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第二十二話 王城の一幕

「バネット(きみ)の……ご息女……なるほど……道理でお美しいはすですな……ははは、いやこれは失敬」


 アレクレスト王はひとしきり笑ってからその場で立ち上がった。その所作は何一つ乱れることはなく、まさに王の風格を体現してみせていた。

 彼は立ち上がると同時に姫へと一礼し、そして言葉を続けた。


「当方へはお清めの為に参られたとの話。すでに教皇庁へも使いを走らせてあります。すぐにでも『聖墳墓』にて儀式を執り行うことも可能ですが、いかがいたしますかな?」


 その国王の言葉にその場の城使いの者全員が絶句した。

 なにしろ今の国王の言葉は、大国の姫へ向けたものとしてはあまりに礼を欠きすぎていたのだから。

 通常国賓を迎えるということであれば、少なくとも三日間は城を上げての歓待を執り行うことが常識であったのだ。

 しかし、今の言葉ではすぐに用を終えて帰れと言っているようなもの。

 そのあまりな発言はこの国の存亡に関わりかねない重大事であり、下手をすれば国家間の戦争の引き金ともなりかねない。

 そう全員は怯えていたのだ。

 しかし、その予想は完全に裏切られることとなった。


「それは助かります。我々も急ぎ国へ戻らねばならぬ身の上にて、出来れば今すぐにでも儀式を終えたかったところなのです。国王陛下のご配慮、心より感謝申し上げますわ」


 そう軽く会釈をした姫の振るまいに、一同はホッと安堵のため息をついた。

 そして、そのままことの成り行きを見守ろうとし始めたそこで、姫は次の爆弾を投下した。


「つきましては陛下。 聖地への案内を陛下にお願いしたいのですがよろしいですか?」


「御申告申し上げます、アルトリア王女殿下。王は病の身の上にて御同道は差し控えさせて頂きたい……」


「いや、我は構わぬ。無用の心配だ」


「で、ですが陛下……」


 王の言葉に更に食い下がろうとしているその一人の大臣に、今度はアルトリア王女が厳しい視線を向け言い放った。


「私はアレクレスト国王陛下と話をしているのです!! 如何な理由があろうともそこに臣下の分際で口を挟むでない!!」


「ひ、ひぃっ……」


 そのあまりの威圧に大臣はすくんでしまい、そのまま尻餅をついた。


「では参りましょう、陛下」


 アルトリア王女はそう言うと、国王にそっと手を差し出した。

 国王はその手をごく自然にとり、エスコートして歩み始める。

 その場の一同はまさにその様に唖然となり右往左往するばかりになってしまった。

 姫と国王、そしてその後ろには美形の女性騎士達が続き、まっすぐに正門へと向かって歩み始めている。

 その一行にむかって、また別の大臣が走りよって声高に叫んだ。


「お、王女殿下……。せ、聖地までは我々がお車をご用意……」


「結構です!! 私どもには専用の竜車がございますので! それとも、貴公は私が満足足り得るだけの車を用意できるということなのかしら?」


「そ、それは……」


 姫の高圧的な物言いにその大臣も言葉を失った。そしてそこに止めとばかりに国王の言。


「控えよ」


「は、はい……」


 その威厳のある王の佇まいに、その場の家臣たちはもう何も言えなくなっていた。

 この国においてこの王に実権は既にはない。

 病に倒れ長期の療養のうちに、王に付き従う者達はみな淘汰され、今この場にいる全ての者は第一皇子であるエドワルドの息のかかった者達……名ばかりの王に従うべくもないはずであった。

 だが、この場の全員は今初めて理解する。

 目の間にいるのはただの王と名の付く人形などではないのだと。

 自らの主たるエドワルドがここにいなかったとはいえ、その本物の覇気に気圧されたことで誰一人王を引き留めることは出来なかった。

 そして王は悠然とアルトリア王女をエスコートし、跳ね橋前の広場に整列する重装歩兵の中央に聳える巨大な竜車へと乗り込んで行った。



   ×   ×   ×



「はぁっ!? ドムスの王女に国王のじじいを同行させただと!? てめえはいったい自分が何を言っているのかわかってるのか!?」


「は、はひっ!!」


 湯あみを終えた第二皇子にそう報告した官吏、第二皇子クスマンはその官吏を殺しそうな勢いで怒鳴りつけた。

 官吏は身を縮め、今にも卒倒しそうになってはいたが、なんとか耐え震える声で報告を続けた。


「で、ですが……国王陛下はすでにお戻りにございます。王女殿下の聖墳墓での禊の儀も(つつが)なく終えられ、すでに帰国の途についたとの報告も……」


「はあぁあああっ!? なに? もう帰っちまったってのか!? いったいなんだそれゃ、あれだけ騒いでおいてもう帰るとか意味がわかんねえぞ!? ああ、くそっ!! あの美味そうな女騎士、味見も出来なかったじゃねえかよ!!」


「も、もともと早く帰られたいとのお話も……」


「もういい!! とっとと失せろ!!」


「は、はひっ!!」


 官吏はぴょこんと飛び上がるとそのままの勢いで早歩きになり、一気に退室した。

 残されたクスマンは、ふうっと溜息をついてから不機嫌そうに頭をがしがしと掻いた。この事態は彼の予期していた流れとは違っていたから。

 父国王は長い病のせいで普段はほとんど反応を見せることはなかったのだから。

 そしてそんな木偶のような王の傍は、兄エドワルドの配下によって固められていた。所詮王はただの飾り、国賓に対しての挨拶人形としての役割だけをさせ、後は大臣たちに適当に相手させるつもりでいたのだ。

 ところが、王はまるで病などなかったかのように振る舞い、さらに王城からも一時出てしまったとのこと。これは彼にとっては最大の失態だった。

 兄エドワルドからは、王の全ての行動を制するようにと命じられていた。にも拘わらず彼は王の外出を、こともあろうに気が付かないうちに許してしまっていたのだ。

 クスマンはそれを思い、身震いしながら奥歯を噛んだ。

 そして慌てて侍女の一人を呼びつけて詰問した。


「おいっ!! 国王は今どうしている」


「はい。国王陛下は自室でお休みでございます。久方ぶりの外出にお疲れにでもなられたのか、少しお苦しそうなご様子で眠っておいででございます」


「そ、そうか……」


 優雅にお辞儀をしたその侍女はクスマンの前からスッと立ち去った。

 彼はその背中が消えるのを呆然と見つめながら、部屋に一人になった瞬間に安堵の吐息を漏らした。


 国王の奴は戻ってきたし、今は眠っているし、何も変わっていない、元通りだ。

 そうだ、問題ない。

 兄者に迷惑が掛かるわけもないし、結局何も起きなかった。そうだ別に俺が気に病む必要はないんだ。

 すべては何もなかった……そう、そう思っていればいいんだ。


 クスマンは一人そう思うことで心を落ち着かせる。そうでもしなければ、あの冷徹な兄の眼差しを思い出しとてもではないが生きた心地がしなかったから。

 

「さ、さて……『狩り』だったな……」


 そしてクスマンはモヤモヤしていたそれら全てを忘却すべく呟きつつ、外套(ローブ)幅広剣(ブロードソード)を手にして歩き出した。

 いつの間にか……

 その彼の背後には同じような外套を羽織った一人の男が付き従っていた。

投稿の期間がだいぶ空いてしまいました。

pixivで二次小説を一つ書き上げていたことと、単純に本業が忙しかったためでした。ですので、特になにか問題があったわけではありませんので、なるべく頑張って投稿していきますね!! ちなみにこの第三章は第二章よりも短い話しの予定です。あくまで予定ですけれども。

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