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第二話 ニムと娼婦とスリのいる街

 全力であの事件現場を逃げ出した俺とニムは、記憶を便りに王都へ向かう主要幹線道路へとたどり着き、そのまま近くの街道沿いの宿場街へと入った。

 街の門を潜った時刻は夕刻……といってもまだ陽は高いので午後3時くらいなんだろうけど、行き交う荷物をたくさん積んだ荷馬車がどこから現れるのか次々と俺たちを追い越して行った。

 

「やっと着きやしたね。と言っても予定より随分早いっすかね?」


「そうだな。全力で走ったからな」


 いや、本当に全力疾走したよ。

 俺が魔法をへまして作ってしまった、異世界版『万里の長城(仮)』について、一部始終を目撃していたであろう人物達から、俺は全力で逃げた。

 あんなの作ったなんてばれたら、俺普通に怒られるだけじゃすまないだろうなという嫌な予感が働きまくり、本当に必死になって逃げた。

 おかげでこんなに早く今日の目的地でもあるこの宿場町に着くことができたわけだけどな。


「でもあれですね? ご主人の魔法本当に半端ないっすねー! 明らかに地形変わってましたよ? まあ、魔法ですからあれ元に戻るんでやすよね?」


 とか、そんな風にニムが聞いてくるのだが……


「いや、あれは地形を変えるだけの魔法で……」


「あ……」


 地面の土を盛り上げるだけの魔法……当然元に戻すならその逆の魔法を使わなくてはならないが、あそこまでの構造物が出来てしまってはどうやって戻せばいいか、今の俺では見当もつかない。

 ニムの奴は口に手を当てて『あらまぁ聞いちゃいけないこと聞いちゃいましたわ、おほほほほ』みたいな顔をしてやがる。

 なんだこいつ、ムカつくなマジで。


「まあ、ご主人、やっちまったもんは仕方ないっすよ! ほら、あれもかなり立派でビッグなウォールでしたし、その内本家本元の長城みたいに世界遺産に登録されますって!」


「登録されちゃったら俺の名前もやらかしたA級戦犯として永遠に刻まれちゃうだろうがー。あーもう、本当に鬱だー」


 まあ、実際どうしようもないんだけども……はあ。


「あ、ご主人、あそこ宿屋みたいっすよ?」


「おお……」


 ニムが大荷物を背負ったまま軽快にそう俺に教えてくれる。俺の悩みとか、本当にどうでもいいんだなこいつは。 小走りに駆けたニムが宿とおぼしき建物に入ると、そのまますぐにUターンして帰ってきた。

 なにやら少し赤面しているようではあるが……


「どうした? 宿屋じゃなかったのか?」


「あ、えっとっすね、その……」


 なにやらモジモジ始めるニム。

 

「なんだよ」


 俺がもう一度言うと、ニムは返事をした。


「あそこ、『連れ込み宿』ですって! どうしましょうご主人! あそこに二人で泊まったら、絶対最後までいっちゃいやすよーーーー!」


 きゃーと頬を手で抑えながら喜んでいるニム。

 俺はその頭をペチりと叩いた。


「んなとこに泊まるわけねえだろうが。おら、さっさとちゃんとした宿探しやがれ」


 ニムは叩かれたところをさすりさすりしながら『あー痛い』とかほざいてやがる。今のがダメージになるわけねえだろうが。


「わかりやしたよ。でもあれですよ? ご主人。夜中に一人でこっそりとあーいうお店に行っちゃ、ワッチは嫌っすよ?」


「なんでお前にそんなこと言われなきゃならないのか甚だ心外だが、そもそも俺があんな店に行くわけねえだろうが」


「ま、わかってますけどねー」


 そんなことを言いながらニムがキョロキョロ見回しながら先に立って歩き始める。

 俺は丁度その連れ込み宿を通りすぎる時に中にチラリと視線を送った。

 べ、別に興味があったとかじゃなくて、ただ何となく確認をすることにしただけであってだな……

 と、自分に言い訳しながら覗いたそこには、薄着の若い女の子達がずらりと並んで座って微笑んでいた。


 あ、やばい……目が合っちまった……


 ふいっと視線をそむけたけど、時すでに遅し、


「わわっ! すっご~いカッコイイ! ねえねえ、おにいさ~ん。そこのカッコイイおにいさ~ん! ねえねえ、私と遊んでよ~」


「ダメダメ~【シオン】ちゃん! 【マコ】が先に見つけたの~! マコを買ってよ、ねえ? おにいちゃん!」


「ちょっとマコ!お待ちなさいな! アナタみたいなちんちくりんはドワーフとでもヤってればいいのですわ! ねえ、貴方? こんなノータリンとチンチクリンは放っておいて、ワタクシを可愛がってくださらない?」


「だれがノータリンよ! だれが!」


「【オーユゥーン】(ねえ)ひどいよー! わたしだって好きで小っちゃいわけじゃないのに~」


「ふふ……ここはワタクシに譲るべきですわね。どうかしらお兄様? ワタクシのこの身体、好きにして頂いてよろしくてよ」


 店内から3人の薄手の女が飛び出してきた。

 一人は快活そうな感じの赤髪のショートヘアーに八重歯をその小さな口から覗かせた女の子。

 もう一人は小柄でまるで子供のような見た目の金髪に赤い瞳の少女。

 最後の一人は腰までの若草色の長髪とサファイヤのような青く輝く瞳、出るところがしっかりと出た肉感たっぷりの妖艶な背の高い美女。

 全員が全員、今にもはだけてポロリしそうな艶やかな浴衣を着ている。


 3人は喧々諤々何かを言い争いながら、俺に抱き着いてきやがった。

 

「な、なんだ?」


「ねえねえお兄さん! 私がいいよね! ほら良いって言ってよ」

「違うわたしよね? 背が小っちゃくたって、胸が無くたってそんなの関係ないもんね? ねえ?」

「今ならどんなこともしてあげますわ! ワタクシの身体でご奉仕してあげますわよ」


 もにゅもにゅ、ぷにぷに、ぱゆんぱゆんと柔らかい物が俺へと押し付けられる。

 な、なにしてやがんだ、こいつらは!


「は、放せ、このメス豚どもっ! てめえらみてえなクソビッチに用はねえんだよ! くそがっ!」


 その瞬間きゃいきゃいと華やかだったその場の空気が凍り付く。

 よし、さっさと離れちまおう。

 動きの止まった三人から逃れようと手を振り払おうとしたその時、ガッシと俺は腕を3人に掴まれた。


 え?


 と思った時には、俺はそのまま地面に投げ飛ばされていた。

 背中に走る強烈な痛み。

 何が何やらわからないままに見開いた俺の目に飛び込んできたのは、薄暗くなってきた空の景色と……俺を投げ飛ばして跨るようにして見下ろしてきている3人の女どもの……浴衣内の薄い下着!

 

 白・赤・白!


 その時俺が気が付いたのは、俺の両腕をまだ3人が力いっぱい掴んでいたということだった。


「ちょっと顔がいいからって何様だよ! 娼婦なめんなっ!」

「一度死んじゃえ、くそおにいちゃん!」

「久々に怒髪天ですわ。ワタクシのヒールで踏み潰して差し上げますわ」


 あ、これマジで死んだ……


 腕を押さえつけられたままの俺は見事にぼこぼこにされました。

 いや、これマジでやり過ぎだろう。3対1とか卑怯にもほどがあるぞ。

 レベル1虐めてんじゃねえよー!

 と、ぼやきつつ、解放されてというか、路上に転がされた直後、一か八かの『回復(ヒール)』が成功して、本気で俺はホッと安堵したのだけれども。


「はあ、ご主人、本当になにやってんすか……」


 一方的にぼこぼこにされた俺を、大荷物を背負ったままのニムが見下ろしながらそう溢したのであった。


「ほっとけ……」



   ×   ×   ×



「ふうー、何とか一部屋確保できやしたね、良かった良かった。あ、二人一緒は嫌だからお前が出ていけとか、自分が出ていくとかそういうのはなしですよ? 今晩は二人で朝までめくるめくの快感に身を委ねちまいやしょうぜ」


「委ねるわけねえだろうが! おら、さっさと飯買いに行くから準備しやがれ」


「ぁーい」


 気のない返事をしつつ、荷物を下ろしたニムが鞄から金目のものだけが入った小さなポーチを取り出してそれを身に付けた。

 俺も財布などを用意して部屋を出ると、すぐに鍵をかけた。

 といっても、これで安心なんてまるで出来ないのだ。

 日本と違ってこっちの世界の連中は躊躇なく人の物を盗みやがる。アルドバルディンの街にいる間だって、いったい何回俺の泊まっていた宿の部屋が荒らされたことか……

 まあね、特に貴重品持ってる訳じゃなかったから、毎回荒らされるだけで済んではいたけど、今は多少小金持ちだからな、用心はしないといけない。

 そんなことを考えつつ宿の入り口まで出てきてからニムを振り返った。


「よし、じゃあまずは『魔晶石』を探すぞ」


「え? 『ご飯』って、ワッチのご飯のことだったんでやんすか」


 一瞬ぽけっとなったニムが俺にそんなことを聞いて来やがる。


「んだよ、文句あんのかよ。お前の燃料もうカツカツじゃねえか、お前が動けないと俺が困るんだよ。わかってんのか?」


 ニムは俺の言葉を聞きながら急にニマニマとその表情を変える。


「んもぅ、ご主人ってば、本当に優しいんでやんすからぁ! だからワッチは大好きなんす!」


「は、離せ、おらっ! まとわりつくんじゃねえよ!」


 ニムが俺にぶら下がっているもんで当然の様に周りの注目を集めてしまう。

 もがいて逃れようとしてもやはりこいつの怪力には敵わない。

 くっそ、いたたまれねぇ。

 そんなことを思っていた時だった。


「おっとごめんよ!」


 ドンと何かが俺の背中にぶつかった。


「え?」

 

 と思い、そっちに顔を向けてみれば、大きな丸い白い耳を茶髪から覗かせた小柄な少年が走り行く姿。どうやら走っていて俺にぶつかったらしい。

 あれ、ひょっとして『鼠人(ラッチマン)』か? 確か、鼠の特徴を持った獣人だったかな。アルドバルディンの町にはいなかった種族だから見るのは初めてだけど、なるほど、小柄で丸い耳でまさにラットだな。

 などと、ポケっと眺めていたらニムが俺のことをちょいちょい指でつついてきた。


「なんだよ?」


「あのですね、ご主人。掏られてやすぜ? お財布」


「はっ!?」


 言われて慌てて腰に巻き付けてあったポーチを触ってみると、結わえてあった皮の紐を解かれて、中の財布がなかった。


「な、ない! マジでないぞ!」


 言いながら、他のポケットに入れたんじゃないかと全身をくまなくチェックするもやはり財布はない。

 そんな慌てる俺にニムが言った。


「だいじょうぶっすよ! ワッチのは盗られてませんから!」


 にこりと笑って胸の間から巾着袋を抜き出すニム。周りの連中の目がそこにくぎ付けになっちまっているのだがそんなことは今はどうでもいい。


「ニムてめえ、分かってんなら教えろよ! っていうか阻止しろよ!」


 そう怒鳴った直後、ニムはゆっくりとした動作でポンと手を打った。

 なるほど~、そういやそうですね~みたいな顔してんじゃねえよ! 


「くっ……あの中にゃ少なくねえ金が入ってんだ。ってか、あれなしでお前の小遣い程度の金だけじゃ三日も旅できねえぞ」


「そうしたら二人でここに住み着いて夫婦生活送るのもありなんですけどね!」


「誰が夫婦だ!」


 この野郎、こんな時にへらへらしやがって。

 ニムが役に立たないので俺がさっき子供が走り去って行った方に目をむけて探してみるも、夕方の人込みのせいでもう完全に見失って分からない。

 くっそ、マジでむかつく。人の物盗みやがってあのガキ……どうなるか思い知らせてやらなければ。

 俺はニムを振り返った。


「おいニム。追跡できるな!」


「当然っす!」


 瞳を輝かせたニムが力強く返答した。

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