第二十四話 心外だ
「あ、ご主人様」
その部屋へと入るとベッドの脇に立っていたバネットがすぐに俺を振り返った。
そしてにこりと微笑んで横たわっている彼へと言った。
「な、言った通りだろう? アレク。ご主人様がなんとかしてくれるよ」
「…………」
ベッド上の人物は何も言わない。ただ黙しているだけであったが、俺たちが枕元まで近寄ると、げっそりとした様子のままで、ただ目だけを鋭く光らせて俺を睨んだ。
流石王様だけのことはある、とんでもない眼力だよ。はっきりいって迫力があり過ぎて目を合わせられやしない。
俺はとりあえず彼へと視線を向けつつ、言った。
「ど、どうも、王様こんにちは。えーと、きょ、今日はちょっと用事がありましてでございまして……」
「ご主人、めっちゃ動揺して言葉が滅茶苦茶ですよ?
「う、うるせいよ!! に、苦手なんだよ目上の人と話すのは!!」
ニムにちゃちゃを入れられてマジで気まずいのだが、とりあえず言うことを言わなきゃ始まらない。
だが、うん? どう話せばいいのやら? 敬語ってどうやって使うんだっけか?
勇み足で口をひらいてしまったが、相手は王様だしどうにも緊張する。
あれやこれや悩みつつ、結局どう話していいのかいよいよわからなくなって黙ったいたわけだが、そこに横臥の国王が口を開いた。
「私の名はアレクレスト・エルタニア。知っての通りこの国の王だ。それで……こんな誘拐紛いのことをした貴殿方はどなたかな?」
威厳のあるその声音に思わず背筋がピンと伸びる。それは俺だけではなかったようで、ヴィエッタやオーユゥーンも姿勢を正していた。
「あー、ええと、お、俺は木暮紋次郎。ただの戦士だ。で、こっちにいる連中は俺の旅の連れ。今回はあんたを連れ出す為に一芝居打ったのはこの連中だよ」
そう説明すると、オーユゥーンは口々に『大変失礼しました、紋次郎様は言葉が不自由でして』とか『ご無礼をお許しください、悪気はございませんわ、きっと』とか、なにかちょっと失礼なことを言い始めた。本当に失礼すぎるだろう?
だが、国王は少し笑みを浮かべ、オーユゥーンへと首を振ってみせた。
「構わぬ。私とて碌に身動きもできないただの老人。別段詫びずともよい」
「は、はい」
平身低頭するオーユゥーンへ今度はバネットが近づいて、そっとその頭を撫でた。
「オーユゥーン、本当に気にしなくていいよ。こいつは今は王様なんてやってるけど、昔、家出して私らとパーティ組んで冒険者やったりしてたんだ。私達と同類だよ、同類」
「バネットお姉様……」
お気楽なバネットの脇で、困惑気になってしまうオーユゥーン。うーん本当に複雑そうな顔してやがるな。
「ていうか何? 王様もともと冒険者だったのか? ん? 王家って確か世襲制だったよな? じゃあなにか? 王様が身分隠して冒険者やってたってことか? そんなことあるのか?」
と俺が言えば、国王が返してきた。
「あの頃の私は、国王になるべく育てられてきた反発もあった。窮屈な王宮を出て、広い世界を見て見たかったのだ……」
そういう国王の言葉にヴィエッタが激しく頷いていた。こいつもまさに同じような動機で冒険者になったんだから共感しまくりということなんだろうけ。
そんな国王の言葉を聞いたバネットが言った。
「だけどそのころのアレクは皇子で、先代の王の言うことを聞くしかなかった。当然冒険者になんかなれるわけないし、跡を継ぐために奥さんまで用意されて結婚もしちゃってたんだ。で、ついにそういうの全部に耐えきれなくなって……」
「家出して冒険者になったってわけかよ……先代の王様の怒り具合が見えるようだぜ」
「…………」
国王は特に何も言わなかったが、そっと目を閉じたということはこの話を肯定したということだろう。
いやでもマジかよ。王様候補の奴が、全部ほっぽって家出とか、それ普通に大問題だろう。これじゃあ揉めまくるに決まってるよな。
そう思っていたところに再びバネット。
「ま、先代の国王の具合が悪くなったと知ったとき、こいつは漸く自分の本性を私たちに告げてそのまま城に帰ったってことなの。流石の私もあの時はびっくりしたんたけどね」
そりゃあびっくりするわ。いったいどこの暴れん坊将軍様なんだよ、もしくは遠山の金さん。
皇子が街中に溶け込もうとかするなよな。
「若気の至りであった」
王様はポツリとそれだけ零して、ふうっと大きく息を吐く。なんだよ、結構やんちゃだなこの人。
思ったより気さくな人じゃないかよ、とかそう思っていたら、王様がそっと目を開いた。
「さて、昔話は楽しいが、本題といこうか。そなたたちは私になんの用があるというのだ? バネットの依頼……というわけではなさそうだが……」
そう言いつつバネットを見やった王様は、静かに俺を見つめてきた。
「ああ、その通りだ。今回のリクエスターはあんたの息子のアレックス君だよ」
「アレッ……クス……あの子が?」
ぽそぽそとそう呟いた王は表情がまったく変わらないので何を考えているのかは読めないが、確かにアレックスのことは認識しているようではある。
なら話は早いよな。自分の子供が国の為にとか言って反乱軍みたいな真似をして立ち上がろうとしてるんだ、親としてだってなんとか助けようとか、身体がほとんど動かなくたって協力しようとか思うだろう。そう思っていたのだが……
「知らんな」
「はぁ!?」
突然国王が目を瞑ってきっぱりとそう言い放ちやがった。
「いや、だって今『あの子が』とか言ってたじゃねえかよ! アレックスだよアレックス。アレキサンダーだよ!!」
そう言ってみれば再び国王。
「知らんと言っている。そもそもわが子はメルキニスタン王国に留学中だ。ここにいるわけがない。用がこれだけというならば、さっさと私を城へと戻すのだ。これは命令だ」
目を瞑ったままで、そうはっきりきっぱり言い切りやがった。
いや、これはあれだな。ただ否定しているというよりは、胡麻化しているっていう方が正しいな。いったいなんでこんな反応を見せているのかはよく分からんが、少なくとも協力的ではないということだな。
俺はオーユゥーンへと目配せをして、こちらへと来させた。
そして、もう一度だけ国王へ言った。
「今この国は荒れに荒れて、難民や流民が溢れ、食糧事情も厳しくなってきて、破たんする領も出てきているんだろう? だから、それをなんとかしたいってアレックス達が立ち上がったんじゃねえのか? まあよ、あんただって色々施策は打ち出しているのだろうから余計なことをするなって感じではあるのだろうけどよ、一応あんたの息子だろう? 手伝ってやるくらいはいいんじゃねえか?」
そう言ってみたのだが……
「しつこい。私は知らぬと言っている。さあ話は終わりだ。私を王城へと帰して……」
「『睡眠雲』!!」
「お、お兄様っ!?」
俺はオーユゥーンの左胸に手を当てたままで魔法を発動させた。
使ったのはこの闇系魔法だ。
その名の通り睡眠へと誘う雲を発生させて相手を昏睡させる魔法。ただ、この魔法はレジストが容易であるため実戦向きかといえばそうでもないかもだが、今回のように相手が弱っているならば効果は抜群だ。
国王は、それこそ落ちるように意識を刈り取られて眠りについた。
「お、お兄様!? 国王陛下になんということを!!」
急にオーユゥーンにそう詰め寄られたが、俺はそれを制した。
「しかたねえだろうが、言う事聞かないんだから。このまま帰す選択はねえんだから、本人にとっても一番楽な方法で休ませてやっただけじゃねえか」
「そ、そうおっしゃられましても、何も魔法をお使いになられなくとも」
「じゃあ何か? このまま王を城へ返した方がいいって思っているのかよ?」
「…………」
さすがにそれには何も答えないオーユゥーン。ぐっと唸って顔をひいたから俺は構わずに続けた。
「あくまで今回のボスはアレックス君だ。当然獲物は献上するに決まってんだろ?」
その台詞にニムがぽんと俺の肩を叩いてきた。
「言うこと聞かない相手を眠らせちゃうって……ご主人結構鬼畜ですよね」
言った瞬間に、その場の全員が激しく頷くのだった。
心外だ!
暫く投降が不定期になると思います。思った以上に忙しかったです。