第八話 科学の子
まだ陽は高いのだが、子供たちがいなくなった広場は閑散としている。
そこを俺と二ムがくっついて歩いて行くわけだが、二ム曰く複数の武器を持った暴漢が近づいてきているらしい。日本なら即、『助けてー、おまわりさーん‼』と叫びつつ、全力ダッシュ必至なのだけど、ここは異世界、助けが来るかどうかが怪しい上に、逃げ切れるかどうかも分からないと来てる。
となれば、自分たちで対処するしかない。
はあ……
「二ム、相手は何人だ? どんな連中だ?」
「数は『5』、武器は全員『短剣』、全員男性で皮の装備をしてますね。あ、あんまりお風呂に入ってないのかちょっと匂いますね。あと、少しお酒入ってるっぽいです。戦闘力はほぼ『50』前後、ふふふ……まるでゴミですね」
「いや、誰もそこまで詳細に教えろとは言ってない。ってか、その戦闘力ってなんだよ?」
二ムは俺を見てにひーっと笑った。
あ、こいつ今誤魔化しやがった。
そんなやり取りをしていたら、ちょっと酒臭い感じで数人の男が俺達を取り囲むように近づいてきた。その数5人。見たところ、背はみんな俺と同じかそれよりも少し低いくらいか……ただ、どいつもこいつも相当に酔っているらしく、千鳥足で近づいてきた。なんだ、酔っぱらいかよ、と思っていたら……
「ご主人、こいつらみんな酔った振りしてるだけでやんすよ」
え? マジか?
二ムに言われ、全身が緊張して強張った。
振りをしているってことは明らかに害意を持って近づいてきたってことだ。
わわわ……ど、どうしよう……
「ひひひ……」
「へへへ……」
男どもが俺達を取り囲んで顔を近づけてくる。
確かに色々臭い……
二ムは俺にしがみついた格好のままで微動だにしていない。俺は焦ってどうにか逃げようと思案していると、そこへ一人の髭面の男が顔を近づけながら言った。
「おおっ! こりゃすげえ別嬪だぜ! うへへ……なあ、おい、こんなすげえ上玉なかなかお目に掛かれねえぞ?」
「よぉ、お嬢ちゃん……ぃっく……、そんなひょろっこい兄ちゃんとじゃなくて、おじさん達と良い事しようぜぃ」
「ほらほら、怖がってねえで、その綺麗なお顔を見せてごらん? げははははははは」
連中は俺達が何もしゃべらないのを良いことに、言いたい放題だ。二ムの髪の毛に触って匂いを嗅いだり、俺の肩を小突いたりしてきやがる。
やべえ、ちょ、超怖い。
二ムはと言えば、相変わらず黙って俺にしがみついたままだ。完全に恐怖で震えるか弱い女の子の振りをしている感じだが、正直ここはこのまま何もなしでスルーしたい。
いや、二ムがちょこっとだけ本気を出せば間違いなくこいつは全員叩きのめせるだろう。でも、『出力解放』した途端に消費エネルギーが跳ね上がるわけで、せっかく買い占めた魔晶石を消耗しちまうことになる。お財布にも優しくないし、事後の諸々を考えると色々面倒くさい。この後、死者の回廊に向かうことを思えば、ここは何もしないのが一番だ。
完全に囲まれちまっているのだが、俺はなんとか脱出しようと二ムの手を引いてよそ見をしている奴の脇をすり抜けて出ようとした。だが……
すぐさま近くの奴が回り込んで俺達の前に立ちふさがる。
「へっへっへ、どこに逃げようってんだよ、兄ちゃん。逃がす分けねえだろう?」
「おっ! 俺こいつ知ってるぜ? レベルが全然上がらねえ、カスみてえな冒険者だよ。なあ兄ちゃん?」
ピク……
「ま、まあ、そうだけど……俺達用事があるからよ」
俺に酒臭い息を吹きかけてくるニヤケタ顔のおっさんにそう答えながら俺は去ろうとするも、完全に通せんぼされた。こいつら、逃がす気はないってか……
「げはは……知ってるぜ? 経験値増えるスゲエスキル持ってんだよな? でもレベル上がんなきゃ意味ねえよな、ひはははっははは」
ピクピクン……
「ま、その通りだよ……いい加減俺達を開放してくれよ」
「だーめだー、ひひひひひひひ」
と、言ってみたところでこいつらは全然反応しやしない。相変わらず下卑た笑いを浮かべて俺達を囲んでいるだけだが、次第とその輪を狭めてきているようにも思える。いよいよ何か仕掛けてこようとしてるな。もういい加減勘弁してくれよ。じゃないと……
【俺ももう止められねえぞ……】
「お前みたいな役立たずは死んだ方がましなんだよ。くははは」
ビクビクッ‼
さっきから俺に抱き着いている二ムが小刻みに震えているわけだが、いよいよその震えが大きくなってきた。
やばい、こいつもう限界っぽい。
というかそう言えば……
俺、こいつに『戦闘するな』って言ってないじゃん!
「さぁて、お楽しみの時間だ……お前らはここで死んで……」
ヒュン……
正面のおっさんが卑しい笑みを浮かべて、短剣を抜きながらそんなことを口走った瞬間、何かが凄まじい速度で目の前を横切った。
「え?」「あ……」
小さな声を漏らしたのは俺とそのおっさんだ。今横切ったのはなんだ? と、思案し始めたところで、なんとそのおっさんの剣を持った方の腕がゆっくりと肩から分離して下方に落下していた。
誰も一言も発しないその場で、ごとりとその腕が地面へと転がる。と、次の瞬間、まるで間欠泉の様におっさんの肩から鮮血が吹き上がった。
「ぎゃあああああああああああああっ‼」
突然の出来事に絶叫するおっさんと、狼狽する他の4人。
抱き着いていたはずの二ムは? と見て見れば、右手を正面にしたまま手刀の構えを取っていた。そして4人を微笑みを浮かべた穏やかな顔で見渡しながら一言。
「この世界でも『正当防衛』はありっすよね?」
「「「「ひっ……」」」」
他の連中は一様に悲鳴を上げて俺と二ムから後ずさって離れる。だが、その手にはしっかり剣が握られており、震えながらも切り込むための構えを全員が取っていた。
「お、おい二ム。ここはやり過ごそうぜ、あんま暴れねえ方がいいよ、街中だし」
燃料もったいねえし。
そんな風に言ってみたところで、二ムはお構いなしに俺から離れて4人へと近づきながら口を開いた。
「ワッチは怒ってるんです」
「え? あ、ごめん」
「いや、ご主人にじゃないっすよ」
あれ? ついいつものくせで反射的に謝っちまった。なんとなく身近な奴が怒ってるとか自分のせいだと思っちゃうのはなんでなんだろうか。
二ムは全員の顔を見渡しながら言った。
「おじさん達は言ってはいけないことを言いやした。ご主人が『レベルの全然上がらないカスみたいな冒険者』? 『スキルがあってもレベル上がらなきゃ意味がない』? それと……『こんな役立たずは死んだ方がまし』?」
「お、おい、ニム……やめろよ」
震えながらそう言うニムに俺も強く言えない。こいつ……俺の悪口を言われてこんなにも怒ってくれたのかよ……なんだよ、可愛いとこあるじゃねえか……
と、思わず涙ぐみそうになったところで、ニムが顔を上げて言い放った。
「全くその通り!」
「っておいぃ‼」
あんだよ、何がその通りだよ! フォローしてくれんじゃねえのかよ?
ニムはといえば不敵な笑みを浮かべて言葉を続けていた。
「ふっふっふ……もっと言えば、彼女欲しさにいろんな女の人の跡をつけてストーカーだって通報されちゃったり、俺に任せとけよって大見え切って勝手に仕事して結局失敗したのが恥ずかしくて出社拒否になっちゃったり、挙句改造したのはいいけどどう手を出していいのか分からずに、困った末に充電中で動かなくなったワッチのお尻見ながら自分も自家発電に勤しんじゃうような小市民なご主人なんすよ!」
「な、なに言っちゃってんのお前は! い、いいいい言いがかり甚だしい‼ そ、そんなの事実無根だ……ょ。と、特に最後のは名誉棄損すぎる! 撤回して……ください……出来ましたら……お願いします」
「でもワッチが言いたいのはそんなことではないのでっす!」
「俺の話し全然聞いてねえじゃねえか‼」
二ムは両手を下げた状態でその全身から熱気を吹き上げ始めた。
着ていたブリオーが風もないのにはためき始める。
何が起きているのかは一目瞭然。
ヒュウウウウンと二ムの体内からリアクターの甲高いドライブ音が聞こえ始めていた。
やばい、やばいやばいやばい。
完全にメインリアクターに火がはいっとる。
魔晶石が……、か、金が……
「おい、二ム……もう止め……」
「ワッチが怒っているのはですね……」
二ムは俺の言葉に一切耳を貸さずにスッとその顔を上げた。
「ワッチの大事なご主人にそんな口をきいた事っす。ご主人の事を面白おかしく詰って蔑んでいいのは……」
二ムは次の瞬間には、稲妻のような速さでその身を宙に躍らせていた。
「ワッチだけなんす!」
「いや、お前も俺のこと詰るのやめろよぉぉぉ!」
「「「「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」」」」
両方の拳を握りしめた二ムがタンと地面に着地した時には、俺達を囲んでいた酔っぱらいは全員吹き飛ばされて周囲の建物の壁に激突していた。
正直何が起きたのかまったく分からなかったけど、どうやら二ムがほぼ同時に全員殴りつけたらしい。見事に壁に人型の亀裂が走っちゃってるし。
「お、おい、二ム。やりすぎだ! お前今のでどんだけエネルギー消耗したと思ってんだよ」
「あ、ワッチのこと心配してくれてるんすか? 超嬉しいっす、んふふ~」
「べ、別に心配なんてしてねえし! ってか、お前のその全身の『ナノスキン』を貫くにゃ、『超振動プラズマナイフ』でも持ってこなきゃ無理だろうが。あんな短剣程度じゃ何も心配なんてしやしねえよ」
「ぶー、そこは素直に心配だったって言ってくれればいいのに。別に大丈夫っすよ、『1%』しか本気だしてませんから」
「今ので1%かよ……恐ろしいな、おい」
二ムが機嫌悪そうに俺にジト目を送ってきやがった。
はいはい、造ったのも調整したのも俺ですよ。
実際に二ムの身体に傷がつけられる心配は微塵もしていない。二ムの身体に使われている皮膚パーツの正式名称は『ニューナノファイバースキンMAX・防刃タイプ』というモノで、実は既製品をそのまま流用している。二ムの身体そのものは『第8世代型ドロイド』のボディーではあるのだが、当時あまりの激しいプレイ(?)に損耗するセクサロイドが大量に発生した時期があり、当時の開発者は、ならば絶対傷つけられないボディーを用意して、めちゃくちゃなプレイ(?)に対応させてしまおう! と、意気込んで開発したのがこのスキンパーツだった。
おかげで全く傷がつかない仕様にはなったものの、どうやら色々な点で不評であったようだ。肌ざわり(?)とか、アンブレイカブルな点(?)とか。おかげで人気もないけど全く傷つかず壊れないこのボディーは長い期間埃を被ることとなり、タダ同然の値段になってたからこそ、俺のような貧乏人でも買うことが出来たってわけなんだが。
というか……
当時の連中は、一体何をやってやがったんだ‼
ふくれっ面の二ムは、片腕を切断され泡を噴いてガクガク震えている男のもとまで行き、そして地面に転がってるやつの腕を掴むとそれを差し出しながら声を掛けた。
「えっと……おじさん達を雇った奴のことを教えてくれないっすか? 教えてくれたらこの腕を返してあげやすよ。急げばまだくっつくと思いやすし。それと、このまますぐに逃がしてあげることを約束してあげやすよ」
にこりと微笑んだ二ムを見ながら、男は血の気の失せた顔で口をぱくぱくと動かしていた。そして……
「た、頼まれてなんか……いねえよ。た、ただ俺達は酔ってただけで……」
「はぁ……やっぱりワッチに嘘吐いちゃうんすね……じゃあ、仕方ないっす……えーーーーい!」
「あ‼」「ああっ‼」
思わずまたしても同時に声を出してしまった俺とおっさんの二人。なぜなら、目の前で大きく振りかぶった二ムが凄まじい勢いで持っていたおっさんの腕を放り投げたからだ。
腕はあっという間に点になり、そのまま南の空の彼方に飛んで行き見えなくなってしまった。
「うあわわああああああ、お、お、俺の……俺の腕が、腕があああああああああああああああ‼」
絶叫するおっさん。
む、むごい……
こんなことしたら余計に話さなくなっちゃうだろう?
……と、心配していた俺の前で、二ムががっくり項垂れたおっさんに向かって、再びにこりと微笑んだ。
「そう言えばおじさん、腕、もう一本ありますね?」
「あ……」
その後、最早蒼白を通り越して、真っ白になってしまったおっさんが、猛烈な勢いで白状したことは言うまでもない。