愛しき我が指よ
冷たい鉛の塊を、一つ一つおぼつかない様子で込めていく。震える手で、丁寧に。こうなる事は予想していたが、実際に触れてみると更に無機質さが実感できる。これが人を殺す道具だと、手にかかる重さがハッキリと囁く。
「顔色が悪いわ。少し休む?」
「大丈夫、平気だ。大丈夫⋯⋯」
今、俺はミーヤと共に銃を撃つ練習をしていた。いつまでも逃げる訳にもいかない、いつかは通る道だ。
額に浮かぶ汗をぬぐい、必死に鉄の塊を握りしめる。手に持つだけで、心臓が潰れそうな恐怖が襲いかかってくるのがわかった。あとはこの引き金を引けば、止めることの出来ない死が相手に真っ直ぐに飛んでいくのだ。
「クソ、なんでこんな⋯⋯」
人に向けるわけではない。狙うのは、少し離れた板切れだ。撃ったところで、誰も死にやしない。
必死に狙いをつける。震える照準を板切れに合わせ、引き金に指をかける。あとはこれを引けば全てが終わる。これさえ引ければ⋯⋯!
「ハァ、ハァ⋯⋯ッ」
強ばった指が、動く事を拒否する。荒い呼吸と歪んだ視界、脳が裂けそうな程の耳鳴り。
「少し、休みなさい」
「⋯⋯あぁ」
堪らず銃が手からこぼれ落ちる。それを拾うことも無く、よろよろとした足取りでミーヤの元へ歩く。
「ほら、おいで」
「⋯⋯惚れそ」
すぐ側の石段に座り、そのまま糸が切れたように倒れ込む。柔らかな感触が、優しく受け止めてくれた。
「なんでダメなんだろうな⋯⋯俺がダメだからだろうな」
「否定はしないわ。慰めたところでどうにもならないもの」
「はは、だよなぁ」
情けない。超えなければならない線を、俺は未だに超えられないでいる。道徳心なんて高貴なものじゃない。俺はただ怖がって、その場で座り込んでいるんだ。
「でもそれなら、あの時あのまま戻ってこなかったはず。何が沙雅の背中を押したの?」
「⋯⋯守りたいって、思ったんだ」
「なら、それを守れるように戦わなくちゃ」
そっと頭を撫でられる。もう二度と感じられないと思っていた温もりが、胸をそっと叩いてきた。
「どうしてミーヤは、そんなに俺に優しいんだよ。足を引っ張るだけの俺に構ったって、いい事なんて一つもねーぞ」
「そうやってすぐ卑屈になるからよ。全く、クローズと合わせたら丁度良さそうなのに」
「わかんねーよ⋯⋯」
必要の無い奴は放っておくのが一番だろうに。分からない、俺にはミーヤの気持ちが理解できない。
「俺は本当に、お前らと一緒に戦えるのかよ。戦って良いのかよ」
「当たり前じゃない。仲間だもの」
言うまでもないと、ミーヤは毅然と答える。その一言だけで、ミーヤがどれほど他のメンバーを信頼しているかが見て取れる。
だからこそ、俺はその信頼に値するのかが疑問になってしまう。どれだけの時間を重ねれば、それ程までの信頼を築けるのだろう。時間と信頼は比例する。その時間を、俺はまだ持っていない。
「信じるのか、俺を。まだ会って1日の俺を?」
「えぇ、信じるわよ。沙雅が信じてくれるように、私は沙雅を信じる」
「⋯⋯なんで、みんな優しいんだろうな」
そんなに優しくしたって、何も無いというのに。
それとも何だ、俺が間違ってるって言うのか。もっと人に優しくしてみろって事なのか?
「仕方ない、今日はここまでにしましょう。ほら、立って」
「今立つ⋯⋯あ、れ?」
立ち上がろうと膝に力を入れるが、すぐに足が崩れ落ちてしまう。何度立とうとしても、膝は俺を嘲笑いながら砕けたままだ。
「ちょっと、大丈夫?!」
「大丈夫。大丈夫だ⋯⋯」
強烈な脱力感に襲われる。情けない、一度緊張から解き放たれたらこれだ。ふらふらと壁を支えに、何とか立ち上がる。
「クソ、情けなさ過ぎて泣けて来る⋯⋯」
「顔色が悪いわ、もう今日は休みましょう。歩ける?」
「歩ける。少しふらっと来ただけだ」
すぐに体の端から力が戻る。心配そうな目をしたミーヤをよそに、俺はその場から逃げるように足早に店へと帰る。
「あ、これ⋯⋯」
後を追いかけようとしたミーヤの足元に、1丁の銃が転がっていた。それをそっと拾い上げ、コートのポケットにしまう。
大丈夫、彼はきっと覚悟を決められる。いつかは分からないけど、必ずいつかは決断できる。あの目は、そういう目だ。
「仲間だもの、支えるわ」
理由なんてない。理由なんて要らない。ただ、彼を救いたいと思った。
この気持ちが何かは分からないけれど、確かにそう思ったのだ。




