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第四話 緋竜の爪

「まったくもって面目ねえ」


「ほんとっすよね! せっかく依頼だしたのに結局捕まえたのはワッチなんすから。これは報酬減額でもいいっすよね?」


「うう……鼠人(ラッチマン)一人捕まえられねえとは、俺たちも焼きがまわったぜ」


 その男は背を丸めて縮こまっているし。そして、それに倣うようにして、男の周囲にいる連中もしゅんと項垂れてしまっている。

 それを見下ろしながら腕を組んでプンスカしているニム。

 そんなニムをチラチラ見上げながら男が言った。


「いやあれだ、まさか『韋駄天』なんて極レアスキル持ってるなんて夢にも思わなくてだな」


「言い訳はいいっすよ」


「はい」


 速攻で再び項垂れる長身の男。

 なんだろう。何かとっても悪いことしている気がしてきた。

 俺は頭を掻きながらニムと連中に向かって言った。


「まああれだ。俺も条件に成功報酬云々を書くの忘れちまったし、相手のスキルだなんだも分からなかったんだから、まあ今回は無事成功ってことで」


「いやさすが紋次郎の旦那! 話が分かるぜ! いよっ! 大帝王! 大覇王! 俺たちゃ一生あんたについていくぜ! がははははは」


 いきなり陽気になったそいつは俺の背中をバンバン叩いてくる。

 いや、強すぎっから。超痛いから!

 大帝王って、ひょっとして大統領みたいなもんか?

 

「調子よすぎだろ。そもそもあんた俺よりずっとランク上じゃねえか。適当なことばっかぬかしてんじゃねえよ」


「小せえ小せえ、そんなことはどうだっていいじゃねえか、さささ。今日は俺らのおごりだ。遠慮なく飲んでくれ」


 と、俺のコップに酒を注ぎにかかる。

 そもそもその金の出所は俺なんだがな。

 イラっと思いつつも、急に調子のよくなったそいつと、その仲間たちを見ながら俺は注がれた酒をくいとあおった。


「はあ、本当にご主人はお人好しっすね。」


 大きくため息を吐きながら俺の隣で二ムが睨んできている。

 へえへえその通りだよ。どうせ俺はお人よしだよ。なにせ、自分が金を出して雇った連中にこんなに気をつかってんだからな。まあ、しかたねえだろ、もともと俺はこんな奴なんだから。


 そう、この目の前で陽気に酒を飲んでいる4人は俺が雇った冒険者なのである。

 

 例の窃盗犯のアジトを特定した俺と二ムは、すぐにそこに突入しなかった。

 ではどうしたかと言えば、二ムにその場を任せて、俺が走ってここに来るまでに見つけていたこの街の冒険者ギルドへと駆けこんだのだ。

 要は助っ人を頼みに行ったわけだな。

 これでも俺も冒険者。ギルドへの依頼の出し方、依頼料の目安も大体わかっている。ということで、すぐさま依頼を出したわけだけど、普通に出したのでは中々受諾されない可能性が高い上に、低レベルの奴が来ようものなら頼むだけ無駄に終わってしまう。

 そこで俺は、その場に居合わせた冒険者限定で相場の2倍の依頼料を提示し、かつ、Bランク以上の奴を指定したのだ。

 冒険者のランクはEランクからスタートし、依頼の達成度や件数に応じてD、Cとそのランクが上がって行く仕組みになっている。当然、ランクが高い方がより高難易度のクエストにありつけるようになるし、その分実力者が多いため、依頼をする場合もかなりの高額となるのだが、その分依頼達成率も上がるというわけだ。

 盗まれた額は相当なもんだったからな、ここで5万や10万を出し渋る理由にはならないし。

 ちなみに俺は現在Dランク。レベルは1だが、それなりの件数をこなした上にギルドへもキチンと納税しているためか、あっという間にランクが上がった。なんか納税額が増えたしうまいこと食い物にされてる気もしないではないが……まあいいか。

 つまり、より確実に依頼を遂行させようと思ったらそれなりにランクの高い冒険者を用意する必要があるわけで、俺は今回Bランクという、国や諸侯が兵隊の幹部クラスとしても欲しがるクラス、アルドバルディンにも一握りしかいなかった上級冒険者を指定したのだ。

 

 とはいえ、そこにそのランクの冒険者がいることが前提となってはいたのだが、幸いか不幸か、そこに彼らがいた。


 パーティ名『緋竜の爪』。


 緋色の全身スーツ様の目立つプロテクターを装着したリーダーの【シシン】を始め、他の3人もその身体に緋色に彩られた何らかの装備を装着していた。

 一見して見立つ彼らだったがそれだけではなかった。明らかにかなりの業物と判別できる上等の武器を携え、身に付けている防具もその辺に売っている二束三文のそれとは違う洗練された物であることが見てとれた。

 それだけでもこの連中が只者ではないことが分かり、とてもこの依頼を受けてくれるとは思えなかったが、金額を伝えた途端に一もニもなく即答してくれた。どうやら相当な金欠だった様で、すぐにでも仕事が欲しかったのだという。

 その後で分かったことではあるが、リーダーのシシンはレベル42にして単独でランクA……それも最高ランクであるランクSに間もなくなるだろうと噂されるほどの人物であり、他のパーティメンバーも軒並みランクBの超実力者揃いだった。

 一応パーティ構成を記しておくと、

 

【シシン】人間男/レベル42/ランクA/戦闘士

【クロン】人間女/レベル31/ランクB/弓術師

【ゴンゴウ】人間男/レベル35/ランクB/僧侶

【ヨザク】人間男/レベル40ランクB/探索者


 シシンは赤髪長身の棒使い。見た目からしてチャラい感じだが先ほど言った通りかなりの実力者である。

 クロンさんは、青いウェーブの掛かった髪の大きな瞳の一見して美人な女性。動きやすい革製の装備とかなり大きな銀の大弓を武器とした弓使い(アーチャー)だ。

 ゴンゴウは僧侶……というより僧兵って感じか。着物に似た黒と白の布製の法衣を纏い、筋肉質のいかつい体系の坊主頭は正にお坊さんのそれ。数珠でも持って居ると似合いそうなものだが、手にしていたのは鋭い刃の青竜刀だった。恐ろしい。

 そして最後、まるで猿の様な顔の茶髪の若い男のヨザクは、元盗賊の現探索者(シーカー)で、普段使う武器はダガーらしいが、実践では他の3人が脳筋すぎるため、ほとんど活躍の場面はないらしい。実際に俺もこいつの武器については見ていないのである。

 

 素性もわかりお互いの損得勘定が合致したことで、こうしてこの連中に俺は依頼したわけだが……

 

 俺達は犯人から盗まれた物を完全回収するために、犯人の逃走ルートを絞りこんだ。ニム曰く犯人は二階にいるとのことで考えうる逃走ルートはいくつかあったが、階下からの脱出をつぶすことで窓からの逃走へと誘導することにした。

 まず、俺が正面入り口を激しくノックした。こうすれば如何に図太い神経の持ち主であっても金を持ってすぐに逃げ出すだろうと踏んでのことだ。

 案の定犯人は予定通り窓からの逃走に移る……と、そこに待ち構えていたのは長弓を手にしたクロンさん。彼女は威力強化の魔法を付与した矢で、寸分の違いなく窓辺を撃ち抜き、ちょうど跳ねようとした鼠人を落下させた……かと思ったらなんと壁を蹴って空中へ舞い上がった。凄まじい身体能力だ。

 だが、当然それも予定の内で、リーダーのシシンはそれに対応し長尺の棒で犯人を突き落としたものの、待ち構えていたゴンゴウとヨザクの二人の間を高速ですり抜けるまさかの犯人。

 ということで、結局のところ最後にちょっとだけ本気を出したニムが捕まえたというわけだ。


「それにしてもよ紋次郎の旦那。旦那のお連れさん、まさかレアスキルの『超加速』使ってる奴に追い付くなんてな。いったいどんなアビリティーしてやがんだよ」


 リーダーのシシンが肉をかじりながらそんなことを聞いてきた。ま、当然気になるよな。

 それを聞いてニムがフフンと鼻を鳴らして胸を張った。大きな二つのそれがたゆんと波打ち、男連中の目が釘付けになっているが。


「ま、ワッチはご主人に全身いろいろ弄られてやすからね! これも当然っすよ!」


「「「い、弄り!?」」」


 一人の女冒険者を除いて、男連中が同時に絶句した挙げ句、なぜか急に俺を注目しやがるし。な、なんだよ、やめろよ。はすがしいだろ?

 確かにニムの駆動系は特に重点的に改造を加えたな。リアクター全開からの踏み込みなら軽く音速を超えるだろうよ。やらせたことないけど。

 そんなことを考えながらちびりと酒を飲むと、シシンがにやけながら声をかけてきた。


「旦那~~。真面目な顔して結構な好き者だなあんた。ひょっとしてこのすげえ娘、あんたの奴隷なのか?」


 肩を抱いてそんなことを言ってくるシシン。ええい、鬱陶しいな。


「うるせいな、んなわけあるか……」

「いえいえいえ、そのとおりっすよ? ワッチはご主人の性奴隷で肉奴隷で穴奴隷っすよ」


「「「うおぉぉおっ!?」」」


 またもや一人の女性冒険者を除いて男どもが全員絶叫した。というかそのクロンさんとかいうその女性を見れば、顔面真っ赤でカチコチに固まっているだけだった。いったい何をニムの戯けた与太話に動揺してんだか。


「てめえっ、ニム! 適当なことばっか抜かしてんじゃねえよ! 大体てめえ奴隷ですらねえだろうが!」


「えっ? じゃ、じゃあついにワッチを奥さんにしてくれるんでやんすか? めっちゃ嬉しいっす!」


「ちげーよ、バカっ!」


 こいつはいったいどうしてこういつもいつも頭の中お花畑なんだよ。ヘラヘラ笑い続けるニムに詰め寄ろうとしたそのとき、俺の背後から男連中のはあっという大きなため息。


「なあ……ゴンゴウ、ヨザク……パーティにこんなに可愛い女の子がいるって、スゲェ……いいな」

「ウム……」

「右に同じッス」


「はぁっ!?」


 ガタタッと端で飲んでいたクロンさんがそれを聞いて椅子を弾いて立ち上がる。


「あ、あんたたちねえ……どの口がそれを言うわけ? いるでしょここに、美人の仲間が。脳みそ腐ってんじゃないのっ!?」


 と自己主張よろしく、堂々と張ったその自分の控えめな胸に手を当てるクロンさん。

 それをチラリと横に見た他の3人が、特に表情を変えるでもなく暫く見つめて、そして首をふるふると横に振った。

 

「お前はなぁ……まあ、女の子っちゃ女の子なんだよな……性別だけは」


 と、チラリと慎ましやかな胸に視線を落としながらぽそりとそう言ったシシンの目の前で、真っ赤に染め上げられた鬼面の美女が震えながら咆哮した。


「むぎゅぅうあああああああっ! 殺す! ぶっ殺す! ぐっちゃぐちゃのミンチにしてやるっ!」


「むはははははは……怒ってんじゃねえよクロン。ごめんごめん、愛してるって、ぬはははは」


「ぐぎいいぃぃっ! 死ねこのクソ○×△□±Ω∀……‼」


 シシンに飛びかかったクロンが全力でシシンの顔面を殴打しているが、仲間のゴンゴウとヨザクはそれを止めない。黙って視線も向けずに、酒を飲んでいるし。


「なあ、お前ら。あれ止めなくていいのか?」


 そう言うと。


「うむ、良いのだ。あれがやつらの愛情表現だからの。南無」

「そうそう、クロンの奴、シシンさんにホの字のくせに自分からじゃ素直に近寄ることもできねえんだもんな」


「んなっ!?」


 二人にそう言われ、顔面真っ赤で絶句するクロンさん。

 うーと唸るだけになった彼女の頭をシシンの奴がわしゃわしゃと撫でているのだが、クロンにぼこぼこにされたその顔面は腫れ上がって妖怪のようになってしまっていてまるで格好がついていない。だが、されるがままにされているところを見ると、クロンもまんざらでもないようだ。


「はあ、いいっすねー、ラブラブっすねー」


 うっとりとそんな二人を眺める二ムに、ゴンゴウとヨザクの二人が『相手がいる奴はいいなー』とか淀んだ声で再び深いため息をついていた。

 そんな暗い顔の二人に俺は構わず聞いた。


「そういやあんたら、そんなにレベルもランクも高いのに、なんでこんな辺鄙な街で金欠になってたんだよ。どう考えてもおかしいだろ。おかげで俺は助かったんだが」


 冒険者初心者の俺でもわかることだが、レベル30~40と言えば相当な強さだ。

 確か通常の街の住民のレベルが1~10で、戦いを生業としている者でも10~20がほとんどだったはず。レベルが上がるにつれて中々上がらなくなるし、当然より強い敵と戦う必要が出てくるため、なかなか高レベルにはならない。アルドバルディンの冒険者だって、そのほとんどは20未満だったはずだ。

 レベル40と云うのは、はっきり言って変態の領分である。並大抵の試練を越えた程度ではここまでレベルを上げることは叶わない。所謂『ボス』と呼ばれる強力なモンスターを相当狩ったと推測できる。

 それとギルドのランクについてだが、彼らは全員ランクA。最上位のランクSに次いで第二位のポジションだ。当然ギルド内での扱いもより上等なものになるし報酬も並外れて大きい。


 そんな連中がこんな片田舎で金欠に陥っている理由とはいったいなんだ?

 当然の疑問なのである。

 聞かれた当の二人は一度顔を見合わせたあとで、こう返事をした。


「実は我々にも良く分かっていないのだが、とある村の宿屋に泊って朝起きたら荷物はおろか、宿屋も村も無くなっていたのだ」


「はあ?」


 なんだそれは、どっかで聞いたことある話だな。


「ひょっとして雀の舌でもちょん切った? んで、大きなつづらもらったりとかした?」


「なんで鳥のベロを切ると荷物を盗まれて村がなくなるんス?」


 結構真面目に返された。『舌切り雀』の話はメジャーじゃなかったか。

 続きを促してみれば、ヨザクが話始めた。


「実は俺等は王都のギルドの依頼でこの街の東に住み着いた『孤狼団(ころうだん)』って名前の盗賊の討伐に駆り出されたんスよ。なんでもこの付近の村々が襲われてるとかで、王都に陳情があったらしいんスけど、聖騎士が色々忙しいそうで俺らにお鉢が周って来たんスよ」


 ん? 盗賊?

 そういやこの街に来る前に出くわした女の人達を馬で追いかけてたのは盗賊だったような……

 そんなことを思い出しながら彼らを見れば、今度はゴンゴウがお椀の酒をくいと飲みながら話し出す。


「うむ……何か所かその襲われたとかいう村を回った後で、我々はまだ被害に遭っていないらしい村に辿り着いたのだ。着いてすぐに村長や村の顔役に歓待を受けたのだが……」


 言い辛そうに話す彼の話の続きはこうだ。

 

 歓迎会に『緋竜の爪』の4人全員で参加し、したたかに酒を飲んだ。そして気分を良くした4人はそのまま宿に泊まったのだが、起きて見れば宿はおろか村も村人も全て消え、草原に横たわっていて荷物の一部が無くなっていたのだという。

 まあ、間抜けすぎるといえばそうだが、仮にも彼らは高レベル高ランクの冒険者集団。いくら脳みそ筋肉の集まりだとしても、一晩中気がつかないなんてことはまずないだろう。油断していたというだけでは説明がつかない。

 魔法や何か……彼らが感知できない何かを使われたと考えるのが妥当だろう。


「それで、あんたらはこの後どうすんだよ」


 俺がそう尋ねてみれば、今度はクロンとイチャイチャ(?)していたシシンが腫れあがった顔をさすりながら答えた。


「当然依頼を遂行する。盗まれたのも金や一部のアイテムだけだったしな。これで軍資金も手に入ったし、装備を整えて今度こそその『孤狼団』とかいう盗賊をぶっつぶしてやるぜ」


 その言葉に他のメンバーも頷いているところを見ると、もうそれは確定事項なんだな。訳の分からないままに出し抜かれて腹に据えかねてるってところだろう。だったら、俺に言えることは何もないな。


「ま、頑張れよ。それじゃあ俺らはもう行くからな」


「え? ご主人、もう行っちゃうんでやすかい?」


 二ムが相変わらず出された食事をとりながら酒を飲んでいた。

 お前な……そんなに食ってもお前の身体じゃ大したエネルギーに変換できねえだろうが。本当は今すぐにでも魔晶石を買いに走りたいとこなんだが、この時間じゃそれも難しい。


「さっき捕まえた鼠人の奴もどうにかしないといけないしな、とりあえず縄で縛ったままじゃあんまりだろうから、きっちり折檻してだな……」


 財布と現金を回収し、縄で奴を締上げて今はこの酒場に併設された宿屋の一部屋に転がしてあるはずだ。

 まあ、そろそろ反省していることだろうし、きつく言って解放してやろうかと思っていたのだが……

 俺がそう言った直後に目の前の4人が顔を見合わせてちょっとだけ居心地悪そうに俺を見た。


「なんだよ」


「あ、いや、別に何をしたってわけでもないんだがよ、ほれ、旦那の手を煩わせるまでもないっておもってな……」


「?」


 何を言ってんだこいつは。

 シシンが何やらもじもじしながら冷や汗をかいている。

 なんとなく嫌な気配を感じて俺がどういうことだと聞くと、こう返って来た。


「いや、あれだ。結局は盗人だからよ。盗人らしく捕まった時の処分をもうしておいたんだよ」


「だからどういうことだよ」


 もう一度聞くとシシンが大声で笑いながら頭を掻いて、そして答えた。


「面倒だからさっき奴隷商人に売り飛ばしておいた」


 と、金貨が何枚か入った袋を俺へと手渡してきた。

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