第十三話 ジークフリード
「まったく、なんでオレがこんな目に……」
ぶつぶつとそんなことをぼやいているおっさんを先頭に、俺たちは墓地の中を進んでいた。
外観からして恐ろしい場所な訳だけど、中は更に恐ろしい。
足元は苔むした煉瓦道が延々と続いていて、凄く滑りやすい上に、道の両サイドは果てしなく樹林に没した墓石が苔や蔦の間から顔を覗かせている。
あの墓の一つ一つの下に死んだ人間が埋まってるかと思うともう、背筋が凍りつく思いだ。
正直ここに来るのが二度目でなかったなら間違いなく逃げ出しているよ。まあ、前回は真っ暗闇な上に、必死にニムを背負って駆け回って逃げ出したから、こんなにゆっくり見てはいないのだけれども。だからこれが実質一度目だよな……とは決して思わない。だって怖くなっちゃうから。
「まあ、スケルトンなんて雑魚だよ、雑魚。この俺が蹴散らしてやるって」
先頭を歩くおっさんが右手に幅広剣を持って、そんな頼もしいことを言いやがる。
仮にも王国の討伐隊員だもんな。言葉の通り、マジで余裕なんだろうさ。
「それにしてもだ……」
「なんすか?」
俺が周囲の墓石を見ながら呟くのを、隣の二ムが目聡く聞きつけて聞いてきた。
「いや、大したこっちゃないんだが、この墓だよ」
「はい?」
俺の言葉に周囲を見まわす二ム。二ムは『別に何の変哲もないただの墓っすけど?』とかすっとぼけた顔をしていやがるし。
「まあ、そうなんだがな……この墓って、アルドバルディンの街が出来る前からあるんだろ? だったら、ここに眠ってる連中っていったい何者なんだよ?」
「そういやそうっすね。えーと、書いてあるのは……『ステファニー・ルード 203~254』、『コンティネア・パーカー 321~335』、『スクラブ・エーカー 158~205』……」
二ムは道脇の墓石に書かれているこの世界でもあまり見かけることのない文字を順番に読んでいく。というか読めるんだな、お前も。
「別に、ただの人の名前っぽいすね。隣に年号みたいな3桁の数字がいっぱいありやすけど、これが何時なのかはワッチにはわかりやせんね」
確かに3桁の年号みたいな数字があるにはあるけど、そもそもこの数字も文字もこっちの世界のもんだもんな。しかも街の図書館でも端っこの方で埃被ってたぼろぼろの『神話』とか『偉人伝』とかの文字に近い。そういえば、俺があの変な女から貰ったこの本も同じような文字で書かれていたな。
俺はポーチに入れてあるそのいかにも古そうな、元は赤色だったのだろうそのすでに茶を通り越して黒色に近くなった表紙の本を手に取って眺めてみる。そこにはやはり墓石と同じような文字が並んでいた。
俺はふと気になって、先頭を歩く騎士に尋ねてみる。
「なあ、おっさん。この墓の文字は何文字っていうんだ? 普段使ってるのと違うんだが」
「あん?」
おっさんは面倒くさそうに墓の文字に目を向けるも、良く見もせずにぷいと背けた。
「知らねえよ、こんな文字。大方大昔の分けのわからねえ連中の字だろう。んなもん、どーでもいいだろ」
「投げやりすぎだろ」
あんまりな態度に俺もちょっと呆れる。
現在の標準文字じゃないんだろうが、読んだ感じこの文字を使った文章の方が文法的にも洗練されている気がするんだよな。まあ、今の時代にはそれこそどうでもいいことではあるんだろうが。
そんな感じでちょっとだけ悶々としていた俺に、二ムが手に持っていた本を見ながら声を掛けてきた。
「そういえばご主人、いつもその本読んでやすけど、それどうしたんすか?」
「これか?」
俺は本を上に持ち上げながら答える。
「アンジュちゃんの宿屋に居る時に、変な眼鏡かけた女に貰ったんだよ」
「女? マジっすか? 逆ナンじゃないっすか! いつの間にそんな高等テク覚えちゃったんすか!」
「いや、逆ナンて……別に一人で飯食ってる時に、挙動不審なローブの女がどもりながら無理矢理押し付けてきただけだよ」
「ローブ!? それって、完全に恥ずかしくて顔隠しながらアプローチしてきた乙女じゃないっすか? もしくはローブ内全裸の痴女」
「ぜ、全裸!? ん、んなわけあるかっ‼」
鼻息の荒い二ムに気おされつつも、改めて思い出してみれば、あれは逆ナンと言えなくもないなとか思えてきた。
丁度ひと月くらい前に、色々怖くて宿から出れなくなってた時に、急に俺の前に現れたんだよなあの女。
年の頃は俺と同じくらいか……
で、目も合わさずに、『これどうぞ』ってこの本を差し出してきたんだけど、正直あれから会ってねえな。貰ったこの本の内容が内容だっただけに、いい暇つぶしが出来たなくらいにしか思ってなかったけど、良く考えてみれば小恥ずかしくて告白できない女の子がドキドキしながら俺にプレゼントしてきたシチュに思えてきた。いや、もうそうとしか思えない。
うん。きっと俺ナンパされたんだ。
と、胸に希望を宿し始めていたら、二ムが……
「ま、それからずっとほったらかしにされたわけっすから、その女の子きっと諦めてやすね。というか見切りつけてもう他の男と……」
「ぐっはああああっ! に、二ム、いかん、これはいかん! すぐに帰って彼女に謝らなければ!」
「うるせいなお前ら、オレァさっさと帰りてえんだから……っ!?」
ボコッ……
「え?」
おっさんが俺達を振り返って不機嫌そうな顔を向けてきたその時、足元から何やら不吉な音が……
こ、これはアンデッドがいよいよ出てきたか……? とか、思って身構えていたのだが、それよりもっと悲惨な事態が発生した。
足元の地面が消えたのだ。
「「ぎゃああああああああああああああああああ……」」
絶叫する俺とおっさん。見事に二人向かい合ったままで落下した。
お、おいおいおいおい……勘弁してくれよぉーーーー‼
「ぐべっ」「がひっ!」
二人揃って落下したそこ……とりあえずは侵入者避けの落とし穴とかの部類じゃなかった模様。落ちた先は砂のようなものが堆積していたらしく、全身を強打したもののなんとか起き上がれるくらいにはダメージが少なかった。
「いてててて……どうなってんだ、こりゃ……」
「さ、さっさとどけよ」
「あ、わりぃ」
痛む背中をさすりつつ身を起こしてみれば、どうやらおっさんを下敷きにしていたらしい。急いでどいて身体を確認するもやはりけがはしていないようだ。
どうやら地下通路みたいなとこに落ちちまったようだ。多分、地上部分の床が風化して脆くなっていたんだろう、崩れてしまったようだ。
今更だけど、これが落とし穴とかのトラップじゃなくてマジで良かったよ。槍衾にでもなってたら、完全にお陀仏だったぜ。
俺達の下は砂礫になっていた。そして上を見上げれば、さっき俺達が立っていたんだろうその地面の穴のいびつな形が見え、更に天頂に昇ってきたところだろう見事な満月が見え、その明かりが今の俺達のいる場所まで届いてきていた。
穴がだいぶ小さいしな、結構落ちたっぽい。
「だいじょぶっすかー?」
上の方からそんな気の抜けた感じの声がしたからもう一度見て見れば、穴の縁からひょいと顔を覗かせている二ムの姿。俺を見下ろしながら手を陽気に手を振っている。
「大丈夫だ。だからさっさと助けてくれよ」
そう声を掛けると、二ムが了解っすと返事をして一旦消える。
どうやら木にロープでも括りに行っているみたいだが……
「ったく、ひでぇめに遭ったぜ。お前ら後で覚えてろよ」
、
おっさんがそんなことを言いながら自分の尻をさすってる。仕方ねえから後で酒でも奢ってやるかとか、そんなことを思っていたら、足元になにやら光る物が……
それを拾いあげて見れば、なんてことはない、おっさんのステータスカードだった。
どれどれ……
――――――――――――
名前:ジークフリード・ストロンギウス
種族:人間
所属:エルタニア王国騎士団
クラス:落第騎士
称号:なし
Lv:2
恩恵:〖ブラウニー〗
属性:〖土〗
スキル:
〖お手伝いLv1〗
魔法:
〖眠気覚ましLv1〗
体力:7
知力:3
速力:2
守力:6
運:2
名声:1
魔力:2
経験値:25
――――――――――――
「…………おい、おっさん!」
「あんだよ」
俺はこのつっこみどころ満載のおっさんのステータスカードを見て当然声を掛ける。
「おっさんの名前、『ジークフリード』なんだな」
「んだよ、文句あんのか?」
いやいやいや、とりあえず名前言っちまったけど、そうじゃねえ。名前のインパクトがめちゃくちゃ強いのは置いておくとして……、苗字が『ストロンギウス』とか……いや、置いておくとして!
そもそもレベルたったの2じゃねえか。アビリティに関しちゃ、レベル1の俺と大差ねえし、むしろ俺の方が強いんじゃねえか? あと、おっさんが恩恵貰った相手の『ブラウニー』って、確か靴屋さんが寝ている間に靴を直してくれちゃったりするお手伝いの妖精さんのことじゃねえか? スキルもなんか『お手伝い』だし、魔法で眠気覚ましって、なんでこの人騎士やってんだよ。ってか、クラスが『落第騎士』になっちゃってるぞ‼ これでアンデッド余裕とか良く言えたな。
「お、おい、おっさんよ……全国のジークフリードさんに謝れよ」
「んだと! ごらぁっ!」
当然険悪になったわけだが、そのタイミングで二ムがひょこっと顔を出した。
「あー、二ム? このおっさんどうしようもねえから、さっさと助けてくれよ」
「んだてめえ、喧嘩売ってんのか!」
掴みかかろうとしてくるおっさんを払いのけつつ、再度上を見上げれば、二ムがあっけらかんと言った。
「あーご主人、今、フィアンナさんたちが面白いことになってますんで、ワッチちょっと見てきやすね。じゃ、また後で」
「え?」
俺の話も聞かずに二ムがどこかへさっさと消えていく。
ちょっとちょっと二ムさん? なんでいなくなっちゃうの? もう、勘弁しろよ、こんなとこにおっさんと二人っきりなんて本当に嫌だぞ、ったく。
ドンと、俺の背中に奴がぶつかってきたので、俺は首だけまわして様子を見ると、そこにぶるぶる震えたおっさんの姿。
「なんだよジークフリード、くっつくんじゃねえよ」
「〇×△□Ё±Α‼」
おっさんが何やら声にならない声を上げているので、その視線の先を追うように目を向けて見れば、暗闇に光る無数の赤い光。
え? 何あれ? マジか!
その光がなんなのかだいたい察しはついてはいるものの、それを確定したくなくてついおっさんに聞いてしまった。
「な、なあ、おっさん。おっさんアンデッドくらい余裕だって、言ってたよな? 全部剣の錆びにしてやるとか言ってたよな? な? な?」
おっさんはと言えば……
「…………」
返事はない。もう限界超えちゃったようだ。
無数に存在するその赤い輝きが、どんどんその数を増しつつ俺達へと迫るその様にもう、俺も全ての思考を放棄したくなっていた。
満月の明かりがそそぐその空間に、その赤く輝く虚空の目を持った大量の存在が雪崩れ込んでくるのに、全く時間はかからなかった。
「「す、す、す……スケルトン出たー‼」」
当然二人で絶叫したのは……言うまでもないか。