第一話 フォレスト・ライノ
冒険者なんてものは、一山いくらの消耗品でしかないんだな……とは、実際に働いてみた感想ではある。
魑魅魍魎が跋扈するこの異世界において、町の平安……強いてはそこに暮らす人々の営みを守る根底こそが、この自由活動互助組合、通称『冒険者ギルド』の仕事であることは間違いなかった。
確かにこの世界にも警察に似た機構はあった。
国や諸侯の領に属する騎士団や兵団、賞金稼ぎや傭兵などの民団などがそれであり、一度戦ともなれば先陣を切って戦う猛者が集まっているのだという。
しかし、そのような精鋭が全国民を守れるわけもなく、特にこのような辺境とも呼べる収斂な山岳地域の農村に毛の生えたような街まで手が回らなくとも文句は言えないというわけだ。
さてそのようなわけで、この山間に開けた少し大きな規模の街、『アルドバルディン』において冒険者をするということはつまり、襲撃者の矢面に立つということなのである。それがどういうことかと言うと……
「モンジローもっと速く走るんだ!」
「ひぃ、ひー、んなこと言われても」
俺の目の前には冷ややかな視線を向けてくる金髪碧眼で銀の軽鎧をその身に纏った、一見爽やかそうなイケメンの後姿。そのすぐ両脇にはわき目も振らずに全力で走るやはり金髪の魔法使い風の少女の姿と、青の長衣で身を包んだ青髪の少女の姿が。
俺は必死にその3人を追って走っているわけだが全く追いつくことができない。まあ、当然なんだがな。なにしろレベルが違いすぎるから。3人は遅い俺に合わせるどころか全力で引き離そうとしている感じ。眼前のイケメンに関しては俺を軽蔑した感じで睨んでやがるし。
こいつらなんで助けてくれねえんだよ。登山の時は一番足の遅い奴にペースを合わせるって常識を知らねえのかよ。マジでふざけんな!
とか、脳内で悪態を吐いたら、足が急に草に絡まった。
「わっ、わわわ!」
もんどり打ってその場に転がる。
と、慌てて起き上がって3人を追いかけようとして顔を上げてみたら、イケメンヤローが呟くのが聞こえた。
「ちっ……なんて……は役立たずなんだ」
連中はそのまま森の奥へと消えていった。
んだとこのくそがぁ!
今まで散々人のことをこき使っておきやがって、最後はこれかよ、助けろよ、マジで! なんなの? なんなんだよあの連中は!
瞬間怒髪天に身を焼きながら連中を罵ってやろうと口を開きかけたが、背後から迫る巨大な足音が次第と大きくなってきていることに気が付き、今更ながらに萎縮した。
バキッ、バキバキ……
深い森の向こうから巨大な何かがバキバキと木を折りながらこっちへと近づいてくる。
「うわ……わわわ……」
俺は右手で掴んでいた闘剣で足に絡まった蔦を切って慌てて立ち上がる。
と、同時に地響きを立てて迫りくる巨大なそれに向かって剣を構えた。
いや、マジで逃げたい。逃げたいんだが……
めっちゃ足が震えて全然動かねえし……
やばい、怖い、怖すぎる……
バキバキバキバキ……
大きな音を立てて目の前の大木があっという間にへし折れてそこから大きな2本の角がにょきっと現れた。
「グルゥゥウウウウウ……」
「で、でけええええ……」
俺の目の前に現れたのは身の丈4mはありそうな巨大なサイのような化け物『フォレストライノ』。全身に苔がびっしりと生えたようなその巨躯はまるで小山を思わせる強烈な存在感を放っていた。当然だがその体表は固くこんな安っぽいグラディウス程度の突きなど全く通るわけのないまさに要塞だ。だがしかしその挙動は驚くほどに素早く、頭部の2本の角で一撃必殺の突きを繰り出してくる。その突進は城壁をも突き破ると言われており、人間が食らえば木っ端微塵間違いなし!
いや、それを知っていたからってどうなるわけでもないんだけどな。
フォレストライノは目を真っ赤に輝かせながらその巨大な右前脚で地面をガッガッと思いっきり蹴っているし。
ひえ……めっちゃ怒ってやがる。
そりゃ当然か、なにしろあいつらがこいつの子供を狩りやがったからな。
小型のサイ型のモンスターが群れでいるってことは近くに親もいるに決まってんじゃねえか。だというのにあのバカどもはフォレストライノを狩って経験値稼ぎだ! 名声だ! とかほざいて周囲をろくに確認もせずに飛び込んで子供をぶち殺しちまいやがった。
もっとも、このサイは地球のサイと違って完全な肉食だからな、人間も食うわけで害にもなるから狩るのはやぶさかじゃないんだが、短絡的に殺しにむかって逆にこうやって追いかけられてんだから世話はねえよな。
構えたグラディウスがぷるぷる震えている。こら静まれよ、剣! って震えているのは俺の手か。
はわわ、いったいどうすりゃ良いってんだよまじで。
鍛冶屋の親父にこの闘剣を譲ってもらったときに、この近辺の魔物の中でフォレストライノだけは絶対に相手にするな。高レベル冒険者でも剣は通らねえからな! と嫌な忠告を受けちまっているし。
高レベル冒険者どころか、たった『レベル1』のこの俺が戦えるわけねえじゃねえかよ。
俺には『超極レアスキル』があるにはあるが、あるって言ったって、今は結局なんの役には立たねえし……
剣は効かない、スキルも使い物にならない……ときたら、もうこれしかねえじゃねえかよ……
とはいえ、俺みたいなへなちょこじゃどうにもならないんじゃないか? やべぇ、マジでどうしよう。
そんな葛藤をしていたら、唐突に目の前の山が動いた。まるで巨大な列車のように地響きを立てて迫りくる。
わわわ……ええぃ、ままよ‼
俺は慌てて闘剣を握りしめたまま、大きく息を吐きながら怪物の正面に立った。
× × ×
「うへーーーーー、し、死ぬかと思った……」
ようやく街の門にたどり着いて俺は安堵にへたり込んだ。
門番をしている顔見知りになったおっちゃんが駆け寄ってきて水を渡してきてくれた。いやマジでありがてえ。
ごきゅんごきゅんとその水筒を飲み干すと、おっちゃんがめっちゃ爽やかに笑顔をむけてくれるし。うんこういうの本当に嬉しいし、すげー幸せなんだけど、なんで髭面のおっちゃんに胸キュンしなきゃいけねえんだよ。うへぇ。
ま、そうは言っても生きて帰ってこれたんだから御の字だろう。
俺はフラフラになりながら冒険者ギルドを目指して歩く。
時刻はそろそろ夕刻に差し掛かろうとしていた。メインストリートは夕飯の買い出しに出歩く人であふれていた。子供の手を引いた母親達がたくさん行きかっているのを見ていると、故郷の景色を思い出す。人間がいればどこでも生活は同じようになるもんなんだな。と、そう感慨深いものがあった。
「おかえりなさいご主人。随分ぼろぼろっすね、あれ? 御一人でやんすか?」
急に背後から声を掛けられて振り向けば、そこには胸元の大きく開いた桃色の西洋着を着た黒髪長髪の小柄な女……というか、俺の知り合い……というか連れだった。
「ああ、『二ム』ただいまだ。まったくヒデエ目に遭ったぜ」
二ムは俺の腕に飛びつくとそのままぎゅぎゅっと自分の胸を押し当ててくる。
「なにしてんだよ?」
「いや、そこは美人に迫られたんすから、『でへへ』とか『ぐへへ』とか鼻の下伸ばした助兵衛反応に期待したんですけどね」
「なんで俺がお前にそんな反応しなきゃいけないんだよ」
「なんでって……そりゃあ……! ワッチをこんな身体にしたのはご主人様でありんすから~~~‼」
と、思いっきり体をくねらせてしな垂れかかり乍ら大声でそんな芝居じみたセリフを吐きやがるし。
周りにいる連中が一斉に真っ赤な顔して俺から距離を取りやがるし。
「お、おい、これじゃ俺がお前を手籠めにして調教したみたいじゃねえかよ」
「ワッチはなーんも嘘ついてませんけどね。この身体に作り変えたのだってご主人ですし、調教したのもご主人ですし」
「変な当て字すんじゃねえよ、名誉棄損甚だしい!」
「だからいっそもう一発しっぽりとワッチとやっちまいやしょうぜ! ね、そうすりゃ名実ともにご主人は女侍らした鬼畜冒険者の仲間入りですし、ワッチも気持ち良くなれますし!」
「どんどん酷い方に向かってんじゃねえかよ。いいか! 寝込みは絶対襲うんじゃねえぞ!」
「お! それは『押すな、押すなよ、絶対押すなよ!』のあれでやんすね?」
両手を握りこんで、フンスと鼻息を荒ぶらせる機械人形。
「どこの世界にそんな振りで押し倒されようって考えるバカがいるんだよ。俺はまだギルドに寄らなきゃいけねえんだからいい加減にしろよな」
「そうでしたか。なら今日はワッチもご一緒しますよ。もう仕事はけましたもんで」
「なら構わねえけど……静かにするんだぞ」
「了解でっす!」
と、その黒髪に少し指を通してちょこんと敬礼をしてきた。
グッ……正直こういう何気ない挙動は本当に可愛く見えちまう。ううん、いかんいかん、こいつはただの『人造人間』だ。確かにこいつはエッチ専用の『性交代替自律人形』の身体だが、俺が動力から何から手を加えて組み立てたし、電子頭脳も俺が改造したものを使用したことで、より人間に近い存在にしたつもりだ。そんな相手にいきなり下の世話になりたいなどと誰が思うモノか。
ま、まあ、色々魅力的なのは間違いないのだが……胸とか尻とか……
ええい、そうではない。俺が求めているのはエロスだけではないんだ。
俺が手に入れたいのは『純愛』。
どいつもこいつもエロありきで恋愛を語りやがって、俺はそんなもんは求めてねえっつーの!
俺が理想とするのは、心が通い合う無垢な愛の形。目が合っただけでどきりとして、言葉を交わして恥ずかしくなって、でも離れることが出来ない二人のいじらしい姿。
まさに理想、まさに至高! これこそが人間のもっとも理想的な尊い愛の形なんだ! うん!
「ご主人、また気持ち悪い顔してましたぜ? どうせ純愛がーとか汚れない心がーとか、恥ずかしい中坊みたいなこと考えてたんでしょうけど、女なんて一皮剥けばみんなガチエロのケダモノでやんすからね? いい加減幻想捨てちまって、ワッチと良いことしやしょうよ。ほら、ワッチのあそこは未使用品ですぜ!」
「お前な……ファンタジーな異世界に転移してきておいて、幻想捨てろとか本末転倒じゃねえかよ? というか、いい加減そのヤリマンみたいな発言やめろ、俺が恥ずかしい」
ったくこいつは調子に乗るといつもこうだ。
いったい誰がこんなにしちまったのか……あ、作ったの俺か……くっ!
説明すれば簡単なことだが、俺たちは所謂『異世界人』だ。というか、他の世界からこの世界に来たっぽい。
っぽいというのはつまり、俺たちにも良くわかってはいないということなんだけどな。
俺の名前は『小暮紋次郎』。しがない19歳のその日暮らしのアルバイターだった。別に由縁あって定職に就かなかったわけではないんだが、在学中に色々教授達と揉めたせいで大学を追われ、その後は東京で最安値だと思えるボロアパートで暮らしながら就活をするも、俺みたいな出来損ないを雇ってくれる心の広い雇い主と巡り会うことが出来なかったというだけのことだ……はあ。
当然友達もいないし、寂しさのあまり家電を改造して、この隣にいる美少女の容姿の『ニム』を作ったわけだけど、どうしてかこいつ脳内思考エロエロのうえ、自分で陰部を改造して俺に迫るようになっちまった。もう勘弁してくれよ。
と、そんな俺たちが突然異世界に飛ばされた。
超自然現象か神のいたずらか……凡人の俺には何が起きたのかはまったくわかならいんだが、気がつけば真っ暗な墓場で骸骨軍団に囲まれてたってわけだ。本当に超怖かった。ニムを準戦闘用に改造しておいて良かったよ本当に。
でもあれだ……
普通『異世界召喚』とかって言ったら、白髭のおじいさんみたいな神様とか、絶世の女神様とかそんな連中に会うもんじゃないのか? そんで、なんでもひとつチートな能力かアイテムをどうぞみたいなサービスがあって、転生してすぐに『オレTUEEEEEEEEEEEEEE‼』やるもんなんじゃねえの?
そうだというのに、俺たちときたら、着の身着のままだったし、ニムなんて、穴空きブラに穴空きパンツという、もうそれ下着の意味なくね? みたいな装備だったしな。唯一持ち込めたのはオレがガキの頃から愛用していた工具セット一式だけ。
もうなんなの、この異世界転移? 骸骨めっちゃ怖かったし。
たまたまこのアルドバルディンの街の宿屋で暫く滞在させてもらえてたけど、何にもしないわけにもいかないしな、気合いを入れて冒険者になったってわけだ。
そして冒険者になって初めて俺は自分が持つ超特殊なスキルの事を知った。
つまりこれだ。
懐から銀色の板状のアイテムを取り出して目の前に翳す……と、横からニムもひょいとその顔を覗かせてきた。
――――――――――――
名前:モンジロウ・コグレ
種族:人間
所属:アルドバルディン冒険者ギルド
クラス:戦士
称号:駆け出し冒険者
Lv:1
恩恵:???????
属性:???????
スキル:〖取得経験値n倍:Lv1〗
魔法:なし
体力:5
知力:5
速力:6
守力:4
運:12
名声:1
魔力:0
経験値:83,530
――――――――――――
「お! 相変わらずの凄い経験値っすね。で、いつレベルアップするんすか?」
ニヤニヤしながら二ムがそんなことを聞いてきやがる。
「うるせぇよ‼ 分かってて聞くんじゃねーよ、このハゲッ!」
「わっ、怒んないでくださいよ、素朴な疑問なんすから……どこも禿げてないっすよね? ね? ね?」
と、自分の頭をぺたぺた触りだすし。はいはい、別にどこも禿げてなんかねーよ。むしろさらっさらのふわっふわだ。
この今翳したカードは所謂『ステータスカード』と呼ばれるものだ。
材質は魔導金属と呼ばれるいかにもファンタジーな白銀の軽量金属製で、この世界では誰もが自分のステータスをこの特殊なカードで確認することが出来る。この金属自体に微弱な魔力で解析魔法が封じ込められており、それが所持者の身体に触れることで文字を浮かび上がらせるという至極簡単な代物だ。だが単純だからこそ確実に数値が現れ偽造が難しいアイテムでもあった。まあ、難しいだけでしようと思えばいくらでも偽造できそうではあるけどな。
流石に異世界から来た俺達には、このカードの効果が表れないのではないかと、初めてギルド受付で手渡されたときにはひやひやしたもんだけど結果としてはきちんと数字などが表示され、無事冒険者になることができた。実は人間ではない二ムにもステータスが表示されて驚いたわけだが。まあでも、色々表示がおかしくて冒険者にはなれなかったけども。
ということで、俺の超特殊なスキルとは当にこれのことだ。
スキル:〖取得経験値n倍:Lv1〗
『恩恵』や『属性』が『???』なのとか問題がありそうに見えるがとにかくこのスキルだ。
普通に考えてとんでもない効果だ。なにしろ他人よりも経験値の入りが増えるわけだからな。ゲームでの話ならもうウハウハだろう。
そう、この世界もゲーム同様に経験値による身体強化が、可能な世界なのだ。
仮にこの『n倍』の値が2だったとしたらその時点で経験値は2倍、他の奴の倍のスピードで成長してしまう……と誰もがそう考えた。俺もそう考えた。で、実際俺は他の奴らの追従を許さない勢いで経験値を稼ぎまくることができた。できていたのだが……
なぜかレベルが全く上がらない。
さんざん戦った。戦いまくった。
まあ、所詮今までただのアルバイターだったこの俺に、プロのハンターみたいなことは出来るわけないんだが、この闘剣片手に、チクチクする葉っぱのモンスター『スラッシュリーフ』とか小型の昆虫型の『スロービートル』、ねばっこくて大量に湧く『ストーンスネイル』とかをめっちゃ狩りまくった。
最初の頃はあの3人よりもむしろ俺の方が強かったくらいだ。
しかし、全くレベルが上がらない。
経験値だけなら連中の軽く10倍以上増えているのに、奴らはレベル3とかで俺はレベル1のまま。
その差は埋まるどころか開く一方。
そんな日が一か月くらい続き、今日なんかは連中が全員レベル10の大台に乗っちまって、晴れてギルド公認冒険者になったっていうのに俺は1のまま。経験値だけみれば100倍以上違うのにだぞ? 意味わからん。
それよりもだ。
『まだレベル1なのか。意味のないスキルなんだな』
つい今朝ほどうちのパーティのリーダーでもあるあいつが言った言葉。
あのくそムカつく金髪騎士め。この俺をバカにしくさって忌々しい。しかもあんなとんでもない化け物の前に置き去りにしやがって、文句の一つも言ってやらねえと気が済まねえ。
レベルが全く上がらないのは異世界人だからってことなのかもだが、今はそんなことは関係ない。
文句をぶちまけてやる!
と、そんな俺の感情にはお構いなしに、腕に抱き着いたままの二ムがふんふふーんーふふふふーんといつかTVで流れていたCMのメロディを鼻歌で歌っていたのだが、もうそれには突っ込まずに漸くたどり着いた冒険者ギルドの入り口をそのまま開いて中に入った。
「てめぇら俺を置き去りにしやがって……」
と、入ったと同時に怒りのままにそう叫びかけたその時……
「お願いです! モンジローさんが、モンジローさんが死んじゃいます! お願いですから救出隊を出してください! お願いします!」
広いギルドホールの丁度正面。
ギルドの受付カウンターの女性職員にそう詰め寄る青いローブ姿の少女の姿がそこにあった。
きゅん……
「あ、今恋に落ちた音がしたみたいっすね」