第二十七話 敵の存在
俺達は例の教会を後にして宿へと向かっていた。もうこの景色にも慣れてしまったが、本当に浮浪者が多い街だ。特にこの辺りは貧民街の様相を呈してしまっているためだろうか、その数も多いような気もする。
だが、少し離れた大通りを見れば一般の住民や冒険者の姿も見えるし、特に争いが起きている風ではない。
これは警察でもある聖騎士のおかげなのか? とも最初は考えたのだが、どうもそうではないらしい。
聖騎士どもはこの街でも横柄に振る舞って、下手をすれば路上生活者に暴行を加えているものまでいる始末。おいおい警察のお前らがそれでどうするんだよ、とこれはあっという間に暴動になるな、と思っていたら、そんな彼らを助けてまわっていたのが、神教の青の神官衣着た人々だった。
彼らは飢えた人々に食事を配り、魔法で怪我を治し、そして子供たちを保護してまわったりしていたのである。
はっきり言って、このボランティア活動は凄すぎる。だって、これをやったって本気で一銭にもならないのだもの。でも彼らは嫌な顔一つせずに笑顔で人々を助けてまわっているし。中には、食事を貰って泣いているものまでいる。これ、一宗教団体がやることじゃないだろう?
マジでこの国終わってやがる。
そんな風に呆れつつ先頭を歩いていた俺に半歩下がって並ぶように歩いていたオーユゥーンに声を掛けられた。
「良かったのですの? 国王陛下だけ置いてきてしまわれて」
「別に大丈夫だろ? ただの病人だし、ニムだって置いてきたんだから。それよりも今は先に確認しておくことがあるからよ」
「国王陛下の扱いとしてはどうかと思いますけれど……、確認するというのはいったいどのような?」
「そりゃ決まってる。敵の正体だよ」
「敵? ……ですの? それはギード公国のこと……とかですの?」
オーユゥーンは理解できていないのか、小首をかしげてしまっているのだが、おいおい、お前くらい頭が切れる奴でもわかってないって、ほんと大丈夫かよ……
俺は申し訳なさそうに見てくるオーユゥーンへと口を開いた。
「あのなぁ、この国が今こんな状況になっているのは別に王様がへぼだからってだけじゃねえよ。この国を食い物にしている貴族どもとか聖騎士連中とかのダニみたいなやつらとか、隣国のこととか確かにあるが、それだけじゃねえ。ここにはそいつらを煽ってる何かが間違いなく居やがる」
「その根拠は?」
オーユゥーンは俺をのぞき込むように見つめてきた。
「色々あるが、強いて言えばまずは『勘』だな」
「勘ですの!?」
そう言いつつ、オーユゥーンはなにやら呆れた顔になりやがったけど、別に俺だって適当こいて言っているわけじゃねえんだよ。くっそ、人の顔見て呆れるとかそれほんとに虐めだからな。
俺は頭を掻きながら答えた。
「そもそも割に会わねえんだよ、こんな状態は。聞けばこの国がおかしくなったのは10~20年前からだっていうじゃねえか。国内の複数個所の領地で疫病が流行って大量死が起きて、難民が急増したって話だけど、逆にいえばまったく被害のなかった領もあったわけだ。アルドバルディンなんかもそうだろう、あそこでそんな飢饉の話は聞かなった」
「まあ、南部では特にそのようなお話は聞きませんでしたけれど、つい先日滅びかけたような……」
そうぼそぼそツッコミを入れてくるオーユゥーンを睨みつつ、俺は言った。
「とにかく、そういう風に国内を荒れさせたままにしておいても他国から付け込まれるだけだし、国内の生産能力も上がらない。つまり税金が集まらなくなる。そんな状態が20年だぞ? いったいどんだけこの国の住民が金持ちだか知らねえけど、普通に国ならとっとと破綻していてもおかしくない。だけど、この国は違う。見ろよ」
俺はそう言いつつ、路肩に寝そべる路上生活者や道を行きかう商人冒険者を指して言った。
「確かに浮浪者はいるが、神教の連中の炊き出しとかで食いつなげているみたいだし、インフレが酷くたって商人は来ている。それに冒険者だ。シシンの連中がそうだったようにここのギルドもまだきちんと機能しているしな……これがどういうわけか分からねえのか?」
そうもう一度質問してみたのだが、まだオーユゥーンは首を捻っていた。だが、一言……
「そうですわね……なんと言えば良いのか難しいのですけれど……『最悪の一歩手前でぎりぎりの生活をしている?』とでも言えば良いのでしょうか……」
「その通りだよ。言い方を変えれば、この国の連中は『寸前のところで死なないように飼われている』」
「え!?」
驚いた顔になるオーユゥーンを見ながら俺は続けた。
「この国は破綻していてもおかしくはないんだ。国王はほぼ病気で不在のうえ、聖騎士がやりたい放題。神教には実効支配する権限はないし、貴族連中は自分の領に引きこもったまま、それに例の隣国の連中だって正規の要請でこの国に入っていたっていうしな、それこそ戦争を起こせば大抵の連中はこの国をすぐに制圧できるんじゃねえか?」
国の首長が国内を取りまとめられていない時点で、外交能力は皆無と言っても差し支えないのだ。そもそも、俺たちが適当にでっちあげたドムス王女ご一行の話だって、いきなり鵜呑みにして国王が出て来ちゃうくらいだぞ? もう国としては終わっている。
なのにだ。
この国はその戦争状態にある隣国からも攻められていないし、滅んでもいない。内部にクーデターを起こそうって話はあっても、今のところ表面上で大ごとにはなっていない。
「つまりだ、この国の機能はほぼ麻痺させた状態で、でも滅びないようにコントロールしている『何者』かがいる可能性が高いってことなんだよ」
「そ、そんな……まさか……」
オーユゥーンは口を抑えて驚いた様子だが、まあ、十中八九俺の予想通りだろう。国が衰退するのは仕方がないとしたって、人の経済活動って奴は新しい芽がどんどん芽吹いていくことで、新旧の交代を繰り返しながら振興していくものなんだ。
そして頭が挿げ替えられて国は新しい形態をとっていったりするわけで……
だが、ここにはそのような自浄作用はあまり働いていないように思える。それはまるでそのような行為を水面下に隠し続けようとしている存在がいるかのような……
俺はオーユゥーンをまっすぐに見た。
「だからこのままアレックス君を手伝ってもじり貧なんだよ。どこの誰かは知らねえが、クーデターの種火を見つけ次第消しに来るだろうからな。だから……」
俺は彼女を見つつ、言い放った。
「こちらから仕掛けてやろうってんだよ!!」
「お兄様今とても邪悪な表情をされてますわよ。私でなければ嫌われていましたわね。私でなければ」
「う、うるせいよ、ほっとけ」
ニマニマ笑いながら覗き見るオーユゥーンを睨みつつも、あまり変な顔にならないように気をつけねばと俺は気を引き締めていたのだが……
気が付けばもう宿に辿り着いていた。
敵の正体については大体察しはついている。だが、当然丸腰で向かうのは間抜けすぎるので武器などの装備を取りにきたわけだったのだが……
部屋に入ろうとしたところでオーユゥーンが俺を手で制した。
そしてその鋭利な瞳を更に細めて中の様子を伺い、言った。
「先客がありますわね、ご注意を……」
それにバネットも頷いているし、盗賊系の二人がこの反応だ、これは間違いなく何者かが中で待ち伏せているということだろう。
俺はヴィエッタと後方で待機しつつ、扉脇に身を寄せたオーユゥーンとバネットの二人の合図に合わせて、シオンとマコの二人がその扉を勢いよく開け放つと同時に、全員でそのまま室内へと突入した。
「おやおや、これは随分と騒がしいじゃない。私はただ、『ダーリン』に会いにきただけなのに」
「はあっ!?」
突入して、あれこの声はどこかで聞いたことあるな? とか思い顔を上げたそこには、忘れるわけもない、あの鎖塗れのボンテージ痴女!!
「てめえ、また出てきたのかよ!? ここにはオルガナはいねえよ」
「あら、つれないじゃない私のダーリン。私はあなたに会いにきたのよ、うふふ」
「なんだって!? いったいどういうことだよ?」
なにやら腕についた鎖をじゃらじゃら鳴らしながら、ボンテージ痴女が俺へと笑いかけてくるのだが、はっきり言って超怖い。いや何が怖いって、こいつの目、間違いなくイッっちゃってやがるから。
「お兄様? このお方はいったいどなたですの?」
「ああ、えーとこいつはな……」
そう説明しようとしたところで、いきなりボンテージ痴女がその両手を大きく開いた。
「もう、ダーリンってば、愛する私と話している時に他の女と話すなんて絶対に……」
ボンテージ女の全身に黒い靄が掛かったようになる。と、次の瞬間、身体中にぶら下がっていたその切れた鎖がいきなり生物の様にうねりつつ凄まじい勢いで、伸びた!!
「許さないんだからぁ!! きゃははははっ!! 私のダーリンに纏わりつくメス豚どもは全員ひき肉にしてやるわああ!! きゃははははははははははは!!」
その高速の鎖がオーユゥーン達へと襲い掛かってくるのを見て、俺はヴィエッタのおっぱいを触りながら言った。
「だからやめろっての。『土弾』」
「無駄よ? ダーリンがどんなに凄くたって、魔法で私に勝てるわけ……」
「と、見せかけて『土壁』!!」
「え?」
唱えた瞬間に何かやろうとしていたボンテージ女の直下から超高速で土壁……というか土の柱を噴出させた。
ということで、そのままの勢いで直上へと彼女は……
「うそっ! ま、また~~~~!?」
とか言ったような言わないような……ほぼ一瞬で天井を突き破ってその姿が消えた。
辺りには異様なくらいの静けさと、床と天井に空いた人一人分の穴のみ。
「え、えーと今の御方はどなたですの?」
そうオーユゥーンに聞かれ即答した。
「ただのボンテージ痴女だ。気にするな」