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第一話 荒野のど真ん中でラヴドールと二人

『ラヴドール』


 かつて『お一人様用』とも呼ばれた人形が存在していたことを、多くの男性諸氏は公には語らないながらも深層心理に刻み込むかの如く、しっかりとそのことを理解していた。

 それはまだ、人類が本能から来る動物的欲求に抗う術を持ち合わせていなかったあの頃、まだ人が獣に近かったあの頃に、理性や知性の裏に住まわせ続けた獣欲を人前に晒さないようにするために作り上げられた、言わば『形代』であったのだろう。

 その起源は古く、古代メソポタミア文明にもあったとかなかったとか……

 

 そしてそれは人の形を模しただけに留まらず、高度な人工知能を有した『ロボット』へと進化していった。

 所有者の満足度を最大限高めることに主眼をおき、ありとあらゆる趣味嗜好に合わせてのカスタマイズが可能であった、後に『第一世代型ドロイド』と呼ばれるようになる『彼女』達が販売されたことを皮切りに、『パートナー・ドロイド』ブームが沸き上がり、一家に一台ではなく、一人一台のドロイド所有が当たり前となっていく。

 表向きはただのお手伝いドロイドであった。だが、当然それに止まるはずもなく、公然の秘密として夜のお伴な機能もばっちり搭載可能であった。

 『ドロイドって本当に便利だし、助かるよね!』などと人前でそんな建前を述べつつ、いざ夜ともなれば『さあて、今日も可愛がってやるぜ、ぐへへ』と本音を撒き散らしながら行為に及ぶ、老若男女たち!


 そしてそんな人々の歪んだ様々な愛の形は様々な社会問題をもたらし続けてきたが、それはまた別のお話である。

 まあ、来年第13世代ドロイドがリリースされることが決定していたことからも、どれだけ歪んでても人の欲望の業の方がよほど深いということなんだろう。

 ちなみに第13世代型は、なんと自己成長機能があり、購入時は5歳児ほどであるのだが、人の成長の様に手足が伸び、大人へと姿が変わっていくのだ。しかもリセットして再び子供に戻すことも可能。当然だが、全年齢対象。人の業、ここに極まれりである。


 さて、そんなドロイドの身体を持った存在を俺も一人有している。

 何連敗目かのバイトの面接の帰り道、たまたま寄った工業パーツの蚤の市で上半身だけの状態で埃を被った『彼女』と俺は逢ったのだ。

 頭部と胸部と左腕のみでガラクタに埋もれるように寄りかかっていた『彼女』から俺は視線を逸らすことが出来なかった。

 透き通るような白い肌に日本人ぽさのある少し丸みをおびた顔。そして薄く開かれた黒水晶のような瞳。

 まるで生きているかのようなその柔らかい表情に釘付けとなり、そして胸の鼓動が高鳴るのを確かに感じたのだ。

 

 俺はそして、なけなしの金をはたいて『彼女』を購入した。

 AIも動力炉も駆動系等もない、何もない。

 でも、どうしても『彼女』をそのままにしておけなくて俺は自分の唯一の相棒とも呼べる家電ロボットの『ニム』の身体をバラして『彼女』を組み上げたのだ。

 

 一目惚れと言ってもいいのかもしれない。


 一目見たかった……彼女が可憐に微笑む様を……


 優しく振り向くその姿を……


 そして……


 そんな『彼女』は今、すぐ目の前にいる。


 俺が恋い焦がれ、逢いたいと欲したその存在が……


 大きな岩の上に涅槃仏のように寝そべって俺を見ていた……、ホットパンツから伸ばしたムッチリとした長い美脚の太ももをぼぉーりぼぉーりと手で掻きながら!

 


「がんばぇー! ご主人ー! ファイトォー!」


「ちょ……! ニム……てめえ……後で覚えてやがれっ!」


 俺の憧れの『彼女』がどういうわけか、日曜休日にゴロゴロしてテレビの前から動かなくなっちまったおっさんのようになってしまった……うう……


「ブヒィィイイイイイ!」


「うおっ!」


 可憐な微笑み? ではなく、ニシシとおちゃらけて笑うニムのあまりにも場違いでお気楽な声援にぶん殴ってやりたい気分に駈られたが、目の前に迫る『怪物』のせいでそれも出来ず、俺はただ突進して来るそいつを丸い木の盾でいなすことしか出来なかった。

 

「ご主人、いけいけー!」


 くっ……ニムの野郎。俺が何も出来ないと思って調子に乗りくさって!

 俺は通り過ぎて行った大きめのその怪物を振り返りながら、その背中を愛剣グラディウスで切り裂いた。

 

 ズバッと肉を切る確かな手応えが腕に響いたその直後、俺が切りつけた奴の背中から鮮血が飛び散る。


「や、やったか!?」


「あ、ご主人、それ死亡フラグっすよ」


 え?

 なに言ってやがんだ? ニムの奴は? 

 と、思ったその直後、


「ブヒ、ブヒィィイイイイっ!」


 振り返ったそいつが真っ赤な瞳を見開いて俺を睨んできた。

 うあっ! お、怒ってらっしゃる。

 そいつは大きな頭を俺へと向けながら口から伸びた長い牙を光らせながら俺へと突進してきた。

 俺は慌ててもう一度木製シールドを掲げるも、今度はあまりにも突進の威力がありすぎて盾ごと撥ね飛ばされた。


「うああああっ!」

 

「だから言ったじゃないっすかー。いっそ、『俺、この戦い終わったらニムと結婚するんだ』とか、『ニムにだけ俺たち子供の名前……先に教えておくからな』とか、いっそ清々しいまでな死亡フラグ言っちゃいやしょうよ」


 吹っ飛ばされて顔をあげようとしている俺の耳に、ニムの訳のわからない忠告が聞こえてくる。

 本当にこいつはなに考えてんだか。あ、なにも考えてないのか、機械の癖に。


「このバカっ! ふざけたこと言って見てねえで手伝えよ」


「見てろって言ったのはご主人なんすけどね……はあ、仕方ないっすね……はい……よっと!」


「ブブヒ?」


 俺とそいつの間に飛び込んできたニムが、片手でそいつの鼻先を掴んで軽々と突進を押さえ込む。

 そいつは何が起きたのか分かっていないのか、身を捩ってニムの手を振りほどこう、撥ね飛ばそうとしているのだが、全く動くことができなくなっていた。


「ご主人今ですよ! トドメを!」


「お、おうっ! うおりゃああああああああっ!」


 俺は両手で闘剣(グラディウス)を握りしめ、ニムが押さえ込んでいるそいつの額めがけてそれを突き入れた。


「ブブヒィイイイイイイイイイイイッ……」


 一際甲高い叫び声を上げたそいつは身を捩りつつ、必死に抵抗を示している。だが、俺にも次第と力が抜けていくのは分かった。


「ふんっ!」


 俺は額に突き入れた闘剣(グラディウス)の刃を両腕の全力を込めてハンドルを回すように右へ90度回転させ奴の脳を抉る。


「ッッッッ……‼」


 声にならない悲鳴を漏らしつつ、そいつはついに力尽きその場に四肢を投げ出した。


「ふ、ふうー、や、やっと倒した……」


 動かなくなったことを確認したら全身から力が抜けてしまった。いや、危なかった。今回もマジで死ぬかと思った。

 脱力して地面に膝をつけた俺のところにニムが近寄ってきて手をさしのべている。

 

「やりやしたねご主人! ノーダメ完勝っすよ」


「あ、ああ。そうだな……」


 ま、一発食らえば大概即死なんだけどな、俺の場合。


「その、助けてくれて、サンキューな」


 ニムの手を取りながら一応と思ってそう礼を言うと、ニムがニマニマしながら抱きついてきた。


「むふふふ~。別にいいっすよー、ワッチとご主人の共同作業ってことでいいじゃないっすかー。というか、お礼って言うなら、今夜抱いてくださいよー、うふっ」


 わざとらしくシナを作るニムの脳天にチョップを叩き込む……も、さすが複合(ハイブリッド)チタン合金の骨格……危うく俺の骨が粉砕しちまうところだった。おー痛ぇ。


「ったく……調子に乗るんじゃねえよ。そもそもお前の燃料がねえからって、こうやって弱っちい俺が戦ってんじゃねえか。もうちょい感謝しやがれ」


「えへへー。そうでしたそうでした。でもご主人はワッチよりずっと強いんでやんすからお互い様っすよ」


「だーかーらー、俺が強いわけねえだろうが! そもそも今は『魔法』だって使えないっつーの! わかってて言うんじゃねえよ」


「ま、いいじゃないっすか。こうやって倒せたんスから。ほら、『豚肉』っすよ? とんかつですか? 豚しゃぶですか? 鍋でもハンバーグでもなんでも作ってあげやすよ」


 それ『猪』だけどな……とはあえてツッコまなかった。

 だって、俺も久々の豚肉料理超食いたかったから!

 俺は荷物から中華包丁のような鉈をとりだすとそれをニムに手渡した。ニムはさっさっと手際よく血抜きを始める。そのせいで足元に大きな血溜まりは……出来なかった。いつの間に掘ったのか、ニムが少し大きめの穴を堀終えていて、そこに血をドボドボと流し入れていた。準備良いな。

 で、俺はといえば、とりあえず布で闘剣(グラディウス)を拭き取り整備をすることにした。

 ニムの作業もしばらくかかりそうだしな。


【ミラーボア】


 俺たちが倒したのは体長1mほどの猪型のモンスターである。

 まあ、いわゆる『猪』なんだけど、俺の知識のなかにある猪とは違う点がいくつかある。

 まず、その体表には毛ではなくピカピカに磨かれたような銀に輝く『鱗』がびっしりと生えている。まさに手鏡を全身につけたような見た目。それが陽光をキラキラ反射して眩しいのなんのって、こんなに目立つ格好で自然界で本当に生きて行けるのかよ……とか少し心配になったものの、初遭遇してすぐに杞憂だったことが分かった。

 こいつと対面したこの地域は、ただの荒野ではなく周囲の岩に金属なのか石なのか、遠目には分からなかったのだが、陽の光を浴びると光輝く性質のある岩が多かった。太陽が出ている間は周囲がとにかく光っていて眩しいくらい。

 だから、そんな中でこのピカピカ光る猪に出会ってもその存在を認知するのは難しいってわけだ。いわゆる保護色って奴だな。

 うちには全天候レーダー代わりのニムがいるからどんなに隠れても分かるんだけどね。

 ちなみにこいつも例に漏れず肉食だ。

 この世界のモンスターはもう少し野菜を食べた方がいいと思うよ? 絶対肉ばっかりじゃ身体に悪いから。


「ご主人ちょっと手を洗いたいんで水を魔法でだしてもらえます?」


「うーん、ちょっと待ってろ……『水流(ミ・シャワー)』!」


 ニムに言われて血がついたニムの両手に向けて水系統の基礎魔法のひとつを使ってみる。

 だが、何も反応しない。


「出ませんねー」


「出ねえなー」


 そう出ない。

 なにも出ない。

 アルドバルディンの街ならバンバン放つことができた水系魔法だが、ここでは全く使えない。

 ニムは別に怒るでもなく自分のザックの脇にぶら下げた水筒を手にしてそれを流して自分の手を洗った。

 俺も俺でまあ仕方ないだろうなーと簡単に諦めた。


 なぜ魔法を使えないのか?


 理由は簡単だ。

 ここに水の精霊がいない……もしくは水の精霊が力を行使できないから。


 仕方ない。そもそも俺に『魔力』はないしな。

 

 この世界の一般的な魔術師は、自分の内に存在している『魔力』を放出し、それを『事象』に『変換』することで魔法的な効果を産み出している。

 簡単に言うと、『涙が宝石になった』、みたいな? うん、違うか?

 自分の中にある魔力をある特定の『術式』を通過させて火にしてみたり水にしてみたりする。所謂、『種のない手品』だな。

 魔法を使った奴の目の前に火が浮かんでいたとしたら、その火のエネルギー源はそいつの魔力ってわけだ。当然だが魔力が大きければ、それだけ大きな魔法も使えるわけで、文献などに記載されていた伝説などでは、世界を海に沈めたとか、大陸を空に浮かべたとか、眉唾だとしてもだが、魔力を持ってる奴ってのはそうやってとんでもない不思議事象を行うことが出来てしまうのだ。

 一応、魔力を宿していれば、誰でも魔法を使うことができるらしい。かなりのトレーニングが必要とのことだけれども。

 俺は、精霊などの恩恵を受けることで、魔力の底上げとその精霊特有の魔法現象を発生させるのが一般的なのかと思っていたのだが、実は精霊の恩恵を得られる奴はそんなにいないようだ。

 そりゃそうか。精霊の恩恵があれば魔方陣や術式の知識が無くても魔法をばんばん使えるわけで、そうすると街中で魔法で殺しあいなんてもんも増えるってもんだしな。それがないのだから、一般人はあくまで一般人、使う魔法も大したものが無いのも納得だ。

 そう考えると『死者の回廊』で会ったジークフリードのやつも一応精霊の『恩恵』を受けてたわけで、なんだかんだ実はエリートだったのかもしれない。

 いや、称号が『落第騎士』だった時点でもう窓際確定だな。


 おっと、話が逸れた。

 

 では、俺の場合はどうかと言えば……


 『魔力』のない俺はゴードンじいさんにも言われたように、ステータスカードには記載されていないけれど、『魔無し戦士』というカテゴリーに分類されるらしい。

 最初聞いたときは、なんだ人のことバカにしやがってコンチクショー! と息巻いたもんだが、実はそんなにレアなケースでもないようだ。一般人の約3割くらいはこの魔無しの状態で生涯を終えるようだし、言ったゴードンじいさん自身も『魔無し戦士』なんだと言っていた。

 つまり俺も同様に『魔法が使えない側』の人間なわけだ。

 そんな俺が魔法を使うこと事態が異常なのだということを何度も何度も耳にタコが出来るまでじいさんに言われ続け、今はそのことを重々理解してはいる。

 だが、行使する為の方法はすでに俺のうちで確立できているから、異常だなんだと言われたところで実際に使うことは出来るのだ。


 その方法とは、『精霊』に魔法を行使させること。


 魔法を使える人間が体内に宿している『魔力』は、大気中や土中・水中など、この世界の至るところに存在している『(マナ)』や、『(マナ)』より生まれでた『精霊』と同質のものであり、言わばイコールの存在。

 そのことをある人から貰った、『魔法の本』を読んでいる内に気がつき、俺は『だったら精霊をうまく使えば魔法が使えるのではないか』と考え、様々な魔法の術式を読み解きながら精霊の使役の方法を確立した。

 このおかげで俺は、魔力が無いにも関わらず魔法が使えるようになったわけだけど、いろいろと問題はあった。

 

 まず精霊がいなければ行使ができない。


 今がまさにその状況なのだけど、この世界の精霊は至るところにいるはいるけれど、必ずいるわけでもない。アルドバルディンの街の周囲はビックリするほど多種多様な精霊が居たようで、どんな魔法でも行使は可能だった。しかもその出力もえらく高くて、一度魔法を使った際に無数の精霊の姿を視認することまでできて、まさかこんなにたくさんの精霊に術を行使させていたのかと、自分でも驚愕したものだ。

 そうそれが二つ目の問題。


 俺には精霊の存在を知覚することができない。


 俺が使えるのは脳内で魔方陣を描きあげることだけ。記憶力などは良い方だと自分でも理解しているのだが、魔法陣の完全な姿を脳内でイメージとして作り上げることは出来ているわけで、それに必要な魔力を持った精霊がその魔法術式に干渉してきてくれればすぐに行使となるのだけど、実際にどんな精霊が近くにいて、どんな力を持っているのか分からないから、本当に博打になってしまうのだ。

 言うなれば釣みたいなもんかな……? アルドバルディンの時は鮨詰めの釣り堀って感じと言えばいいかな。で、今はポイント不明の水たまりで釣り糸を垂れているような?

 釣れる釣れないは運次第……と。今はまさにそれ。

 俺はそんな博打で大当たりを引く自信なんて微塵もない。

 それともうひとつ……


 魔法の威力をコントロールできない。


 命令しているのは俺なんだけどね、その対象がどんな精霊で、どんな力を持っていて、どんな存在なのかとか全く分からないもので、使えたは良いけど、やかんのお湯を沸かそうってくらいの魔法を使おうとしたら、精霊が頑張りすぎちゃって街一つ消滅させました、みたいなことが起きる可能性もあるわけだ。


 ということで、俺は魔法を使えることは使えるが、コントロールは出来ていないので使える内には入らないってことになるわけだね、うんうん。


「あ、ご主人、お昼時ですし、とりあえず焼いてみたんですけど食べます? 『香草焼き』」


「え? もう料理作ったのか?」


「はい」


 剣を拭きながら色々思案していたら、二ムの奴が獲物の解体も終えて料理まで始めていたようだ。

 見れば簡易コンロの上にフライパンを置いて、塩と何かの葉をまぶした肉をジュージュー焼いていた。所謂BBQだな。なんだよ、結構旨そうじゃねえかよ。


「ああ、食うよ」


「へへ、ご主人の好みに合わせてみやしたよ? 街で買ったパンと果実酒もありますから出しますね」


「用意良すぎだろ。でも昼からこんなに豪華に食っていいのかな? こんな荒野のど真ん中で」


「別にいいじゃないっすか、ピクニックっすよピクニック! 丁度新鮮な肉も手に入ったことですし、これはハンターの特権ってことで!」


「マタギみたいなこと言ってんじゃねえよ。でもあれだな。こんだけ手際が良いと獲物を狩った感がまったくねえな」


「それは誉められたって素直に喜ばせていただきやすね。はい、ご主人どうぞ!」


「お、おう」


 いつの間に敷いたのか、御座の上にちょこんと正座で座った二ムがトレイに焼いた肉のステーキとパン、それとピクルスの様な野菜の漬物を少し添えて手渡してきた。そしてさらに置かれたカップに赤い液体を注ごうとしているところ。うーむ、この家事スキルは流石だ。いったいどこのセバスチャンなんだか。

 ちなみに解体が終わったミラーボアの要らない部位はすでに穴に埋められている。死骸を野ざらしに置いておくと血肉を嗅ぎつけてモンスターが寄ってくる可能性が高くなることと、そのままアンデッド化しやすくなるってことを聞いていたからなんだが。

 それと剥がした皮や、鏡の様な甲羅については綺麗に包装してすでにパッキング済み。肉は冷蔵保存の魔法の掛かった魔導具(……ゴードンじいさんのとこにあった冷蔵壺の小型版だな)に収納してある。あまりたくさんは入らないが、生物(なまもの)を移送するには便利な道具だ。定期的に魔力を補充する必要があったり、かなり嵩張ったりと、問題が色々あったとはいえ、食べ物を冷やしておけるメリットは大きい。フィアンナからの謝礼金もたっぷりあったしな、高い買い物だったけど俺は迷わず購入したのだ。


「ご主人食べないんです? けっこう美味しいっすよ」


 見ればパンに肉などを挟んですでに食べはじめているニムの姿。いや、別に先に食ってもいいんだけども……


「いや、食うよ。いただきま……」


 じゃあ俺もと、ニムと同じようにパンに肉を挟んで食べようとしたその時、俺の目の前にその光景が飛び込んできた。


 俺たちがいるのは岩がゴツゴツとした荒野のど真ん中の、少し小高い丘のようになっているところ。で、視線を向けると、遠くで二組の豆粒の集団が動いているのが見えた。

 目を細めてそれがなんなのか確認しようとしたところで、口をもっちゃもっちゃと動かしていたニムもそれに気が付いたようで俺と同じようにそちらを注視した。


 豆粒に見えたそれを良く見ると、前の方の集団はたくさんの人が走っているように見える。そしてそこから少し後方の豆粒の集団は結構な勢いがあるのか、土煙を巻き上げていてどうやら馬か何かに乗って前方の集団に迫っているようだった。

 

「ありゃなんだ?」


 ポツリと思わずそうこぼした俺にニムが即答した。


「ご主人、あれ、前走っている人たちみんな女の人みたいっすよ? それと、後ろから追いかけてきてるのは馬に乗ってるおじさん達っすね。みんなニヤけてますから、あれ人さらいとか盗賊とかそんな連中じゃないっすか?」


「は? ひ、人さらい?」


 聞きなれない単語で思わず聞き返す。

 人さらいって、要は誘拐犯のことだよな? でも普通誘拐ってこっそりさらって、身代金要求したりするんじゃねえの? こんなだだっ広い荒れ地でしかもあんな大人数を追いかけるなんて、これじゃあただの狩りじゃねえか……

 いや、そうだな……これは狩りなんだな、連中にとっては……


「どうしやす?」


「え?」


 唐突にそうニムに聞かれ、思わず視界が揺れる。

 どうするって、そんなのどうしようもねえだろうが。

 こっちはただ王都を目指して旅してただけで、いきなり出くわしたに過ぎないし。

 そもそもなんでその女の人達が追いかけられているのかも知らないし、男達の正体も分からない。

 ひょっとしたらあの女達は全員犯罪者で、男達は警察で追いかけているだけかもしれない。

 だんだん近づいてきた女の人たちの服装はボロの上、ほぼ裸に近い格好。良く見れば手足や首に鎖のようなものがぶら下がっていて、対してその後ろの男達は手にサーベルのような刀を持って馬に跨がって迫ってきているし。


 うん、どう見ても、犯罪者と警察じゃないな。どっちかと言えば、逃げる被害者と追いかける犯罪者の構図だ。


 ニムは何を言うでもなくただ俺の顔をじっと見ている。

 うっ……

 何を期待してやがんだよこのポンコツは……


 ええいっ!


 俺はガシガシっと頭を掻いて立ち上がった。


「ったく、わぁったよ! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」


「さっすがご主人っす! だから大好きなんす!」


 満面の笑みでニコニコしているニム。

 こいつも本当に調子良いな、くそっ!

 良い感じでニムに誘導されて、あの女の人達を助けるような感じになっちまった。

 言いなりになったみたいで釈然としないのだけど、まあ、仕方ない。目の前で目を瞑りたくなるような事態を傍観するのは嫌だったし。 


 でも、困ったな……

 やると決めたのは良いものの……


 俺は自分の手のひらを開いてじっと見る。

 ここにきてからこの方、魔法を使うことが出来ていない。少なくとも水系魔法、風系魔法、炎系魔法はダメだった。まだ試していない魔法の系統はあるけど、この状況で彼女達を守るための魔法を行使できるかどうか……

 さて、どうしたものか……

 

 そんなことを悩んでいたら、前を走る集団の一番最後尾、小柄な体躯の女性が躓いて転んでしまった。その途端に、すぐ近くを走っていた数人が助けようとかけ戻った。駆け戻ったのは女性だけではなかった。ジークフリードとおなじような銀に輝くじ軽鎧の男性もいて、転んだ女性を起き上がらせようとしている。あの格好は王国の『聖騎士』なのか? 

 ころんだ女性も一生懸命起き上がろうとしているが、その間に後ろの集団がぐんぐん迫って来ていた。


 やばい、追い付かれちまう!


 俺はその瞬間、魔法について勉強したあの本に書かれていた内容のある一ヶ所を唐突に思い出していた。そして、ひょっとしたらとそれをすればどうにか出来るのではなかろうか? と思いいたり、その可能性に懸けることにした。


「おい、ニム! 今すぐ真下の地面を殴れ、全力で!」


「へ? ここをですか? こんな何にもないところを殴ってもエネルギーの無駄……」


「いいんだよ、地割れが出来るくらい全力でやってくれ」


「燃料切れても知らないっすからね、じゃあ、いきますよ~~~」


 ニムは足を開いて腰を落として力を込める。

 明らかに雰囲気が変わったその時、俺の耳にヒュゥゥゥンと甲高いリアクターのドライブ音が聞こえ始めた。

 次の瞬間、ニムがその拳を地面に向かって突きいれた。

 凄まじい爆発音を伴って俺たちの真下の地面が陥没する。死者の回廊の時と同じだ。


 よし、今だ!


 俺は爆砕の最中で、多重の魔方陣を頭の中に思い描いた。そして、両の腕を女性達と迫る男達の丁度中間点目掛けて突き出す。

 そしてなんとか発動してくれと念じながら唱えた。


「隆起せよ! 『土壁(ド・ウォール)』!」


 突きだした両腕に何の反応もない。

 これは失敗か……? 

 そう思いかけたその時、それは起こった。

 なんとかバランスを取って立っていた俺の足元から、何か強烈な怖じ気のような物が込み上がってきた。俺はこの感覚を知っていた。

 来た……精霊が来た……

 目に見るのは難しいが、明らかに何かしら強力な存在が俺へと干渉している感覚……アルドバルディンにいる間も魔法を使う度に実感していたそれを、俺は今再び味わっていた。いや、それ以上の何かを……

 俺の足元が金色に輝き始め、そしてその光は俺の足、腰と次第と登り始め、そして俺の突きだした両腕に収束された。そして……


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 次第と大きくなってくる地響きと共に、瞬間それが出現した。

 目の前の女性達と男達の間……そこの地面が突如隆起して高い高い壁が現れた。

 それはもう本当に一瞬で。

 勢いのついた馬に乗っていた男達は次々にその壁にぶつかりもんどりうちながら、突如陥没した足元の地中に転がり落ちていく。

 女性達はといえば、呆気に取られながらも全力で突如現れた壁から走り離れようとしていた。

 これで女性達は助かって、めでたしめでたし……

 と、なるはずだったのだが……


「ご主人、ちょっとやりすぎじゃないっすか?」


「だよな」


 俺は目の前の光景に流石に冷や汗を掻いていた。なぜなら……


 俺が指定した魔法の座標は彼女達と男達の中間点で、そこにホンの20mくらいの幅で、男達側の地面を陥没させた上で高さ3mほどの壁を立ち上げ、連中の足止めをする……だけのはずだったのだが……


 実際は、俺の突きだした両の腕のすぐ1mくらい先の辺りから高さ10m以上はありそうな巨大な土壁が凄まじい勢いでせり上がり、男達側と言えばいいのかそっち側がまるで谷の様に抉れた上、さらに先は遥か彼方……荒野の先の川や森林をも貫いて、その先の山にまで壁が延びてしまっている様子……

 

 や、やばい……どどど……どうしよう。


 呆然となっていると、隣のニムが……


「うわー! これじゃまるで『万里の長城』ですね! 川も塞き止めちゃってますし」


 とか言ってきたもんで、当然俺は……


「本当にごめん」


 と、謝った。

 当たり前だーーーーー!


 いや、やばい、本当にどうしよう……


 おかしいだろうが、いくらなんでも!

 俺はただ、ほんのちょっとだけ地面を隆起させようとしただけなのに、なんでこんなドでかい壁ができちゃうんだよ!

 ただでなくともゴードンじいさんに魔法を使うな! 人に知られるな! って厳命されちまってるってのに、これじゃあ間違いなく怒られちまうじゃねえか。

 わわわ……塞き止めちゃった川の水が俺が抉った谷の方に流れ込んできてるし……

 これじゃあ、お城のお堀じゃねえかよ、規模がでかすぎるけど。

 あ、濁流が谷に落ちた盗賊っぽいおっさん達に迫ってる、おっさん達逃げるのに必死だな。

 いや、マジでごめん!

 どうしようどうしようと混乱していたら、ニムがまた口を開く。


「あ、ご主人。さっき逃がした女の人達の中から、聖騎士の人が走ってこっちに向かってきてやすよ? どうします?」


「え? どうって、そりゃあ……」


 そして俺は荷物を小脇に抱えて全力でその場から逃げ出したのだった。

 当たり前だっつーの。

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