姉さま……は、早くぅ」


「ミンミ。あまり急かさないでくださいますかしら?」


 オーユゥーンはまっすぐにその横たわる女性達の合間を縫うように歩いて、部屋の中央付近で横たわる一人の少女の元へ向かう。

 俺たちもそれに追従するも、そこかしこに女の子たちがいるため、踏まないようにと注意して進んだ。

 そうして見てみれば、膝をついてしゃがみこんだオーユゥーンが横たわる少女の手を握り、そのままその()()()顔をそっと撫でていた。

 その手には彼女の浸出液(しんしつえき)がべったりとついてしまっているが、オーユゥーンはそれに構わず、そっと彼女を優しく抱いた。


「え? どうして……? こんなことに……?」


 俺の隣でヴィエッタが口に手をあててワナワナと震えだしてしまった。だが、それを誰も責めることは出来ないだろう。だって、俺自身もこの地獄の光景にさっきから震えが止まらないのだから。


 そこには沢山の娼婦の少女達が横たわっていた……全身が、爛れ、ひび割れ、腫れ上がって、そして腐って尚、苦しそうに呻き続けていたのだ。そんな少女たちを先程俺たちを呼びにきた娘も含めて数人が甲斐甲斐しく世話をしてまわっている。水を飲ませ、包帯を変え、汚物の清掃やその他もろもろの雑事をこなしていた。

 

「マコ……お願いできるかしら?」


「うん、いいよぉ、オーユゥーン姉!」


 オーユゥーンに呼ばれたマコがトテトテとその横たわる少女の脇に駆け寄って、そしてその身体に手をおいて何かの呪文を唱える。

 すると、パァーッと辺りに青白い光が仄かに煌めいて、横たわる少女の全身を包んでいった。

 淡い光が顔を覆ったところで、少女はその悲痛な顔を安らかで穏やかなものに変え、大きく息を吐いてから瞼を閉じたのだった。

 そんな彼女のまばらに抜け落ち薄くなってしまった髪の毛を愛おしく撫でるオーユゥーン。


「お休みなさいなミンミ……よい夢を……」


 そしてスッと立ち上がると、側にいた俺にむかってニコリと微笑んだ。


「さ、お兄様。ここは妹達が休んでいますので、あちらへ……」


 そう出口を指し示すオーユゥーンに連れられて、呆然となってしまったヴィエッタを連れて俺たちは廊下へと出る。

 オーユゥーンは俺を見ながら言った。


「これがワタクシ達が娼婦を辞められないもう一つの理由ですの。まだ健康なワタクシたちがこの娘たちの分も働いて稼いであげなくてはなりませんし、それにこの中で『精霊の恩恵』をワタクシとシオンとマコの3人だけが賜ることが出来ておりましたもので、その魔法で病で苦しんでいるこの娘たちを癒しておりましたのよ」


 諦めにも似た達観した表情とでも言えばいいのか……オーユゥーンは俺へと微笑み続けている。

 暴漢に襲われた時にシオンが『閃光(ホーリー・フラッシュ)』の魔法を使っていることからも、彼女は『光系統』魔法を使えるのだろう。オーユゥーンは『闇系統』、マコは今目の前で『治癒(ミ・ヒール)』を使ったし『水系統』の使い手なんだろうな。

 なるほど精神系と癒し系の魔法を使えるのか……確かに治療も可能だろう。


 唐突にヴィエッタがオーユゥーンへと声をかける。


「あ、あの! あの娘たちはみんなお病気なんですか?」


 その言葉にクスリと微笑んだオーユゥーンが答える。

 

「ええ、そうですわ。驚かれましたでしょう……みんな『腐れ病』を患っておりますのよ」


「く、腐れ……病?」


 ヴィエッタはその病名が分からなかったのか小首を傾げている。


「そうですわね……確かヴィエッタさんのいらした『メイヴの微睡』には高名な治癒術師の方が居られましたものね。それでしたら、この病気にご縁がなくても仕方ありませんわね」


 そこで一旦区切ったオーユゥーンが話のもう一度室内を振り返る。

 

「『腐れ病』は確かに初期症状の段階であれば上位治癒魔法で治すことが出来るそうですけれど、残念ながら私たちのような下賎な娼婦にはそんな治療をうけることは殆どできませんの。ですので、放置したまま娼婦の仕事を続けていると御覧の有り様ですわ。陰部だけではなく、全身のいたるところが病に侵されて、最後は気が狂ったようになってしまい……そのまま死んでしまいますのよ」


 その彼女の言葉を肯定するかのように、累々と横たわる娼婦達はうなされながら意味不明なことを呟き続けてしまっている。

 それを見ながらヴィエッタは言った。


「もう、治らない……の?」


「ふふ……そうね。この前たまたまワタクシがお相手をさせていただいた僧侶の方に聞いてみましたけれど、こうなってしまった娼婦はまず間違いなく死ぬと仰っておりましたわね。それと、こうなってしまってはもはや『毒』でしかないから早く『焼いて』しまえと……」


「そんな……」


 淡々と話すオーユゥーンと驚嘆して震えるヴィエッタ。

 そのあまりに対照的な振るまいに、またとんでもない場面に出くわしたもんだと内心冷や汗を掻きながら、だが、もうすでに見て知ってしまったこの事実を黙認することはできないだろうなぁと、またもや俺は余計な事態に自分から首を突っ込もうとしていることを苦笑していた。


「これは『梅毒(ばいどく)』だな。『性感染症』の病気だ」


「「「「え?」」」」


 ぽつりと言った俺の言葉にその場で今まで静かにしていたマコやシオンまでもが反応を示した。


「お兄様、今なんと?」


 オーユゥーンが不思議そうにそう聞き返して来やがった。


「だから、梅毒って病気だと俺は言ったんだ。全身にゴム腫が出来てるし、リンパもかなり腫れ上がっている。爛れた箇所も相当に化膿しているようだし、意識も朦朧としてるんなら脳もとっくに侵されちまっているだろう……確かにもう病気の末期状態だよ」


 まあ、俺だって実物を見たことなんかないわけだが、これだけ症状がはっきりと出ていれば梅毒でまず間違いないだろう。

 かつてまだセックス用『全身ラミスキン』が開発される遥か前、抗生物質ペニシリンが発明されるまで全世界で主に発展途上国を中心に猛威を振るった性感染症こそがこの『梅毒』である。

 梅毒トレポネーマという真性細菌の感染により発症するこの病は潜伏期間の長さと、その初期症状が割りと軽いということから、多くの性風俗事業者……主に娼婦が感染することになった。

 この細菌は空気に弱いため、空気感染や飛沫感染は起こりえず、粘膜を密着させることになる娼婦が感染源となっていたことから、娼婦や感染者や性風俗そのものを迫害排除する世論がかつてあったことは変えようのない事実であった。

 なんというか、まさか異世界にきてこんな出来事に遭遇することになるとは夢にも思わなかった……

 俺の前で何度も梅毒、梅毒と唱えているオーユゥーン。だが、その言葉に思い至らないらしく、やはり首をひねっている。


「別にお前らの言う『腐れ病』でいいんだよ。梅毒ってな俺が前にいた世界でそう呼ばれていた病名だ。そんな呼び方なんだっていいだろ」


「前にいた……世界?」


「ああ、俺は……」


 すっと顔を向けてきたヴィエッタにそう聞かれ、答えてやろうとしたところで、俺はオーユゥーン達にがっしと両肩を掴まれた。


「で、ではお兄様……お兄様はこの病を治すことができるのですね!」

「お兄ちゃん!」「お兄さん!」


「うん、紋次郎! お願い! 助けて!」


「お、おいっ」


 いきなり詰めよってくる女共。ヴィエッタまでもが俺に密着して懇願してきやがる。そんなに胸で押してきたら俺が後ろに倒れちまうだろうが!


「あ、ご、ごめんなさいですわ。で、でもお兄様なら治せますのですよね!」


 もう一度そう俺に懇願の眼差しを向けてくるオーユゥーンに俺は即答した。


「治せるわけねえだろうが!」


「…………」


 きゅっと唇を噛んだオーユゥーンが、でもそのまま今度は何も言わずに後ろへと下がる。シノンやマコも同様に下を向いていた。


「紋次郎……」


 ヴィエッタだけがその大きな瞳を潤ませながら俺へとさらに迫って来ていた。ええい、マジで鬱陶しい。


「あのな……治せやしねえが……助けることはできるかもしれねえ」


「え? ええ?」


 再び驚きの声を上げるヴィエッタたちを無視して、俺は先程眠りに落ちたミンミのもとに戻る。

 全身痩せこけ生気の無い様子であるにも関わらず皮膚は爛れ、まるではじけたザクロのように痛々しく破れ、かと思えば、硬く変質したゴムのようなコブも至るところに出来てしまっていた。

 俺はそんな彼女の額へと手をあてた。


「『細菌』って奴はな、その辺の地面にもいくらでもいるが、生命体を苗床にしたりもする『寄生虫』みたいなもんだ。腸内細菌みたいに人に有益な細菌ならいても構わないけど、要は生きてるんだよ。だからな、普通に治癒魔法を使っても、細菌も一緒に元気になっちまうんだ。もともと、水系も光系も治癒に関しては身体の代謝を促進させて復元したり解毒したりしているだけだからな、こういう感染症自体を終息させることは出来ないんだ」


 この世界の魔法は万能な様でいて、案外そうでもないことを俺はもう承知している。

 特にこの治癒系の魔法についてはそれが顕著だ。

 一番単純な水系の『治癒(ミ・ヒール)』が良い例なんだが、確かに身体を修復するため、多少の切り傷ならば痕も残さずに治せるのだけど、その時体内に毒を受けていたりするとそれを浄化することは出来ない。

 そのような時はまた別に、毒の組成に合わせて『毒浄化ミ・ポイズンリフレッシュ』を行使して治療する必要があるのだ。もしこれを怠れば、一度は身体が復元したとしても体内の毒によっていずれは死を迎えることになる。

 まあ、上位回復魔法である『上位治癒(ミ・ハイヒール)』や『完全回復(フルヒーリング)』等のように、極限まで身体を健全化してしまえば、毒があったとしてもそれほど深刻な事態にならないかもしれないが、いずれにしても魔法って奴は薬と一緒で特定の状態にしか作用させることができない。怪我は怪我、毒は毒、そして、細菌は細菌なのである。

 マコが一生懸命に『治癒(ミ・ヒール)』を唱えていたが、この末期状態の梅毒患者には焼け石に水も甚だしいのだ。


 ではどうするか?


 俺はそのミンミとかいう少女の状態を観察しながら、ある魔法を唱えた。

 すると頭の中にある情報が送られてくる。


【名前】ミンミ

【種族】人間女

【状態】病気(腐れ病)

 …………


 断片的にその情報を確認しながら俺は自分の中でまた別の魔法の構築に入った。

 今俺が使ったのは、『解析(ホーリー・アナライズ)』という魔法だ。この魔法は所謂『ステータスカード』と同じような機能を持っている。というか、ステータスカードに封じ込められている魔法術式の原型はまさにこの魔法なのだ。

 そしてこの魔法にはもうひとつ稀有な特徴があって、まあ、俺が使っている時点で判明していることでもあるのだけど、要は魔力を必要としない魔法なのである。

 術式の仕組みは複雑怪奇なものなのだけれど、実際使う段になってはただ対象物に触れた状態で脳内に魔法術式を描くだけでいいのだ。

 単純にいえば、そのものが有している魔力環境を読み取るだけの魔法だから、術を描けば後はそれ自体が持っている魔力が反応して簡単に読み取ることができる。だから逆にいえば、魔力がないものを解析することは難しいのだが、まあ、そこはそれ、色々なやり方があるので、現に魔力のない俺やニムのステータスをステータスカードは読み取ってくれているから、一概には魔力なしでいいとも言えないのだけどもな。


 俺は表示させたその情報の中にはしっかりと『腐れ病』……所謂『梅毒』と記載されていたから、次の魔法へと移行したのだ。


「やっぱり、この子は『腐れ病』にかかっているな。だから、とりあえずこの病気の進行が止まるようなことをしてみるからな」


「え? そ、そんなことが可能ですの?」


 先程からずっと驚き続けているオーユゥーンの言葉を受けて俺はとりあえず頷く。


「でもあれだ。治せる訳じゃないからそこんとこ間違えるなよ。じゃあ、いくぞ。『石化の呪いカース・オブ・ぺトロケミカル』‼」


「え、えぇーー!?」


 目を見開いて驚愕してしまったオーユゥーン達。

 そりゃそうだな……この流れなら当然俺が使うのは魔法だと思うものな。でも残念、使ったのは【呪法(カース)】でしたー!


 とは言っても、【魔法】も【呪法】も元を辿れば同じものではあるのだけれどな。

 魔法とは、術者が己の体内にあるマナ(俺の場合は精霊のマナだけど)を術式を介してエネルギーに変換し、超常現象を発現するのに対し、呪いとは、マナそのものを変質させることでその効果によって対象に影響を与える。

 つまりどちらも使用するのはそれぞれが保有している【マナ】ということになるのだが、その行使までの過程や行使後の結果が著しく違う為に両者は別物として扱われている。

 

 簡単に言ってしまうと、【呪法(カース)】は非常に地味なのだ。


 行使することで激しい水流や巻き上がる火炎を作り出す魔法に対して、非常に発動が難しい上に、見た目がほとんど変わることのない呪いは、実際に成功したのかどうかを行使者が判別することすら難しい。

 だが、その効果たるや凄まじく、成功しさえすれば相手がまったく気がつかない内に死に至らしめることすら可能で、その残忍性、醜悪性から忌避する風潮すらあるのだ。

 そしてそんなものを俺が使えば、当然こんな反応が返ってくるわけだ。


「お、お兄様! なぜですか! なぜ、ミンミに石化など! いくら腐れ病を患っているといっても、なにもこんな仕打ちを為さらずとも!」

「ひどいよお兄さん! ミンミちゃんを元に戻してよ!」

「わぁあああん。くそお兄ちゃんのバカバカバカァ!」

「紋次郎……」


 一様にわめき出してしまった女共。周囲の看護の少女達や辛うじて意識のある患者達までもが目を見開いてしまっていた。

 はあ、わかってたことだとはいえ、これは面倒くさいな。本当にこいつらは。


「あのなあ、お前らよく見てみろよ。俺はこいつの身体には『石化』なんて使ってねえよ」


「え? でも……あ……!」


 俺の言葉に再びそのミンミとかいう少女を見たオーユゥーンは目をつぶったままで静かに寝息を立てている少女へと向き直り、そしてその変わっていない様子にようやく気が付いたようだ。

 そしてやはり不思議そうに俺を見つめ返してきた。


「で、でも、今確かに『石化の呪い』と……まさか失敗?」


「あほか。俺が失敗するわけねえだろうが。石化は成功だよ、成功。俺が石化したのはその女じゃねえ。その女のなかにあるたくさんの『梅毒トレポネーマ』だよ」


「「「「ええええ?」」」」


 全員が驚愕しているが、こいつら多分全然分かってねえな。

 俺が石化したのは間違いなく梅毒そのものの細菌だ。


 この菌自体を死滅させる方法は実は色々ある。

 ひとつは高温状態にして殺す方法。41度以上2~3時間で死滅するので、ペニシリンなどの抗生物質が発明される以前は無理矢理マラリア等に感染させ高熱状態で治療したなんて荒療治もあったほどで、実際にそれで完治したケースもあったと言われている。

 それと当然だが抗生物質による梅毒そのものの駆逐も可能である。

 

 だが、現状の俺ではそれらの方法はとれない。

 梅毒用の抗生物質なんて当然今は持ってはいないし、高熱を出させるにしても、『マラリア蚊』なんていないし、熱を出させる魔法をそもそも知らないし、しかも今は殆どの魔法を使用できない。


 だからまあ、こんなファンタジーな方法に行ってしまったわけなんだけど。

 

 今の俺が使える魔法は『土系統』のみ。それも発動が結構あやふやなんだけど、ここでは問題なく使えることは軽く『砂化(ド・サンドーシュ)』を石に使ってみたことで分かっていた。

 となれば俺がこの『土系統』の『石化の呪い』を使わない手はない。

 呪いとは魔法に比べて地味ではあるのだけど、非常に有用なメリットが存在している。そのひとつが『対象指定』。

 魔法が効果範囲を指定した上で行使するのに対し、呪いはその効果が及ぶ対象を指定できる。

 俺は今回その対象を彼女の内に存在している全ての梅毒菌とした。『解析(ホーリー・アナライズ)』の魔法で梅毒菌を特定できたしな。これにより彼女の体内に存在している全ての梅毒菌に『石化の呪い』をかけ、その機能を凍結させたのである。

 これで新たに増殖することも毒素を撒くこともなくなった。

 呪いの利点は他にもある。

 それは効果の永続性だ。

 時間と共に効果を消失させていく魔法と違い、呪いはその効果は術者が術を解かない限り永久に残り続ける。とはいえ、術を解く方法は数多あるので本当の永久ではないのだけれど、何もわざわざ体内の梅毒だけを解放してやる理由はない。

 

「まあ、難しいことは言わねえ。その病気を起こしている元凶の『梅毒菌』っていう細菌たちを全部、今、石に変えたんだよ。だから病気自体の進行は止まるだろう。でも、石に変えただけだからな。場合によってはずっと体内に残り続けるし、それがあることで別の病気の原因になるかもしれない。それに、お前ら実際は『ヘルペス』だとか『カンジダ』だとか他の感染症も患ってやがるからな……そっちには全く効果はないから」


 ぽかんと口を開けたままのオーユゥーン達。

 ほら、やっぱり全然わかってない。

 まあいきなり細菌だ、感染症だなんて言われたって、解毒魔法と治癒魔法のせいでケガや風邪も殆どないこの世界だ。理解できなくてもしかたあるまい。


 そう考えてきた時、マコがすっとミンミの傍へと進んだ。

 そしてその小さな手を彼女の身体へと翳す。

 『治癒(ミ・ヒール)』だ。このまま彼女の身体を治そうとでもいうのだろう。

 マコは、座ったままでその初級治癒魔法を何度も何度もかけ続ける。まあ、一度では無理だろう。この魔法で即治せるのは、皮膚の切り傷程度だ。これだけ全身を病魔に犯されていれば、こんな初級魔法だけでは相当な回数が必要なことは間違いない。


 でもまあ治るだろうけどな。


 何度目だろうか……マコの魔法で全身が青く輝いたその後、俺は彼女の肩越しから眠っている少女の様子を眺めてみた。すると、そこにあったのは先ほどまで変形し爛れ崩れていた病人の姿ではなく、まだ血が皮膚にべったりと付いたままではあるけど、怪我一つない可愛らしい少女の姿。


 おお、成功だな。良かったな。


 その時だった。


「ありがとうございますわ! ありがとうございます! わあぁぁん。あぁぁぁ……」

「ありがとう、ホントにありがとうね」「ありがとうクソおにいちゃーーーーーん」


 ヴィエッタを除いた3人が俺に抱き着いて大号泣。力の限り俺を締上げて振り回し始めやがった。ってか、ありがとうでも俺はクソお兄ちゃんなんだな。


「うっわ! 放せ! 放せ死ぬ! 俺が死ぬ!」


「あ……ワタクシったら……」


 振り回すのをやめてそっと床に下ろされた俺。なんだろうこの感覚。俺こいつらにとっては手荷物くらいの存在なんだろうか。俺の男の尊厳が走って家出しそう。


「お前らな……だから治せたわけじゃねえって言ったろ? こいつの体内にはまだ石化した細菌どもが残ってんだからな」

「それでも……それでもお兄様はミンミを助けてくださいましたことに変わりはありませんでしょう私……私は一生をかけてこの御恩に報わせていただきますわ。どうか私をご自由になさって」

「シオンの身体も好きにして! お兄さんの物になる」「マコもクソお兄ちゃんの専用肉便器になってあげちゃうよ!」

「みんなずるい! 私だってまだ恩返しできてないのに!」


 便乗するようにヴィエッタまでもが乗っかってきやがった。


「いらねえっつーの! ったく、おら、他の連中もやるんだろ? 今やってやっからちょっと待ってろ」


 本当にこいつらは放っておいたら何を言い出しやがるかマジで分からねえ。すぐに貞操を放り投げようとしやがって。俺は純愛にしか興味はねえっつーんだよ。

 さて、とにかくさっさとやっちまおう。まずは『解析(ホーリー・アナライズ)』っと……


 ん? あれ? え? なんだ?


 俺はすぐそばの別の少女に解析魔法をかけるもなぜか身体状態が『健康』となっている。 気になって他の娘たちも調べてみるとその全てが『健康』。ミンミの時のように『【状態】病気(腐れ病)』と表示されることはなかった。

 気になったついでにオーユゥーン達やヴィエッタも解析してみたがやはり『健康』。

 

 いくらなんでもおかしい。この場にいる女たちは全員ミンミと同じ梅毒の末期の症状だ。この細菌に掛かることなくここまで病気が進行するはずはない。

 これはひょっとして……

 俺は今度は彼女達の皮膚から垂れていた浸出液に手を触れ、何度か解析を試みた結果ある事実に辿り着くことが出来た。それは……


【名前】腐れ病

【種族】細菌

【状態】石化

 …………


 おお、なんてこった。『梅毒トレポネーマ』ってこっちの世界じゃまんま『腐れ病』って名前なのか‼ じゃねえ! こいつらすでに石化が終わってる。ということは……

 俺はみんなに向き直った。


「えっと……どうもこの場の全員の梅毒……さっきの俺の『石化の呪いカース・オブ・ぺトロケミカル』の呪法一回で全員の石化作業終わってたみたいだ」


「「「「えええええええええええっ!?」」」」


 驚愕する4人。まあ、俺だっていろいろ驚いたけど……っと、お前らいきなりニコニコ笑顔に変わるんじゃねえよ。明らかに俺に飛びつく気まんまんじゃねえか!


「お前らここはまだ病人がいっぱいなんだからな! 自重しやがれ!!」


 言った途端にピクリと反応して飛び掛かるのをやめる4人。そして代表するようにオーユゥーンが口を開いた。


「そうですわね。いくらなんでもここではあんまりですわね。後でスイートルームを用意しますので、そこで何回でもご奉仕させていただきますわね」


「ちげーよバカっ! すぐ股開こうとすんじゃねえよ! クソがっ!」


 俺は相手するのも嫌になって、どっと疲れも出たので壁沿いに置いてあった椅子に腰を下ろした。

 ああ、もうこいつらの相手が本当に面倒くさい。

 疲れるし、頭痛くなるし、なんなの本当に。ああ、もうさっさと帰りたい。

 まあ、もう梅毒自体の症状は治まってるわけだし、あとはそこに寝ているミンミの様に治癒魔法をかけて完全回復させてしまえば終わりなんだけどな。

 光と水の複合魔法である『完全回復(フルヒーリング)』が使えれば一発なんだけど……今の俺には使えねえし……


「はあ……せめて精霊でも見えれば、こいつら回復すんのも楽なんだけどな……」


「私、精霊見えるよ、紋次郎?」


「え?」


 座っている俺を見下ろしながら、ヴィエッタがそんなことを急に宣った。

梅毒流行ってるみたいですのでご注意を~w

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