第十一話 心の拠り所(フィアンナside)
アルドバルディンの東には『シニカの森』と呼ばれる、広大な落葉樹林が広がっている。この森にはシニカと呼ばれる多年草の多肉植物が至る所に生えており、薬効成分の高いことから冒険者を中心に採取に訪れる者も多かった。
この時期は気候的に夏ということもあり日中は非常に暑くなるものだが、森の樹々はその青々とした葉の重なりで見事な天然のドームを形成して日差しを遮ってくれている。木漏れ日に照らされるこの空間には、強力な魔獣も少ないため、野うさぎや、イタチなどの小型の動物がたくさん生息していた。
穏やかな様相の森の中を進む3人組の姿があった。
男が一人に女が二人。男は腰に長剣を帯びており、銀に輝く軽金属製の軽鎧を身につけ金の髪を靡かせて先頭を進んだ。
女の方はと言えば、一人は白のローブに樫の杖を掲げた金髪の少女であり、もう一人は青の長衣を纏った青髪の少女であった。
全員が全員整った面立ちをしており、誰もが振り返ってしまうであろうと思える美麗な魅力があった。
だが今は3人ともが厳しい顔になっており、声を掛けることが憚られる雰囲気を醸している。
彼らとはつい昨日まで紋次郎と同じパーティを組んでいた、アルベルト、セシリア、フィアンナの3人のことである。
つい今しがたまで、この森でシニカの葉肉を採取していた彼らは、今はせっかく集めたその葉も放置し一路北を目指して歩み続けていた。
3人は一言も話さない。もはや全員が覚悟を固めていたから。
一番後ろを追従していたフィアンナもまた、手にしたメイスを握り込み気持ちを新たにしていた。
彼女は今日、初めてこの目の前の二人と同じパーティになれた気がしていた。
彼女の目的、『父の仇討ち』という明確な目標を持っていたがために、今まで行動を共にするこの二人に対して敵愾心にも似た歪んだ感情を持ち続けていた。
この二人は父の死に関わりがある、いや、父の死そのものの原因であるとして、穿った感情のままにこのパーティに属し続けていた。
これは仕方がない事であったと、彼女自身も思っている。
それほどに、彼女自身も追い詰められた中で復讐に囚われていたのだから……
しかし……
つい今しがたその考えは変わった。
いや、変わって等いないのかもしれない、むしろ明確になることで二人を受け入れることができたらのだ。目の前のこの二人もまた同様に苦しみ続けていたという事実を知ってしまったから。
自分だけが苦しんでいたのではないという事実を知った今、彼女は決意した。
この二人と共に必ず目的を達してみせる……と。
× × ×
紋次郎をパーティから追い出してしまった後、フィアンナはこっそり彼の元へ行き、正直に今自分が置かれている状況を話した。そして僅かな金子を謝礼に彼へと助力を頼んだ。
正直に言えば、この行為は諸刃の剣。彼が信じるに足る人物かどうか、自分を助けてくれるだけの力を持ち合わせているかどうか、本当のところは全く分からなかったからこその賭けであった。しかし、彼女には確信があった。
王都の修道院からこのアルドバルディンに急ぎ帰郷する際にふと耳にした話が記憶の底にあったから。
ひょっとしたら、もしかしたら彼は……
藁にもすがる思いであったのかもしれない。この状況を変える為にはひ弱な自分だけでは到底力不足。だからずっと誰かに助けを求めたかったから。
同じパーティメンバーであった彼のことは、正直本当に頼りないと思っていた。
特殊なスキルを持ち合わせていたとはいえ、レベルは1のまま全く上がらず、モンスターと戦うにしても弱小の雑魚モンスター以外とはまともに戦うこともままならない。
リーダーのアルベルトも全く成長しない彼のことを次第と邪険にするようになっていたし、それは仕方ない事だと、自分でも驚くほどあっさりと彼のことを見限ってしまっていた。
でも、それが間違いであったと考えを一変する出来事が起きた。
昨日……
南の『ドワーフ鉱山への道』で遭遇した巨大な悪夢……
そのまるで城のような巨躯を前にした時、私は確かに絶望していた。敵わない、敵うわけない。死の予感に全身が痺れまるで手足は動かなかった。
それは同じパーティメンバーのアルベルトとセシリアも同様で、眼前に立ちはだかった死の権化を前にして固まったように動けなくなっていた。
『フォレストライノ』……しかもその『亜種』。
先に遭遇していた個体とは明らかにサイズも威圧感も異なる異形の怪物。
フォレストライノは、この森の王にして恐怖の対象として街の住民が恐れるこのモンスターであり、国から危険度『C』に指定されたレベル20相当の強力なモンスターである。非常に硬い表皮を持ち、二本の角による『集団』での突進は壁をも崩すと言われていた。
だからこそまだレベル10そこそこの彼らはチームでこのフォレストライノの討伐に当たったのだ。
先に出現した2体のフォレストライノは順当に狩ることが出来た。
フィアンナの補助魔法を軸に、セシリアの氷結魔法とアルベルトの剣技を織り交ぜ辛くも勝利できていたのだ。
しかし、その個体は違った。
明らかに魔法も剣も通りはしないと思わせる圧倒的な巨躯であり、その足の一踏みで世界が終わるのではないかと思わせる激震を放った。
フィアンナは思う。今にして思えば、通常個体のフォレストライノを狩ろうとした時、頑なに戦闘を避けるように訴えてきていたモンジローはこの恐怖の存在の出現を予期していたのではないか……と。
だからこそ彼はあの時真っ先に声を上げて走りだしたのだ。誰も動くことが出来なかったあの時に……と。
モンジローの突然の行動に触発され、彼らは全員その場から逃げだすことが出来た。
しかし、激しい地響きが彼らがまだ完全には難を逃れていないことを示唆していた。
このままではいずれ追いつかれ、あの怪物の餌食になってしまう。
そう思ったとき、殿を務めてくれていたモンジローが消える。
それが何を意味するのか……
その時の3人はただ、彼がその能力の低さが故に逃げ切れなかったと思っていた。
しかし……
彼は帰還した。何事もなかったかのように、いつもと同じに。
フィアンナにはそれが信じられなかった。
あそこにいたのは間違いなく何人も太刀打ちできるはずのない怪物だった。命を救いたいと思い願いながらも、それはもう不可能だろうと彼女自身も思ってしまっていた。
それなのに。
いつものように飄々として現れた彼を見て、彼女はその思いが確信に変わったのだ。
そう……
彼は間違いなく……
× × ×
「フィアンナ……君に大事な話があるんだ」
シニカの森でシニカの葉の収集作業を進めていた3人。別段難しい作業なわけでもなく、過去にも数度請け負った依頼でもあるため本来ならすぐにでも達成できる仕事であったはずがこの日は作業が遅々として進んではいなかった。
昨日までと違い、モンジローがいないためか? と作業のペースの遅いアルベルトとセシリアの二人を眺めつつフィアンナはモンジロー達が今どんな行動を取っているだろうかと思いを馳せていた。
そんな時、作業を中断したアルベルトがフィアンナへと近寄ってきたのだ。
視線をさらに奥へと向ければ、少し離れたところにセシリアも立っている。
何を話す気なのか……
とにかく聞いてみようと頷いてみせた彼女に、アルベルトは口を開いた。
「これから……僕らで『死者の回廊』のアンデッドを全て狩る。君にも……手伝って欲しい」
「え?」
その意外な内容に思わず息を飲む。
『死者の回廊』と言えば彼女の父が亡くなった場所でもあり、彼女の父が盗んだとされた『魂の宝珠』が納められていた場所。
これが何を意味するのか、彼女も容易に想像できた。
『父の死の真相に近づく』話。彼女は緊張が表情に出ないように注意しながら、アルベルトを見返して聞いた。
「なぜ……アンデッドを狩らなければならないのですか?」
「そ、それは……」
表情を歪めて口ごもるアルベルト。
彼は苦しそうに呻いてから、ちらりと背後のセシリアへと視線を向けた。
彼の背後でセシリアは毅然とした顔になる。
「わたくしから説明させていただきますわ」
「い、いやセシリア……しかし……」
「良いのです、アルベルト様。ことここに到ってしまってはフィアンナ様のお力なしにはどうにもできません。これは私……いえ、我がエスペランサの罪なのですから」
そう言われてアルベルトは黙った。
セシリアはフィアンナへと歩みより、一度深く息を吐いてから話し始めた。
「まずはお願いがございます。これからどのような話を聞いても決して私達を疑わないと、信じると誓って欲しいのです。これが非常に手前勝手なお願いであることは重々承知しております。ですが、これをお約束頂かなければ私はお話することが出来ません」
フィアンナはその言葉に身体が硬直する。
彼女は悩んだ。今ここで話を聞けば、彼らが犯人だったとき、彼らに復讐することが出来なくなる様に思えたから。神へと仕え、神の御心のままに偽りなく人と接してきた彼女にとって、完全なる背信は決して許されるものではなかったから。
でも、この話は聞かなければならない、そう、確信めいた物があった。聞くことで真実へと辿り着かなければならない。彼女はそう、僅かな時の中で決意した。
そして小さく頷く。
それを見て、セシリアは小さく口を開いた。
「ではお話しましょう……私の父、スルカン・エスペランサは大罪を犯しました。人を殺したのです」
そう切り出され、それほどの衝撃を受けなかったことにフィアンナ自身驚いていた。思いのほか冷静であったのだ。彼女はそのままセシリアの言葉に耳を傾け続けた。
「父は以前より偏執的なところがあり、領主であったライアン・アストレイ様に様々な点で対抗意識を燃やしておりました。ですが、まさかあのような結果になるとは私も思いもよらず……」
声を詰まらせたセシリアが一度下を向くも、一呼吸入れてからフィアンナに向き直った。
「私は見てしまったのです。1年前……死者の回廊へと赴いていたライアン様を父が襲い、その命と『魂の宝珠』を奪うところを」
フィアンナはここで初めて全身に衝撃が走った。
自分が知りたかった真相を聞けたばかりでなく、その犯行の始終をこの目の前のセシリアが目撃してしまっていたということに驚いてしまったから。
セシリアは声を震わせながらつづけた。
「私は狂気に走った父を止めることも出来ず、周囲に湧いたアンデッドに襲われ続けたライアン様をお救いすることも出来ず、ただただ逃げ出すことしかできませんでした。そして、父は湧き続けていたアンデッドに対し、何食わぬ顔で副領主として冒険者や騎士を投入して鎮圧を図ったのです。私は恐怖から父を糾弾することも何も出来なかったのです」
美しい表情を歪めた彼女はその頬に涙の筋を走らせていた。ずっと耐えてきていたのだろう、その様子に、控えていたアルベルトがハンカチを差し出してその涙を拭った。
そして、今度はアルベルトが口を開く。
「ここからは僕が話そう。僕の家……カーマインもセシリア様のエスペランサ家と同じように代々アストレイの家に仕えてきた。ライアン様がお亡くなりになり、アンデッドの数もだいぶ減ってきた時期のある日、父が僕を呼び出した。そして僕はある秘匿されていた事実を明かされた。それは信じられないような現実だったよ」
そう言ったアルベルトはフィアンナを真っすぐ見つめた。
「アストレイの人間は死者の回廊の番人であると。湧き出たアンデッドは全てアストレイの者が狩らねばならないと。アンデッドをあの墳墓から外へと出してはならないのだと……そして、もしアストレイの人間に何かあったその時は、カーマインの家の者がその跡を継ぐのだと……そう言われたのさ」
「アストレイの人間が……アンデッドを狩る?」
初めて知ったその事実にフィアンナは驚愕した。
そのような事実を自分は知らない。少なくとも父も、亡くなった母もそのような話は一度もしたことはなかったから。
しかし、もしそうだというのならば、今までずっと父はたった一人であの墓地でアンデッドと戦い続けてきたことになる。あの温厚で優しかった父がなぜ人知れずそんなことを……
そう思った時、アルベルトが口を開いた。
「『呪い』……なのだそうだよ……それがどういうことなのかは僕にも分からない。でも、アストレイの血筋が途絶えた今、その『呪い』は我がカーマイン家が……この僕が受けなくてはならないのだと思う。だから、僕は強くなってライアン様が為さり続けてきたことを継がなくてはならない……罪を負ってしまったセシリアの為にも……そう、僕は覚悟を決めたのだ」
決意の籠った瞳でフィアンナを見つめるアルベルト。
そうか、だから彼は急いでいたのだ。だから彼は強くなろうとしたのだ。
亡き父の遺業を彼は引き継ごうとしてくれているのだ。
だから彼女は寡黙にも努力を続けていたのだ。
良心の呵責からの救済と、贖罪の為に。
そう思った時、胸に込み上げてくる熱い感情にフィアンナは気がついた。こんなにも父のことを思い行動してくれている者がすぐ近くにいたという事実に、復讐心はおろか悲嘆していた全ての日々の悲しみが洗い流されていく、嬉しさにも似た何かを感じていた。
「セシリアの父君、スルカン様は狂気に染まってしまっている。彼の犯した罪を僕たちは償わなければならない。だから今日、僕らはアンデッドと戦う。もっとも魔力が高まりアンデッドが湧き出るとされている日、この満月の夜に。そして再びアンデッドをあの墳墓に封じ込める、セシリア……」
呼びかけセシリアを向いたアルベルト。それに呼応するかのように、セシリアはその手に握っていた小さな石をアルベルトへと差し出した。
「セシリアがスルカン様から『魂の宝珠』を奪い返してきてくれた。アンデッドを打倒し、この宝珠を礼拝堂の結界の内に戻すことが出来さえすれば、このアンデッドの大量発生は収まるはず。跡を継ぐ我がカーマインの血であればきっと結界の内にも入れることだろう。そう、きっと……」
そこまで言ったところでフィアンナはアルベルトの言葉を手で制して止める。それに驚いた様子の二人の前で、今度は彼女がまっすぐに彼らを見据えて言った。
「多分ですが……貴方にはそれは出来ないと思います」
「え?」
何を言われたか分からないと言った様子で、アルベルトはフィアンナを見た。決死の覚悟とその想いを彼は一瞬貶された様にも感じていた。だが、次の彼女の言葉に、アルベルトのみならず、セシリアまでもが息を飲むことになった。
「だって……だって、まだここにアストレイの血はあるのですもの」
フィアンナは自分の胸に手の平を当てて、二人にそう宣言する。父の復讐の為に今まで偽り続けてきた本当の名前……それを、彼女は今明確な覚悟を持ってここで二人に明かす決意をしたのだ。
「私の本当の名前は、フィアナ……フィアナ・アストレイ。ライアン・アストレイは私の父です」
時が止まってしまったかのように誰も口を開けなくなったその場は波が引いたかのように静まり返ってしまっていた。でも、次の瞬間、アルベルトとセシリアの二人がその場に膝を着き、フィアンナへ向かってその頭を垂れた。そして……
「お、お許しください、フィアナ様。貴方様のことにまったく気づかず、このアルベルト一生の不覚」
「ご無礼の数々大変もうしわけありませんでした。我が父の罪、この命を持って贖罪させてくださいませ」
「ま、待ってください」
突然に畏まってしまった二人を見つつ、慌ててフィアンナはしゃがんで二人の肩に手を置いた。
「私の方こそ今まで黙っていて本当にごめんなさい。お二人が父の遺志を継いでここまでしてくれているなんて思いもしなくて……本当に……本当にありがとうございます。お二人のお気持ち本当に嬉しいです」
「勿体なきお言葉にございます。父から貴女様は王都で亡くなられたと聞かされておりましたもので全く気が付くことが出来ませんでした」
「まあ……」
フィアンナはその言葉に正直に驚いた。
確かにこの地から離れてすでに10年以上、土地の者にとってはここで生活していない者の生死等分からなくても当然のことだとは思いはしたが、父の関係者とも言えるアルベルトの父親ですらそのような意識ということは、明らかに父ライアンがフィアンナの生存を隠す工作をしたと考えた方が普通であるように思えた。
それは父の優しさであったのだろうと、もう会うことも叶わないあの穏やかな笑顔の父を思い出し、彼女は涙ぐんでいた。
ひとしきりそれを思い顔を上げたフィアンナ。
「お願いをしなければならなのは私の方です。私は父の死を知り、父の仇討ちを為すためだけにこの街に帰ってきました。ですが、皆さんはこの街を想い行動しておられた。自分の事ばかりで……私はとても恥ずかしいです。ですからお願いです。私に戦わせてください。アストレイの血が必要というのであれば、どうか私の血の最後の一滴までお使いください。どうか……どうか私に力を貸してください」
「よしてください、フィアナ様。そのようなこと当然です」
「私の命こそ、どうか存分にお使いになられてくださいまし」
懇願するように頭を下げるフィアンナと、慌てた様子の二人。
彼らはここに来て初めて心を通い合わせていた。それはもはやゆらぐ事のない確固たる信念に基づいた確かな絆。この街を救うために行動しよう。この街を救おう。
今の彼らの想いはその一点で結ばれた。
3人で立ち上がると、アルベルトは先ほどセシリアから渡された『魂の宝珠』を今度はフィアンナへと手渡した。
彼女はそれを受け取ると胸に抱きしめ、祈る様に目を閉じた。
胸に過ぎるのは希望か悔恨か……
暫くして顔を上げた彼女は力を込めて二人へと言った。
「私にどれだけのことが出来るのかは分かりませんがどうかお力添えをお願いします」
「「はいっ!」」
そう返事をする二人に微笑むフィアンナ。しかし、彼女はあえて彼らに『死なないで欲しい、無理をしないで欲しい』と伝えた。
彼女自身、まだこの街とアストレイ家が背負った宿命についてを把握しきれてはいないし、分からないことだらけの状況であったのだ。かつて父がそうしていたという、アンデッドの討伐と、この彼らより託された宝珠の返還。これで多分全てことは収まるのだろうとは思う。
でも、どんなことがこの先に待ち構えているのか……
共に努力し、共に成長してきたこの二人だからこそ、心配なのだ。だから、彼女は、自身が感じた『予感』の事もこの二人へと伝えることとした。
「多分……『彼』が私達を救ってくれるはずですから」
「彼?」
不思議そうにフィアンナを見つめるアルベルトとセシリア。そんな二人にフィアンナは伝えた。
「アルベルトさん、貴方がモンジローさんをこのパーティから追い出したのは、彼を助けるためですね?」
そうフィアンナに言われ、アルベルトは真剣な顔のままでうなずいた。
「そうです。初めは彼にも僕達の力になって貰いたかった。でもレベルアップすることのできない彼を僕は見捨てることしかできなかった。あの巨大なモンスターを前に、僕は彼を助けることは出来なかった。僕には彼を救う力はなかったんです。だからこそあんな形になってしまいましたがなんとか生還した彼を追い出したのです」
「やはりそうだったのですね。でも、アルベルトさんは勘違いをなさってらっしゃいます」
「勘違い?」
「はい」
フィアンナに言われ、首をかしげるアルベルト。
彼にとってモンジローは努力こそ人一倍しているものの、全く成長することが出来ない足手まといのような存在となってしまっていた。実際に剣の腕もほとんど素人の上、まったく魔力もスキルも持ち合わせていない人物だった。
勘違いと言われても、それがなんのことなのか、本当に分からなかったのだ。
だが、フィアンナは落ち着いた眼差しで彼を見つめながら教えた。
「私が王都のアマルカン修道院を出る時、司祭様が仰られていたのです。この国に『彼のお方たち』がお見えになられていると……そして、混乱の起きているこの街へと向かわれる可能性があると……」
「『彼のお方達』……? ま、まさか……」
フィアンナの言葉に思い至ったのであろう、セシリアが目を丸くして絶句する。それを見てからフィアンナがその有名な『一説』を朗々と語った。
「『水は枯れ、土が腐り、木は朽ち果てる。鉄は錆び落ち、火は消え去る。恵みの天は暗雲に呑み込まれ、影もまた失わる。世は乱れ人心が荒み憎悪と苦しみが席巻し死が世界を蝕む時……『彼の者』漆黒の妖精と共にこの世界へと現れん。『彼の者』其れ即ち……』」
「『聖戦士なり』……これは『ワルプルギスの魔女』に出てくる救世主、『聖戦士譚』の一説ではありませんか……ま、まさか、フィアナ様はモンジローが『聖戦士』様であると!?」
信じられないと言った面持ちでそう声に出すアルベルトに、フィアンナは確信をもって頷いた。
「間違いないと思います。 彼も彼といつも共にいる美しい女性も共にこの世の者とは思えない程に漆黒に輝く美しい髪をしています。それに、ご存知の通りあのお話の中の『聖戦士』様は市井に紛れて悪を滅ぼす英雄でもありますから、きっと彼らはその身分を隠し続けているのでしょう。なにより、あの巨大なフォレストライノを退けて帰還できたことこそが確証ではないでしょうか」
そう言われ、アルベルトもセシリアも瞠目してしまった。
しかし、確かにそう思わなければ説明できないことことが多々あることも確かだった。
フィアンナは言う。
「私は浅ましくも彼らに助力を願いました。そして彼らはそれを引き受けてくれました。今思えば、全てを見通した上で私の依頼を受けてくれたのだと確信しています。きっとあの方たちは私たちを助けてくださいます。ですからどうか、お二人は無理をなさらないで下さい」
そう再び頭を下げられるも、二人はフィアンナの言葉を一も二もなく了承した。
「わかりました。もはや何も疑いますまい。貴女の御心のままに」
「ありがとう……アルベルトさん」
こうして彼らは再びパーティを組む。
しかし、それは今までの個人の集まりたるパーティの姿ではなかった。
3人の心を一つに纏め、街を救うという明確な目的を持ち、心の拠り所たる『聖戦士』を得た。フィアンナは本当の仲間を得たのだ。
復讐の為ではなく、この街を救う為の仲間を。
そして3人は向かう。全ての元凶たるあの『死者の回廊』へ。
そこに待ち受けるのは果たして何か……
フィアンナの手の平の中で、『魂の宝珠』が微かに揺らめいた。