第十話 拉致監禁
「ほら、お兄さん。さっさと吐いちゃいなさいよ」
「そうだよクソお兄ちゃん! 全部言ったらマコが良いことしてあげてもいいよ?」
「ふがっ! もがっ! ふごっ!」
「あらあらシオン、マコ……それではお兄様もお話できませんわ。ほら、猿轡を外してさしあげないと」
「あ」
「そだった。忘れてたー。ありがとオーユゥーン姉」
「いえいえ、どういたしまして」
こいつら~~~~
どこだか分からない部屋の硬い床に転がされた俺は、俺の頭を取り囲むようにしたままスカート内のパンツ丸見え状態でそんな会話をしている破廉恥な女どもを睨みながら、なんとか逃れられないものかと身を捩り続けていた。
とりあえず目隠しはさっき取られたのだが、全身を縛る縄と猿轡はまだされたままだ。
今の会話から察するに、ただ忘れていただけらしいのが……くそがっ!
暴漢達から逃れたあの時に落下したあの空間。あれはやはり縦穴だったようだ。
こいつらにがんじがらめに縛り上げられて、あそこから担ぎ上げられた俺が見たのは、なんの変鉄もない路地裏の塀と壁。しかし、よく見れば足元に俺たちが入っていたであろう穴があるのだが、立っている高さからだと塀が死角になってそこは隠れてしまっていた。
そして、こいつらの会話から分かったのだけど、どうやらこのオーユゥーンは闇魔法を使えるとのことで、俺たちが隠れていたあの時、闇魔法の『隠蔽』をあそこに掛け、認識阻害で連中の目を欺いていたのだという。
全魔法系統のなかでももっともコントロールの難しい闇魔法をスパッとあのタイミングで放ったのだというこの女を、なかなかやるなぁと一時は感心したのだが、みのむし状態の俺をひょいと担ぎ上げられた瞬間に、感心が怒りに転じたのは言うまでもない。
そして目隠しをされた俺はこの訳の分からない場所に放り込まれて今に至るというわけだ。
「むっふっふー。ではお兄さん。お楽しみタイムといきましょーか!」
「だいじょうぶだよ~。痛いのは最初だけですぐに気持ちよくなるからね」
シオンとマコが手に何かどろどろした液体を付けて手を揉みながらそんなことを言ってくる。
「お、おい、お前ら。じ、尋問だよな? お前ら尋問するだけだよな? な、どうだよな!?」
「むっふっふー!?」
「にひひ~~~!」
「や、やめっ! やめろっ‼ ッアーーーーーーーーッ‼‼」
「……と本当は楽しみたかったのですけれど……シオン、マコ。このお兄様は無実でしたので解放して差し上げなさいな」
そのオーユゥーンの一言で女どもの動きが止まる。あわやあと一息でパンツが脱げるというところで、二人はがっしと掴んでいたその手を放した。
っていうかちゃんとパンツ履かせろよ。いやだよこんなローライズポジション。しかもなんかこいつらが触ったところねちょねちょしてるし、今パンツオンリーだし!
「え? うそ?」
「本当なの?」
二人は心底驚いた様子でオーユゥーンを見ていた。
「ええ、本当ですわ。つい今ほど、ヴィエッタさんにお兄様に頼んで連れ出してもらったということが聞けましたもので。どうやら、お兄様は『誘拐』ではなく彼女の『脱走』を手伝っただけのようですわね。まったく、紛らわしいですわね」
脱走幇助か……なるほどそういやそうだな。付いてくると言ったのはヴィエッタだしな。
「なるほどなるほど……じゃねえ! てめえらふざけんじゃねえよ、人を誘拐犯扱いしやがって」
「あら? そうは仰いますがあんな暗がりでほぼ全裸の娼婦を連れて追っ手に襲われている状況なら、100人中100人がお兄様を誘拐犯と見なすと思いますけれど? 実際に攫ったことに変わりはありませんし」
「くっ」
だからその計算はもう既に俺の中で終わってんだよ。てか確かに拐ったことに変わりはないか?
くっそ、こいつら人のことをおもちゃにしやがって。
「そもそも人の奴隷に横恋慕して連れ去ろうなんて、烏滸がましいにも程がありますわ。ま、まあ? お、同じ娼婦の身といたしましては? 想いを寄せた素敵な殿方に連れ去って貰えるなんて夢のまた夢の話で本当に憧れてしまいますけれど……」
「いいよねー。素敵な王子さまと愛の逃避行とかもうたまんないよー」
「マコはマコはね? めっちゃお金持ちのおじちゃんにね、うちの支配人のほっぺを金貨スリングでぶん殴って、マコを連れ去ってほしいかな~~」
なぜか三人でうっとりとそんな妄想に浸り始めやがったが、ものの数秒で三人ともその顔をどんよりと変えてはぁっと深くため息をついた。
「まあ、そんな事して貰える娼婦なんてこの街ではヴィエッタさんくらいなのでしょうけれど」
「そうそう、商売女なんて『汚い』とか『臭い』とか男は平気で言うしね」
「現実の男なんてみんなクソだよクソ。ねえ? クソおにいちゃん!」
「なんでそこで俺に共感を求めんだよ。知らねえよそんなことは。そもそもクソビッチのてめえらにクソ呼ばわりされる謂れはねえ……ゲブゥオアァッ!!」
床に転がる俺に向かって3人が同時にストンピング! というか、綺麗にジャンプして喰らわせてきやがった!
マジでこのクソ女ども、ふざけやがってぇ……マジで死んでしまう……
「はぁ……クソお兄ちゃんは本当にクソだね。思っててもそういうことを言うもんじゃないよ。うちのお客さんだってみんなマコたちに一応は優しくしてくれるんだよ?」
ちびっこのマコが俺に向かって屈んでそんなことを言ってきたが……
「うるせいよボケッ! んなもん思った時点でアウトだろうが。どんな綺麗ごと言ったってお前らを見下した時点でそいつがお前らを大事にするわけねえだろが」
「そ、それは……そうかも……」
シオンが少し同感でもしたんだろうか、たじたじになっ頬を掻く。
「で、でもさ……だからってお兄さんみたいに『クソ』だとか『汚い』とか言われるとやっぱり傷つくし……」
「はあっ? 誰が『汚い』なんて言ったよ? 俺が言ってんのは今の状況に甘んじて娼婦なんか続けてるてめえらのことを『クソ』だって言っただけだ。なにが、『素敵な殿方』だ、『王子様』だ、ふざけんな。そんなに今が嫌ならてめえらでなんとかしやがれってんだ‼」
「そ、それは……」「そう……なんだけどさ……」
俺の言葉に下を向いてしまったシオンとマコ。
何やら沈鬱な表情でお互い顔を見合わせて急に黙ってしまった。
こいつらさっきまであんなに騒いでやがったのに、いったいなんなんだ。
いい加減ミノムシ状態に嫌気がさしていた俺は必死に体をよじっていると、そこにオーユゥーンが屈みこんで来て縛っていた縄を解き始めた。
「そんなにワタクシの妹達を虐めないでくださいますかしら、お兄様。娼婦にも色々ありますもので……」
オーユゥーンは少し寂し気な感じの表情のままで俺の全身を転がしながら解いていく。そして唐突に言った。
「ワタクシたちは好きで娼婦をやっておりますの。確かにやめたくなったらやめられるのですから、ヴィエッタさんのような『奴隷娼婦』よりは良い身分化もしれませんわね。はい、縄をほどきましたわ。ヴィエッタさんもお待ちでいらっしゃいますからどうぞお帰りになられてくださいまし」
しゅるしゅると縄を纏めながら言ったオーユゥーンは俺へとその開いた手を差し出してきていた。
俺は縛られてうっ血していた手首や足回りを擦って確認した後でその細い手をとり立ち上がる。そこにはにこりと微笑んだ俺よりも背の高い美人の顔。
俺は一瞬その顔に見惚れてしまったことを自覚しつつ首を振る。
いかんいかん、また本能で反応しちまった。俺はケダモノじゃあねえんだ。特になんの関係もないこいつに欲情なんてしてたまるか。
深呼吸をして一旦落ち着かせてからオーユゥーンを見てみれば、『こちらから』と出口の方へと顔を向けている。
その方向へと俺も向いてみれば、戸に寄り添うようにそこにヴィエッタが静かに佇んで立っていた。
「なんだお前いたのかよ」
「うう……紋次郎……」
ヴィエッタはその瞳に涙を滲ませた様子で俺を見ていた。どうも相当に怖かったらしいな……そりゃそうか。いきなり刃物を持った暴漢に襲われたわけだしな。ヴィエッタというか、俺だってめちゃくちゃ怖かったし。できれば俺だってもうあんな思いはしたくねえよ。
彼女に近づいてそっとその頭を撫でてやる。
「よし、じゃあ行くかよ」
「うん……」
ヴィエッタは素直に俺に頷いて返した。
そんな俺たちの様子を見ていた例の3人組。
「うっわぁー。本当にヴィエッタちゃん落ちちゃったんだ」
「なにお兄さんこのスケコマシ」
「こんなことも起こりますのね。『奴隷娼婦』をたらしこんでしまいますなんて……世の中分かりませんわね」
心底不思議なものでも見るような目に変わってしまっている女ども。
「なんなんだよ、その反応は。こいつが俺に惚れる分けねえだろうが。そもそもさっきから『娼婦』だ『奴隷娼婦』だ言ってるがそれはいったいなんなんだ? 商人の野郎が『隷属契約』がどうのと言っていたんだが……」
「はあ? お兄さん、それマジで言ってんの? それを知らないでヴィエッタちゃんを攫ってきたの?」
シノンが驚いた顔になっていた。いや、シノンだけではなくマコやオーユゥーンも同様だ。
「じゃあ、ひょっとしてヴィエッタちゃんまだ『奴隷』のままなの?」
「呆れましたわね。まさか『隷属契約』のことも知らずに『奴隷娼婦』を拐う御仁がいらっしゃったとは」
うん。これはあれだ……驚いた顔ではなくて、心底俺をバカにしてるって顔だな、間違いない。
「なんだよそんな目をしやがって。別にただの奴隷だろ? だったら金払って解放されれば良いだけじゃねえか。跡はヴィエッタが頑張って金を稼いで返しゃいいんだよ」
『奴隷』とはつまり金の代わりにその身を売った、もしくは売られた人間のことだ。
金や力を持った連中と対等に渡り合えないからこそ、このような不遇を味わうことになるのは世の常。何時の時代であっても奴隷やそれに準じた人間関係がなくならないのは、身分の上下がある以上いたしかたがないことである。
それはこの異世界にあっても変わらないのだろう。立場の弱い、力が弱いたくさんの女性がこのような境遇にいるというのが何よりの証し。
そんな連中を解放するための手段は、かつての奴隷解放戦争と同じように武器を手にとり体制側を討ち滅ぼすか、もしくは普通に金を払って身分の回復を計れば良いはずだ。
どうせヴィエッタは金を持ってないだろうし、金策までは手伝ってやろうかくらいには俺も考えていた。
そうなのだが……
「「「はあっ……」」」
目の前の女どもは同時にため息を吐いて首を横に振っていた。
「なんなんだよその反応は。別に俺はおかしなことは言ってねえだろうが」
「そうですわね。お兄様の仰り様は半分は間違ってはおりませんが、残りの半分は間違っておいでですのよ」
「半分? なんだそれは」
「そうですわね……まずは見ていただいた方が早いかもしれませんわね」
オーユゥーンはそれだけ言うと、突然自分のシャツをたくしあげた。すると、服の上からもそれと分かるほどに巨大なふたつのミートボールが跳ね上がり、そしてシャツを引き抜くと同時にその二つが重力にしたがってぶるんと震えながら落下してきた。っていうか、めっちゃ弾みまくってるし!
そこから視線を逸らせなくなっていた俺がハッと気がついて顔を上げるとそこには不思議そうに見下ろしてくるオーユゥーンの顔。
「何を今さら胸を見た程度で動揺してらっしゃいますのかしら? まあ、お兄様にそのような熱い視線を向けられるのは悪い気はしませんけれど」
「べ、べべべべ別に……そんなに見ちゃねーし」
「いや見てたよー。めっちゃ見てたよ、オーユゥーン姉のおっぱい。なんだよお兄さんやっぱり好きなんじゃない」
「む、むむ……マコも……マコももうちょっとしたらオーユゥーン姉みたいにおっきくなるんだから」
けらけらと笑っているシノンと、必死に胸を揉みしだいているマコ。
お前らの反応明らかにまちがっているからな。もっと恥じらえよチクショー。
「まあ今はいいですわ。見ていただきたいのはこれですもの」
「え?」
オーユゥーンはくるりと振り返って自分の手でその長い若草色の髪を束ねるようにして持ち上げた。妖しい色香をともなって白い柔らかそうなうなじがそこに現れるのだが、それよりも先にそれが目に入った。
「その刺青は……なんだ?」
そう、彼女の背中には大きな黒い入れ墨があった。
それは楕円形のただ黒く塗りつぶしただけの図形のようであったのだが、近づいて見ると、それが細かい小さな文字の集合であることが分かる。
この文字は俺でも読むことが出来た。この世界で一般的に用いられている『魔法文字』だ。
「お兄様は知らないかもしれませんけれど、これが『隷属契約紋』ですわ。奴隷は皆この『紋』を身体に刻まれて自由を束縛されますの。そしてこれの為に主人に自分の意思とは関係なしに絶対服従することにるのですわ。それこそ、犬になれと言われればそう振る舞ってしまいますし、死ねと言われれば自殺することもありますの」
「そのわりにはお前構好き勝手やってそうだけどな」
「それはそうですわ。だってワタクシは『元』奴隷娼婦ですもの。今はただのしがない一娼婦ですわ」
ただのしがない一娼婦っていったいなんなんだかな。
「だったらお前はどうやって奴隷娼婦をやめたんだよ」
「簡単な事ですわ。ワタクシが自分で契約主であるその時の主人を殺しましたの」
「は?」
ケロッとまったく悪びれた様子もなくそんなことを白状したオーユゥーン。
あれ、こいつ今なんて言った? 殺した? 殺したとか言ってたよな確か。え? なにこいつ、人殺しだったの?
オーユゥーンは俺をちらりと振り返って言った。
「ワタクシはもともと盗賊でしたのよ。方々で色々なお仕事をさせていただきまして当然何人も手にかけましたわ。でも、結局は聖騎士に捕まってしまいまして、1年ほど彼らに閉じ込められて犯され続けましたの。全身を傷だらけにされる地獄の日々でしたけれど、それを味わった後、ゴミに出されるようにワタクシは奴隷商人に売り飛ばされまして、そしてこの『紋』を刻まれてからは色々なご主人にそれはもう家畜の様に嬲られましたの。あまりに頭にきましたもので『紋』の影響の出ない条件を見計らって、ご主人とその家族、それとこの『紋』を刻んだ商人を全員殺しまして、そして晴れて自由の身になったと……つまりこの紋があり続ける限りは奴隷のままだということですわ。まあ、簡単ですけれど、これがその説明ですわね」
「いや、重いよ! めっちゃ重いよその話。何をお前は自分の地獄の半生を、「学校を順当に卒業して就職して今にいたりました」的な感じで普通に話しちゃってんだよ。もっと悲嘆したっていいだろうが。そもそもならなんでまだ娼婦なんてやってんだよ。そんだけ嫌な思いしたんなら辞めりゃあいいじゃねえか」
「『がっこー』? 『しゅーしょく』? それが何かは分かりませんけれど、悲嘆しても始まらないでしょう、ワタクシの身体が汚された事実は覆りませんし、自分の身体が男を夢中にさせるだけの魅力があることにも気がつけましたし……それを使わない手はないとおもいませんこと? それに今はこの娘達もいますし……」
そう言ってシオンとマコを見やるオーユゥーン。
二人はポッとほほを赤らめてオーユゥーンを見ているし。おいおい、マジでお前らそっち系なんじゃなかろうな
? というか、オーユゥーンが男らしすぎて、マジで俺も惚れそうなんだが。
それにしても聖騎士か……。聖騎士っていやあなんとなく『正義の味方』的なイメージがあったんだが、犯罪者とはいえ女を監禁してそんなことする集団だったのか? いや、全員が全員そうというわけだはあるまい。どこの世界にも腐ったリンゴはあるもんだし。問題なのはそのリンゴを排除する清浄化機能が動いているかどうかだけど……どうなんだろうな……? ジークフリードみたいないい加減な野郎もいる組織だしな……なんだか不安になってきたぞ 。
まあ、今はいいか。問題はこっちだな。
俺は服を再び着ようとしているオーユゥーンの肩に手をおいてそれを制してから言った。
「え?」
一瞬びくりと反応したオーユゥーンが目を見開いてしまっているのだが……
おいおい、じっとしてろよ。俺は背中の魔法文字を読みたいだけなんだよ。これじゃあ全部読めねえじゃねえか。
「つまりあれか。ヴィエッタにもお前と同じこの『隷属契約紋』があるわけだな……えーと、なになに……、ふむふむ……」
「あ……あっ、あぅ……んっ……」
俺がオーユゥーンの背中の文字を指でなぞる度に、その身体がぴくぴくと反応してしまっているのだが……
ええい、だからそれじゃあ読めねえんだよ。くすぐったいのくらい少し我慢しやがれ!
ふるふる震えていたオーユゥーンがその背中の筋肉を痙攣させ始め、そして溢れ出てきた珠のようなじっとりと汗が触れている俺の指に垂れてきた。
だからじっとしてろよ。
「ん……んっ! んっ~~~~~‼ んんっ~~~~~‼」
「ねえ、シオンちゃん。今オーユゥーン姉○ッたよね」
「うん、○ッた○ッたね! お兄さんマジ凄い!」
「よし、全部読めたぞ……って、なんだお前らその目は! あと、ヴィエッタ、お前なんでそんなにワクワクしながら上着脱ぎはじめてんだよ!」
見ればボケッとした顔で俺を見上げてきているシノンとマコの二人と、少し離れたところでオーユゥーンの様に上着を脱ぎ捨てようとしている目のキラキラ輝いたヴィエッタの姿。
「あ……えっと……紋次郎が私にも同じことしてくれるのかな……って……」
「しねえよアホッ!……ってか見たところお前の背中の紋もオーユゥーンと同じだな。よしよし、それがわかっただけで十分だよ。おら、さっさと服を着やがれ」
「え? で、でも……」
なぜか非常に不服そうなヴィエッタ。
本当に何なんだよ、お前らは。
「はぁはぁ……ふっ……くっ……ま、まさかこのワタクシが指先だけでこんなにも感じさせられてしまうなんて……あ……あぅ……」
力なくぺたんと床に女の子座りになってしまったオーユゥーンはそんな訳のわからないことを口にしているし。
「ったくいい加減にしやがれお前ら。俺はその背中の文字を解読しただけだってんだよ。で、ちょっと聞きたいんだがいいか? これは誰かに魔法を掛けられたわけじゃねえな? なんかの道具でこの魔法文字を刻まれただろう」
オーユゥーンは今度こそ服を着ながら答えた。
「そ……その通りですわね。それは……『隷属契約』の魔導具で大抵どこの奴隷商人であっても持っていますわね。ですが、それがどうかなさいましたの?」
「ああ、問題ありありだよ俺にとっては。この『紋』に組み込まれた魔法はな、『傀儡化』、『催眠拘束』なんていう、闇魔法でも最上位の『精神支配系統』の魔法とほぼ同一のものなんだ。効果としては、主人として指定された存在に逆らった瞬間に意識を消され従順な傀儡になるというもの。これはあれだ、精神支配系統のいいとこ取りオンパレードな複合魔法だよ。普通なら唱えることだってできやしねえだろ。しかもだ、この魔法は術者の魔力は必要ない設計になっている。当然だ、道具なんだからな。この紋を刻み込むことでそいつの魔力を吸いながら術を機能させてるんだ。まったく、とんでもない魔道具だなそれは」
そうまさしくとんでもない。実はこの術式に使用されている『魔力吸収』の機能は、俺が苦肉の策で考え出したその術式とほぼ同じものだった。しかもかなり無駄なく設計されていて、俺の作ったものよりも何割かロスが少ない感じでだ。くそ、ちょっとくやしい。
これだけのことをしてのける『道具』だというのに、聞けば大抵の奴隷商人が持っているとか……言ってしまえば恒星間ネットワークに使用されている『ジニアスエンジン』が、その辺の普通の携帯端末に入って普及しているような感じか? いやちょっと違うか? あの地球の日本とほぼ同等の規模を誇るあのシステムの基幹を触らせてもらったときはマジで興奮したものな~~~はあ……また触らせてほしい。おっとそれたそれた。
いずれにしてもだ。
この『紋』を刻む道具は本当に途方もない存在ということは確かだ。
そうだというのに……
なぜか、オーユゥーン達全員がぽかんと口を開けて俺を見ているし。
「んだよてめえら」
「あ、いえ……その、よくわかりませんけれど、急にお兄様が生き生きとお話を始めてしまわれましたので、ちょっと驚きまして。お兄様は魔術師でいらっしゃいましたの?」
うんうんとそれに頷く他の連中。
「俺は戦士だよ。なんだよその目は。戦士が魔法知ってちゃいけねえのかよ」
そういや、魔無しの戦士なんてくそみそだみてえなことをゴードンじいさんも言っていたな。ってことはあれだな、こいつら俺のこと魔法も使えない本当の役立たずくらいに思ってたってことか。くそがっ。マジで、ムカついてきた。
「あのなぁ、俺だって魔法くらい使えんだよ。っざっけんな馬鹿にしやがって」
「あ、いえ、決してそういうことではなくて……もし、魔法のことにお詳しいのでしたら、できたらその……」
急におどおどとしつつ俺に何かを言おうとし始めたオーユゥーンであったが、次の瞬間その言葉は中断を余儀なくされた。
室外に何やら駆けるような足音が響き始め、バンッと突然この部屋の扉が開け放たれたのだ。
「オーユゥーン姉。【ミンミ】が呼んでるよ。すぐに来てよ」
そこには無表情な一人の娼婦が立っていた。




