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3.導き手達??

「いい年をしたジジイが、いったい何をトチ狂ったんだ」

 杉本の幼馴染(おさななじみ)、竹村吾郎が一念発起して、海外シニア協力隊に参加すると言い出した。

「うるせえよ、ジジイはお互い様だろうが」

 この老人は浩輔(ジント)に農業を指導してくれた相手で、地元の農協でもそれなりに顔役の筈だ。

「わかってんなら冷や水を止めろよ。」

 以前会った時の最後の話題は、道の駅の運営がどうしたこうした、減農薬栽培がどうした、と言う内容だったと記憶している。

「いやあ浩ちゃんを見ていると、俺もまだまだ一花咲かせなきゃって、思ってなあ。」

「咲かすのは出荷用の花だけにしとけよ。」


 あれから十年、浩輔(ジント)は5年程国内のあちこちで学んでいたが、今は海外にいる。


(こう)ちゃんのお陰で、外国から俺の所に弟子が来ただろう?実の息子は相続税の心配どころか、俺が生きてるうちから田畑(でんぱた)を売りたがって、後継者になんか絶対(ぜってー)ならねえ。」

 捕らぬ狸の皮算用、秘かに大手不動産業者と交渉しているらしいのが腹が立つ、ならば同業者に必ず農業に使うことを約束させて譲ろう。

 売った金は遺してやっても良いが、息子(むこう)が、断りも無く勝手にするなら、(こっち)も勝手にする。

 そして日本の農業技術は世界に誇れるものがある、日本国内(しんせきいちどう)に後継者がいないなら、こちらから出向いて教えに行く。


「頭を冷やせよ。」

 それぞれに事情は違うが、現状は農家も町工場も後継者が引く手数多(てあまた)などとは、お世辞にも言えない。

 杉本も、嫁にやった一人娘が男ばかり三人も生んだが、長男は経済、三男は法律と、それぞれ世間様に胸を張れる立派な大学を出て活躍している。

 次男(ジント)は後継者としてはいささか事情が違う、金属加工を専門とする杉本の技術を学びはしたが、『あちら』へ持ち帰ると言う前提があると、電気を動力とする加工機械を必要とするのでは不向きな為、一通りの習得に留めた。

 加護とやらで一度見たものは忘れないので、加工機械の設計図まで頭に入れていたが、杉本の専門とは若干異なる、銅板を手でたたきのばして鍋を作ったり、井戸用のポンプや自転車をくみ上げてやった時の方が、よっぽど食いつきが良かった。


 今は自分が何を持ち帰るのかを模索する為に、開発途上国を支援する団体に加わっている。

 何と国盟だ。(※)

 そして、かつて自分が学んだ農家、町工場、様々な職人の元にそれらの国々から、技術研修生を斡旋している。


「別に頭に血が上っている訳じゃねえよ、お前さんの工場(ところ)にも、浩ちゃんの世話で外国から弟子が来たろう、どう思った?俺はアリだと思ったね。」

 それは杉本も同感だが、積極的過ぎるだろう。

 外国からの研修生を受け入れるのと、自分が海外へ飛び出して行くのでは危険度が全く違う。


「近場で探せねえのか?」

農協(ウチ)の『青年部』で一番若いの幾つだと思う?52だよ!青年じゃねぇよ!立派なベテランだ、もちろん全くのサラリーマン家庭から農業大学を出て、農家になろうって奴もいないじゃないが、求人出してもそういう連中は、最近流行りの農業企業に行っちまうんだよ。」

 農家も町工場と同じく、個人事業主だが年中無休で、天候次第では年収は保証されない。

 だから交代で休みが取れて、毎月の給与が保証される農業企業に就職するのだ。


「言葉はどうする気だ?浩輔(ジント)みたいな万能通訳なんてそうそういないぞ、英語位は勉強してんのか?今から人様に頭を下げて習いに行くか?」

 いつだって、勉強を新しく始める事自体は良い事だけどな、浩輔(ジント)恩師(せんせい)が言ってたぜ。


「うっ」

 ひるんだところに畳みかける。

「お前さんのは単なる『弟子が取りたい病』だろう、それこそ農業企業の指導役にでもなっちまえよ!」

 向こう見ずな年寄りには困ったものである。



  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 浩輔(ジント)が海外に出るきっかけは2つあった。

 1つ目は、世界一高い山で地震が起きた事。

 2つ目は、海外赴任や留学をしていた家族が戻って来た事。


 杉本が工場を構えている近所の町工場には、世界で一番高い山の周りの国から働きに来ているが者が何人もいた。

 日本人なら山が近くにあれば地震が来る、山が無くても地震が来るというのが当たり前で、家を建てるときの備えに、過剰な程うるさいのは一般常識だが。

 世界には、おおらかなお国柄の所もある、ほぼレンガを積んだだけの家というのも珍しくなく、地震が起きてから慌てだすといった状況らしい。

 地震のせいで空港も国境も、救助の為に入国しようとする各国の支援団体と、母国へ帰る為に出国したい外国人でごった返していて、国内は治安が悪化して大混乱。


 そこに家族を心配した、町工場の従業員達が帰国したいと言い出した。

 三か国で合計五人全員が女性で、内二人は(しゅうとめ)に預けて来た、子供の安否が分からないと泣き崩れる。


 そこで雇い主達は退職金を奮発し、隣近所で出し合って旅費をカンパし、更に女性だけでは何かと物騒なので、どこの国の言葉でも使える万能通訳の浩輔(ジント)と、元自衛官の経歴を持つ職人の一人が付き添って、現地まで順番に送って行こうと言う事になった。


 ほぼ同時期に、娘夫婦と長男と三男が帰国もしくは、一時帰国すると連絡して来た。

 海外に『移住』した訳ではないので、時期が来れば戻ってくるのは当たり前だ。

 長男は結婚するらしい。


 長男の結婚はめでたいが、家族には異世界人との、『魂の交換』などと言う荒唐無稽な説明が、手紙や電話で出来るはずがない。

 事故にあった、ケガをした、記憶が無いなどの、周囲にしていた言い訳などが娘の耳に入ったら、出国前の杉本の言いつけも周囲の制止も振りきって帰国していた事だろう。


 魂を神様に引っこ抜かれる原因になった、浩輔(本人)の行いについてもだ。


 強制的に独立させられて、わずか半年で自身の境遇に我慢が効かず、当てつけで周囲を巻き込む事件を起こそうとしていたなどと。


 杉本老人が思いあぐねている間に、娘夫婦達は帰国し、その頃は日本中を飛び回っていた浩輔ジント)は、自身のパスポートの申請や全員分の飛行機のチケットの手配で、たまたま杉本の工場に居た。




 もちろん家族に向かって迂闊(うかつ)に『どちら様ですか』とか、『初めまして』などと口走らぬように、迎える準備として家族写真の(たぐい)は見せたし、入れ替わる直前までの家族との経緯も話して聞かせていた。


 しかし、魂の交換される前の元の浩輔は大変な肥満体型で、頬、首周り、胸、腹(三重)太もも、脹脛(ふくらはぎ)と、ダルンダルンの肉が積み重なった、どこぞのタイヤ屋のキャラクターのようだった。


 それが今ではスッキリと引き締まり、力仕事で身についた無駄の無い筋肉に覆われている。


 外見が別人のように変わった事に加えて、無くて七癖と言うが二人は同じ身体でも仕草も表情もまるで違う、何よりジントと浩輔は顔を合わせることなく入れ替わった、どんな人間だったのかを知るすべは杉本からの伝聞だけで、引きこもりだったせいで家族と一緒に映ったビデオ映像は勿論、いわゆるスマホとかの自撮(じど)りと言う映像の類も残っていない、これで『元の浩輔』になり切った演技などできる筈も無い。


「本当にどうしましょうか、杉本さん。」

 まず、この話し方と表情。

「止めろ、それ。」

「はい?」

 下町の祖父と孫にしては、礼儀正しくて、他人行儀過ぎる。

「『ジイさん』でも『ジイちゃん』でも『ジジイ』でも良いから、『杉本さん』だけは止めろ。」

 聞けばあまりお育ちは良くなかった筈なのに、10才そこそこで働いていたこいつは粗暴ではない。

 ちゃんとしているんだよ、日本人の浩輔よりもよっぽど、久しぶりに思い出して、情けなくて涙が出そうだ。


 いっその事家族の帰国とは行き違いになったと、最初の目的地であるネパールに工場の連中と一緒に送り出そうかと、杉本らしからぬ、後ろ向きな考えも脳裏をよぎったが。

 長男の結婚式もあるのに『家から追い出すのですら、散々手こずった引きこもりの次男』が、そのまま日本に戻ることなく、世界のいずこかの空に旅立っていきました、で通る訳がない、無理があり過ぎる


 更に被災した国々の大使館の連中と言うのが、さっぱり当てにならない、自分の国から来ている彼女達の帰国に全く骨を折ろうとしない。

 仕方ないので商店街の角の大里旅行の世話と、若い工員連中がインターネットで独自に交通手段を調べても、現地に飛行機で直行するのはまだまだ難しいらしい。

 幾つも飛行機を乗り換えて、二つ三つ手前の国から陸路になるらしい。


「ええい、なるようになるさ。」

「なりませんって」

 やけっぱちになった杉本に、浩輔(ジント)が呆れている。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


『母親』と言うのは恐ろしいものだ。


 息子(じなん)に向かって駆け寄ろうとして、次の瞬間スッと表情が消えた。

 (わし)の方を振り向いて、青ざめた顔で声には出さず唇だけが『この人誰?』と動いた。


 男というものはその点鈍い、父親と兄弟達は体重が半分になるまで痩せた次男に驚いたようだが、次男の変化は杉本老人に性根を叩き直された結果だと思われていて、義息子(ムコ)とその長男には頭を下げて礼まで言われたが、娘は長男の結婚式の間も次男(ジント)が近くにいると、強張った表情のまま一言も話さなかった。


 何しろ今の次男はちゃんと働いていて、社交的で礼儀正しく近隣住民にも頼りにされている。

 母親に暴力を振るったり、無意味に大声を張り上げて家族をどう喝したりしない。

 ここで事情を積極的に蒸し返して追及するよりも、杉本と同じく本物(もと)の息子が戻ってくる方に‹怖れ›を感じているのだろう。


 もう娘には既にばれてしまって今更な気もするが、杉本と浩輔(ジント)は話し合った。

 せっかく人格(ナマケモノ)の矯正が済んでいると思われているなら、出来るだけ顔を合わせてボロが出る事がないように、帰国した家族と入れ替わりに浩輔(ジント)が日本から出る事にしたのだ。


 勿論、いずれ魂の入れ替えがもう一度行われて『本物の』浩輔が戻って来る。

 それだけは確実だ。

 この分ではその時に杉本が生きている保証は無い、娘婿にだけは時期を見計らってある程度の事情は説明しておくつもりだ。





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(※)実在する団体の名称を使用するのはどうかと思いまして、『国連』→『国盟』にしています。




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