誰がために銃は鳴る
無言で歩く男の後ろを、無言でついて行く。先程の緊張感が残っているのか、心臓は未だに走り続けている。
話しかける雰囲気でもないので、俺は街の様子を見る事に徹した。
西洋風のレンガ造りの建物。道は石のタイルが敷き詰められ、ところどころに穴が空いている。
どうやら、あまり整備はされて無いようだ。
そして、相変わらず人は1人も見当たらない。
「ウチの近所にこんな地区なんてなかったよな……」
自宅の周辺の地区を思い出す。郊外に広がる住宅地は、どちらかといえば木造の建物の方が多いはずだ。
間違っても、こんなにレンガ造りの家が立ち並ぶような場所では無い。
「ひっ!」
突然足元に大きな塊が潜り込んでくる。正体はデカいネズミだった。
デカ過ぎて気持ち悪い。ソフトボールくらいある。
あまりにも大きな悲鳴をあげたからか、男は振り返る。
「ネズミには気をつけろ。まぁ、分かってはいると思うが」
「あ、あぁ……うん」
男はそれだけ告げると、また無言で歩き出してしまった。
ネズミを恐る恐る飛び越えながら、慌ててついて行く。じろり、とネズミが俺を見た気がして、軽く吐き気がした。
「…………」
「………………」
無言の静寂が続く。
正直、この男には聞きたい事が山ほどある。だが、男が纏っている威圧感にも似た雰囲気のせいで話そうにも話せない。
出来るとしたら、あっちから話しかけられるのに返す時だけだ。
そんな訳で、その後30分、俺達は無言で歩き続けた。
「着いたぞ」
大きな通りの十字路。その一隅にある建物の前で、男はピタリと立ち止まった。
「少し待ってろ」
そう言って男は建物の入り口へと歩み寄り、不規則なリズムでドアをノックした。
トン、トトトン、トントン、トンと。
「リーダー、おかえんなさーい!」
それが合図なのか、重そうな木の扉が勢いよく開く。開いた扉から、金髪童顔の青年が飛び出してきた。
男と同じく、黒いコートを羽織っている。
「んー? その人は誰? まさか『キュベレー』?」
金髪の青年は後ろで立っている俺を見るなり、その金色の瞳をギロリと向けてくる。
まるで蛇に睨まれた様な錯覚に陥る。
「ソイツは一般人だ。どういう訳か、『サークル』の中に残っていた」
「へぇ、珍しい事もあるもんだねぇ。それにしちゃ弱そうだけど」
青年は蛇の目をニヤリと細める。
「それと、本物のキュベレーの奴らとも遭遇した。やはりサークルの中を徐々に進行してきてる」
「わお、そいつは大変だね。始末したの?」
「1人だけだったからな」
リーダーと呼ばれる男と青年は何やら話し始める。聞きなれない単語が出てきたが、雰囲気から物騒な会話なのは感じ取れた。
「積もる話もあるだろうし、とりあえず入っちゃってよ。リーダーもお疲れだろうし」
「そうだな。えーと……」
リーダーは俺を見て言い淀む。
「そこの一般人。名前は?」
青年はリーダーが言いたかった事を代わりに聞いてきた。
そう言えば自己紹介をしていなかった。
「夏月 沙雅です。すいません、助けていただいたのに名乗らず」
「いいよいいよー、そんなメンドーな口調しなくて。えーと沙雅……だっけ?」
「はい、沙雅です……いや、沙雅だ」
「うんうん、それがいいよ」
青年は満足したのか、にっこりと笑って頷く。俺もこっちの方が話しやすい。
「俺はクローズ。んで、こっちの人がリーダー」
「あぁ、よろしく」
「よしよし、そんじゃ入って入って」
グイグイと引っ張ってくるクローズと、無言でスタスタと歩いてくリーダー。
2人のおかげで、少しだけ不安が和らいだ気がした。