第十七話 魔無し戦士
いや、これ本当にどうなってんの?
落とし穴にというか、地下通路に落ちた俺とジークフリードは大量の骨のモンスターに囲まれつつもなんとかこの礼拝堂までたどり着いた。
骨どもに囲まれた途端に、ジークフリードの野郎が急に泡吹いて倒れやがって、こいつスケルトンなんて余裕だとかなんとかぬかしてたくせに本当にクソの役にも立たねえ。
おまけにニムの奴、俺たちを助けもしねえでいきなりいなくなりやがって、マジで死ぬかと思ったし。
そんなイライラを抱えたままどうせ先に行っているであろうニムを怒鳴りつけてやろうと礼拝堂に向かってみれば、なんか近づくごとにビカビカ光ったり、爆音が轟いたりしてるし! 挙句の果てにとんでもない爆発が起きて礼拝堂自体が消滅しながら上層部分が崩落する始末。
いったいあのバカ、あの中で何をやってんだか?
ニムがしでかしているであろう不始末を思い、後でいったいいくら請求されちゃうんだろうと、戦々恐々としながら辿りついてみれば、そこは大量の瓦礫とも そして、その中央に6枚羽を広げて立つ白い不気味な彫像があり、その傍らに床に伏せたアルベルトとセシリア、それと素っ裸で立つニムとそんなニムを揺する赤毛髭もじゃジジイの姿。
なんでゴードンじいさんがここにいるのかは置いておくとして、それよりもどうしてニムが素っ裸なのか。
脳内エロエロなのは承知しやってるんだから、せめて人前では普通にしててくれよ!
「おい! ニムてめえ……」
と、近づこうとすると、正面のじいさんが顔だけこちらに向けてきた。
「紋次郎か……すまん、嬢ちゃんを守れんかった」
「はあ? なに言ってんだじいさん。おい! ニムいい加減に起きやがれ! さっさと服着やがれ!」
その俺の言葉にニムは何の反応も返さない。
両手を拡げ正面を見据えたままでその挙動のすべては停止していた。
ちっ、こいつ、また……
ニムを揺する俺にじいさんが声をかけてきた。
「紋次郎頼みがある。この二人を連れて逃げてくれ。全ては儂の責任じゃ。ここは儂が食い止める。さあ、早く行くんじゃ!」
「は?」
じいさんは背嚢から幅広の両手剣を引き出すと、それを構えて正面を見据えた。その先にあるのは、さっきの白い彫像……ん? なんだ? あれ今動いたような……
そう思い、目を凝らしてよく見てみれば、その能面のような顔に開いた小さな口が小刻みに動いている。そして、背中の羽や、手足もじわじわと動き始めた。
「じ、じじじじじ、じいさん! なんだありゃ?」
「今は説明してる時間はないわい! さっさと逃げんか!」
いや、逃げろって言われたって、こんな気持ち悪い奴目の前にしてどう逃げろってんだよ。そもそも俺の背中にはすでにジークフリードの奴が乗っかてんだ。ここにアルベルトとセシリアを担ぐなんて……
あ、そうか、ジークを捨てればいいんだ。別にじいさんはジークのことには触れてねえしな。なーんだ。簡単じゃねえか、はは……
じゃねえ! 捨てていけるわけねえだろうが!
くっそ! 3人担げとかマジで無理だぞ。こんな時のニムじゃねえかよ。何のために怪力に仕上げたと思ってんだ。この野郎、こんな時に『電池切れ』かましやがって……
くっ……仕方ねえ……
俺は腰のポーチをまさぐって残りわずかとなった真っ赤な石を取り出す。
そしてそれを口に含みながらニムへと向かった。
「お、おい、さっさと逃げろと……」
ゴードンじいさんがそんなことを言って俺を制ししようとしているが、そもそもその逃げる為にやってんだっつーの。
俺はニムの顔を両手でひっつかんでそのままその唇に俺の口を押し付けた。
× × ×
さむい……
すごくさむい……
わたしはいまどうなってるの?
誰かたすけて……
お母さん、お父さん……
ああ……そう、もう私にはお母さんもお父さんもいないのだった。
今の私にはもう何も残っていない。
悔しくて悲しくてどうしようもなくて、神のしもべであるにもかかわらず、私は父を殺した人を憎み続けてきたんだ。
こんな醜い私を神は決してお許しにはなられないだろう。
わかっていた。
自分が全てを失うことを。
それでいいと思っていた。
自分の幸せが全てなくなってしまったのだから。
人を憎いと思うことだけで私はずっと生きながらえてきたのだから……
でも……
楽しかったな……
初めてだった。
同い年くらいの人と一緒にいろんなことができたから。
リーダーのアルベルトさんは礼儀正しくて冷静で正義感にあふれていて、頼もしかった。いつもセシリアさんのことを気にかける姿を本当に素敵だなと思った。
セシリアさんは本当に気さくで私が困った時いつもすぐに声をかけてくれた。まるでお姉さんみたいで兄弟のいない私には彼女の存在がなによりうれしかった。
そして、モンジロー様。
一番年長で優しくて、ちょっとおっちょこちょいで、でもいつも一番頑張ってて……
初めて会った時からずっと気になってた。
彼の笑顔がずっと頭から離れなくて……そして、いつの日からか彼の存在が私の中で一番大きくなっていたんだ。
そんな淡い想いは、長くは続かなかったけれど……
彼は特別な存在だと気づいてしまったから。
『聖戦士』様。
世を守り、人々を救う彼にとって、私という存在はきっとたくさんの不幸の形の一つであったのだろうと思う。
この街を救う為に私の前に現れてくれた。ただ、それだけのこと。
そして、そんな彼には私よりももっとふさわしい存在がすでにいるのだ。
長い黒髪を靡かせて彼に付き従う絶世の美女。
ニムさんと言ったかな?
とっても気さくで優しくて、本当に……
本当に適わないや……
ああ……
きっと私はこのまま死んでいくのだろう……
それが何より悲しかった。
せめて……
せめてもう一目だけ……モンジロー様に会いたかった。
その時、私の目が突然開く。今まで何もできなかったというのに、強く思い、強く念じたその時、私の視界が戻った。
そしてそこに映ったこの世の物とは思えない美しい光景に胸を打たれ私は、溢れる涙が止まらなくなってしまった。
そこには……
神々しい裸体を晒した漆黒の黒髪の美少女を抱いてその口唇を重ねる自分が憧れた男性の姿がそこにあったから。
それはまるで女神と勇者の逢瀬の様であり、その清廉さに心が洗われていくかのよう。
綺麗……
やっぱり……
住む世界が違うのですね……
でも、よかった……
貴方と出会えて本当に……
モンジロー様……
ありがとう……
さようなら……
私の愛しい人……
× × ×
「んふー、んふー、んふー」
「ぷっは! い、いい加減口を放しやがれよニム! いつまで唇をとんがらせ吸いつこうとしてんだ!」
「い、いや、だって、初チューですよ? ディープべろちゅーっすよ? しかも意識ない時に無理やりされて我慢しろとかいったいなんのプレイっすか?」
「プレイ言うな! 人聞き悪い! お前がガス欠したから魔晶石を給油してやっただけじゃねえか!」
「給油って……車じゃあるまいしそんな色気のない……ここはひとつ『お前に俺の命を注いでやったぜ! これでお前はもう俺のMO・NO・DA・ZE!』とか、イケメンヴォイスで言ってくださいよ!」
「言うかっ! そもそも時間ねえから経口投入しただけじゃねえか。本当は胸を開いてリアクターに直接ぶっこむつもりだったんだからな!」
「眠ってるワッチの胸をまさぐってこの胸で無理矢理なんて……そんなことされたらワッチもう……もう……!」
「誰もんなこと言ってねえ! いちいちお前の物言いは人聞き悪いんだよ‼」
「お、おい、紋次郎。嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
「あ? じいさん?」
ゴードンじいさんにそう言われ振り返れば、目を見開いてしまっているし。
「ああ? 別に大丈夫だよ。頭はイカれてるけどな、ただのエネルギー切れ……要は腹へって動けなかっただけだからな」
「そ、そうか……」
ゴードンじいさんは目ん玉ひんむいたままになってやがる。あんま納得してなさそうだけどな、別にどうだっていいが。
それよりもだ……
「ニム! さっさと逃げるぞ! あの気持ち悪い奴に殺されちまうからな」
「あ、それなんでやすけどね? あの天使さん、中身フィアンナさんなんすよ」
「は? な、なに?」
「えーと、かくかくしかじかでやんす」
と、ニムの奴が色々はしょって手短に説明する。これで分かっちゃう俺もどうかと思うが。
「はあ? つまり、『魂の宝珠に封印されてた第四使徒ドレイク・アストレイが、自分の子孫であるフィアンナの身体を乗っ取って復活したと。んで、正体は世界を滅ぼす天使で今まさにそれをやろうとしてる』と、そういうわけか?」
「さすがご主人良くワッチのかくかくだけでよくここまで理解できやしたね? これはワッチと心が結ばれちゃっていると解釈しても!?」
「お前のアーカイブ覗けば大概一発で理解できるけどな」
「いけず~でやんすよ。でも、ワッチの赤裸々な胸の内を覗かれるのは最高のご褒美かも」
「はいはい、今度暇な時に覗いてやるよ」
「おい‼ お前ら、こんな時に何をやっとるんじゃ! 逃げろといっとるじゃろが!」
「「ひっ!」」
と、ゴードンじいさんにでかい声で怒られて思わず二人で抱き合って跳ねた。
いや、じいさんマジで怖いから。俺、褒められて伸びるタイプなんだからそういうのやめて!
「ヴァ……ヴァ……モ、モンジローサマ……」
唐突にそんな異様な声が聞こえ顔を向けて見れば、そこには先程の第四使徒の姿。
どうやら奴が喋っているようだが、あの感じは……フィアンナ……?
その女顔は先程とは違い、震えながらその虚空の瞳から涙のような液体を大量に流していた。
「ヴァ……コロシ……テ……オネガ……ヴァ……シマス……ヴァヴァヴァ……」
「ふぃ、フィアンナ……なのか?」
俺の声に反応はない。ただただ全身を激しく痙攣させながらそのデスマスクのような能面顔を涙に濡らし震えるだけだ。
俺は少し思案する。
今の彼女の状況はまさに見ての通りなんだろう。ドレイク・アストレイの魂に侵食されその身体を乗っ取られつつある。そうだとすればこのまま『元に戻す』ことは多分出来ない。
そこまで考えたところでニムに声をかけられた。
「ご主人、どうするんでやす? このまますぐに逃げやすか? それともフィアンナさんを助けやす?」
「逃げろと言っておるじゃろうが!」
再びゴードンじいさんが怒鳴っているが、俺はとりあえずそれに耐えてから、じいさんとニムにむかって言った。
「魔法を使って助けてみようと思う」
「は?」
一瞬の間。
今まさに世界を滅ぼす天使が動き出すかも知れないこの状況にあって、じいさんがぽかんと口を開けていた。
ニムはまあ、いつも通りなのだが。
「紋次郎、お前今なんと言ったんじゃ?」
「はあ? いよいよボケたかよじいさん。俺は魔法を使うと言ったんだよ」
「魔法……魔法じゃと……」
再びそう教えてやるも、じいさんはその眉間に渓谷のような皺を刻みこめかみの血管を浮き立たせながら俺に詰め寄ってきた。
「お前という奴はっ! 今死ぬかもしれんこの状況でそんな戯けたこと抜かしおって!」
「た、た、戯けてなんかねえし! い、い、至って健全だし!」
急に怒鳴られたもんで思わず精一杯言い返しちゃう。でも全然追撃が弱まらねえ。
「そもそもじゃ! 『魔無し戦士』の貴様に魔法なぞ使える訳がないじゃろうが!」
「んだよ! 『魔無し』なのは仕方ねえだろ? 最初っから魔力ねかった上に、俺はレベルも全然上がらねえんだからな。だったらなんだよ! 魔力無かったら、魔法使っちゃいけねえのかよ! ああっ!?」
「魔力なしで魔法が使えるわけ……」
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
じいさんが何か言おうとしたその背後で、劣化フィアンナ(仮)が絶叫を上げながらその両手を合わせ獄炎魔法を放った。
炎はまるで大口を開けた巨大な蛇のように俺たちに襲いかかる。
俺はそれを見て、すぐさま『唱えた』。
「踊れ! 水と大気の精! 我らを囲え! 『上位水竜陣防壁』!」
俺の発声とともに目の前に迫る火炎の姿は激しい水流の壁によって遮られた。