6.革命家の娘
杉本老人の監督下(日本)を完全に離れて1年半、ジントの性格が段々と素が出て来ています。
一人称の口調がハッキリ言うとチャライ?
『母親』の事が無くても、俺はあの国に留まる事は難しかっただろう。
あの国は皆が礼儀正しくて優しい。
俺は、あの国では間違いで混入した『異物』だ、そこにある筈が無いのに押し込まれた。
周囲も段々と違和感に気が付いて、俺が居るだけで落ち着かなくなる。
俺が生まれ育った場所はもっと荒々しい、命の軽い世界だった。
法律的にはもっと滅茶苦茶だ、盗賊は返り討ちで殺しても良いし、盗賊の持っていた物は討伐した奴が自分の所有物にして良い。奴隷制度もまかり通っている。
だが、俺にとっては慣れ親しんだ、息のし易い世界だった。
「こんにちはー どなたかいらっしゃいますかー」
どこでも警備の固さが同じなら、正面玄関からでも同じ事さ。
「誰だ?お前は?」
わらわらと髭もじゃの男達が出て来る、最初から全員がこちらに銃口を向けているのが、流石外国。
そして、どいつもこいつも汚くて臭い。
今聞く訳にはいかないけど、コイツ等このスタイルがカッコイイと思ってやってるのだろうか?
それとも誰かがスタイルを統一している?
「今日の午前中にウチの学校から子供達を連れて行ったでしょう? シスターが子供達をとっっても心配しているからさぁ、返してくれないかなぁ?」
手のひらは開いて肩の高さ、出来るだけ穏やかに間延びした調子で話す。
「どこのマヌケだ?手前は?」
オヤ?おかしいな?出来るだけ友好的に接しているつもりだったけど、苛立たせちゃったカナ?銃口を突き付けられちゃったよー(笑)
飛び道具なのになんで、身体に押し付けるのさ? 銃口になんか詰まると危ないよ(笑)。
「コイツ、アノ日本人だ!」
"アノ”?どの?w
「待て、先に身体を調べろ。」
ちょっぴり偉そうな兄貴分さんに言われて、下っ端が二人程俺の身体を弄りだす。
「チョット、ナニスルンデスカ止メテクダサイ、お尻触ラナイデ」
アナタ達はホモさんですかー?
「ふざけるな、いいから大人しくしろっ」
武器が無いのは見ればわかるじゃないですか、全部預けて来たんですから、上半身なんかTシャツ一枚ですよ。
逃げようと身を捩ると、抑えようとする手が増える。
兄貴分さんともう一人を残して、全員が俺の身体に触れている。
その全員がヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
あ、違う一人仰向けにバッタリ倒れた、頭ぶつけてないかな?
「おい、お前達どうし・・・」
倒れた子分達の身体をよけて、素早く兄貴分さん達の背後に回り込む。
ポン、ポン、
それっぽく首筋の辺りを叩いてやると、二人も静かに倒れ込む。
「今、コイツ等に何をしたの?」
木の陰で見ていたマリアちゃん(ホセさんの娘さん)が驚いている。
驚き過ぎて俺のフォローに出て来るタイミングまで外しちゃってる、まあ原因は俺の体質のせいで、ちょっとだけ判断力にも狂いが生じているせい。
「ん~?昼から酒でも飲んでたんじゃないの?」
おかげでか? ホセさん達が子供達を救出中とはいっても、注意を惹く為の別働隊に、俺と16才の女の子と他一名って。
それ大丈夫なの?
「適当な事を言わないで! 酒の匂いなんかしてないわ」
してないかぁ、適当に言ったら怒られた。
俺の参加を強硬に反対するから、良識的な人達かと思っていたけど、おかしいだろ?なんでこんな娘つけて寄こすの。
それでまた美人なんだよこの子、コイツ等に見せたら上玉のカモだと思うだろうな。
ネギどころか、無農薬特選野菜詰め合わせセット付きだよ。
「じゃあ、貧血だよ。」
「全員が?そんな事ある訳ないじゃない!」
「いやいや、ホントですって」
正確には虚血性脳貧血と言うらしい、触れた部分から魔力を流し込んで、首から上の水分(血液)を水魔法で下したので脳が酸欠になったのさ。
向こうの魔法にはこんなの無いよ、こっちの世界と言うよりも日本に来たらば、そこらへんの小中学校に身近な知識として人体模型が飾ってあって、人体の構造と機能を勉強させてもらえたので思い付いた。
小さい子供が通うはずの学校で、初めて人間の身体の立体断面図なんて物を見た時はなんじゃこりゃ!って思ったけどね。
テレビ番組でも良く健康ネタを毎日のように取り扱って情報が溢れている。
俺の故郷だと治療術師や医者に、金貨を積んでお弟子にしてもらわないと知ることも出来ない知識が、晩飯食ってるその横でテレビから流れている。
でも簡単ではないんだよ、この世界の住人は自分の体内の魔素・魔力を扱えないけど、それとは別に人間の身体には状態を正常に保とうとする働きがあるから、外から魔力で操作しようとしてもやりづらい、何というかけっこう綱引きみたいな感じ?
自堕落で不摂生な生活してる奴だとやり易い、小汚くて声が酒で焼けている奴は必ずと言っていい程楽勝。
説明も自慢も出来ないけど、結構加減が大変なんだよ、水分だけ抜き過ぎると脳の中が血栓だらけになって、脳梗塞とかになるんだから。
地味な上に接触しないと使えない、超近距離魔法だから不便な事この上ないけれど、万が一死んでも証拠が残らない。
つい今さっき驚かされて、君のお父さんに使いかけたのは内緒。
昏倒している男達の両手の指同士を、後ろ手に針金で血が通わなくなる位に縛りあげて拘束する。
「さあ、忙しいからドンドン行くよ!」
ホセさん自身もさっき言ってたけど、この国の警察も軍隊も怠慢で、犯罪者の取り締まりをほとんどやってない、彼らは手柄が欲しくないのかね? それよりも賄賂の収入の方が大きいかい?
だから子供達を救出だけして、コイツ等をそのままにしていると、ゆっくりと警察が到着した頃にはみんな逃げちまう。そしてまた誘拐とか復讐しに戻って来る。
ヤルなら元から絶たないと。
暇そうに小部屋でサボっている男達に声を掛ける。
「やあ、調子はどう?」
「おう、特に変わりは・・・」
ポン、ポン、ポンッ。
ドサ、ドサ、ドサッ。
あ、フルハウスだ。
作業的には楽だけど、魔力的には相手の体内から回収してもキツイ。
そして、背後でギンギンに睨んでいる、マリアちゃんの視線がキツイ。
軽く肩を叩いているだけだから、アクション的には地味なのに。
途中モニター室もあった、無人の・・・(虚しい)、外を映しているカメラが複数ちゃんと塞がっている、お前ら仕事しろよ。
この国の近隣一帯に住む人々は、褐色の肌で彫が深い、その中を白くて平たい顔で侵入者の俺が堂々と歩いていて、誰も注意を向けない。
ぶっちゃけホセさん達が追いかけて来なければ、俺一人でここにこっそり潜入して、コイツ等を片付ける事も可能だった。
「やあ、どうも~」
廊下ですれ違った相手を、ぶつからないよう笑顔で譲りあいながら・・・
ポン、ポン、ポンッ。
ドサ、ドサ、ドサ。ゴゴゴン。
お、缶ビールがこんなに。
触れられる程近寄っても俺を敵だと認識出来ないのだから、苦労して気絶させるより、ナイフが一本有れば事足りる。
精神魔法の認識阻害そのものは、加護の一種だから俺の魔力を使わない、体質と言うか俺が使おうと思わなくっても常時発動しっぱなし、後の二人までその範囲内に入れようとしているから、魔力を注いでの増幅が必要なんだ。
預けていたマイ装備は返してもらったんだし、今だって魔力の無駄使いは止めて、ソッチの使用に切り替えても良い訳だ。
防具にも使えるオークやオーガの、硬い皮を処理して捌くことに比べれば簡単だ。
でも、どんなに浴びないように気をつけても匂いは移る、服も汚れる。
その後『俺に怯える』27人の子供達を、宥めながら連れ帰るのも大変だ。
助ける為にホセさん達が、もう来てくれちゃったんだから、しょうがない、60体分の大量特大の物的証拠もどう処理するか考えて無かったしね。
ダメだな~ 荒んでる、日本を離れて、というか杉本の爺ちゃんの元を離れてから、我ながら発想が物騒だ。
いずれこの身体の中に、本物の『高村浩輔』が帰って来る。
その時、大量殺人者なんかになってたら困るだろう?
「ちょっと、ちょっとってば!!」
つらつらと考えながらサクサク処理していたら、マリアちゃんが小声で叫ぶという器用な事をしていた。
「ん?ナニ?」
「建物内の見取り図も無しに、どうして人の居る場所が分かるのよ?」
さっきから見つかりにくい所でサボっている奴らを優先的に片付けている、入り口の10人を含めて今で25人。
二階の大部屋に集まって動きの無い奴らの所へは、二人を連れたまま流石に突っ込んで行けない、少しずつおびき出さないと。
ホントは正面玄関前に集まってくるように、その場所で騒いで、ホセさん達の方に行く人数を減らしたかったけれど、マリアちゃんがいるからねぇ。
ホセさんの娘なら、俺のバイト先のイザッベラ(おそらく偽名)さんの娘でもある訳でぇ・・・
「気配を魔法で探っているのさ、」
「噓よ!」
ホントのホントですって、水魔法だよ。
今だってホセさんや子供達、建物内の反政府ゲリラwの構成員の位置を把握しています、もう魔力的には大盤振る舞いです。
嘆いても仕方がないけど、ついでに言えば、魔力の消費に無駄が多くて精度も下がった。
元の世界にいた時は、例えれば雑踏の外側で眼を開いていれば、人波の動きは目に入って来る、それと同じぐらい簡単に把握出来たものだった、仲間なら一人一人を誰なのか判別出来たし、魔獣の種類も大まかには分かった。
今は『ダラダラしてそうなのはゲリラモドキ』とか『身体の小さい集団(子供達)と一緒に移動を始めているからホセさんの部下だな』と推測で判断するしかない。
「んじゃシノビ(忍び)の技?あ、ニンジャって言った方が分かり易い?」
「そんなの今時TVの中にしかいないわよ。それともアナタ亀なの?」
亀??
「私の事を守らなきゃとか、足手まといだとか思ってバカにしてない?」
バカにはしてないよ、君たちは後ろから付いて来るだけなの?とは思っているけど。
確かに最初はダイジョブかい?て思ってたけど、三階まで上ってきて、何気にこの二人、隙も気配も無い、腰だめで構えている武器は、金属の塊だから重いだろうに姿勢もブレない。
背中やら腰やら数種類の予備の武器を括り付けているけど、それが音を立てる事も無い。大したものです。
二手に分かれて、そろそろ別行動した方が効率的だよ、俺の事ガン見してないで。
後ろの彼は黙々と拘束するのを手伝ってくれてるけどさ、彼もラテン系には珍しいタイプだね。
「いや、今でもイガのサトに訓練施設があってねぇ、技術を教えてくれるんだよ。」
俺が教わったとは、言ってない。
「ネットで見たから知ってるわ、そこ、ただの観光施設よね?」
心の底から呆れ返ってますと言わんばかりに、冷たい目で睨まれた。
解かりやすく適当な種明かし(偽)ではぐらかしてみたけど、飛びついて来ないね。
「種も仕掛けも有るけどね、手の内を見せるマジシャンはいないよ。」
本当の魔法使いですが、人に話しても君達が信じてもらえないだけだよ。
マリアちゃん本人だって理解できてない、『俺が触れただけで相手がヘナヘナになる謎能力』などと眉唾な話を言いふらして説得力がある訳が無い。
「嫌ッ、離してっ、止めてってばっ、」
「大人しくしろよ、誰も助けになんか・・・」
ベットの上でもみ合いになってる男女・・・
サボりの挙句に、誘拐してきたばかりの女の子を、監禁場所から連れ出したのか、ユルイ組織だなぁ~
「あ~ お取り込み中失礼し・・・」
「アンタはバカでしょ!!」
俺が話しかけてる途中で、マリアちゃんが男の後頭部に酒瓶を叩き付けた。
粉々だね、女の子なのに猛々しいなあ。
バカって俺の事?
「マリア、まずこの男の注意をひいて、彼女から我々に向けさせなければいけない、彼女を盾に取られては救出が困難になる。」
おおっ、後ろの彼氏が初めて口をきいた。そして真面目。
「やあ、スサーナ大丈夫?」
マリアちゃんが蹴り落とした、男の下敷きにされていた少女の全身を、ざっと確認する。
「コースケ?」
良かった、ケガもないし、着衣もそんなに乱れていない。酒瓶の破片だらけで新しくケガしそうだけど。
「シスターサンドラが心配しているよ、コイツ等を片付けたら一緒に帰ろう。」
お?
子供達の集団と、それに付き添っているっぽい複数の大人とが、一緒に建物の外へ移動を始めた。
ブーブー
あ、マナーモード?メール?
「父達が子供達の救出を完了したそうよ。」
「それは良かった。」
「アナタはこの子と一緒に退避して、今までの働きぶりなら彼女一人連れていても、ここの連中に気付かれずに、脱出出来るでしょう?」
俺は元々斥候役だからね、コッソリ動くのは得意だよ。
「了解了解、ところでさ、」
「何?ここの連中だったら、私達が責任持って後腐れなく片付けるわよ?」
片付けるって、どの位のレベルで?(腐敗した)警察に引き渡すと最悪の場合、明日には自由の身だよ?
とか、よそ者の俺は余計なお節介は言わないけどさ。
「いや、そこの壁に貼ってある旗さ、この国では有名な奴だっけ?」
この部屋だけが今まで見た他と比べて、家具も内装もチョット良いやつなんだけど、派手な金の房付きの旗が恭しく飾られている。
「?!」
ベットの上を見上げたマリアちゃんが、ヤシャになったよ、コワッ!
本文中の医療知識は適当です、危険ですから、参考にしてマネしないで下さい。(どうやってww)