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第五話 奴隷商人

「なあ、旦那ぁ。俺らは別にわざとやったんじゃねえからな。な、な、許してくれよ」


 早足で歩く俺に並ぶ様にしてシシンがそう言ってくる。

 ニムも他の連中もやはり急いで付いて来ている中、一応俺は気にするなとシシンには告げた。

 いや、失敗した。

 この世界の常識とか本当に分からなかったもんで、下手人をそのままこいつらに渡したままだったんだが、まさかこうもあっさりと奴隷商人に売り払うとは思っても見なかった。

 はっきり言ってかなりの驚きだ。

 普通、俺たちの世界のような法治国家であれば、犯罪者は男でも女でも、年寄りでも子供でも、多少知能の低い異星人だってまずは拘留されて取り調べを受けてから、裁判へと進む権利があって当然なのだが、まさかこっちの世界では、逮捕・即奴隷堕ちになるとは夢にも思わなかった。

 一応国もあるし、警察代わりの騎士団や冒険者ギルドがあるから法治国家と言えなくもないのだろうけど、実質それを管理監督している者がいない以上、身柄を確保されてしまえばその生殺与奪の全てはその相手に握られてしまうということだろう。

 しかもそれは日常茶飯事なんだろうな。こうして犯罪奴隷だ、人身売買だと普通に行われている世界な訳だし、ある意味犯罪者をこうすることは常識でもあるのだろう。

 まったく、いったいどこの歯には歯を理論だ。 

 当然だが、俺だってそこまで要求しているわけではない。

 盗みを働かれた以上、賠償などはあって然るべきだと思ってはいるが、それはあくまで通例に照らし会わされたレベル相応の分においてのみだ。

 なにも、わざわざ過分の贖罪を強いてそいつの人生を台無したいなどと思うものか。むしろ、そうだとしたら気分も悪いし、目覚めも悪すぎる。俺はそこまでサディストじゃねえんだよ。


 大通りを歩くこと10分。俺たちの目の前に表の戸を固く閉ざした大きな3階舘の洋館が現れた。

 ここでいいのか? と確認すると、俺たちが酒場に入っている間に鼠人を売りに行っていたヨザクが間違いないと肯定する。

 店の前には荷馬車を止める駐車スペースも広くとられているし、一目で大きな取引を行うことが可能な場所であることが推測できた。

 俺達はまず正面入り口に立ってそのガラス戸の隙間から覗くも、奥の方の部屋から灯りが漏れているのが分かる程度でそこで声を掛けても誰も出てくる気配はなかった。

 少なくとも中に誰かいるのは分かったから、俺達は全員で裏口へと向かった。


「止まれ。なんだ? お前らは?」


 館の裏口へと向かうと、そこには腰に剣を差した大柄な男の姿。まさしく『ザ・用心棒』って感じの風貌のこいつはこの館のガードマンなのだろう。

 俺は、さっきここに連れてこられた鼠人を売った者の仲間なんだが、店主と話がしたいんだと説明した。

 ガードマンは一度中に入るとすぐに出てきた。

 そして無言のまま顎をくいとしゃくって俺たちに中へ入るように促した。

 俺は通りすぎ様どうもと軽く会釈をして入ったわけだが、そいつの視線は俺ではなく、すぐ後ろのニムとシシンと並んでいるクロンに向けられている。

 そのじっとりとした舐めるような視線にげんなりとしながら俺達は中へ入った。


「これはこれはこんな時間にどうかなさいましたか?」


 そう言いながら現れたのはでっぷりとした体型に明らかに営業スマイルといった感じの笑顔を張り付かせた中年の男。奴は慌てて服を着たのかシャツがズボンから少しはみ出したままでそれを直し直しそこに立っている。

 そんな奴にむかって最初に口を開いたのはシシンだった。


「あんたが店主か? いやなに、実はさっき俺たちが連れてきた鼠人(ラッチマン)なんだがな、実は奴隷にする話は間違いだったんだ。金を返すから、奴を返してくれねえかな」


 そう言いながら、その代金らしきものが入った袋をその男の目の前に差し出した。

 男はそれを一瞥すると、中を確認することもなく大きく頷いた。


「左様でございますか、それはそれは心配でしたでしょうね。『隷属契約』を結んでしまえば完全な奴隷となってしまいますしね。ええ、ええ、当然まだ契約は結んではおりませんとも。お客様がお早くお越しになられて本当に良かったです」


 店主の男は人の良さそうな笑みを浮かべて手を揉んで俺たちを見ている。やはりというか、ニムやクロンを見るときの目がかなりじっとりしたものであるのは、人の売り買いを生業としている商人としては最早致し方ないのかもしれないが、とりあえず件の犯人は穏便に返してもらえそうだ。


「悪いな。ではこの金を返そう」


 そう言って袋を再度差し出したシシンに店主は大きく首を振った。


「いえいえ、それには及びません。そのお金はあなた様方に商売の対価としてお支払したもの。それを返していただく必要などありません」


「は?」


 嫌な予感を覚えつつ、店主の言葉の続きを待っていた俺の耳に、最悪の返答が飛び込んできた。


「では、改めまして、お預かりしている鼠人の少女をお返しする額と致しまして、金10,000,000ゴールドをご請求させていただきましょう」


「はあっ!? い、一千万……だと? ちょ、ちょっと待て店主。お前は何を言ってるんだ? 俺がお前に売った時の代金はたったの5000ゴールドだったんだぞ? それがなんで買い戻すだけで一千万ゴールドになるんだよ」


「ご主人……」


「ああ、やられたな」


 怒声巻き上げるシシンの後ろでニムが俺にポツリと不安そうに囁いていた。

 これがこの世界のやりかたなんだろうな。いや商売の需要と供給の観点から考えても至極自然か。

 要らないから売りたい俺達から安く買い叩いた商人。返してほしい俺たちに高額をふっかける商人。どちらも商売として考えるなら普通の考え方だ。

 何しろ俺たちが欲しがっているのは代替品のない生身の人間だ。値段が高いからといって、じゃあ他のでいいとは言えない。商品を指定しているわけだからな。

 これが俺達のいた世界であれば、クーリングオフだ、回収だと正規の手続きも存在するし、そもそも人身売買も表向きには行われていないから取り戻す方法はいくらでもある。

 けどここは異世界で、ここにはここのルールもある。

 こうも強気に出られればこっちにはもうどうしようもない。

 

「なあ、旦那ちょっと……」


 シシンにそう言われ、俺達は隅の方でちょっとした打ち合わせ。

 シシンは両手をぱちんと合わせて俺に頭を下げた。


「いや、本当に申し訳なかった。今回は俺たちの完全な失策だ。この詫びはいつか別の形で必ずするからよ、今回だけは勘弁してくれよ。な? な?」


「え? じゃあ、シシンさんたちはあの鼠人の人を助けてくれないんでやんすか?」


 ニムにそう言われ、頭を掻くシシンと仲間たち。


「いやぁ、今回は流石にどうしようもねえだろ。あの鼠人だって、今回はあくまで犯罪をしたから売り飛ばされたわけだし言い逃れのしようもねえしな。それに、いくらなんでも一千万は高すぎるぜ。一国の姫を買うわけでもねえのに、そんな大金奴隷に使うバカはいねえよ」


 一国の姫がその値段で奴隷になっている可能性があることにまず驚きだが、こいつらのこの軽い反応はまさに驚愕だ。

 それはニムも同じだったようで、こいつはこいつでいきなり憤慨しはじめた。


「もういいっす。じゃあ、ワッチが助けてくるっすから」


「おいバカやめろ。お前のそれはただの犯罪だ。そもそも今のお前は全力だせねえだろうが」


「ここにいる連中全員指先ひとつでダウンっすよ? ゆーあーしょっくっすよ!」


「誰が北斗○拳使えって言った! 使うなバカ!」


 ニムがチェーと口を尖らせているが。

 こいつ俺が止めなきゃマジでここにいる連中皆殺しにするつもりだったのか。恐ろしいな。

 

「どうされるかお話は纏まりましたかな? 私もこう見えてなかなか忙しい身の上ですので、そろそろおいとましたいのですが」


 店主がそう言いながら微笑みかけてきた。

 正直、シシン達の協力はもう仰げないし、こいつらの言っていることももっともで、犯罪者が奴隷堕ちするのがこの世界の常識だと言うのならばそれも仕方がないような気もしてきていた。


 でも……


「ご主人、ワッチはヤっすよ?」


 俺の隣の機械人形は本当にぶれないな。

 常識がとか、法律がとかではなく、ただ嫌だからというだけの解答。でも、それは俺にとっても同感とするところだった。人を物として扱うこと、扱われることを容認することは絶対にしない。


「あー、シシン。もう大丈夫だ。あとは俺とニムの二人だけでいい」


 ひらひらと手を振ったあとで、俺は店主に向き直る。

 

「さすがにその条件では飲めねえよ。いくらなんでも高すぎる。他の方法はなにかないか?」


 俺の言葉に店主は微笑んだままで顎に手を置く。そしてその視線は当然のようにニムへと向かっていた。


「ではこうしましょう。お客様のお連れのお嬢様と交換ということで良ければこちらも応じましょう」


「ダメに決まってんだろうが」


「へ?」


 案の定の店主の案を俺は当然却下した。それを不思議そうな目で見てくるニム。いや、当事者のお前がそんな目をするんじゃねえよ。

 

「ご、ご主人……そんなにワッチのこと……マジで愛してやす」


 涙ぐみながらそんなことをのたまうニム。

 いや、マジでダメだから。お前をこんな異世界に放逐したら最後どうなるかわかったもんじゃないから。

 最悪、万が一の話ではあるが、俺がリミッター解除した陽電子リアクターが暴走したり、もしくは故意にさせたりして、対消滅現象でも発生させやがったら一貫の終わりだ。いったいどれくらいの規模で宇宙が抉られるか、想像するだに恐ろしい。

 絶対に駄目だからなと再度繰り返すとニムはニマニマしながら頷いて、店主はやれやれと肩を竦めた。


「お客様は相当強欲でいらっしゃる。あれもこれも全て手に入れたいご様子……でも私もそのような考え方は嫌いではありませんよ……では分かりました。よござんす、お客様のお人柄に免じて私も折れるとしましょう」


 店主がいきなりそんなことを言い出した。こいつの口は滑らかすぎて怪しさ満点なのだが、さて……


「では一つ私とゲームをしましょう」


「ゲーム?」


 急に訳の分からないことを言い出す店主に当然俺も身構えるも、それを見た店主が大丈夫だとジェスチャーを入れてきた。


「いえいえいえ、ゲームと言ってもそんなに難しい話ではありません。私はいろいろと忙しいと申しましたが、なかなか買い物に行く時間もないのです。ですので、皆さんにヒントを差し上げますので、私の欲しいものを予想して購入してきて欲しいのです。別に意地の悪いヒントを出したりもしませんし、当然この街で買えるものにしますし。それと、十分購入可能なお代も当然先にお渡ししておきますし。このゲームをクリア出来たなら、あの鼠人を5000ゴールドでお返ししてもかまいませんよ。ほら、簡単でしょう?」


 人の良さそうな顔の店主はあくまでポーカーフェースで何を考えているのかまでは読み取ることができない。

 だが、確かにこのゲームをクリアすることで良いならそれほど難しくは無いことのようにも思える。

 店主の言の通りだとするなら、俺達はこの町で売っている商品を見つけ出してそれをただ買ってくるだけでいい。多分ゲームというくらいだから見つけ出し難い物なのだろうけど、ヒントがしっかりしていればそうそう迷うこともないような気もする。

 なんとなくだが、急な来訪者である俺たちに辟易している様でもあるし、ひょっとしたらこいつの中では例の鼠人をさっさと渡しても良いと思い直しているのかもしれない。ただ、商人としては『はいどうぞ』と言うのが憚られてあんなとんでもない金額を提示しただけなのかもしれない。

 そうなると俺たちにデメリットはほとんどないか……

 そこまで考えた時、俺の脇で唐突に動いたやつがいた。


「分かりやした! その勝負お受けしましょう!」


「ニムッ!? て、てめえ何を勝手に……」


 俺の隣で声をあげたのは間違う事なき機械人形。ニムは両手をグッと握りしめてフンスと鼻息荒く店主に宣言した。


「店主さん、そのゲームに勝てばあの鼠人の人を返してくれるんでやすよね。店主さんの欲しいものを買ってくるだけでいいんでやすよね?」


 店主はニコリと再び微笑んでだ。


「はい、その通りですよお嬢さん。私は何も嘘はつきませんよ。当然わざと難しいヒントを出したりはしませんし、買ってきた商品を見て難癖をつけたりもしません。ただ、私はみなさんにゲームをクリアして頂きたいだけなのです」


「ですって! ご主人」


 急に俺を振り向くニム。

 何が「ですって」だ。勝手に話を進めやがって。

 でも、まあそうか。このゲームは単に買い物をしてくるだけの簡単な……言わば小間使いイベだ。ニムも乗り気の様だしこのまま受けてしまった方が話も早い気がするな。

 俺はもう一度熟考するも、大きな問題点は無いように思えた。

 仮にその商品を相手が手放したくないと申し出た場合だが、その際は青天井で支払う額を吊り上げてしまっても良い。なにしろこの店主は「買ってこい」と言っただけで、「いくらで」とは明言していないのだ。

 

 そこまでのことを考えているのだろうかと、じっと相手を見つめてもやはり何を考えているか読み取ることは敵わなかった。

 

「はい、もういいっすよね。店主さん。じゃあ、そのゲームお受けします」


「おい、ちょ、ニム、おま……」


 急に勝手にそういい始めたニムを止めようかとも思ったが、もう遅かった。店主はぽそぽそと何かを呟いた後で、ニムに微笑みながら言った。


「『……の元に汝……このルールでこのゲームをお受けしますか』」


「はいっ!」


「ニムっ、このバカっ!」


 朗々と呪文の様に紡がれたその小声の最後……店主がニムに向かって問いかけたそれに、ニムが大声で返事をしてしまった。

 その途端にニムの身体を金色の光が包んだ。


「はれ? なんすかね? これ?」


 光る自分の腕や身体を見つめながらそんなすっとぼけた声を漏らすニム。自分の光る手を目の前に持ち上げて興味津々な体で見つめていたが、やがて光は二ムの身体に吸い込まれる様にして消えていった。

 

「に、二ムさん!? そ、それは……その魔法はまずいですよ」


「へぇ?」


 突然クロンがそう叫んで二ムに近寄ってきた。

 そしてその手を取りながら、慌てた感じで言う。


「今の魔法は、闇魔法の『死の契約ダクネス・デスコントラクト』ですよ。私も油断していました。まさか商人の方がこんな魔法を使うなんて……」


 ん? 『死の契約』? なんのことだ?

 いまいち事態を飲み込めずにいると、クロンが店主へと詰め寄った。


「なんでこんなことをするの? 命がけのゲームなんて取り返しがつかないじゃない!」


「ふふふ……私はただゲームの条件を整えただけですよ。皆さんがゲームを進めるにあたってきっちりと契約を交わさせて頂いただけです。なに、成功でも失敗でもゲームをきっちり終了しさえすれば別段なんの制約も効果も出たりはしないですよ」


 店主はそう言うが、こっちはいったいその『死の契約』がどんな魔法なのか分からない。例の魔法の本にはそんな魔法のことは載っていなかったし。なので、とりあえずそのことを知っていそうなクロンに尋ねてみた……


「『死の契約ダクネス・デスコントラクト』とは、闇の上位魔法の一つで、契約することで絶対的な束縛を相手に施す魔法です。具体的には契約の内容に背けない、術を掛けた本人を害せない、そして、もし契約に背いたときは強制的にその心臓を潰されて死に……死に至らしめます」

 

 唇を噛んでそう話すクロン。ここまで詳しいということはひょっとしたらクロンはこの魔法が行使されたところを見たことがあるのかもしれない。目の前で急に心臓止まっちゃうとかマジで恐ろしすぎる。


「てめえ! いきなりなんてことしやがる。まさかと思うが、俺らのこと知らないわけじゃねえだろうな」


 シシンが怒声をまき散らしながら店主の襟首を掴んで持ち上げた。

 腕に血管を浮かび上がらせながらボディスーツが張り裂けそうなくらい筋肉を漲らせてしまっている。とんでもない怪力だな。

 だが、店主は全く動じずに答えた。


「ええ、ええ、当然知っておりますとも。緋色の衣装の棍使いとその仲間の方達と言えば、この国で知らない者はいない超級冒険者パーティ『緋竜の爪』に決まっておりますから。むしろ知らない方がおかしいでしょう」


 いや、俺は全然知らなかったんだが。なに、こいつら、そんなに有名人なの?

 確かにAランクなんて並みの冒険者からすれば雲上人のような存在なのだろうけど、こいつら普通に気安いしな。全然えらい奴には見えないのだが。

 だけど、そうか。知っているのか。知っててこんな扱いを受けていても顔色一つ変えないとか、ほんとこいつは食えない奴だな。


「分かったよ。そのゲームとやらをやってやるから、さっさと話しをしてくれ。シシンも良いからそいつを放してくれ、どうせそいつの思い通りになるようにもう仕組まれちまってるだろうしよ」


 俺がそう言うと、シシンは苦虫を噛み潰したような顔に変わって、乱暴にその手を放した。

 クビの辺りに手を当てて苦しそうにしている店主だが、俺に向かって微笑みかけてきた。


「はは……これは手厳しい。ま、要は皆さまがこのゲームに勝たれれば良いだけですよ」


 まだ碌に説明もしねえで良く口が回る奴だぜ。当然俺はもはや全くこいつの言葉を信用する気になってはいない。

 さて、何を言い出すのかと睨みながら待っていると、奴は漸く口を開いた。


「では、ヒントを申しましょう。私がここまで買って持ってきて欲しいものは……」


 やつの言葉を固唾を飲んで待つ一同。

 そして奴は言った。


「それは……『メイヴの微睡(まどろみ)』に居る『奴隷娼婦』の『ヴィエッタ』嬢です」


「「「なにッ!?」」」


 いきなり絶叫したのはシシンとゴンゴウとヨザクの三人。な、なんだよ急に? でかい声出しやがって。

 っていうか、これがヒント? どんな感じの奴隷だとかじゃなく、店の名前みたいなものとか本人の名前まで言いやがった。これはどういうことなんだ?

 訝しげな顔でもしていたのだろうか、俺の視線をどう感じたのか、シシン達が俺に詰め寄ってきた。

 

「お、おい、旦那。こりゃダメだ。よりによってヴィエッタを買って来いとか、完全に嵌められちまってる」

「これは天地が返っても不可能であるな、南無」

「そ、そもそも買うなんてしたら、国中の男になぶり殺しにされちまうぞ」


「は?」


 いったい何を言ってるんだ? こいつらは。そもそも奴隷を買ってこいとか言ってる時点で醜悪すぎて吐き気しかしないのだが、それにしたってこいつらの反応はおかしすぎる。

 ニムも暫く呆然とした顔をしていたが、口の中で小さくヴィエッタヴィエッタと何度か繰り返し唱えているうちに、あっと小さく声を上げたところをみると何かに気がついたようだ。

 よく解っていない感じなのは俺とクロンの二人だけ。クロンはシシン達の顔を訝しい目付きでジロジロ見ているだけだ。

 うーん、これは説明を求めなければ……

 と、思ったところで、店主が口を開いた。


「おっと、どうもヒントを出しすぎてしまいましたかね? これは失礼。ですが、お分かりになられたのでしたら良かったです。私はここでお待ちしておりますので、なるべく早くお願い致しますね。おっと、そうそういい忘れておりましたが、このゲームの『契約』の期限は明日の日暮れまでとさせて頂きました。また、もうひとつ……もしこの依頼に失敗しヴィエッタ嬢を連れて来れなかった時には、お連れ様のお嬢様を奴隷として貰い受けることになりますのでどうぞご注意くださいませ」


「な、なにを言ってるんだ貴様は! このゲームは俺たちが勝った時に鼠人を解放するというだけのものだったじゃないか!? それがなんで失敗するとこのニムさんを差し出すような約束になるんだよ」


 激昂するシシンだが、店主は飄々として答えた。


「ゲームなのですから、当方にも利益が生じて当然のことでしょう。このお方でしたら私どもとしても相当な価値の利益となることは間違いないですし、あなた方がご所望の鼠人の少女と比較してもまさにバランスのとれた賭け物だと思いますが?」


「何がバランスのとれただ。犯罪奴隷と一般人が同じ分けねえだろうが」


 尚も噛みつくシシンに店主はヤレヤレと首を振りながら俺たちに付いてくるように促しつつ、背後の扉を開けた。

 その途端に光漏れでて闇を侵食し、蝋燭の微かな灯に慣れていた俺たちの目を眩ませる。

 と、そこで見た光景に俺は激しい嫌悪感を抱いた。


「ん~~~~! んん~~~~~~~~!」


「どうです? すばらしいでしょう? これをその辺りのゴロツキ犯罪奴隷と一緒にはして欲しくないのですよ」


 店主がそう言いながら俺たちに指し示したそれは見るに耐えない光景。

 ランタンの灯りが煌々と点ったその狭い室内には4人の男と一人の未成熟な少女の姿があった。

 男達は皆上半身裸で、下も薄い布切れのような下着一枚の姿になって、全員の手に棍棒が握られている。

 そしてその少女はと言えば、天井から吊るされた鎖でその両手を完全に固定され、宙吊りにされている。着ていたであろうその服はビリビリに破かれて床に捨てられていた。

 一糸纏わないままで口には猿轡を噛まされ声も出せないその全身には、殴られてついたのだろう、腫れ上がった青アザと裂傷が至るところに出来ていた。

 

 唯一傷のない顔を良く見てみれば、なるほど先程の鼠人(ラッチマン)である。店主の言葉の端々から少年ではなく少女だということは察していたが、確かにこいつの性別は女だった。

 とはいえ、どう見てもまだまだ幼い少女である。

 そんな彼女をニヤニヤと見つめる男達と店主は、どう軽く見ても人でなしのろくでなしだ。

 店主は先程までの柔和な表情を厭らしい物に激変させ微笑みながら言った。


「鼠人という種族はご存じの通り、生涯をこの幼い見た目のまま過ごすのです。そして、世の中にはこのような存在の愛好家が特に貴族の中に多く居られましてね、私どもといたしましてもとても良い商品なのですよ。ですので、奴隷とする前により愛玩されるための技術指導として、こうして私手ずから調教しようとしていたところだったのですよ」


 そこまで言って、店主はポンとひとつ手を打った。


「そうそうお客様。私も今回のことでこの国が誇るA級冒険者の皆様と矛を構えたいなどとは思っておりません。『戦闘奴隷』や『壁奴隷』、当然『性奴隷』など、全力で商品をご用意させていただきますのでなんなりとお申し付けくださいませ」


「て、てめえな……」


 滔々と語る店主にシシンももはや呆れた顔に変わってきてしまっているが……

 まあ、これがこの世界の『商人』ってことなんだろうな。

 本当に……

 清々しいくらいの……『糞』だ。


「おい、店主。分かったから、さっさと始めやがれ」


「お、おい、旦那? 良いのかよ」


 不安気なシシンの顔にむかってヒラヒラ手を振ってから言葉を続けた。


「だけど、こちらも条件をつけさせてもらう。ここまで全部お前の掌の上じゃこっちも面白くねえからな。ひとつは金。俺は手元に金はねえからな。あんたが購入金額をいくらで設定しているのか知らねえが少ない金額じゃ買えそうにないからな……俺が要求する金額は『1億ゴールド』だ」


「「「い、いち……1億ゴールド!?」」」


 絶叫するシシン達緋竜の爪の面々。

 俺の言葉に薄く微笑んだ店主は背後の男の一人に指示を出して、なにやら金色の冒険者カードのような一枚の板を持ってこさせた。

 そしてそれを俺に手渡して言った。


「これは私の銀行の手形となります。中に2億ゴールド入っておりますので、1億と言わず、これをどうぞ全てお使いください。おっと、ですが、これはあくまでヴィエッタ嬢の代金。購入出来なかったときにはまるまる御返却いただきますので、くれぐれもお失くしになられないようにお気をつけ下さい」


「ちっ」


「「「に、2億‼‼」」」


 再び絶叫のシシン達。ええい、うるせえっ!

 ああくそっ! こんなにポンと手渡してくるあたり、要はすでにこの金額を先方に提示したこともあるということだろう。

 つまり、この金額では身請けは出来ないということだな。

 俺は忌々しく思いつつもカードから奴に視線を戻してもうひとつ付け足した。


「それとな、ここにニムを置いていく」


「「「ええええっ!?」」」


 またもや絶叫の……もういいや。本当にお前らこの国を代表する冒険者パーティなのか? 驚きすぎだろう。

 ニムを置いて行っても今回は別にそんなに困らない。なにしろもうすでにニムの燃料はかつかつでこれ以上激しくは動けないからだ。

 シシン達の伝でこの街に魔晶石がないだろうことはもう知っている。ただの宿場 町なのだから、普通は錬金術師くらいしか用のない魔晶石など本来この町には不要なのだ。それでも行商の商人などを探せば或いは手に入ることもあるかもしれないが、その考え事態博打みたいなものだし、そもそもそんな時間もない。

 飯を食って、有機(バイオ)エタノールを取り込んで多少充電できている程度だからな、どうせ動けないんだったら置いて行った方がいろいろとマシだ。


「わかってんなニム」


「当然っす! ここでワッチの『セクサロイド』としての本領を如何なく発揮して、全員メロメロにしちまえば良いってことっすよね。あ、ワッチのホールは死守しやすからご安心をっ!」


「ちげーよ、バカかお前はっ! 誰がんなこと頼むか!」


 何言ってんだこのポンコツは、全然わかってねえじゃねえか。

 どこの世界に自分から乗り込んでいってその場の全員を服従させるセクサロイドがいるってんだよ。

 そもそもお前のセクサロイド成分は素体(ボディー)だけで、機能とか頭脳的にはただの家電だろうが。


「お前な……お前にして欲しいのはその鼠人のケアだよ。とりあえずこのゲームが終わるまでは誰にも指一本触れさせるな。いいな」


「はいっ! わかりやした!」


 ビシィッと勇ましく三本指で敬礼するニム。ちらりとシシンやクロンの方に視線を向けてから俺に向き直るのだけどあまりにも所作が適当すぎて不安になってくる。本当に分かってんのかな、こいつは。

 店主たちをと見れば相変わらずニヤニヤとしていて、どうもニムを置いていくという俺の発言に気分を良くしたらしい。

 つまり、俺がもう勝負を諦めてニムを手放したくらいに思ってるのかもしれないな。

 いや、正直さっさと逃げ出したいよ、こんなところ。めちゃくちゃ怖いし。

 でもなぁ、目の前で命だ人生だなんだのやり取りしてるようなところを見ちまったしな、これで逃げだしたらそれこそ目覚めが悪いじゃ済まないよ。

 

「なあ、その鼠人と話をさせてくれよ。それくらいいいだろ?」


 俺の言葉に、店主は鷹揚に頷く。もう返事もする気はねえみてえだな。

 吊るされた彼女へと近づいてすぐにニムに視線を送る。それを察したニムは彼女を縛る鎖に手をかけるとそのまま一気に引きちぎった。


「なにしやがる」


 いきり立つ男の一人を俺は手で制した。


「まあまあ別にいいだろうこれくらい。ちゃんとゲームはしてやるんだからよ。別に逃げやしねえし」


 俺は自分の羽織っていた皮のジャケットを脱いで鼠人へとかぶせた。体格差もあるため、その前身はすっぽり覆うことが出来た。そして、猿轡を外してやってから声をかけた。


「お前を売り飛ばしちまって悪かったな。その……なんだ、ちゃんと助けてやるからニムと一緒にここでじっとして待ってろよ」


 きつく締め付けられうっ血して腫れている幼い頬を不器用に動かしながら彼女は俺を見上げながら呟く。


「許して……くれるの?」


「はぁ?」


 一瞬何を言ってるのか分からなかったが、そういえばこいつ俺の財布を盗みやがったんだった。

 それを思い出し、ああ、もう今更だなと妙に達観してしまっていることに自分で呆れてしまう。


「別に許しちゃいねえけどな、ここまでするつもりもなかった。だから悪かった。それだけだ」


 その途端に両目から滂沱の涙を溢れさせ始めてしまった鼠人の少女。ああ、こりゃもう話せないな……と理解して、少しだけニムに耳打ちして事後のことを言い含めてから俺は立ち上がった。

 

 周りには、半ば呆れた様子で俺を見るシシン達4人。

 ちらりと『このすけこましロリコンが』とか、そんな声が聞こえた気がしたが……誰もそんなこと言うやついないよね? そもそも俺はロリコンじゃないし甚だ心外だ。

 

 そんな俺に向かって最後に店主が……


「お嬢様方に手をつけるのは明日の日暮れまで待つことにいたしましょう。それでは、お客様の健闘をお祈りいたします」


 嘲弄の念の籠った卑しい視線を向けながら、口許を緩ませてそんなことを宣った。

 『手をつける』というのがただ触れるだけではないことを理解しつつ、あまりの胸くその悪さにただ黙って店主を睨み付けた。

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