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救世ノラヴドール~俺とセクサロイドの気ままな旅~  作者: こもれび
第一章 聖戦士と漆黒の妖精
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第十二話 死者の回廊

 街を出た俺達は北西方面へと延びる街道から外れ、巨石が至るところに転がる草原の丘を北の方角目指して真っ直ぐに歩いた。

 地理的な事に触れると、このアルドバルディンの街は王国の一番南端に位置しているらしく、人の行き交う街道というものは、先ほどの北西方面へ緩やかな下り坂で続いていく馬車道の一本しかなく、周囲は果樹園や森と丘、そして更に背面、南方向全域には夏でも頂上に雪を被った峻険な『ピレー山脈』が聳えている。

 この長大な山脈により、ここが南の果てとも言われているらしいのだが、実はこの山脈を越えた南方にも広大な土地があって人が住んでいるらしい。

 『らしい』というのは、現在この山脈より南へ行く道が陸上海上問わず全く存在せず、行き来が出来ず、情報がないからなのだが、一般的にはこの山脈の南はひたすらに荒野の続く不毛の大地が広がっているとも言われているが、町の図書館で読んだ古い本には『大地を別つ山塊より南に巨人が住まう』等とも、書かれていて、何が本当なのやら良くわからない。まあ、知りたければ自分で行けということだな。


 ともかく今はこの街だ。

 南の果ての辺境の街とはいえ、亜人種の人たちも含めれば数千人を擁する比較的大きな街である。

 ま、他の街にまだ行ったことがないから、本当に大きいかどうかは分からないけど、閑散とした田舎の村って感じはしない。商店もたくさんあるし、住宅も石造りでしっかりしているし。

 この地域の主な産業……それは『農業』と『鉱業』。

 比較的周囲に強力なモンスターが涌かないことと、高地ということを利用してのこの地域独特の果樹の栽培が盛んであることが一つ。その果実とは真っ赤な実が木に成るタイプのもので、その名も『アプル』。つまりそういうフルーツだ。

 それと、ここより更に南へ行くと、かつてドワーフの掘っていたという鉱山跡が無数にあり、そこかしこの坑道跡からは未だに希少金属などが産出されており、亜人の人たちが中心となってその労働に当たり街は潤っていた。

 要は平和だってことだな。


 さて、今回俺とニムが向かうのはこの丘の頂きから眺めることが出来るのだけど、正直俺は行きたくはない。

 だって、めっちゃ怖いんですもの!


「ご主人、もう少しですよ。頑張ってくださいよ」


「分かってるよ、ニム。でも足がな、ちょっと行きたくないって言ってるんだよ」


「足は喋りませんよ? 頭でも打ちやしたか?」


「比喩だ、比喩。真顔で言うな、この電磁メカめ!」


 俺の手を引っ張って先を行くニムが俺を見て笑ってやがるし。こいつ遊んでやがるな。

 でも仕方なし。ここまで来て、やっぱり行かないの選択肢はないからな。

 俺はえいやっと力を込めてその丘の頂に立った。そこから見える光景はまさに最悪だ。


 ここまで一見のどかな感じの丘陵地帯の風景であったのが、突然におどろおどろしい様相に一変する。

 緑の原野の只中に、周囲を高さ5m以上はありそうな年季の入った石の壁に囲まれた鬱蒼と茂る陰鬱な森がそこに現れた。

 ここは只の森ではない。遠目に見ても分かる様に、その木々の合間に白い板や十字架のような物や、元は人の形を取っていたのであろう彫像などが、半ば崩れ、汚れ、緑に没してそこに存在していた。

 完全な『墓場(セメタリ―)』だ。

 それもイギリスとかフランスとかで世界遺産に指定されているような大昔からそこにあるような古代の集合墳墓。マジで怖い。

 そこの空間だけが闇に覆われたような陰惨な雰囲気を漂わせていて、ギャアギャアとカラスであろうか、不気味な鳴き声がここまで聞こえてくるし。

 もう見るだに恐ろしいが、俺は視線をその森の奥へと向かわせる。

 遠く、その森の丁度中央付近か、その全体を濃緑色の蔦に覆われてでもいるのか、巨大な教会のような建造物が天に聳えるように建っていた。あれが件の礼拝堂だろう。


 何度見ても恐ろしい光景だ。

 周りが広大な野っぱらで、青々とした短めの草が遠くまで続いて、なにやら牧歌的な青春映画のワンシーンでも観ているかのような清廉さがあるのに対し、その石塀を境に、突如連続殺人(シリアルキラー)なホラーワールドに変わっているし。

 明らかに植生も違うしな、違和感が半端ない。普通アミューズメントパークだって、ファンシーとホラーの境目をもっと自然にするだろう。

 まるでこのドデカイ墓場を、何処かから運んで来てそこに置きましたと言わんばかりの不自然さが俺の心をざわつかせるのだ。お化け屋敷に入る前の心境だよな、これ。


「うっう~、マジで行きたくねえ」


 心の声が漏れるも仕方ない事だと思う。だって、本当に行きたくないんだもの!

 そんな俺を眺めつつ、二ムがあっけらかんと話す。


「大丈夫っすよ! 骸骨とゾンビーはぶん殴れば木っ端微塵すから、余裕っす!」


「お前、お化け屋敷でくれぐれもそれやるなよな。偶に人が化けてんだから」


 うん、正直人が化けて出るタイプのお化け屋敷の方がよほど恐ろしいよ。動きとか不規則だから怖がる準備もできやしない。まあ、脅した後にせこせこと帰って行く姿がまたシュールで物悲しかったりもするんだけども。


 隣でにこにこしているニムに不安を抱きつつもその薄暗い雰囲気の墓地を目指して歩いた。



   ×   ×   ×



「兄さん達これから中にはいるのかい? 物好きだねぇ」


 『死者の回廊』の正面入り口とでも言えばいいのか、もとは巨大な門扉があったのであろうその石塀の切れ間付近に、大きめのテントを張って、木製の机と椅子を外に起き、そこに腰を掛けながら煙草を(くゆ)らせた一人の中年の男性がいた。

 薄手の皮の鎧を身につけてはいたものの、どう見ても運動不足な感じのいなめないそのでっぷりとした体型からは冒険者や騎士といった印象は全く感じられない。

 でも、テーブル脇に立て掛けられた意匠の凝らされた盾を見るに、どうも王国の騎士ではあるようだ。

 

「あんまり行きたくねえけどな。ところであんたはここで何してんだよ」


 見るからに暇そうだったもんで俺はそんなことを聞いてみた。すると……


「あー、オレァ王国軍のアンデッド討伐隊の隊員だぁ。見張ってんだよ。とは言っても今じゃオレ一人しかいねえけどな。ふぁ~あ~」


 欠伸をしながらそう答える討伐隊隊員。どう見ても酒場でくだ巻いてるおっさんの一人のようにしか見えない。


「おいおいそんなんで大丈夫かよ? おっさん一人しかいねえんだろ? アンデッド出てきたらあっという間に殺されちまうぞ?」


 その俺の言葉におっさんはケラケラと下品に笑った。


「なーに言ってやがる。オレァもうここに来て三ヶ月だが、まーだ、一回もアンデッドになんか遭遇してねえよ。ひと月前だって、本隊の連中もわんさか集まったけど、影も形もありゃしねえ。本当にいるのかよ?」


「はあ?」


 思わず変な声が出ちまった。

 いるも何も、いるに決まってんじゃねえか。現に一月前に俺はここで周囲360度アンデッド祭りに遭遇したんだぞ!

 なのに三ヶ月……

 ってか、だったら一月前のあの時もこのおっさんここに居たんじゃねえか! 何やってたんだよ。助けろよ、仕事しろよ。


「あのなあおっさん。ここ滅茶苦茶いるぞ、アンデッド。特にスケルトン。俺もこいつも一月前にエライ目に遭ったんんだからな! なあニム」


 と、ニムの方を向くと、あごに指を当てて、「そうでしたっけ?」とか言ってやがるし。

 こいつ、壊れやがったか、ボケちまったか、とにかくあれだ。あの時は暴れまくった挙げ句に燃料切れで動かなくなったからどちらかと言えば記憶というか、記録がなかったって感じか。

 そんな俺たちのやり取りを見つつ、おっさんが鼻で笑った。


「たかがスケルトンごときで大袈裟な奴らだな。だったらオレに声かけろや。オレが全部剣の錆びにしてやっからよ」

 

 おっさんは笑ったままで、まあ、どうせ与太話だろうけどな。とか言ってやがるし。本当にムカつくな。

 ま、でもあれだ。ここは良い方に考えよう。

 なにはともあれ、ただのデブにしか見えないけどこのおっさん、見た目はあれだが正真正銘の王国の『聖騎士』らしい。つまり国家権力、軍隊、警察、治安維持部隊! これを活用しない手はない。

 何も馬鹿正直に俺と二ムの二人だけでアンデッドわんさかの墓場に出向く必要はないからな。おっさん、実は結構強いらしいし、これは矢面に立ってもらうとするか。

 

「なあ、おっさん。俺達これからこの『死者の回廊』の礼拝堂までアンデッドの調査に行かなきゃならねえんだよ。手伝ってくれよ」


 と、嘘偽りなく正直にお願いする。前領主の娘のフィアンナの依頼だし、アンデッドのことも調べるわけだしな。まあ、最終的にはライアン氏の死の原因調査にはなるわけだけど、そんなことわざわざいう必要もあるまい。このおっさんは関係ないし。

 さて、これで少し手が増えたぞ! としめしめと思っていたら……


「いやだね、お前らだけで勝手に行け」


 そんなこと抜かしやがるし。


「おいおいおっさん。あんたここでアンデッドが湧かないように見張るのが仕事なんだろ? だったら中でアンデッドがどうなってんのか確認するのも仕事のうちだろうが!」


「だから、アンデッドは出ねえと言ったろう? 出ねえもんをわざわざ探しに行くバカはいねえよ。オラァ行かねえぞ」


 おっさんは煙草をくわえたままで腕組みしてふんぞりかえった。

 ぐむぅ……この業務怠慢野郎が。仕事しやしねえこんな奴ばっかりが何故かおべっか上手くて昇進しやがるんだよな……いや、このおっさんは一人でこんなとこに居させられてるからすでに窓際か?

 

「まあまあご主人、ここはワッチに任せてくださいよ」


「二ム?」


 急に俺の手を引いた二ムがニコニコしながら俺の前へと歩み出た。そして、ふんぞり返るおっさんの前に立つと微笑みながらその顔を近づける。と、ついでにたゆんとその大きな胸も揺れるわけで……

 なんだ? 色仕掛けでもしようってか? おっさんの奴すでにデレデレな顔で鼻の下伸びちまってるが……


「うふふ……ねえ……おじさま~~~」


「は、はひっ、な、なにかなぁ~、ぐへへぇ~~」


 すでに完全に目が胸に吸い付いてやがるな、このスケベじじいが。

 二ムがおっさんにゆっくりと近づくと、当然座ってるおっさんの眼前にその大きな膨らみも近づいていくわけで、既に目がイってるそのおっさんへと伸ばしたその手で……


 机をチョップした。


「え?」「あ……うあああああああああああああっ!」


 耳をつんざく激しい爆裂音、直上へと吹き上がる砂塵、そして足元が消えていく喪失感。

 よろよろとその場でよろめいた俺が見た光景は、俺と同じように尻餅をついて呆然としているおっさんと、机を木っ端みじんに粉砕した挙句、クレーター化した地面に拳を突きこむ二ムさんの姿。

 暫く風に揺らめきながら砂煙が舞ったその後で、すっくと立ちあがった二ムがにこりと微笑んだ。


「おじさん、一緒に行きましょ」


「は、はひっ!」


 返事もままならずにコクコクと頷くそのおっさんに俺は少しだけ同情したのであった。

 というか、結局『拳』で語るのね、お前は。

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