第三十話 ハシュマルの戦術
「お、おい、ちょっと待て。今アレックス殿下のところにアレクレスト陛下を置いてきたとか聞こえたのだが」
そんなことを頭を抱えながらハシュマルが言ったので、当然即答した。
「聞こえたも何も俺は間違いなくそう言ったつもりだが? ああ、説明省きすぎだったな。多分お前らも気づいているだろうけど、さっき王城に入ったドムス国姫君一行……あれは俺達だ。で、王様を引っ張り出した後に、王様そっくりに仕立てた奴を身代わりに城へ帰したってとこだな。あ、身代わりの奴は盗賊だが、そこそこ腕が立つらしいし、バレて拷問されても口は割らねえって豪語してたからまあ大丈夫だろ?」
ピート君は最初は身代わりをめっちゃ嫌がっていたが、バネットと二時間ばかり消えて戻ってきたと思ったら、なにやら鼻息荒く任せてくれとか胸をドラミングしてやがったからな。あれだけやる気なら任せておけば良いだろう。
小学校の制服のようなワンピースに着替えたバネットが、ピート君と手を繋いでいたわけだけどな、お前、健全な大人をかどわかしてんじゃねえよ。まったく。
ハシュマルはと見て見たら頭を振っていた。頭痛いのかな?
「おい、大丈夫かよ?」
「い、いや、話が飛び過ぎていて理解が追い付かないだけだ。重装歩兵を従えたドムス一行の話は届いたばかりだし、諜報員を送り込んで、まだ精査の段階だったというのに、まさかこの短時間で陛下を奪還だと? ふ、普通なら信じられんところだが……」
「まあ、そう言われても、今は嘘吐いても仕方ねえからな。でもなるほどな、『奪還』ってことは、やっぱり黒幕はエドワルドなのかよ」
そう奴の目を見ながら言えば、ハシュマルはニヤリと笑った。
「なるほど、君たちは普通ではないということだな。いかにもその通りだ! 我々が敵対しているのはエドワルド第一皇子と第二皇子クスマン殿下を含めたその一派だ」
「しょ、将軍っ!! そんなことを話されては……」
屹立していた一人が叫ぶのを、ハシュマルは腕を上げて制した。
「良いのだこれで。私はすでに彼の言を嘘が無いと見通している。そしてこと国王陛下の話が出てはもはや悠長に試してもおられぬわ!!」
そう言い放ちつつ立ち上がったハシュマルは俺達を睥睨した。
「よもや国王陛下を人質になどと宣うならば、我々はここで刺し違えてでも貴公らを討ち滅ぼし陛下の御身をお救いする覚悟だからな!!」
「お、落ち着けってばよ、人質なんてするかよ。そもそもそんなことをする気ならここにわざわざ出向いてなんて来ねえよ。身代金の要求だとか、もっとうまくやってるわ」
「で、あるな。ならば問おう。貴殿らの目的はなんだ?」
そう睨まれたままでいた俺は奴を見上げつつ言った。
「決まってんだろ? 裏で悪いことしてるやつをぶっ飛ばして平和に冒険者をやりてえんだよ俺は」
「…………」
拳をぎゅっと握ってそう断言したわけだが、なんというかまたハシュマルのおっさんの首が傾いてきているのだが……
しばらく無言で俺を見ていた奴は、急にパッと表情を明るくして口を開いた。
「なるほどそういうことか! エドワルド一派を排斥した後に国王陛下とアレックス殿下を擁立して陰で政権を操りたいと……そして自身はS級冒険者に収まり国からも多額の援助を合法的に引き出そうと、なるほど、陛下を拉致しようとするまではある。よし! 普通なら受け容れることの出来ない要求だが、今回に関しては君の野望を容認しよう! だがそうは簡単にはいかぬぞ? 我々の目が光っているのだからな!」
「バカかてめえは! なんでそんな発想になるんだよ!! ってか、容認しようとしてんじゃねえよ、それ完全に国家転覆プロジェクトだろうが!」
いや、マジでこいつ何言ってんの?
これじゃあ俺が黒幕で、気に入らない連中を粛正して周っていることになっちゃうじゃねえか。いやいや、そんないい笑顔すんなよ。てめえもいつか寝首掻いてやるからなみたいな顔すんじゃねえよ。
「あのなぁ、なんでそんな殺伐としたことを俺がしなきゃいけねえんだよ、まったく。せっかく冒険者ランクだってDになったんだぞ? これから少しづつ上位の依頼も受けられるって時に、わざわざ国とかギルドとかを敵に回すようなことする分けねえだろうが」
「はて? ではなぜそんなことを我々に宣言したのだ? 我々に承認させて陛下を傀儡にしたいからではないのか?」
「だからちげえって言っているだろうが! お前らゲリラ生活長すぎて普通の思考が壊れちまってんじゃねえか。そうじゃねえよ。俺はこの世界をのんびり旅したいんだよ。だけど、行く先行く先でクソみたいなイベント満載にしやがって、あんまりにもムカツクからちょこっとだけ解決しようとしてんじゃねえかよ」
と、当然のことをいい放った訳だが、ハシュマルのおっさんはまだピンとこないのか、また首を傾け始めやがって。
「ハシュマル将軍とおっしゃいましたわね。確かにお兄様の仰り様は理解に苦しまれるかもしれませんが、お兄様は嘘はもうしておりません。現にここに来るまでにもお兄様は沢山の人の命を救って参りました。私たちも救われた口なのです。どうか、お兄様のお話を信じてはくださいませんか?」
そう訴えるように言ったオーユゥーンを将軍はまっすぐに見つめ、そしてシオンやマコを見てからコクリと頷いた。
「なるほど……どうやらその話は真の様だ。私利私欲を満たす以外の動機で、こんなにも危険なことを為そうとする御仁がいるとは到底思えなかったが、貴女たちを見ては信じるしかなさそうだな」
「ありがとうございます」
満足げに微笑んだハシュマルにオーユゥーンは改めて頭を下げた。
というか、なんで俺の話は信じないくせに、オーユゥーンたちは一発で信じるんだよ!! これは虐めか? 苛めなのか? 虐められちゃってるのか俺は? まじで泣くぞ。
うう……
「では、話すとしようか」
「あんたが俺にした仕打ちについては謝ってくれねえんだな」
と言ってみたのだが、ハシュマルのやつは一瞥くれただけでもうほとんど無視!!
きーーーー!! マジで、マジで泣いてやるゥゥゥっ!!
本当にハシュマルは何も無かったかのように話始めた。ぐすん。
「貴殿らが国王陛下を奪還してくれたなら話は早い。我々は現在この王都に約3万の兵力を潜伏させている。そのすべてに号令をかけ、国王陛下ならびにアレックス皇子殿下を旗頭に一気に王城を攻め落としこの国をエドワルド皇子の手から取り戻す。現在この王都のは主力の聖騎士団が北方へ演習に出ているからな、今は好機だ」
「さ、3万っ!?」
思わずそんな風に叫んでしまった。
いや、この数はすごいぞ?
どこの世界だって1万人もいればそこそこの都市の様相を呈するものだ。それが3万だと? 一大戦力じゃねえか。
だが、そんな大兵団をそうそう匿えるわけがない。
「なるほど、『便衣兵』という奴か」
それにハシュマルは微笑んで返した。
便衣兵とは所謂民間人に偽装した兵のことで、宇宙戦争条約の中でも禁止された項目のひとつである。
所謂奇襲ゲリラ戦法にあって古代から用いられてきた戦術のひとつではあるが、こと現代においては戦後処理、戦後復興に主眼をおかねばならないため、これら条約の順守いかんにあっては戦勝国であろうとも国際世論によって国の解体まで進む事態も起きうるのだ。当然、そのような無駄な労力出費を割こうなどと思う者はほとんどいない。せっかく多額の戦費を垂れ流したうえで獲得した利権の数々を横から掠められるようなことは避けたいのである。つまるところどんな戦争にあっても大義名分は必要であって、その行いの全てを関連国全てから承認される外交努力が必要なのだ。
ただ殴って殺して奪って終わりではないということだな。
まあ、ここは異世界だし、俺達の世界とは常識が異なっているのだからさもありなんだからな、こと奇襲ということで言えば民間人に偽装した兵団というのは正に恐ろしい存在なのだ。
戦争に巻き込まれている民間人を救出したとおもったら実はゲリラで、背後から殺されるなんて事態はマジで笑えないからな。
確かに今の状態での仕掛けとしては上々であるのだろうな。
だが……
「一気に攻め落とすか……それは下策だな」
「なんだと貴様!」
俺の言にハシュマルの背後の騎士の一人が吠えた。がそれをふたたびハシュマルが止める。
「理由を聞かせてくれるか?」
「ああいいぜ。理由は簡単だ。今のお前らの『大義』が薄いんだよ。ここで仮に王都を奪還できたとしてもだ、お前らは結局亡国のゲリラのままだ。国王と国民を救うと言ってクーデターを起こしたことには変わりが無いわけで、しかも卑怯な不意打ちの戦争による実力行使、かならず民間人にも被害は出る」
「多少の被害は致し方ないのだ。このままではいずれ国は滅んでしまう。我々はその前に決起せねばならないのだ」
そう若い別の騎士が吠える。俺はそっちを見ながら言った。
「それはお前らの都合だろ? 家族や友人を殺された奴らからすれば、お前らの行いなんて余計なお世話以外の何物でもないんだよ。国が亡ぼうが、国王がどうなろうかなんて、一般市民からすれば生きることの二の次でしかねえんだから」
かつて国を守るためにと戦い死んでいった者達の説話は多い。国を存続することが、しいては家族自分を守ることになると、信じて疑わなかった時代が確かにあった。
だがそれは戦争賛美でしかないのだと切って捨てられたのが『今』だ。
結局人は生き残ることにこそ意味がある。
俺の言に年若い騎士は何も言えなくなり唇を噛んだ。
それを見つつ、ハシュマルが俺へと口を開いた。
「ならば貴殿はどのような手段が良いと思っているのだ? ここまで来るくらいだ、なにか妙案があるのだろう?」
それに俺は頭を掻きつつ、言っていいものかどうか悩んだ。
まあ、どうせやるときはやるんだからな……
そう思い、では話そうかと決めた時のことだった。
背後の隠し扉が開く低い音が響き、つられてそっちを見た。
すると、そこに立っていたのは血まみれの騎士?
「……あ……、た、たすけ……ごふっ!」
その騎士は突然大量の血を口から吐き出した。
と、その腹部からゆっくりゆっくりと、巨大な曲刀が『生えて』くる。
金属製のフルプレートメイルをまるで鯉の腹を裂くように切り口を広げながらにょっきりと生えた幅広のそれ……
その鈍色の刀が、その騎士の腹から直上に向けて一気に移動した。
騎士は脳天までを真っ二つに裂かれ、その場に脳漿をまき散らしつつ倒れた。
そしてその背後……
倒れた騎士の背後に立っていたのは、巨大な曲刀を振り上げたままの格好でいる真っ黒なフードの人物の姿。
その場の全員が息を飲むのが分かったが、ただ一人、壁際に立っていた少年だけが急に泣き出した。
「な、なんで……なんで殺したの? は、話すだけだっていったでしょ?」
「う、ウーゴ……お前……」
急に泣き叫びだした少年に、隣の友人が恐怖しつつ声を掛けていた。
「し、知らない! 知らなかったんだ。ボ、僕はただ案内を頼まれただけで……僕のせいじゃないっ」
「ウーゴ……」
二人の少年をかばうように騎士たちが剣を抜いて一歩前へと踏み出していた。
それをフードの人物はどう見ていたのか、何もしゃべらないままでただ、その口許を邪悪に微笑ませた。